孤高のレゴ認定プロビルダー三井淳平さんに聞く仕事観

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好きを仕事にする、は幸せか 孤高のレゴ認定プロビルダーに聞く仕事観

人生の3分の1を費やすとされる「仕事の時間」。どうせなら情熱を持って取り組めることを仕事にしたいが、一方で、「趣味と仕事は分けた方がいい」という意見も聞く。

好きを仕事にすることで、どんな毎日が待っているのだろうか。話を聞くのは、日本で唯一のレゴ認定プロビルダー・三井淳平さん。レゴ認定プロビルダーとは、レゴ社が「レゴの名前を使って仕事をすることを認めた人」に与える称号。世界でも20名程度しかおらず、三井さんは大学院生の頃、世界最年少で認定されている。好きを突き詰めて仕事にした彼に、「好きを仕事にする」働き方について聞いた。

運命を変えたタイでの出会い レゴ認定プロビルダーになるまでの道

運命を変えたタイでの出会い レゴ認定プロビルダーになるまでの道

兵庫県明石市の一般家庭で、次男として生まれた三井さん。3歳上の兄について回り、兄とともにいろいろなおもちゃで遊ぶ「どこにでもいる子どもだった」という。レゴブロックに初めて触ったのは、1歳をすぎた頃。一般的なレゴブロックに比べ大きめの規格であるデュプロを使い、兄弟で遊んだのがレゴとの最初の出会いだった。

小学生に入ってからも、「特別なことをしていたわけじゃない」という。レゴセットを買ってもらったら、最初は説明書通りにセットを組んで遊び、飽きると解体してオリジナル作品を作る。オリジナル作品は飛行機や船などで、見た目よりも「中にフィグを入れて遊べること」を重要視し、あくまでレゴは「遊びに使うおもちゃを創造するためのもの」だった。

ジオラマなどで使用するミニフィグ。1万体以上ある。

ジオラマなどで使用するミニフィグ。1万体以上ある。

しかし、やり込んでいくとどうしてもパーツが足りず、買い足す際の金額の高さが気になった。日本ではレゴは百貨店にある贈答品の位置づけで、1セットで2〜3万円することも珍しくない。コツコツ貯めたお年玉で購入するのにも限界があった。当時はインターネットが普及し始めた時期。たまたまインターネットを通じて、アメリカのスーパーマーケットで積み上げられるようにして安く売られているレゴを目にした。物によっては日本で売られている価格の3分の1程度。パーツの構成は一緒だが、一度に同じパーツがまとめて手に入ることも魅力だった。

現地から買い付ける。それによって遊びが広がることにワクワクした。そんな彼を見て、両親は「やってみたら」と話したという。現地のバイヤーにコンタクトを取り、メールを送った。当時は中学生だったが、分からない単語は辞書を引きつつ、大人のバイヤー相手にメールでやり取りを重ねた。入金こそ親の口座を借りたものの、両親はメールの内容を見ることも手を出すこともしなかったという。今は二児の父でもある三井さん。「親がやってしまった方が早いし、心配にもなっちゃう。よく手出ししなかったな、と思います」と笑う。

中高生の頃に作成した、サターンV(アポロ4号)

中高生の頃に作成した、サターンV(アポロ4号)

インターネットは彼の世界を飛躍的に広げた。自身のホームページを作り作品を掲載すると、日本だけでなく世界中からコメントが届いた。同じ趣味を持つ人との繋がりができ、交流も生まれた。

やがて、ホームページを見た番組関係者に誘われ、高校3年時、テレビチャンピオンに出場する。オンラインで交流を深めていた仲間たちは、テレビを見て「まさか高校生だったとは」と驚いたという。中高は野球部や科学研究部に所属し「レゴはあくまで趣味だった」と話すが、趣味の域を少しずつ超えて彼の進むべき道を変えた。東京では時折、作品を持ち寄ったイベントが開かれた。他の人が作った作品を生で見られる上、作り方について質問したり、学んだりできる環境があった。「東京へ行けば仲間がいる」。その点も進学先に東大を選んだ理由となり、入学後はレゴ好きの先輩たちと共に東大レゴ部を立ち上げた。

東大在籍時、東大レゴ部として作成した安田講堂

東大在籍時、東大レゴ部として作成した安田講堂

TVチャンピオンの出場は、時間を経て三井さんに一つの運命的な出会いをもたらす。日本で放送されていたTVチャンピオンはタイでも放送されており、非常に人気も高かった。彼が出演した「TVチャンピオンレゴブロック王選手権」の放送を見たタイのレゴ社の代理店が、日本のTVチャンピオンに出ていた作品と作者を招いた展示会を企画した。すでに大学生になっていた彼に、出展の打診が届いたのだ。

タイで開かれたイベントで、三井さんはデンマークからイベントを見に来ていたレゴ社の担当者と偶然出会う。代理店の方が仲介し、挨拶を交わした。そのとき、彼は勇気を出して、ずっと聞いてみたかったことを尋ねたという。「レゴ認定プロビルダー」の存在だ。『レゴ社が認めた人にしか与えられない称号で、世界で数名しかいない』。インターネット上にも詳しい情報はほとんどなく、実在するのかどうかも知らなかった。そこで初めて、レゴ認定プロビルダーが本当にいることを知った。「自分も挑戦してみたい」。そう決意して、彼の人生は新たな方向へと動き出すことになる。三井さんは自身について「気になることがあれば積極的に進んでいくべき、と考えるタイプ」と話す。もしこのとき、勇気を出して声をかけていなかったら。ためらって、レゴ認定プロビルダーについて聞いていなかったら。「きっと、違った人生になっていたと思います」と振り返る。

タイのイベントに出展した作品

タイのイベントに出展した作品

レゴ認定プロビルダーの称号は、試験や面接があるわけではなく、これまでの作品や活動実績から、認定するにふさわしい人材かを見極めた上で与えられる。その後しばらくして、三井さんのもとにレゴ認定プロビルダー選定の知らせが届いた。大学院在籍時の2011年、世界最年少での認定だった。

一度は就職 充実した毎日だったが、選んだのは「自分にしかできないこと」

大学ではマテリアル工学科に在籍し、金属材料や鉄の研究をしていた。

大学ではマテリアル工学科に在籍し、金属材料や鉄の研究をしていた。大学生の頃には、すでにホームページ経由で「新しく建設するビルの模型をレゴで作れないか」「イベントの目玉の展示を作ってほしい」などの仕事の依頼が舞い込むようになっていた三井さん。すでにレゴ認定プロビルダーの肩書きを持っていたが、企業への就職を選んだ。就職先に選んだのは大手鉄鋼メーカー。ある意味、学部からすると一番王道な就職先だった。「その段階ではレゴで生きていくとは考えていませんでした」。

仕事では、品質管理部に所属し、企画に近い仕事をしていた。「どういう工程で作るか」「温度条件など製造条件をどうすれば規格通りのものができるか」を現場レベルで考える。大学で研究したことが生かされる、希望通りの就職だった。

家に帰れば、レゴ作品制作に没頭した。レゴ認定プロビルダーの称号を得た彼の元には、さまざまな企業から制作の依頼が来るようになっていた。好きなこと、それも普段の仕事とレゴ認定プロビルダーとしての活動の両方が叶った充実感で満たされていた。

会社員時代に作成した伊藤若冲の『 樹花鳥獣図屏風』

会社員時代に作成した伊藤若冲の『 樹花鳥獣図屏風』

しかし、限界は少しずつ見えてきた。大きさや規模感から副業では引き受けるのが難しく断る仕事があった。当時は本業の職場がある千葉に住んでいたが、レゴの設営がある場合は有給を取ったり定時で上がったりするなどして時間を工面し、都内に移動した。それでも設営中に本業のトラブルで電話が鳴り、緊急対応の呼び出しが入ることもあった。

会社は彼の副業に理解が深かっただけに、「どっちつかずにしたくない」という思いがあった。どちらかを取るとしたら。「どっちの方が自分にしかできないかを考えると、レゴの方がそうなのかな、という思いはあった。本業の業界には優秀な人材も多く、自分が置き換わっても成立する。しかし、レゴは違ったんです」。

入社から3年経ち、彼は退社と独立を決意する。

入社から3年経ち、彼は退社と独立を決意する。上司には、辞める6カ月前に伝えた。通常は1カ月前に退社の意向を伝える場合が多いが、なぜ6カ月前だったのか。「半年あれば人の入れ替えもスムーズ。新しい人を雇う場合でも、新しい配属とする場合でも、半年あれば問題が少なくなるかなと考えたんです」。

相手のこと、置かれている状況を考え、その上で自分の進退を決める。根底にあるのは、「誰にとっても気持ちよく過ごせる方がいい」という相手への思いやりとホスピタリティだ。会社からは引き止めはあったものの、あくまで形式的なもの。上司は「三井くんにとってのレゴならしょうがないよね」と笑いつつ、快く送り出してくれたという。当時一緒に働いていたメンバーとは、今でもSNSなどを通じた交流がある。応援したいと思える人柄があるのも、三井さんの魅力だ。

熊本城

人付き合いについて、三井さんが大事にしていることがある。大学院の頃の研究室の教授の教えだ。「愛される存在であるためには、正しい手順を踏まないといけない」。組織としてプレーするときの基礎となる心構えはそこで学んだという。

WhiteTiger

すぐにブロックに触ることはない 作品制作は「資料集め」と「スケッチ」から

三井さんの作品を見ていると、不思議に思うことがある。

三井さんの作品を見ていると、不思議に思うことがある。彼には、この世界がどう見えているのか。このとてつもない作品を、どうやって作っているのだろうか。

「どんな題材でも、特徴となる部分があるんです」。今回、マネーフォワードのロゴのイメージをレゴで制作していただいた。この場合、特徴となるのは「M」のなめらかな曲線の形状と飛び出した丸い箇所。「まずは、ぱっと見の印象を捉えます。このMは、ちょっと上り調子な感じの曲線。あそこをうまく表現したいなと思うところからスタートしました」。

マネーフォワードのロゴのイメージをレゴで制作していただいた。

人の顔の場合は目と鼻だ。「目と鼻は、ちょっとしたニュアンスを変えるだけで印象がガラッと変わってしまう部分。逆に輪郭に関しては後でいくらでも調整できるんです」

オリジナル制作した「ぴえん」の顔文字。顔の角パーツが飛び出した作りになっている。

オリジナル制作した「ぴえん」の顔文字。顔の角パーツが飛び出した作りになっている。

実は、組み立てる上で大きな時間を占めるのが事前の資料集めだという。著名人の顔の場合はテレビ番組やインターネットの画像検索などで、さまざまな角度からその人の顔の特徴を捉える。建築物の場合は外観だけでなく図面や構造の理解からスタートする。スタジアムの場合は断面図や座席の配置まで。たくさんの資料を見て、いろんな角度からの映像を頭に入れていくことで、まずは頭の中で完成図を作り上げるのだ。

次に行うのが、スケッチ。

次に行うのが、スケッチ。「スケッチは、自分の頭の中のイメージを1回アウトプットする作業。ここでスラスラ描けると、しっかりイメージできています。反対に線に迷いがあると、整理できてないのでブロックで組み立ててもうまくいかないんです」。

スケッチは、自分の頭の中のイメージを1回アウトプットする作業。

好きなことを仕事にする ただし、リスクを取りすぎない方法で

三井さんの作業場の様子。形状と色で分けられた大量のポリプロピレンケースが積まれている。

三井さんの作業場の様子。形状と色で分けられた大量のポリプロピレンケースが積まれている。

現在は日本唯一のレゴ認定プロビルダーとして、さまざまな企業や団体からの依頼を受ける日々を過ごす。フルタイムのアシスタントが1名いるが、単独での作業も多い。締め切りに向かって粛々とレゴを組むだけに思われるが、事務作業も自身で行う。完成物のイメージを共有し、どんな仕様にするか、どう表現するかを打ち合わせる。「一度完成してしまうと、作品によっては手直しがほぼできない。ちょっと直して、というのが効かない仕事で、一から作り直しになってしまうんです」。

未来の名古屋駅

未来の名古屋駅

独立によるギャップは「意外となかった」と話す。本業のかたわら、3年もの間、副業の形でスモールスタートできていたことが大きい。すでに実績もあり、ワークフローも確立し、依頼主がいたことも影響している。

制作の依頼以外の引き合いも多い。組み立ての設計図を作成し、参加型のワークショップを開くこともある。街に新しいランドマークを建設する企業と、地域に住む人たちと各々パーツを組み、ジオラマの上で組み合わせて完成予想図を作ったこともある。自分の手で作る楽しさ、完成していくワクワク感の共有にレゴが活かせるという着眼点は、レゴを愛し没頭してきた三井さんならではといえる。

ワークショップで作成した、渋谷駅前のジオラマ

ワークショップで作成した、渋谷駅前のジオラマ

活動を続ける中で、大変だと思うことはほとんどないが、強いて言うなら「完成図が自分の頭にあること」と言う。「最初から最後まで、完璧に自分の頭の中でイメージがあって。それを形にするときは分業ができないので、いくらしんどくても自分がやらないといけない」。世界で活躍するプロビルダーの中にはPC上で設計図を作り、複数人で完成させていく方法を取る人もいるが、「僕はそういう意味ではアナログですね」と笑う。PCを使って制作する方法は再現性の高さにおいてメリットがあるが、一方で個性が消えてしまうことも。アナログだと話すが、三井さんの作品は作家性が高く、再現不可能な点などにおいて世界からの評価も高い。

富嶽三十六景

今、やりたいことがあるが躊躇している人に対して「やりたいことをしたほうがいいと強くは言えない」と言う。それは、自身がダブルワークでスタートしたことが理由だ。「私は、何もかもを捨てて、新しいことに挑戦してみるタイプではない。ただし、リスクを取り過ぎなくてもできる方法があることは言えます。そうやって新しい何かにチャレンジする方法もあっていいのでは」。

今の仕事を、「自分にしかできない仕事」と話す三井さん。

仕事の時間を幸せな時間とするか、苦痛に耐える時間とするかは自分次第。好きを仕事にすることで生まれるリスクや代償は、工夫次第で最小限にできると三井さんに学んだ。今の仕事を、「自分にしかできない仕事」と話す三井さん。数百万のレゴパーツに囲まれ、今日も三井さんは新しい作品を紡ぐ。

マネーフォワードのロゴのイメージをレゴで制作していただいた。

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