<図で考えると数字は良くなる> 第11回 特定の社員に売上依存をするほどリスクは高い

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「人は離職するもの」としてリスク管理をする

近年は、多くの会社で「いかに優秀な人材の流出を防ぐか」「離職率をいかに下げるか」ということが課題になっています。特にコロナ禍では、リモートで職場との距離が離れることで会社へのエンゲージメントも下がってきているのではないか、という懸念があるようです。

実際にこれまでハードワークで仕事をこなしてきた人が、「あれ、何で私はこんなに会社のために一生懸命働いてきたのだろう…」「学生時代に描いていた『自分らしい働き方や生き方ってこんな風だったっけ…』」など、ふと我に返った人も私の周囲でも多かったように思います。

職場の離職率低下のためのワークショップを私も開いていますが、会社として社内の環境整備をする努力はもちろん大切です。それでも離職、転職というのは社員それぞれの事情もありますし、一定割合として発生するものとして心構えをしておくのがリスク管理の基本的な姿勢ではないかと思います。

会社経営の観点から見て重要なのは、誰かが辞めることで、どれくらいのオペレーションリスク、金銭的リスクがそれぞれ発生するかを事前に把握しておくことです。

売上を持つ部署と売上を持たない部署それぞれの離職リスク

経理や総務といった事務系の職種、言い換えれば「直接的に売上を持たない部署」の社員が離職をする場合、一番のリスクは、その人の退職によって「会社のオペレーションがまわらなくなる」ということです。

そのため、オペレーションで事故が発生しないように、離職の意思表示をした社員と会社側で、後任が決まり、引継ぎが完了できるまでにどれくらいの期間がかかるかなど話し合いをして、退職者の最終出社日を調整してもらうという手続きや段取りが進められます。

一般的には「直接的に売上を持たない部署」の社員の離職は、その部内の調整ができれば会社の資金繰りそのものに直接的な影響を及ぼすものではないでしょう。

ただし、IPOの準備担当者が離職する場合は、IPO自体のスケジュールに影響が出ますし、資金調達の担当者が離職する場合は、そのまま資金繰りに影響が出ますので、経理と経営陣とでコミュニケーションを図って、事実情報の共有などを綿密にしていき、計画や資金などへの影響を最小限に留める必要があります。

一方で営業などの「直接的に売上を持っている部署」に関してはどうでしょうか。

これは「人によって」違ってくると思います。会社の資金繰りに大きな影響を与えるほどの売上を上げている社員であれば、たった一人の社員であってもその離職は会社の経営に影響を与えます。

一方で、それほど売上に寄与していない社員であれば、退職をしても資金繰りに大きな影響を及ぼすということもないでしょう。

特に、独自性のある製品やサービスなどを提供している会社ではなく、代理店業や人材派遣業など基本的なサービスの仕組みや内容は同業他社とほぼ同じで、営業力で競い合っているような業種の会社は、特定の営業社員だけに売上を大きく依存していると、その社員が同業他社に転職をしたり、あるいは独立をしたりして組織から離脱してしまうと一気にその売上が流出し、売上や利益が激減してしまいます。

当然ながら資金繰りにも悪い影響を及ぼします。

また、独自性のあるモノづくりをしている会社においても、特定のデザイナーやエンジニアなどがいないとそのモノ自体が完成しない、納品できない、というキーパーソンの社員がいる場合、その社員が離職をすると結果的にそれは売上に直結しますので、同様のリスクが発生します。

そのようなリスクがあるため、会社によってはキーパーソンの社員がモラルのない行動をしていても誰も叱れない、腫れ物に触るように接しているというケースも見られます。

潰れる会社に多い「社員の年俸>社長の年俸」の逆転現象

そして会社によってはキーパーソンの社員の年俸を経営者よりも高く設定して離職の引き留めを図っているケースもあると思いますが、個人的にはお薦めしません。

なぜかというと経営再建の仕事をお手伝いさせていただいた時に、社長より一部のキーパーソンの社員の給与のほうが高いという給与体系にしている会社が本当に多かったからです。

このような給与体系にすると何が起こるかというと、お金というのはその人の言動を変えてしまいますので、おしなべてそのキーパーソンの社員が経営者風の言動に変わっていきます。

元来は謙虚だった人も、経営者の不在時に他の社員に対して経営者のごとく振る舞い始めます。そして、経営者自身も「自分より年俸が多いのだから」と、経営者としての自身の責任を放棄してしまう言動も出始めます。

結果として、社内に中途半端な状態の経営者が二人いる状態になり、部下の社員達がどちらの言うことを聞いていいのかわからず混乱し、社内の体制が滅茶苦茶になってしまうのです。

お金で離職を引き留めるというのは、結局きりがなくなり、他の社員にも不信感を与えるだけですので、「万が一社員が突然退職しても、別の社員か、外注業者で対応できるワークフローやマニュアル、人脈などを構築しておく」ということがまずは全うなリスク管理の対応方法ではないかと思います。

特定の人物に組織が依存している状態というのは極めて不安定です。

離職リスクを回避する方法として、たとえばトップセールスの人に売上依存をしている会社であれば、その売り方のノウハウを、その社員が万が一辞めても、ノウハウだけは会社の資産として残るように言語化できるところは極力言語化して営業マニュアルを作り、他の社員はそのトップセールスに同行するなどしてノウハウを蓄積しておきます。

すべて会得することはもちろん無理でしょうが、5割~7、8割でもトップセールスの持っている「コツ」を他の社員が共有、会得できることで、トップセールスが離職した後の売上減少リスクも何もしないよりは抑えられるはずです。

また、製造、制作部門の社員に関しては、同様にマニュアル化できるところはするようにしつつ、万が一の場合に備えて外注業者も調べておき、常に何社かキープをして、多少コストがかかったとしても「受注があっても納品ができない」という状態を避けておくとよいでしょう。

経理のアプローチで離職リスクを考える

社員の離職と売上・利益の相関性は、経理社員が会計データからもよく理解できると思います。

〇〇さんが辞めるとこれくらい売上が下がる、□□さんが辞めるとこれくらい資金残高が減る、というような「経理的観点から見た離職リスク」を経営陣にレポートすることでも、経理の新しい価値の提供、経理の組織における存在意義の理解促進ができるのではないかと思います。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

執筆:前田 康二郎 (まえだ こうじろう)

フリーランステレワーカー。数社の民間企業で経理総務・IPO業務等を行い、海外での駐在業務を経て独立。現在はフリーランスでのコンサルタント活動、講演・執筆活動の他、YouTubeチャンネル『流しの経理』、節約アプリ『節約ウオッチ』(iOS版)を運営している。 著書に『スーパー経理部長が実践する50の習慣』『AI経理 良い合理化 最悪の自動化』『職場がヤバい!不正に走る普通の人たち』『伸びる会社の経理が大切にしたい50の習慣』(以上 日本経済新聞出版社)、『スピード経理で会社が儲かる』(ダイヤモンド社)、『ムダな仕事をなくす数字をよむ技術』『自分らしくはたらく手帳』『つぶれない会社のリアルな経営経理戦略』『図で考えると会社は良くなる』(以上 クロスメディア・パブリッシング)、『経営を強くする戦略経理』(日本能率協会マネジメントセンター)など。最新刊は『「稼ぐ、儲かる、貯まる」超基本 プロ経理が教えるお金の勉強法』(PHP研究所)。

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