会社の経理は知っている、不正とモラル⑥~販促編~【前田康二郎さん寄稿】

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展示会の様子

経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

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CASE6:販促活動の景品

展示会の様子

「1等おめでとうございます!」明るい声が響き渡った。A社は、毎年春と秋に行われる業界主催の展示会に参加している。今回もブースを確保し、アンケートに答えてもらった来場者にくじを引いてもらい1等から5等まで景品を用意している。

会社のノベルティであるボールペンや付箋のセットなどが並ぶ中、1等と2等はデジタル家電とギフト券である。どのような景品にするかを決めて予算を通し、管理をしているのは販促部門のB課長である。

偶然、この時期に経理部に中途入社したCは、上司から「勉強も兼ねて展示会を見てきたら」という勧めもあり、会場に足を運んだ。
A社のブースでは入社面接時に対応してくれた人事部のDが応援要員として抽選役の手伝いをしていた。

「あ、Cさん!来てくれたんだ。もう3日間立ちっぱなしでくたくたですよ」
「お疲れ様です。それにしても、豪華な景品ですね」
「でしょ。他のブースに負けないためには景品のクオリティは絶対だからね。今年も家電マニアのB課長推薦のデジタル家電目当てにこの盛況ぶり。見てよこのアンケートの量」。

確かにA社のブースは他のブースに比べて盛り上がり、大量のアンケートの束が積み重なっていた。CとDが話していると、先ほどからブースを盛り上げていた人物が近づいてきた。
「君が経理に入ったCさん?よろしく!」B課長は見るからに快活な人であった。

しばらくブースの様子を見学していると、課長は自ら積極的に商品説明やアンケートの勧誘をし、そして上位のくじが当選すると、辺り一帯に響き渡る明るい声で「おめでとうございまーすっ!」と声を張り上げ、場を盛り上げていた。そしてその声でまた人が振り返り、ブースに集まってくる、という好循環を起こしていた。

Cは興味本位でDに「このくじって、本当にこんなに当たる人いるんですか」と小声で聞いた。「うん。正確に覚えてないけど、1等も2等も半分くらいは出ているかなあ」Cが見学に来た日は最終日の午後であったが、ブースの景品案内の看板には、1等のデジタル家電は10本、2等のギフト券は20本用意されていると書いてあった。

 

翌日、Cが出社すると、経理部長のEが「どうだった?展示会」と尋ねてきた。
「すごい盛り上がりでしたよ。B課長、すごく頑張っておられて。それに景品も豪華ですね」
「うん。Bは同期なんだよ。ここ何年かは自分も忙しくて展示会に顔出せていないんだけど、頑張っているみたいだね」
「ええ。ところであの景品って、残ったものは次の展示会に繰り越したりしているんですか」そうCが尋ねると、Eは「え?」という顔をした。

「いや、Bからはいつもすべて景品は出し切っていると報告を受けているよ」
「でも部長、昨日手伝っていたDさんが、1等と2等は半分くらいずつ出てると言っていましたけど、もう最終日の午後でしたから、多分数本ずつ当たらなかった分が残っているはずだと思うのですが…。だからてっきり繰り越ししているのかなと」
それを聞いた部長の顔が曇った。「C君、それ本当?」
「はい。あ、でもDさんも、大体と言っていたので、正確な数字は…」
「いや、いいよ。ありがとう。ちょっと確認する」


一週間後、Cは経理部長に呼ばれた。部長は苦々しい顔でCに言った。
「君がきっかけになる情報を提供してくれたから最初に伝えておこうと思って。単刀直入に言うけれど、B課長は、先日の展示会の景品を横流ししていた」
「えっ」
入社早々に嫌な部分を見せてしまい申し訳ない、とCに気遣いつつ、部長は説明を始めた。

説明によると、ここ数年、展示会の実務運営から予算管理のマネジメントまで、B課長にすべて任せきりだったという。社内のスタッフも課長を信頼しきっており、誰も課長のマネジメントに疑いを持つものはいなかったそうである。

B課長は、1等や2等には流行のデジタル家電と金券類を選び、目安として半分くらいは当選するようにくじを調整して、残った景品を、デジタル家電のほうは、「自分で買ったけどやっぱり使わないから」と言って、知人などに安く売り渡し、金券類は換金をして小遣い稼ぎをしていたそうである。周囲の運営スタッフは、残った景品はてっきり課長と管理部門で管理をしていると思っていたそうで、特に気にしたことがなかったとのことであった。

経理部長によると、数年前は景品の本数がもっと少なかったので、逆に「展示会の途中で1等や2等が全部出てしまい、来場者にアンケートに答えてもらえず困ってしまった」と当時の販促部門のスタッフたちが話していたのを聞いていたので、その記憶が残っていて今も全部景品が消化されていると思い込んでいた、とのことであった。
B課長は、展示会の回数を重ねるごとに、少しずつ景品の本数の申請を増やして自分が着服する分を確保していったようである。

経理部長の盲点

経理部長は先日Cに景品のことを言われて我に返り、その夜、同期でもあるBを誘って会社の外でBを問いただした。B課長はすぐに不正を認めたそうである。なぜそんなことをしたのか、と経理部長はBを責めたが、逆にBに言い返されたという。
「お前、自分の部下には展示会に行けと言っているくせに、お前が前回展示会に来たのはいつだよ?部長だから忙しいってことか」。

確かに展示会に行っていれば、経理部長のEなら、Bのやっている小遣い稼ぎのからくりくらいは、すぐに気づけたはずである。

Bは続けて、
「自分の会社なのに展示会にすら来ない社員がいったいどれだけいるんだよ。そのくせアンケートだけはもっとたくさん回収してくれないと困る、と口だけは動かして。ブースを素通りする人を引き留めるのがどれだけ大変なことか、やったことがないからわからないだろう。自分でも動いて、スタッフもサポートして、お客さんが欲しがる景品を考えて。でもそんなことは仕事だから別にいいよ。だけど、社内の販促以外の人間が誰も会場に来ないんじゃ、自分の評価も出世もしようがないだろう。これぐらい役得があってもいいだろう。ちゃんと予算の承認は下ろしているんだから、会社の数字にも迷惑かけてないだろう」。

「不正」というのは、最初から意図的に狙い撃ちして行われるものもあれば、「さまざまな状況」が重なり、偶発的に不正が起きる条件が整ってしまい、その状態に流されて不正が始まる、という場合もあります。

この話に登場した経理部長のように「以前こうだったから」という思い込みで、その後何も実地調査や状況確認をしない、ということは、普段忙しい人であれば心当たりがある人もいるかもしれません。

会社によって異なる物品管理の方法

物品管理

また、販促物などの「消えもの」の管理の方法というのも、会社によってルールがさまざまでしょう。厳格に管理表を作成している場合もあれば、軽微ということで、そこまで管理していない場合もあるのではないでしょうか。販促物の不正というのは、会社の経営上に関していえば、金額だけを考えればハイリスクではないかもしれませんが、「社員のモラル」という点からすると、やはり軽視できませんし、そのようなモラルの低下が、時間をかけてモチベーションの低下、風紀の乱れにつながり、いずれ会社の数字にも影響を及ぼしてくることでしょう。

たとえばこのような販促物の管理において気を付けることは、

・販促物を業者に発注する際は、相見積もりをとる
・販促に金券類などを使用するときは、現場ではなく、経理部が購入し、管理表などを現場に記入してもらい、残額をチェック、保管する
・実際に販促物が使用、実施されたかの実態チェックを行う
・販促品の持ち出し、引き渡し時に担当者が記名するなどのルール付け

といったことが挙げられるでしょう。ただし、あまりにも細かすぎるルールを作ると、実際の運用が難しくなります。「ちょっと販促品をお客さまに渡したいから誰かすぐ持ってきてくれない?」と上司から急に指示される、というような時間のないシチュエーションも多いですから、その場でこまごまと持ち出し内容や用途などを記入する時間が現実としてとれない、ということも考えられるからです。現場社員の意見も聞きながら「実際にこれだったら運用できそう」というルールを作成して、より実効性の高い管理をする必要があります。

社内の不正防止は、ルール作りに終わらない

また、「不正の防止」というと、ただ経理的なルールを作ればいい、と考える人もいるのですが、それだけでは根本的な解決はしません。「こんな誰も見てくれない職場環境だったら不正でもしようかな」と頭をよぎる「動機そのもの」も並行して防ぐ努力をしていかなければいけません。

なぜなら、自分が評価されているような会社、自分が働いていて心から好きな会社で不正をしようなどという発想は、そうでない場合と比べて圧倒的に出にくくなるからです。細かいルールがなくても不正が起きない会社もあれば、ルールがあっても、その目をかいくぐって不正が起きる会社があるのはそのためです。社員が普段から感じている仕事や評価に対する不公平感、ケアできていない面などの定期的な確認、ヒアリングなども会社として必要だと思います。

不正というのは、人を選びません。どのような人であっても、環境次第でしてしまう可能性があるのです。仕事ができる人でも、温厚な人でも、苦労している人でも、逆に苦労していない人でも、誰でもです。

日本の組織の場合、仕事の進め方に関しては、お互いに「甘え」の部分があったほうが、うまくいく場合もあるのかもしれません。しかし、こと「金銭」に関しては、親子や友人同士のお金のやりとりと同様に、「甘え」が良い結果に結びつくことはまずありません。
会社の組織や評価に対する不満、甘えを内包している社員が、そのはけ口として、会社の「金銭や金品に対する不正」に向かわないように、経理スタッフは見守り、ルールの策定などをしていくことが大切なのです。

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