会社の経理は知っている、不正とモラル⑤~在庫編~【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

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CASE5:工場での在庫管理

「おかしいなあ、どうして毎回予測より粗利が下がるんだろう」
ある会社の2代目社長Aは、親族が経営している会社を継ぐために、それまで勤めていた会社を辞めて2年前に入社した。

独学と前社長からの引き継ぎをもとに会社の数字を見てきたが、自分が想定している予測値と実際の数字の差にいつも違和感を持っていた。そこで知り合いのコンサルタントBに、毎月1回訪問してもらい、会社の数字を見てもらうことにしたのだ。
「Bさん、私はいつも受注があったら粗利が○%出るように指示を出して発注書を取りまとめているのです。けれど必ず結果的に毎回発注金額をオーバーした請求書がまわってきて粗利が下がるんですよ。こんなに毎回オーバーするというのは、おかしいと思うのですが…」

「現場の人たちは何と言っているんですか」
「工場長は、製造過程でのミスや想定以上に材料が必要だということが後からわかって追加発注しました、と言うのですが、毎回同じことの繰り返しで…。あとの社員は自分の持ち場で手いっぱいでよくわからないと…」
「そうですか。では在庫担当の方を呼んでいただけませんか。在庫表をお持ちいただいて」
「わかりました」
「それと社長に一つお願いがあるのですが」

<社長室にて>
在庫担当のCは、常に伏し目がちで、大人しそうな人物であった。
「あの…私に何か」
「はじめまして。コンサルタントのBと申します。Cさん、すみませんが、在庫表を見せていただけますか」
「はい。これになります」
Bは一瞬、面食らった。手書きの在庫表が数十ページにも及んでいたからだ。
「これを、Cさんお一人で管理を?」
「はい」
「しかし、これだけの種類と在庫量だと、お一人で大変ではないですか」
「いえ、これはこの会社で代々受け継がれているものなので慣れてしまえば…」

そのとき、部屋の扉がバタンと開き、息せき切って誰かが飛び込んできた。
「社長、一体何事ですか!」
鬼のような形相で飛び込んできたのは工場長のDであった。
社長は「うん? いや、ただ私が仕事をお願いしているBさんが在庫表を見たいと言ったので、Cさんに持って来てもらっただけだよ」と冷静に答えたが、Dはそれを聞くなりBに鋭い視線を送った。Bは在庫表に目線を落として、それに気付かないふりをした。
「在庫のことだったら、工場長の私に聞いてくれればわかりますよ。社長、なんでこんな出し抜いたことを」
「『出し抜いた』、って、工場長、何をそんなに怒っているの? 何か、まずいことでもあるの?」
社長にそう言われてDはようやく我に返った。
「いえ、別に…。ただ、こういうことは順番がありますのでそれを守っていただきたいということです」
「そう。じゃあ今度から気を付けるよ。ただ、もし在庫に不正でもあったら、刑事事件にしなければいけないのかBさんに相談していたので、とりあえずBさんに現状を見てもらおうと思っているよ」

そのとき、それまで大人しく所在なげにいたCが目を縦に見開いて突然声を上げた。
「社長、け、刑事事件ですか」
「Cさんには悪いが、こんなに粗利が毎回ずれるというのは在庫管理に問題があるのではないかとBさんと話した結論なんだ。もちろん社長の私が一番責任をとらないといけないけどね」
「社長、私は何もしていません! ただ、工場長から『俺の言う通りにしないとクビにする』と言われて」
「おいっ!お前っ!」Dが制しようとしたがCは半ばパニックになって聞く耳を持たずまくしたてた。
「工場長が、私が作った本当の在庫表を操作して、わざと数字の少ない在庫表を毎回経理に提出しているんです。在庫を盗んだりもしていません! どうか警察だけは勘弁してください! 家族もいるんです。お願いします!!」


工場長のDがなぜ不正を行っていたのか。後からヒアリングをしたところ、「前社長が引退すると聞き、自分が次期社長になると思っていたところに、何の業界経験もないA氏がただ親族だという理由で入社をしてきて社長になり、Aに逆恨みをした」とのことであった。

Dは「どうせAは在庫のことなどわからないだろう」と、工場長である自分の立場を利用して、各担当者に、常にAが指定した発注見込みより多めに材料を仕入れさせ、Cが作成した在庫管理表から、過剰に仕入れていた分を間引いた数字の在庫管理表を自ら作り変えて、経理に提出していた。そうすれば会社の利益が下がり、Aの管理能力のなさが指摘され、いずれAを追い出して自分が社長の座に就けると画策したのである。だからそのときのために在庫は横流しせず、別の場所に保管をしておき、自分が社長の座に着いたときに少しずつ在庫表を修正して帳尻を合わせればよいと考えていたらしい。

社員に話を聞くと、工場長は多少怖い面はあるがA氏が入社してくるまでは社員からの信頼も厚かったそうだ。ところがA氏が入社をしてきて「生産性」「効率化」と声高に言いだしてから様子がおかしくなっていったという。皆の前でA氏と工場長が言い争いになり、工場長の機嫌が悪くなることが増えたという。「ろくに工場のことも見ようとしないで生産性だの効率化だの、そんなことは誰でも言えるんだよ」と苛立っていたそうだ。

「なぜさっき、私にあんなお願いをしたのですか」Aは落胆し頭を抱えながらBに尋ねた。
「社長に『刑事事件になるかもしれない』というセリフを言うようにお願いしたのは、社内で不正をする人、巻き込まれて加担してしまう人の多くは、犯罪をしている意識がないんです。警察を意識させた瞬間、その人たちも我に返って動揺するんです」。
「なるほど、よくわかりました。いや、本当に助かりました。しかし、しょうがない人間ですね工場長は」
「社長、一つご提案ですが、今度私と一緒に、工場の社員お一人お一人と面談しませんか。生産性や効率化という言葉は、言う方は気軽な気持ちで言ってしまうのかもしれませんけど、言われた現場は、そうではないんですよ」

「声なき声」に気がつく

以前、ある工場を取材したときに、従業員の一人が私にこう教えてくれました。「工場というのは、密室の世界なのですよ」。その方が言うには、工場に勤める人間というのは「会社」と「工場」という、二つの組織の中で生きて行かなければいけない。それは本社の人にはわからないし、気が付かないでしょうね、と。
会社員時代には本社勤務での経験しかなかった私には胸に刺さるものがありました。それからは、できるだけ一挙手一投足も、社員の方たちの様子を見過ごさないようにするように気を付けています。それでも気づけないことは多々あると思いますが、「本当は何か言いたいことがあるのに、事情があって言えない人もいるのかもしれない」そのような「声なき声」が組織にはある、と肝に銘じて仕事に取り組んでいます。

在庫管理で不正を生まないためのアドバイス

在庫、特に歴史のあるような企業の在庫は、外部の士業やコンサルタントが入ったとしても、正確な数字を把握することが難しいものの一つです。仮に月末時点の在庫を数えようと数え始めても、在庫が多ければ多いところほど、常に朝から晩まで在庫の出入りが激しく行われるわけですから、数種類の在庫ならカウントできますが、数百以上の部品や食材といった在庫がある場合は、「この瞬間ちょっと数えさせてください」というように、その場を押さえきれないこともあるからです。
ましてや、さまざまな事情で、正しい在庫管理をしていなかった場合、経営者に叱られることを恐れてなおさらこうした外部による在庫チェックは、在庫担当者からは協力を得にくいのです。

今の時代であれば、なるべく手書きや会社オリジナルの在庫管理の形よりも、業者の在庫管理システムの導入をすることが望ましいこともあると思いますが、だからといって、それだけで完璧に在庫の不正を防げるということではありません。在庫管理システムがあったとしても、それを一人担当にして任せている場合、その人が恣意的な操作をしてしまえば不正などは簡単にできてしまいます。

どのような仕事でもシングルチェック体制ではなくダブルチェック体制にすることが基本です。それに加えて、在庫管理の場所が本社と物理的に離れているような場合は、本社と現地、それぞれの「ダブルスタンダード」が存在していることがあります。「本社の言うことより自分の言うことを聞け」という上司が、工場や店舗などにいる場合があります。上司の指示に逆らったことで、いじめやパワーハラスメントに遭ったという方の話も聞いたことがあります。

このような不正が行われないように、本社の社員は、「現地で働いている人」の立場に立ち、仕組み作りをすることが大切です。例えば、工場や店舗、支社などに出向いて実際の数字のチェックとともに、現地社員のヒアリングなどをすることで、それぞれの立場での現状の課題を知ることで、不正の発生を抑える仕組み作りのヒントを得ることができると思います。

「性善説」に委ねられるような管理はNG
以前、ある会社の倉庫に伺ったことがありますが、高級な商品が、そこかしこに無造作に積み重ねてありました。私が2、3箱持って行っても、恐らく誰も気づかないだろうと思いました。先日も経理社員が集まったあるワークショップで「経理は社員に対して、性善説で接するのか、それとも性悪説で接するのか」という議題があがったのですが、そもそも「何が善で、何が悪か」ということ自体も人間が決めているのですから、その点だけを論じても、簡単にどちらが正解ということは言えないでしょう。しかし、経理の仕事に関して言えば、「善だろうが悪だろうが、どのような人が組織に含まれていても不正が起こらない管理体制を事前に作っておく」ということがベストだと思います。

同じ人間であっても、善の顔をしているときと悪の顔をしているときがあるわけです。例えば私を例に出せば、在庫管理の粗い倉庫に入ったとき、通常時は「このような管理をしていると誰かが在庫を持ち出してもわからないですから、ルールや置き場所などマニュアルを作って管理しましょう」と提案するでしょう。しかし、もし私が生活に困窮していたら違うかもしれません。「このようないい加減な管理ではいけませんから、しょうがない、今月から私に在庫管理を任せてください!」と言って、商品をせっせと横流しして換金し、適当な帳簿をつけて会社に提出してしまうことができるかもしれません。「いい加減な管理」というのは、「不正の誘惑」を誰に対しても引き起こしますので、その誘惑の香りを職場に漂わせないように、日頃から職場の整理整頓というのは大切なのです。

在庫の不正に関する具体的な予防策は次のようなことが挙げられると思います。

<具体的な在庫に関する不正の予防策>

  • 在庫のものを持ち出すということは犯罪行為と同じ、という周知
  • 属人的でないシンプルな在庫管理表にする(シンプルなものほどチェックもしやすい)
  • 長期間同じ人を在庫担当者にしない
  • 在庫担当者を一人にしない(社員数が少なければ経理がフォロー役に)
  • 本社社員の定期的な実査、在庫管理表作成時の立ち合いを行う
  • 上長がどのように在庫関連の資料をチェックしているかのヒアリング、チェック時の立ち合いを行う
  • 本社の経理部門のサポート(在庫管理方法の仕組み作りや在庫担当者へのケア)
  • 社内通報制度の活用

経理部が現場管理職のケア、フォローを行う

在庫管理に限ったことではないですが、最近の不正事件で多く聞かれるのが、「本来内部統制上、ダブルチェック体制になっているはずなのに、上司が多忙などの理由でチェックをしていなかった」という報道です。報道ではそう言っていますが、実際は、「実はきちんと資料は見ていたのだが、正しいのかどうかがよくわからないまま承認してしまっていて、本当のことは恥ずかしくて言えないので、『多忙で見ていなかった』と言わざるを得ず」そのように証言してしまうこともあるのではないかと報道を見ながら感じています。

このような体制であると、いくら内部統制を素晴らしいものにしたとしても、まったくそれは機能しません。現場の管理職の人たちの中には、「他の仕事は何でも大丈夫だけど、数字だけはどうも苦手で慣れない」という人もいるかもしれません。経理部が現場の管理職に対して、「部下から上がってくる数字関連の証憑をどのようにチェックしているか、どのようにチェックすればよいか」ということを定期的にケア、フォローなどを行うと、内部統制がより生きたものになるのではないかと思います。

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※掲載している情報は記事更新時点のものです。

執筆:前田 康二郎 (まえだ こうじろう)

学習院大学経済学部を卒業後、数社の民間企業で経理総務・IPO業務等を行い、海外での駐在業務を経て独立。現在はフリーランスでのコンサルタント活動、執筆活動の他、日本語教師としても活動している。 著書に『AI経理 良い合理化 最悪の自動化』『職場がヤバい!不正に走る普通の人たち』『スーパー経理部長が実践する50の習慣』(以上 日本経済新聞出版社)、『スピード経理で会社が儲かる』(ダイヤモンド社)、『ムダな仕事をなくす数字をよむ技術』『自分らしくはたらく手帳』(以上 クロスメディア・パブリッシング)、『経営を強くする戦略経理』(日本能率協会マネジメントセンター)など。最新刊は『伸びる会社の経理が大切にしたい50の習慣』(日本経済新聞出版社)。



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