働き方改革、コロナ禍対応、そしてDX推進などを背景に、年々多角化する人事労務領域の業務。IT化をなかなか進められず、定型業務だけでも手一杯の状況で、業務負荷は過重になるばかり。にもかかわらず、この苦労を社内の誰にも理解してもらえない──。
そうした人事労務担当者がもっと気持ちよく、今以上に自信を持って仕事ができるようになるためのヒントがクラウドツールにあると、株式会社TECO Design代表 杉野愼さんは話します。これまで約300社のクラウド給与・労務・勤怠サービスの導入サポートを行ってきた杉野さんに、詳しいお話を伺いました。
紙とハンコと“根性”の人事労務に限界を感じ、クラウドの伝道師へ
──これまで15年近くにわたって人事労務領域に携わってきた杉野さんから見て、昨今の現場の印象はいかがですか。
ようやく、人事労務領域のクラウド導入が本格的に着手されるようになってきたなと感じますね。
経営側の判断として、売上に直結しない人事・労務領域への投資は、営業や会計などと比べて、どうしても後回しになりがちです。順番待ちをしている人事労務は紙、ハンコ、郵便、電話を使いこなして、“根性”でなんとか業務を遂行してきましたが、そうしたやり方に限界が来たのが、ここ7〜8年。特に働き方改革では、テレワークを始めとする柔軟な働き方、ハラスメントやメンタルヘルス対策など、答えのないイレギュラーな業務も人事労務の領域に加わりましたが、定型業務だけでもいっぱいいっぱいなバックオフィスでは手に負えません。これに追い打ちを掛けたのがコロナ禍による出社制限で、いよいよバックオフィスにもクラウド化の波が押し寄せている、というところだと思います。
──TECO Designがそうしたバックオフィスへのクラウド導入支援を行っているのは、杉野さんご自身の実体験がきっかけになっているのですよね。
はい。創業前に社会保険労務士事務所に勤務していたのですが、当初は、私も紙ベースでの仕事が当たり前だと思っていました。ところが、グループ内で新たに設立したコンサルティング会社でクラウドツールを導入して驚愕したんです。年末調整を例に挙げると、社労士事務所のほうではベテラン社労士60人で毎年約1万2,000人分を完全アナログで処理。1人当たり200人分を処理していた計算ですが、深夜どころか明け方近くになっても終わらない……というのが毎年恒例でした。これに対してグループ会社のほうは、約2,000人分の年末調整を未経験者2人で難なく終わらせることができたんです。単純計算して1人当たり1,000人処理できたということですから、業務効率は約5倍。これだけ定型業務を圧縮できれば、より大切なイレギュラー業務にも注力できるはずだと確信しました。
こうした経験から、より多くのバックオフィスの方々にクラウドのよさを伝え、「一緒に、もっと楽しく頑張れる人事労務に変わっていこう!」と呼びかけていくのが私の使命だと考えるようになったんです。
真の失敗要因はITスキルではなく「人任せのマインド」
むしろ非効率化してしまう“失敗あるある”ケースも
──人事労務担当者の中には「クラウド化すれば本当に業務を効率化できるのだろうか?」と疑問を抱いている人も多いと思います。杉野さんがクラウド導入をサポートしてきた中で「失敗しそうだな」と感じたケースはありますか?
10社に1社くらいは「なかなか課題が根深いな」と感じるケースに出会いますね。次のような事例は結構“あるある”なのではないかなと思います。
- 「遅刻は3回までセーフ」「通院時の休暇はノーカン」といった自社独自のルール、運用に耐えうるクラウド製品が世に存在せず、カスタマイズで対応させようとすると膨大なコストが掛かるので、検討段階でクラウド化に頓挫してしまう。
- せっかくクラウド勤怠を導入したのに、結局打刻記録を紙に印刷し、上司がチェックして電卓で計算して給与システムに手入力……という非効率的な運用になっている。
- 給与明細をWeb化したのに、ほとんど閲覧されていない。
こうしたケースでは、たとえクラウドを導入したとしても、効率化の成果は出にくいです。
──どれもかなりリアルですね。こうした失敗が起こってしまう原因は何だと思いますか? やはりITスキルや知識の不足でしょうか。
いいえ。実は、ITスキルの有無はあまり関係がないと思います。私が考えるクラウド化失敗の最大の原因は、人事労務担当者の「マインド」です。
上記の事例に共通しているのは「クラウドツールさえ入れれば、まるで魔法のように、これまでの業務を全自動化できる」と思い込んでしまっていること。言い換えれば「ツールがすべてを解決してくれる」という人任せのマインドになっている状態だといえます。
これに対して私が伝えているのは「ツールは『魔法』ではなく『手品』である」ということです。手品は、種と仕掛けを学び、しっかり練習すれば必ずできるようになりますよね。クラウドツールも、使い方を習得し、自分の頭と手を動かして使いこなせるように努力して初めて、成果を出せるんです。ですから、そのスタート地点として「ほかでもない自分自身が課題解決するんだ」という当事者意識が人事労務担当者にあるかどうかがカギになると思っています。
自社にツールを合わせるより、自社“を”ツールに合わせる
──「自分の頭と手を動かす」とのことですが、具体的にどう取り組めばよいのでしょうか。
まず、自社の労務の「100点」の状態を決めたいですね。そもそも、これまでの業務が非効率的なのはアナログだからというだけでなく、不要な作業や不適切な運用が含まれているせいである可能性が高いです。場合によっては、それらが法律違反になっている恐れもあります。こうした「60点」の状態を単純に自動化するだけでは、不良品を2倍速、3倍速で量産してしまうようなものですから、余計に非効率的ですよね。
100点を決める有効な方法のひとつが「自社のルールや運用をツールに合わせる」というものです。クラウドツールは合理的かつ標準的な業務の手順をシステムに載せたものですから、ツール通りに作業をすれば、法令を遵守しながら効率的に業務を行えるようになります。したがって「クラウド導入を機に、標準から外れた自社の特殊ルールはなくしてしまうほうが長い目で見てよいですよ」とよく提案しますね。
一方、標準から“外れている”というより、標準を“上回る”手厚い制度については、改めて運用を議論するのがよいと思います。理由や想いのある制度なのであれば、手を掛けて運用を続けるべきですし、逆に「理由はないけれど昔からやってきたから……」程度で続けているのなら思い切ってなくしてしまってもいいでしょう。
──ツールに合わせて標準化するにしても、100点の状態を思い描くのはなかなか難しそうです。
おっしゃる通り、100点を完璧に詰めてからクラウド導入するのは大変です。できるところからクラウド化を進めつつ、走りながら100点をより明確にしていくのが現実的かなと思いますね。
──「できるところから」ということですが、最初に手を付けやすい領域はありますか?
あくまで一例ですが、他の領域への影響が少ない勤怠管理をペーパーレス化するところから始めるのはアリかなと思います。イメージしやすいですし、効果も実感しやすいですしね。そこで成功体験を積めば「次は給与システムと連携してみよう」「年末調整もクラウド化してみよう」といった形で、先が見えてきやすいと思います。
ただ、実際には、どこから着手するべきかは企業によるところが大きいです。「あの企業が勤怠管理を最初に導入して成功したから、うちも必ずうまくいくはずだ!」と形だけ真似する発想では、やはり失敗しやすいと思いますね。
勤怠管理のペーパーレス化の一例。ICカードのタッチで出退勤の打刻が可能に。
バックオフィスの価値向上を目指して
理想形は経営視点でクラウド活用できる人事労務
──逆に、クラウド導入に成功しやすいベストなパターンはありますか?
バックオフィスの方々がしっかりと当事者意識を持っていることに加えて、経営まで見据えた広い視野で人事労務を語れればベストだと思います。
例えば、クラウド導入に当たって経営層を始めとする社内を説得する際にも「業務負荷を軽くしたい」という要望から、もう一歩踏み込んだ議論ができるといいですね。「事業目標を達成するためには、労働生産性をこの程度向上させる必要がある。そのためには、業務の標準化とともに、働きやすい勤務体制を整備する必要がある。中でも時短勤務やテレワークの制度を整備することでこのような数値的効果が期待できる。このクラウドツールを使って定型業務をこの程度圧縮すると、これらの制度の運用がこう可能になる」……といった具合です。あるいは運用時にも、ツール上のデータを使って経営層と話ができるとよいと思います。「勤怠データによると、今月は先月よりも残業時間が●%多い。このままでは、人件費が●円になり、利益率に影響が出る。このような対処をして予防したほうがいい」……のようにバックオフィスから提案するイメージです。
このようにクラウドツールを経営的な視点で活用できれば、導入や社内定着もスムーズになります。何より、人事労務担当者と経営層が、お互いにより気持ちよく仕事ができるようになると思いますよ。
「世話好きでありがたい人事労務」へと進化するチャンス
──とても理想的な状態ですね。ただ現実的にはかなり難しそうです。
同感です。人事労務担当の方々は本当に真面目で優秀な方が多いのですが、過重な業務負荷やそれに対する悩みを抱え込んでしまう中で、どうしても視野が狭くなってしまいがちなのがもったいないなと思います。一方の経営層も、現時点では人事労務に多くを求めていないのが実情でしょう。業界全体として、人事労務を始めとするバックオフィスの価値をもっと上げていかなければならないと強く思っています。
──バックオフィスの価値向上に向けて、TECO Designとして取り組んでいきたいことはありますか。
現在提供している導入支援サービスでは、コーチングのような形でバックオフィスの方々が視野を広げられるようお手伝いしたり、経営者とバックオフィスの間に立って対話をサポートしたりしています。
また、バックオフィスのイメージをよりよく変えるべく、YouTubeなどでの発信も強化しているところです。バックオフィス業務はどうしても他の部署から見えにくいので「何をやっているかがわからない。社内の敵だ」というイメージを抱かれがちなのが悔しいですよね。そこでYouTubeでは、バックオフィス業務のごく入門的な部分を楽しく伝えて「バックオフィスってなんだかおもしろそう! カッコイイ!」と感じてもらえるようにしたいと思っています。
チャンネルリンク:TECO Design【公式】
さらに長期的には、バックオフィス業務の体系化に取り組んでいきたいですね。現状では企業ごとにバックオフィス業務が大きく異なるため、バックオフィス担当者は、いわばその企業でしか通用しない技術を習得して守ることが仕事になっているような状況にあるといえます。せっかく身につけたスキルを持ち出せないので、業界全体のスキルがなかなか上がっていかないんですよね。こうした課題に対して、いわば「バックオフィス大全」のようなものを確立し、スキルをポータブル化していく必要があると考えています。
──先ほどの「当事者意識」の話を考えると、人事労務担当者自身も、バックオフィスの価値向上に向けて何かできるとよいですね。自分たちがもっとのびのび働けるようになるために、人事労務担当者には何ができるでしょうか。
これからの人事労務に求められるのは「会社にあなたがいてくれたおかげでいろいろな相談ができて、とても働きやすかった」と社内から言ってもらえるような仕事をすることだと考えます。この目標に向け、ぜひ前向きにスキルアップに取り組んでいただきたいですね。
従来の人事労務で求められていた「間違いなく入力する」「記入内容を細かくチェックする」といった仕事ももちろん価値のある重要な仕事であることは間違いありません。しかし、残念ながら、これらはいずれシステムに取って代わられてしまいます。そう聞くと不安に思うかもしれませんが、むしろチャンスだと捉えてほしいんです。
定型業務の圧縮で生み出された時間と労力で取り組めるイレギュラーな業務は、答えがない分、歯ごたえがあって、ワクワクすることも多いでしょう。何より今以上に社内で感謝される仕事だと思います。人事労務の方々は「世話好きで人の役に立ちたい」「お節介を焼きたい」という気持ちの強い方が多いです。その才能をもっと活かして、より楽しく仕事ができるようになるはずだと考えています。
「そうした人事労務を目指してスキルアップする」というと大層な感じがしてしまうかもしれませんが、気負い過ぎる必要はありません。まずはその目標を意識するだけでも、日々の業務が積み上がっていくはずです。「次に何ができるだろう」「そのためにこれをやってみたいな」と考え、工夫する過程自体も楽しみながら、一歩一歩ステップを上っていってほしいなと思います。
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