会社の経理は知っている、不正とモラル⑪〜内部監査編〜

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

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CASE11:内部監査

内部通報担当を兼任している総務部長のAに一通のメールが入った。
「突然のメールですみません。内部監査室のBさんと営業部長のCさんが異常に親しく見えるのですが、調べていただけないでしょうか。私の周りのアルバイトや派遣社員も目に余ると言っているので思い過ごしではないと思います。何か良くないことをしているのかもしれません」

AはBと業務上付き合いのある監査役のDに相談をした。Dは、
「まあ、こういう話はよくあるよね。でも何人かの人が気になるのだったら、第三者の私が確認すれば皆納得すると思うから、プライベートなことはともかく、会社の取引で怪しいものがないか確認しておくよ」
「すみません、よろしくお願いします」

Dはいつも仕事を一緒にしている内部監査室のBを呼び出した。
「監査役お疲れ様です。何か御用でしょうか」
「Bさんお疲れ様。いつも現場に文句ばかり言われて大変でしょう」
「はい。でも、それが内部監査室の仕事ですから」
「ご苦労様。ところでね、僕も決算期末に備えて経理の証憑のチェックをしたいと思って」
「…わかりました。それでしたら私がサンプルをピックアップしてきます」
「いや、今回はちょっと調べたいことがあって、私が直接仕訳データから見させてもらうから、経理部長に連絡して、今期の全ての仕訳をダウンロードした資料をもらえるようにしてくれる?こう見えても私も元経理部だからね」
「調べたいことと言いますのは……」
「うん、まあ一般的なことだよ」
「……はい、わかりました」

翌日、経理部長からBを経由してDに会計データの一式が届いた。Dは丸一日かけて全仕訳をチェックした。特に営業部長のCの担当部分をチェックしたが、気になる点はなかった。

会計データの不一致

しかしその翌朝、あることをきっかけに事態は急転した。経理部長から直接Dのもとに、一通のメールが届いたのである。「お疲れ様です。月次決算が確定しましたので、前回の仕訳に今回の月次の仕訳分も追加して添付いたします」という文章とともに、更新した仕訳データが添付されていた。
Dがそのファイルを開き、一応前回送ってもらったデータと今回送ってもらった分が、追加分以外は一致しているか確認した。

「あれ……違う」
今回送ってもらった新たなデータを除いたら、前回送ってもらったデータと行数や金額が今回の資料とも一致するはずだが、前回送ってもらったデータより、今回のデータのほうが明らかにデータの数が多いのである。

「何が違うのだろう」
Dは、それぞれの仕訳データを数字の大きい順にソートし直して、両方のデータを見比べていった。すると、ぽつぽつと前回のデータにはなく、今回のデータにはある、というものが出てきた。チェックマークをつけながら、2時間ほどかけて、全仕訳のチェックを終わらせた。そして前回にはなくて今回にはある仕訳をまとめると、Dは「やっぱりな……」とため息をついた。それらの仕訳というのは、全て営業部長であるCが関わっている支払の仕訳であった。

Dは、総務部長と経理部長を呼び出した。そして、自分が抽出した仕訳に関する資料を全てコピーをとって自分に提出するように言った。そして、その請求内容などの実態が存在しているかどうかの確認も同時に指示をした。

営業部長の不正と内部監査担当の苦悩

1週間後、監査役は内部監査室のBを呼び出した。そこには総務部長も同席していた。
「監査役、お呼びでしょうか」
「Bさんお疲れ様。先日送ってもらった会計データの精査が終わったので、一応Bさんにも報告しておこうと思って」
「はい」
「その前に一つ聞きたいんだけど、君から送ってもらったデータ、君が何か加工をした上で送ってくれたのかな」
「いえ、特には…」
「本当に?」
「はい。経理部長からいただいたものをそのまま」
「そうなんだ…それは、残念だな」
「えっ、何がですか」
「君が僕に送ってくれた後に、経理部長から今月の月次分も加えた仕訳データの資料を僕だけに直接送ってくれたんだよ」

Bの顔から血の気が引いていくのが監査役と総務部長には見て取れた。
「それと君からもらったデータを念のため比較して確認したら、これだけのデータがなぜか君から転送してもらったものから削除されていたんだ」
監査役はA4にまとめた数十件に及ぶ仕訳の一覧データをBの目の前に見せた。
総務部長が続けて言った。「なぜかどれも、営業部長に関する仕訳なんだよ」
Bは、押し殺した声で「すみません……」と、静かに泣き出した。

ことの顛末はこうである。Bは中途入社で内部監査担当になったが、業務上、内部統制に関して細かく指導をする立場でもあったので現場の社員とうまくコミュニケーションが取れない時期が続いていた。そのような時に優しく声をかけてきてくれたのが営業部長だったそうだ。ところがそれは営業部長の罠で、自分の不正の領収書やキックバックを黙らせておくための懐柔策であった。そうとも気づかず、Bは、営業部長からランチに誘われれば頻繁に一緒に行くようになり、仕事の相談に乗ってもらっていた。

ところがある監査の時期に、Bが領収書のサンプルを抽出してチェックしていたところ、営業部長が自分と行ったランチ代を経費精算していたのを知った。Bはてっきりポケットマネーでご馳走してくれていると勘違いしていたのである。そしてその明細には、Bとのランチ代ではなく、取引先の担当者とランチをしたと記載してあった。不審に思い、営業部長の他の領収書をチェックしたところ、かなりの数の領収書が信ぴょう性に欠けるものだった。

Bが営業部長に指摘をすると、
「これくらいの不正は、『必要悪』と言って、どの会社でもやっていることなんだよ」
「私が会社で一番売上を上げているのだから、君の妙な正義感で私が首になったら、この会社はつぶれるよ」
「君さえ黙っていればいいんだから」
とあの手この手で時間稼ぎをされて説得され、最後には
「今さら監査役や会社に報告したって、『何で今まで黙っていたんだ』って、君の責任問題にもなるよね」
と脅され、言うに言えなくなってしまったとのことだった。監査役から帳簿を調べたいと言われた時に、きっとそのことだと思い、営業部長の経費精算のうち、自分が怪しいと思ったものを削除して監査役に渡してしまった、とのことだった。

結局、Bは会社からは慰留されたものの自分から退職を申し出て、営業部長は役職を解かれ降格した後、自分で転職先を見つけてほどなく転職していった。

「あーあ…」と監査役がため息をついていたところに総務部長がやってきた。
「どうしたんですか。監査役のおかげで不正を洗い出すことができたんですよ」
「だって、これでまた内部監査担当を1から教育しなくてはいけないじゃない。せっかく育てたのに…」
「ある意味、監査役としては、また大変になってしまったと」
「そう」監査役は続けた。
「人の教育って難しいよね。せっかく良い社員に育てたと思っても、たった一人の悪い社員の毒牙にかかって、キャリアを台無しにしてしまう人もいる」
「今回の件は、Bさんがもし経理部長からのデータをいじらずに素直に監査役に回覧していれば、監査役は気づかなかったかもしれないと言っていましたよね」
「うん、金額も月額に換算したら異常なほど高額ではないし、営業部長だから、自分の部署を赤字にするまでの不正金額にはしていなかったからね」
「なるほど」
「Bさんが僕のことを過大評価して、僕だったら絶対に不正を見つけてしまうと焦って、自ら営業部長に関するデータを削除してしまったって…なんだか切ないよね」
「そんなことないですよ。少なくとも、Bさんと営業部長をこれ以上悪い道に進ませないようにできたわけですから」
「そうだといいんだけれどね。でも営業部長はまたやるよ」。

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不正というのは、たとえそれが発覚して解決したとしても、後味の悪いものです。

「君が黙っていれば全てうまくいっていたのになぜ組織をかき回そうとするんだ」
「君が不正を暴露したせいで皆が不幸になってしまった」
最近、さまざまな業界で、どれだけこのセリフのようなことを聞いたことでしょうか。そもそも不正を働いた人が不正をしなければよかったことなのに、それを棚に上げて不正を発見した人、正そうと指摘した人を悪者にする…。そう思うたびに、「最初から不正が起こらない仕組み」ということが、いかに大切かということを実感するのです。

今回は特に不正をチェックする内部監査という仕事を取り上げましたが、現実はもっとハードなケースも多いでしょう。私の知人から聞いた話では、内部統制担当がある社員に入れあげてしまい、その社員のライバルとなる社員の嘘の不祥事を内部監査の業務の中ででっちあげ、会社から追放してしまった、ということも現実世界ではあるそうです。内部監査担当にふさわしい人というのは、まず「人間性」がきちんとしている人、ということが大前提であると私は思います。

一方で、内部監査人は独立した立場なので一見立場が強いように見えますが、逆に弱い面も存在するのだと思います。独立した立場というと聞こえはいいですが、裏を返すと「味方がいない」立場であるともいえます。同じ部署の仲間が数多くいれば相談をしたり愚痴を言ったりする相手にも事欠かないでしょうが、独立部門かつ少数の人員の場合、そのような相手に事欠き、悩んだ末に殻に閉じこもってしまうこともあると思います。そのような時に「悪い誘惑」が忍び寄ってくるとも限らないのです。

内部監査はその人自身がモラルを保つことが前提ですが、業務上関わりの深い監査役などの協力も得て、「独立」はすれども「孤立」した部署にならないように、気を付けていただきたいと思います。特に経理出身でない人が内部監査人になる場合、どの状態が不正になるのか、判断が難しい場合があります。会計上では間違いなくやってはいけないことだとわかっていても、現場に強く言い含められてしまうと、「建前と現実は違うこともよくあるからこのケースもそうなのかな」と、経理の実務経験がないと思い込んでしまうこともあるのです。そうならないように、経理社員が定期的に内部監査人をフォローすることで、より強固な内部体制が会社として担保されることと思います。

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