
「デジタル化」という言葉に、皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。アナログとデジタルとを比較すると、アナログのほうが温かみのあるイメージがある分、デジタルにはクリーンさを私は直感的に感じます。
どちらも良いところがあるので、それぞれの長所を生かし合えばいいと思うのですが、経理業務のなかで、デジタル化をしたほうが明らかに現場にとっても経理にとってもいいことなのに「断固反対」する人を見かけます。
その中には「デジタル化をされると自分の不正がバレる」という理由もあるかもしれません。
なぜか経理のデジタル化を反対する副社長
経理Barには、ベンダー、つまり経理のソフトウェアを販売する会社の営業社員たちも集っている。彼らはそれぞれ違う会社の営業社員だが、定期的に行われるイベントの展示会でそれぞれブースを出しているうちに親しくなったそうだ。
そのうちの一人がこの店の常連で、今ではこの店で打ち上げや反省会をすることが恒例になっているらしい。今日もそんなベンダーの営業社員達が三々五々集まってきた。
「やっとコロナが一段落して展示会にも人手が戻ってきましたね」
「ほんとほんと。忙しかった時は少しラクさせてもらえないかなと思っていたけど、やっぱり営業は人手があってこその仕事だから、当たり前の環境に感謝だよね」
「ところで、コロナ前と後では状況は変わった?」
「今は電子帳簿保存法とインボイス制度の対応でようやく重い腰を上げる会社が増えてきたけど、それでもまだまだかな」
「そうだよね。コロナ禍の時も営業社員は在宅で仕事ができたのに、経理社員は経理関連の書類がデジタル化されていなかったものだから、毎日出社させられていた会社がめちゃくちゃ多かったですよね。その状況になって慌ててデジタル化した会社もあったけれど、今回も制度が始まる2023年10月からとか、2024年に入ってから駆け込みでデジタル化を進める会社のほうが多いかもしれないですね」
そのうち話は、経理のデジタル化をしたほうがいいことがわかっているのに、なぜ導入に後ろ向きの会社があるかという点に話が及んでいった。
「この間ね、ある会社に営業に行ったんだけど、経理部長がうちのソフトを気に入って社長にも事前に話を通してくれて最終プレゼンを会社でしていたら、突然副社長が社長室に入ってきて『自分は副社長なのにそんな話は聞いていないっ!』って怒り出しちゃってさ。それでうちのソフトのここが足りてないとか使いにくいとか言いがかりばかりつけてきて、本当、あれ何だったのかなって」
「経理がデジタル化していない会社の場合って、普通は社長がそうしたことに興味がない会社が多いですよね」
「そう。だいたい反対する場合って、社長が多くて逆に副社長や幹部の人達が反対することって少ないじゃない?変わった会社だなと思って。ねえマスター。今の話聞いていたと思うけど、マスターもいっぱい会社見てきているでしょう。そんな会社ってあります?」
「全然あるよ」
「なんで副社長は反対したんですかね」
「それは…その人が、隠し事があるからじゃないかな。社長に」
「隠し事って…え、たとえば不正ってこと?」
「そう。『経理のデジタル化』って、聞くと、会社で悪いことをしている人の立場からすると『自分の悪事がバレる』っていうイメージがあるんじゃないかな」
「そうなんですか!って、どうしてマスターは悪事をする人の気持ちがわかるんですか」
「はは、それはまあいいじゃない。それよりも、副社長が反対するのには必ず理由があるはずだから、その会社の経理の人達に、副社長の人物像について話を聞いてみるといいよ。きっとヒントが見つかると思う」
発注業務を社員に譲らない副社長
数日後の夜、マスターにアドバイスを受けた営業社員は報告がてらBarを訪ねてきた。
「マスター、この間相談した会社、経理の人達とオンラインミーティングをしたんだけど、その副社長さん、やっぱり不透明なところがあるみたいで」
経理社員達にヒアリングをしたところ、その会社は、支払請求書の申請は基本的に一般社員が申請をして管理職が承認をするスタイルになっているそうだ。
ところが「君たちに任せて発注先に失礼なことがあっては困るから」と、副社長が未だに直接自分で発注をかけて支払請求書も直接業者から受け取り、シングルチェックだけで経理に回覧して支払いをしている案件が数社あるそうだ。
以前、現場社員が副社長に「発注作業などを現場社員で引き取ります」と申し出たところ、先ほどのような理由で断られ、経理社員達からも、「副社長以外は皆さんダブルチェック体制なので、現場社員から申請していただくか、社長の承認を得ていただくか、どちらかはしていただけないでしょうか」と申し出たところ、「社長も忙しいからこんなことに時間をかけさせたら失礼だから」と、これも断られたらしい。
副社長は社長から全幅の信頼を置かれているので、社長に副社長のアンタッチャブルな部分を相談して、それが副社長に知られてしまったときのことを考えると、誰も怖くて社長に相談することができないまま今に至っているそうである。
「マスターは、副社長が発注先と癒着して何か不正をしていると思います?」
「まあ、やっちゃってるだろうね」
「マスター!そんな軽く言わないでくださいよ。マスターにそそのかされて、他人の会社の不祥事に首突っ込むことになっちゃったじゃないですか」
「『他人の会社』って、冷たいなあ。これからお客様になるかもしれない会社なのに。お客様は家族だと思って助けてあげなきゃ」
「もう…。わかりましたよ。じゃあどうしたらいいんですか?」
「簡単だよ。君は何のために君の会社のソフトウェアが無料トライアルできる制度になっているのか理解してる?」
無料トライアル実施の結果、社長が不正を発見
2週間後の朝、営業社員は無料トライアルを実施したクライアント候補先の社長室にいた。けたたましい足音が聞こえてきたと思ったら、社長室の扉が空き、現れた副社長の言葉が部屋に響いた。
「社長、お呼びでしょうか。これから出張に行かないといけないので手短にお願いします」
社長は副社長の顔は見ず、社長のパソコン画面を見ながら言った。
「じゃあそんな出張やめたら。手短になんてできない話だから」
「え、何言ってるんですか」
「この画面を見てくれるかな。これ、君が管理している支払請求書の一覧だよね」
社長はようやく顔を上げて、パソコンのモニターをくるりと副社長のほうに回転させた。そこには、副社長だけが管理している発注先の支払申請書の一覧データが掲載されていた。
「え、これ、経理が導入しようとして私が反対したソフトですよね。何で勝手に導入しているんですか。副社長の私の了解をとらないで黙って導入するなんて非常識ですよ!」
「そうだね。だからまだ導入はしていないよ」
「してるじゃないですか!」
「これは単に無料トライアルで試させてもらっているだけだよ。正式導入していないから君の決裁も必要ないだろう。直近1カ月の全社員の経費精算と支払請求書のデータを経理部に入れてもらって、いろいろチェックしていたんだよ」
「ああそうですか。まあいいですよ。とりあえず私は反対ですから」
「反対するのは勝手だけど、君にはもうその権限はないよ」
「は?」
「君が未だに直接担当している業者の支払請求書の金額一覧を見ていたら、何か高いなあと思って過去にさかのぼって経理に調べてもらったら、どの会社も数年前から、私が気づかないようにちょっとずつ上がってるね」
「ええ、物価も上がっていることですから当たり前じゃないですか」
「でも、こんなにどの業者も同じようにきれいに金額が上がっているからどうしてかな、と思って昨日、一日かけて発注先の社長たちに全部電話したんだよ」
「……」
「そうしたら皆、『申し訳ありません』って。君にキックバックを要求されて、拒否しようとしたけんだけど副社長から『だったら仕事切るぞ』と脅されて断れなかった、って」
「は?そんなウソ話、信じてるんですか?彼らこそ大丈夫ですかね?」
「まだ認めないのか。『いつ社長は気づいてくれるのか』と、このような時のために皆、キックバックのやり取りの録音をしてあるそうだよ。なんなら今から音声データを皆から送ってもらおうか」
「くっそ…あいつら…」
「何があいつらだ!おい!!」
ほどなくして、副社長は社内外には「病気療養」という名目で退職となった。
そして社長は、自分の隙がこうした原因を招いてしまったと反省し、ソフトウェアを正式導入し、全社員の経費精算や支払請求書を、月次確定の際には一覧でチェックをする習慣を取り入れるようになったとのことである。
口で言っても改善しない属人化やブラックボックス化はデジタル化で一掃
今日もまた、いつものベンダーの営業社員が集まっている。
「マスター、後味は悪かったですけど、会社の健全化にうちのソフトウェアが役立って良かったなと思いました」
「そう。よかったね。誰も手を出せないアンタッチャブルな領域ってどの会社組織にもあるよね。そこに誰かが触れようとすると余計にトラブルに発展することもあるから、そのような時こそ「デジタル化」という大義を使ってソフトウェアを導入して、属人的、ブラックボックスな領域をクリアにするという方法だと、トラブルにもなりにくいし、とてもいい解決方法だし、いいソフトウェアの使い方だよね」
「自分達って自社の製品を一番わかっているつもりだし、実際そうだと思うけど、でもユーザーの人達がこちらが予想もしない使い方をしてくれるってことありますよね。今回もそういうことの一つだなと気づかされました。経理のデジタル化って、生産性を上げるとかコストを下げるとか、それもあるけど、組織の不正やアンタッチャブルな領域を廃して会社を健全にするという意味でも絶対必要だなって思います」
「そう。ただ結局、いくら経理社員や現場社員が便利なソフトウェアだとわかっていても、導入するかどうかの権限を持っているのは社長さんだよね。だから社長の立場にある人達に響く営業トークやイベントを開催して、もっと多くの会社で経理のデジタル化を進めて、経理や現場の会社員の人達を助けてあげてね。じゃあ今日は『お疲れ様』の意味でその1杯、自分からのご馳走ね」
「え!ケチのマスターからおごってもらうの、なんだか不正より怖いです」
そんな生意気を言いながらも、彼らは「『社長のための経理のデジタル化講座』は?」「『社長が言っても改善しない属人化やブラックボックス化はデジタル化で一掃!』は?」など、次回のイベントのタイトル案を語り合っていた。
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。