今こそ経営者に「バラ色の未来を語ってほしい」 VCに聞く、資金調達市場の今後

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2019年、ベンチャーキャピタルによる国内投資額が2,162億円に達しました。2011年以降では過去最高額(※)です。一方、新型コロナウイルスの感染拡大で、「第4次ベンチャーブーム」の真っ只中にあると言われてきた国内スタートアップおよび資金調達市場にも停滞を危ぶむ声が聞こえてきました。

2020年の資金調達市場はどう動くのか――そもそも現在のベンチャーブームはどのような経緯で起こり、これまでのブームと違いはあるのか、投資する側はどんな視点で伸びるスタートアップを見極めているのか。20年以上にわたりスタートアップへ投資してきたグロービス・キャピタル・パートナーズの湯浅 エムレ 秀和さんにお聞きしました。

※ 2011〜2014年は各年度ベース金額から判定、2015〜2019年は四半期調査に基づく暦年ベースデータによる。出典:一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター 四半期投資動向調査(2015〜2019年)、ベンチャー白書(2011〜2014年度)

時代の転換期に訪れてきた「第1次~第3次ベンチャーブーム」

【プロフィール】湯浅 エムレ 秀和(ゆあさ エムレ ひでかず)
オハイオ州立大学ビジネス学部卒業、ハーバード大学経営大学院修士課程修了。デロイトトーマツコンサルティングおよびKPMGマネジメントコンサルティングを経て、2012年にグロービス・キャピタル・パートナーズに入社。主に産業改革(デジタルトランスフォーメーション)を目指す国内ITスタートアップへの投資を担当する。

――まずはベンチャー・キャピタルがどのような役割を担っているのか教えてください。

ベンチャー・キャピタル(以下、VC)とは、スタートアップ企業を対象とする投資会社のこと。当社グロービス・キャピタル・パートナーズは1996年に設立したVCです。

設立当時は、国内のVCのほとんどが金融機関や商社などで、今でいう「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(以下、CVC)」が主流でした。一方、当社は、資産運用を目的とする機関投資家から資金調達する欧米型の投資モデルをいち早く取り入れた、当時としては珍しいVCでした。

当社の投資先は、AIやIoTなどの新技術を取り入れた企業、従来産業のデジタル変革を後押しする企業、シェアリングエコノミーやクラウドファンディングなどの新たな社会トレンドに根ざした企業など多岐にわたります。代表的な投資案件であるメルカリは、2018年の東証マザーズ市場上場時に初値ベースで時価総額6,767億円を付けました。

――この数年間、第4次ベンチャーブームと言われてきましたが、第1次から第3次ブームはどのような特徴があるのでしょうか?

第1次ブームが起こったのは、高度経済成長期の1970年代。鉄鋼や繊維、化学素材などの素材産業から、自動車や電機を取り扱う加工組立型産業へ、経済の柱が移り変わった時期にあたります。この時期、キーエンスや日本電産といった高度な技術力をもった「ハイテクベンチャー」が輩出されました。

1980年代、第2次ブームが起こります。これまで主流だった製造業に替わり、流通・サービス業が急成長を見せるのです。当時登場した代表的なベンチャー企業の創設者である、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄氏、ソフトバンクグループの孫正義氏、パソナグループの南部靖之氏はのちに「ベンチャー三銃士」と呼ばれるようになりました。

第3次ブームは1990年代後半から2000年代前半にかけて。PCやインターネットが普及し、楽天、サイバーエージェント、DeNAといった「ITベンチャー」が台頭しました。2007年のiPhone発売を受けて、2010年前後に本格的にスタートしたPCからスマホへのシフトも、ITベンチャー台頭の流れに含めていいかもしれません。

第4次ブームで起こる、既存システムとITの融合

――それでは、第4次ブームについて教えてください。

第4次ブームは、ITベンチャーが躍進した第3次ブームがベースになっていると言えます。大雑把にいえば、第3次ブームはインターネット業界を生み出しましたが、そのテクノロジーの恩恵を受けていたのはごく一部の業界でした。第4次ブームは、これがあらゆる既存業界にジワジワと浸透していく「デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)」によって牽引されています。順を追って説明しましょう。

2013年、リーマン・ショック後の経済対策として、政府が中心となって資金を出す官民ファンドの設立が相次ぎました。また、オープンイノベーションの旗印の下CVCの設立も活発化し、多額の資金がスタートアップ市場に流入するように。これが第4次ブームを呼びこむ布石になったと言われています。

消費者を取り巻く環境も様変わりしました。ネット環境の整備が進み、インターネットは生活インフラの一部に。また、スマートフォンやクラウドサービスといったテクノロジーも気軽に利用できるようになっています。

一方、現状を鑑みると、企業よりも消費者の方がテクノロジーの恩恵を享受しています。というのも、企業の多くは旧来のシステムや業務プロセスから抜け出せず、いまだに非効率な作業を続けているからです。十数年以上かけて確立したシステムを刷新するのは、容易なことではありません。基幹システムを抜本的に改善するには、コストも手間もかかります。

今はそれでもなんとか持ちこたえている状況ですが、近い将来、少子高齢化による労働力不足が重い足かせになるでしょう。人材は減っていく一方なのに、業務は昔のまま。打開策を見つけなければ、日本経済が破綻するのは目に見えている。そこで近年注目されているのがDXです。

DXとは、既存のビジネスモデルに最新のテクノロジーを融合させ、新たなビジネスモデルを生み出す取り組みのこと。生産性向上や業務効率化といった効果は副次的なものに過ぎず、本来の目的はビジネスモデルを一変させ、新たな価値を創造することにあります。

経産省もDX推進事業を立ち上げており、企業の規模に関わらず導入を働きかけています。とはいっても、ノウハウのない企業が最新設備やソフトウェアを導入したところで、表面的な効果しか得られないでしょう。そんな企業のために、大企業のDXを支援するスタートアップも次々と生まれています。

――DXに関わるスタートアップの事例はありますか?

例えば、現在当社が投資しているセンシンロボティクス。ドローンを使った設備点検・災害対策・警備監視の自動化サービスを提供しています。顧客になるのは、インフラ事業者やプラント施設などです。

こういった施設では、作業員による点検作業や監視作業が一般的ですが、現状は人手を介す作業が多く、莫大な人的リソースをかけて支えられています。そこでテクノロジーの出番です。カメラやセンサーを搭載したドローンを活用すれば、人件費も削減され、人材配置も最適化できる上、点検頻度をあげることで緊急修繕を抑制できます。将来的には、ドローンの自動飛行や多目的利用(シェアリングモデル)も視野に入れており、インフラの点検・監視といった従来業務を根本から変革しようとしています。

2020年、求められるのは基礎体力と社会の構造を踏まえた行動

――2020年に入り、新型コロナウイルスの影響で日本のみならず、世界経済にも影響が出ています。今後、スタートアップの資金調達市場はどのように変化していくのでしょうか?

短期的には様子見モード、部分的には縮小が起きると思いますが、中長期的には第4次ブームの背景構造が変わらない限りは、引き続き活発な市場になるとみています。コロナショックはスタートアップに限らず全世界・全業種の状況が悪化し、この先どこまで続くかわからない未曾有の事態のため正確な予測は難しいですが、短期的には国内投資額が大幅に減少する可能性もあります。

ここ数年は企業が他社や大学、行政機関などと共創するオープンイノベーションが注目されていました。そのため、自社との相性がいいスタートアップと組もうと考えた事業会社によるCVC投資が、スタートアップ投資額の約半分を占めていたんです。しかし、景気の悪化を受けて事業会社は自社の本事業に資金を回し、投資を絞る可能性が高いと思います。

一方でスタートアップ投資を本業にするVCは、すぐに投資を絞ることは考えにくいです。VCがファンドレイズするサイクルは3〜4年であり、手元の未使用資金(ドライパウダー)はその期間内で有効に投資活用するため、すぐにスタートアップへの投資額が0になることはないでしょう。ただ、今後この状況が1年、2年と長引けば新たなファンドレイズもしづらいので、残っているドライパウダーを有効活用すべく、VCも投資抑制をしはじめるかもしれません。本来は不況時はバリュエーション(投資の価値評価)が下がるので投資の絶好のタイミングなのですが、ドライパウダーがないと投資することもできないので。

――現在、スタートアップにはどのような対応が求められますか?

第一に手元の現金を増やし嵐が過ぎ去るまで耐えること、第二に市場の構造を理解した上で行動することの2つです。

経営には「キャッシュ・イズ・キング」という考えがあります。どんなにすばらしいビジネスモデルがあったとしても、手元に資金がないとどうにもなりません。予定より早く資金調達に動く、助成金申請や融資を受けるなどの措置を取りましょう。

そのためにも、まずはリスクシナリオの作成が必要です。ポイントは、最悪の状況を想定してシナリオを立てること。現状と最悪の場合の状況を可視化することで、今後取るべき行動や必要な資金額をクリアにすることが目的です。状況を把握したら、入出金サイクルの調整などで可能な限り手元にキャッシュがある状態を維持するようにします。

削減できる出金がないかを確認し、無駄を減らす「事業の筋肉質化」も必要でしょう。事業を見直すと、余分なコストをかけていたり、本筋とは異なる事業を動かしたりしている場合があります。本来、それらを見直しスリム化する「事業の筋肉質化」は、普段から定期的にやるべきことです。この機会にしっかり見直すのも、ひとつではないでしょうか。

――2つ目の「市場の構造を理解する」とは、具体的にどのような構造のことですか?

投資組織の形態と、社会の構造です。先述したようにCVC投資を行う事業会社とVCでは、動きに違いがあると考えられますので、投資組織の状況や構造を見て、どこから資金調達するかを検討しましょう。また、世の中が物事のプロセスを変えていく、社会が大きく変化する時は、新たなニーズが生まれたり社会の構造が変化したりする時でもあります。本来、社会の転機はスタートアップにとってチャンスなので、この動きを理解し、新たな環境に合わせたプロダクトやサービスを打ち出していけば、事業成長の追い風にすることだってできるはずです。

例えば、コロナウイルス感染拡大を受けて社会的にリモートワークが進んでいます。コミュニケーションや仕事の手段がオンライン中心に変化したことで、従来の足を使った営業活動に頼る企業ではなく、デジタルマーケティングやオンライン商談ツールを積極的に活用するスタートアップの方が、相対的に契約が伸びているケースもあります。また、コスト削減に寄与するプロダクトや従来より安価なプロダクトへのスイッチングは加速すると考えられます。

事業内容によっては、今の状況が追い風になっていることもあるのです。そういった、現在のような社会の状況で資金が十分にあり黒字化している企業は、評価が上がり、資金調達や優秀な人材獲得に有利になります。

そして、厳しい状況だからこそ経営者に期待するのは「バラ色の未来を語る」ことです。社会の変化に乗って勝負をかけたり、資金調達や人材獲得をしたりするには、人を巻き込んでいかなければなりません。ワクワクした未来を追いかけることがスタートアップの醍醐味でもあります。だからこそ、経営者には厳しい時ほど意識して未来の可能性を語ってほしいと思います。

「課題先進国」という逆境が世界進出のカギになる

――コロナショックを受け、国内のスタートアップ市場はどのように変化していくのでしょうか?

今後は日本から、世界で通用するスタートアップがもっと出てくると思います。現在、世界に300社近くあるユニコーン企業のほとんどは、アメリカと中国が占めています。日本はわずか数社ほどで、大きく差をつけられている状況。アメリカの成功モデルを後追いするタイムマシンモデルでは、必然的に海外に強い先行企業がいることになるので、世界進出は難しいでしょう。

しかし、まったく勝機がないわけではありません。そのカギになるのが、日本が抱える様々な社会課題です。そこにイノベーションのヒントが隠れています。

少子高齢化、労働力不足、医療・介護問題……など、日本はアメリカや中国の先を行く「課題先進国」です。国内の課題解決に成功したスタートアップなら、いずれ同様の課題を抱える世界の国々から注目を集めることでしょう。

実際に、これらのスタートアップへの投資を望んで、当社に資金を託す海外投資家も多くいます。メルカリなどの上場が広く知れ渡ったこともあり、海外投資家としても日本のスタートアップ市場に可能性を見ているのでしょう。

スタートアップを成長に導くのは「創業者の人となり」

――これまでのスタートアップ市場の変遷によって、御社の投資基準に変化はありますか?

当社では、これまで150社以上のスタートアップに投資してきましたが、基本的に投資する基準は一貫しています。投資検討の際にまず確認するのは、その企業が提供するサービスやプロダクトが本当に社会や企業から必要とされているかどうか。いくら画期的なアイデアでもニーズが伴わなければ収益が望めないからです。

また、投資後のスケーラビリティ(拡大可能性)も無視できません。当社が投資対象にしているのは、ユニコーン企業(企業価値評価額10億ドル以上の未上場ベンチャー企業)への成長が見込めるスタートアップだけ。投資案件のなかには、前年比200%、300%の成長率を実現している企業も多くあります。

そして、私が個人的に大切だと思っているのが、創業者の人となりです。第三者の協力なくして、スタートアップの成長はありえません。創業者はアイデア実現のために、優秀なメンバーを集めなくてはなりません。時には、VCや事業会社を口説き落として資金調達することも求められます。つまり、周囲を巻き込む人間力や求心力がモノを言うわけです。

VCの仕事は、投資して終わりではありません。なぜなら、投資する側にとっても、投資先企業の成長を強く後押しすることが、自身の期待リターン改善に直結するからです。例えば当社は、投資だけではなく経営面においても深く関わり、ひとつの案件に対して投資とサポートは5年から10年続きます。だから、ベンチャー企業とVCは、長きにわたって苦楽をともにする戦友のようなもの。VCの「この創業者の成長を見届けたい!」という思いがスタートアップ企業を成功に導いた例を何度も目にしてきました。

創業者の巻き込み方のスタイルは、頭脳的・理論的に組み立てていくタイプ、相手に尽くすタイプ、熱く夢を語るビジョナリーなタイプと、その人によって異なります。その人に合ったスタイルであれば、どのタイプでも構いません。ただし、共通して重要になるのは、成長意欲があることです。

失敗を学びにし、成功を武器にできるか。仮説で構わないのでPDCAを回せるか。そういったことが、投資から上場まで事業を成長させるための最適解となる行動をとっていけるかに大きく影響します。当社で投資を決定する際は複数回ディスカッションを重ねますが、その過程で投資決定段階の事業プランは最初のものから変化する場合がほとんど。どのように変化させていくか、そのコミュニケーションスタイルや成長意欲を見ています。

――企業側も、どのVCとパートナーを組むか慎重になりそうですね。

まさにスタートアップはVCに選ばれる立場でありながら、選ぶ立場でもあります。将来有望な企業ほど投資のオファーが集中し、引く手あまたの状態。さらに言うなら投資するのはVCだけではありません。個人投資家や大手企業が運営するCVCが争奪戦に加われば、より競争は激しくなります。こうなってくるとスタートアップ側が選択権を握れることもあります。

それぞれの投資家や機関によって様々な特徴があります。当社であれば、経営サポートをはじめとするノウハウやリソース、ネットワークなど。ノウハウの共有で言うならば、第3次ブームを支えた起業家が投資家に転身して投資するケースも増えてきました。後進を育成する狙いもあるのかもしれません。CVCであれば、大手の製造・物流インフラを提供でき、大量生産や販路拡大を支えることができます。BtoBの関係が生まれる可能性も考えられます。

近年は、急成長が見込める未上場フェーズでの投資も増えてきたため、どこと連携するかが、スタートアップの方向性を決定づける大きな決め手になるのではないでしょうか。

――最後に、これからのスタートアップ市場をどのように支えていきたいと考えているか教えてください。

第4次ブームをブームで終わらせないよう、働きかけていきたいです。そのためには、まずは2020年の困難な局面をパートナーのみなさまと一緒に乗り越え、ウィズ・コロナ、アフターコロナの時代に適応していく。そして、その上でスタートアップの創出・成長が繰り返されるエコシステムが根付いた環境を築かなければいけません。

大成した創業者がシリアルアントレプレナーとなって、新たな起業にチャレンジする。または、VCや個人投資家という立場で、次代のスタートアップに投資する。そうしたエコシステムは、日本の産業の底上げにもつながるでしょう。

ユニコーン企業を続々と輩出するアメリカのシリコンバレーを指して「ベンチャーブーム」という人はいないでしょう。日本でも同じように、ユニコーンが当たり前の存在になってほしい。そのためには、VC、投資家、大企業が得意分野を活かして、多くのスタートアップが活躍できる土壌を育んでいく必要があると思います。

(取材・文:根本かなこ、編集:東京通信社)

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