会社の経理は知っている、不正とモラル⑨~小口現金編~【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

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CASE9:小口現金

「一人で大丈夫かなあ。Aさんがいないとやっぱり心細いです」
「大丈夫だよ。Bさんならちゃんとできるから」
社員15人ほどがワンフロアに集まる広告代理店の事務兼秘書として採用されたBは、入れ替わりで退職する前任者のAから、2週間の引継ぎ期間で仕事を引き継いだ。
「でもAさんは10年いらっしゃったし、社長の性格もよくわかっているから」
「10年なんて居すぎだよね。それに年数じゃなくて仕事は気持ちの問題だから。これから頑張ってね」

Aの最終出社日である今日、社長のCは夕方までに外出から戻ってくると言っていたが、打ち合わせで盛り上がっているのか、結局定時を過ぎても戻ってこなかった。
「じゃあ皆さん、お世話になりました」
BからAに花束が渡され、残っていた社員達に見送られて、Aは10年勤めた会社を後にした。

30分後、けたたましくドアを開ける音がし、ドタドタと社長が外出から戻ってきた。
「Aちゃんいる~? ケーキ買ってきたから皆で食べよう~」社長の声が残業で数人残っている社内に響いた。
「社長、お帰りなさい。社長が戻ってくるまで待っていてくださいとAさんをお引止めしていたんですけど、予定があるとかでもう帰られました」
Bがそう言うと、
「なんなの、あの子は。せっかくケーキ買ってきたのに。最後まで私と噛み合わない子だったわね。まあいいや。もうBさんいるし。はい、これ領収書。あとは皆で食べておいて。これからまた私出かけるから」
そう言うと社長はドタドタと再び出かけて行った。

領収書の金額が高い!?

翌日からBは一人で経理処理を始めたが、売上も支払いも請求書の数はそれほど多くはなかったので、それに関しては大した負担にはならなかった。問題は社長の領収書である。コーポレートカードで支払ったものと、現金で支払ったもの、それぞれ分類しないまま渡してきたり、プライベートの領収書を間違えて渡してきたりすることもあった。

わからないものがあるとその都度Bは社長に聞いていたのだが、しばらくすると社長は「ねえBさん、Aさんは私にそんなに質問してこなかったよ。その辺は私に聞かなくても自分の頭で考えて臨機応変に対応してくれないかな。簡単でしょ、そんなの」と、Bからの質問を面倒くさがるようになった。

Bは仕方なく、過去の帳簿類を参考にしようと、経理の棚からAがファイリングをしていた領収書の束を取り出した。そこには社長が行きつけの飲食店の領収書が数多く添付されていた。Aは几帳面に現金とコーポレートカードの領収書を分けてファイリングしていた。
「なるほど、このお店は現金で、このお店はコーポレートカードで払っているんだ」
そんなことを確認しながら見ているうちに、少し不自然な感情が湧き上がってきた。
「なんか……高いな」

Bが普段社長から受け取る領収書の金額より、Aがファイリングしていた時代の領収書の金額が、同じお店なのにやけに高いのである。社長の性格から、自ら倹約しようというタイプではないのでなおさら気になった。
「もしかして……」
Bは糊付けされてファイリングされていた領収書の1枚を丁寧にはがして裏返し、天井の蛍光灯に照らしてみせた。
「やっぱり……」
18,832円という領収書の「1」の部分だけ、他の数字と明らかに筆圧が違っていた。誰かが書き加えたのである。
社長の経費精算は、社長から経費精算専用の個人の通帳を会社の金庫で預かっており、そこに都度精算時に会社の通帳から振り替えて入金するようにと頼まれている。

不正を働いたのは誰だ


「社長がやったのかな……」
Bは最初、社長が自分で細工したのだろうかと考え、あわてて自分が引き継いでから社長にもらった領収書を細かく見直した。しかし、そうした偽装した領収書は1枚もなかった。
「ということは、まさか……Aさんが」
温厚で、丁寧に優しく引継ぎをしてくれたAがそんなことをするはずがない、と思いたかったが、どう考えてもこれをやれるのはAしかいなかった。

Bは、会社の通帳と社長の経費精算用の通帳の明細を見比べてみた。ある月は社長の経費精算として約30万円引き出されていたが、実際に社長の経費精算用口座には約20万円しか入金されていなかった。差額の10万円は、税理士が何も指摘していないところを見ると、偽装の領収書で穴埋めして、差額をAが盗ってしまったということだろう。
確かに社長の金遣いは荒く、平均して1か月で数10万円、時には100万円を超えることもあった。だから数万~10万円くらいそのようなものがあっても、気づかなかったのだろう。

揺れる経理担当の心

「どうしよう……」
Bはつくづく思う。「経理は大切な部署だから」と気遣ってくれる会社と、「経理は誰でもいいと思っている」という会社の差は、こういう時に出るのだと。前職だったらすぐ上司に報告したであろうが、今の会社の社長には、進んで言いたい気持ちが起こらない。損をしているのは、会社であり社長なだけで、自分は何も損をしていないのだ。実際、Aも既に退職してしまっているし、決算も締まっているから、自分が何も言わなければ、これからも何もないのだ。でも経理はそういう個人的な感情で行動を決めてはいけないこともよくわかっている。
今日もまだ、Bは自分の知ってしまったことを誰にも言い出せずにいる。

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「経理部や経理社員を軽視している会社ほど、経理に騙されがち」
物理的な側面と心理的な側面、両方から私が感じる部分です。
まず物理的な側面として、バック―ヤードを軽視している会社の場合、「売上を持たないのだから人員を割くのはもったいない」「事務なんて簡単に一人でできるだろう」と軽視し、担当が一人だけ、という会社が多くみられます。つまり、ダブルチェックの機能がその時点でないわけですから、不正や、意図的でなくても大きな事務的なミスが起きやすいのです。本来ならば、担当社員が一人であっても社長がダブルチェック役を買って出ればいいのですが、そもそもそこまでの意識がある方であれば、社員を2人体制で雇うはずなので、実質そのようなことをしている会社は稀です。

なぜこのような体制になってしまうのかというと至極簡単で、経営者の方の多くは「バックヤード出身ではない」からです。「自分が直感で数字がわかっているから」という自負をお持ちの方が多いのも現場出身の経営者の方の特徴です。でも残念ながら、不正というのは、経営者の「顔色」や「特徴」を見ながらおこなわれます。経営者の弱点や気が緩んでいるところを狙っておこなわれるのです。そのような状態で社員の不正を経営者自らが見つけることには、実質限界があります。だから「ダブルチェック体制」が大切なのです。

また、心理的な側面から見ると、もし経営者が「バックヤードは売上を持たない」「事務なんて誰でもいい」という思想を持っている場合、それは口にしていなくても、100%、態度や会話の端々で社員に伝わっています。これは実際にバックヤード社員へのアンケートやヒアリングなどから聞く機会が多くあります。

私のように勝ち気な社員であれば、直接経営者に意見を言ってストレスを溜めない、ということもできますが、多くのバックヤードの社員は、経営者や現場から失礼な態度をとられても「争っても仕方がないから」「自分が我慢すればいいから」と表面上は穏便にやり過ごします。しかしそれでストレスがなくなっているわけではありません。
そうしたストレスをうまく解消できないところに、会社の管理体制の「不備」や「油断」が重なったら、「不正」という行為に発展しかねない可能性もあるのです。

不正は場所を選びませんから、職場に限らず家庭でだってありうるわけです。でもあえて職場でやる理由というのは、「こんな職場ならやったっていいんだ」というその人なりの歪んだ「正論」があるわけです。その中には「職場でこんなストレスを受けた。だからやってもいいんだ」という動機付けもあるのです。

職場の不正には複数の論点がある

また、職場の不正というのは、単なる勧善懲悪ではなく、論点がいくつかあります。経理や内部統制の立場から見た論点の他に、経営者から見た立場の論点、というものがあります。だから「経理から見たら不正。だから不正なのです」だけでは、経営者から見ると、少し発想が物足りません。

バックヤード部門が物心両面でストレスを溜めない環境作りということも、不正防止には必要だと私は思います。その代表的なものは、物理的な面で言えばダブルチェック体制、心理的な面で言えば、「バックヤードは大切だ」という周囲の認識です。

経理を敵にまわすと、お金の「実務」に精通している分、怖いと、私は思います。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

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