経理Bar~アナログで起こる不正、デジタルでも起こる不正~<Episode3:ちょっとおかしいことはすごくおかしい>

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閉鎖された組織の特性

人というのは不思議なもので、初めは「ちょっとおかしいな」と思ったものでも、それが毎日習慣化されてしまうと気づかなくなってしまうものです。

たとえば、毎日職場で怒鳴り合いの喧嘩をしている2人がいて、最初は「いい大人が職場で怒鳴り合いなんて…」と思っていても、それが習慣化されてしまうとその怒鳴り声がBGMのようになってしまいます。

そして新たに入社した社員や外部から契約で来社した派遣社員などは、怒鳴り合っている2人よりも、それを止めようともせず我関せずと黙々と働いている周囲の社員の方に不気味さを感じます。

しかしそれも最初の一週間くらいで、その人達もその光景に慣れていき、黙々と仕事をする輪のなかに溶け込んでいく…そのようにして組織は構成されていくのです。

「不正」がなされていないか外部の定期的なチェックがあったほうが良いというのは、閉鎖された組織にはこのような特性があるからです。

そして今日も、そのような職場で働いている社員がこの経理Barにやってきました。

「黒い」部長

「マスター、見て見て。うちの会社ってこんなメンバーで働いているんですよ」。

Aさんは社会人になって3年目の若手社員である。将来はIPO(株式上場)を目指すIT系のベンチャー企業に学生時代からインターンで入り、そのまま新卒入社したそうだ。

いわゆる今時の和気あいあいとした若者を中心とした30人くらいのメンバーの集合写真を、スマホを取り出して見せてくれた。

その中に、ひときわ異彩を放つ姿の人物に私は目を奪われた。そして「この人は、誰?」とAさんに聞いた。

A「ああ、Bさんですね。Bさんは社長が知り合いから紹介されて入社した新規事業部長です」

なぜそのBさんに目を奪われたかというと、他の色白の社員達の「影」じゃないかというくらい、Bさんは日焼けで顔が「真っ黒」だったからである。それと対照的に真っ白い歯がニッと浮かび上がり、その職場には似つかわしくない「奇妙さ」を放っていた。

マスター「ねえ、この人、異常に黒くない?」

A「そうですか?確かにすごい日焼けしてますけど、まあ、そんなもんじゃないですか?」

マスター「この人は、普段は何をやっているの?」

A「うーん、よくわらないですけど、なんか新規事業でワーケーションをやるとかなんとかで、毎月沖縄に行ったり来たりしているみたいです」

マスター「だから日焼けしてるってこと…」

それにしても、その焼け方は異常だった。毎日遊びほうけていないと、その色の仕上がり具合にはならないだろうという黒さである。

私はAさんに「今度、社長さんもうちに連れてきてよ」と伝えた。

シングルチェックの経費

「こんばんは。いつもうちのAがお世話になっているみたいで」

二週間くらいして、Aさんに連れられて社長が経理Barにやってきた。

私は、「大人同士の話がしたいから」と、Aさんを他の常連客に引き合わせて、社長とカウンターで2人きりになってから、経営のことなど話をしていた。

マスター「ところで社長、この間、Aさんに会社の集合写真を見せてもらいました。ひときわ日焼けした方がいらっしゃいますね」

社長「ああ、Bのことですね。新規事業だとかいって沖縄を行ったり来たりして奔走してくれています。それが何か?」

マスター「ええ、ちょっと確認したほうがいいと思うんです」

社長「何をですか?」

マスター「社長、Bさんの経費精算はチェックされていますか?」

社長「いえ、一応事業部長なので1カ月で総額50万円を超えたら社長決裁にしていますけど、そこまでは使っていないと思うので、多分本人で決裁していると思います」

マスター「社長、IPOを目指されるのであれば、たとえ部長であっても自分で申請して自分で決裁をするというシングルチェックは、IPOの内部統制の審査でひっかかるんですよ」

社長「えっ、そうなんですか」

マスター「数字のミスや不正が起きないように、原則ダブルチェックの体制が社内の全てになされているかという内部統制の審査がありますから、今のうちに整えておいたほうがいいですよ。もちろん社長ご自身の経費精算も、他の役員にチェックしてもらってくださいね」。

社長は「わかりました。すぐやります」と言うとすぐに、自分のスマホに「Bの経費精算をチェック」「シングルチェックは駄目」とメモを残していた。

ワーケーションの経費ではなく、バケーションの不正

数週間後の夜、社長が一人で経理Barにやってきた。その顔はどこか疲れ切っていた。

社長「こんばんは…」

マスター「いらっしゃい。こちらへどうぞ」

注文を終え、一口飲んだ後に社長が口を開いた

社長「この間マスターが言った意味がわかりました」

マスター「ありましたか?」

社長「ええ、ありました。不正が」

私に言われた翌日、社長が経理担当者に数カ月分のBの経費精算を見せてもらったところ、毎月50万円の上限ぎりぎりまで高額な飲食代やゴルフ場のラウンド代など、全く聞いていない経費を使い放題使っていたそうだ。

経理社員になぜこのことを私に言ってくれなかったのだと聞いたら、Bさんはワーケーションの事業をしている人だと社長から聞いていたから、その一環でゴルフ代や飲食代なども使っているのだと思っていた、そして、社長が経費の使用を月に50万円まではBさんに一任していると言っていたから、50万円を超えていて社長の承認印がなかったら社長に報告していたが、50万円以内だったので、社長に報告しなくていいと思っていた、と言われたそうだ。

そして社長がBを呼び出し経費精算の履歴を見せて問い詰めたところ、現地で毎月ワーケーションでなく単なるバケーションをして遊び倒していただけということがわかったそうだ。社長よりBは10歳年上で、社長も経理社員も年齢的に遠慮があったらしい。

そして若いメンバーたちも「年が離れているから、きっとライフスタイルが違うのだろう」と、その「日焼け具合」も最初は「ちょっとおかしい」と思ったそうだが、すぐ気にならなくなってしまったらしい。

マスター「社長、ちょっとおかしい、と思ったら、それはものすごくおかしい」っていう言葉を知っていますか?

社長「いえ。誰の言葉ですか」

マスター「私です(笑)」

社長「冗談はやめてくださいよ。こっちは裏切られてショックなんですから」。

マスター「でも早いうちにわかってよかったじゃないですか。これがIPOの審査中にわかったら大減点ですよ」

社長「そうですね…。正直、経理を甘く見ていました」

マスター「そんなことはないと思いますけど、ただ、いくら経費精算をデジタル化しても、使用内容が不正かどうかは機械で判断できませんから内容のダブルチェックは必要になりますよ。社長の責任の一つは『身内から犯罪者を出さない』ということですから」。

色白の社員

その半年後、Aさんが「うちもIPOの準備に入って人数も増えたんですよ」と、また職場の集合写真を見せてくれた。その中には真面目な顔をしたBも写っていた。

社長は自分への戒めとして、Bをクビにせず、全額経費を返済させたのちに降格、減給し、社長室付けにしてマンツーマンで毎日厳しく指導をして仕事をさせているそうだ。

ずっと内勤で仕事をしているのだろう。写真を見ると、Bの「素肌」は他の誰よりも実は色白であることがわかった。

マスター「ねえ、Bさんって、以前より色白になったね」

A「そうですか?全然気付きませんでした」

※この物語はフィクションです

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