会社の経理は知っている、不正とモラル③社員による不正~キックバック篇~【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を少しでも食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

前回の記事

CASE2:独立して困っていたときに、仕事をくれた先輩

「あ、もしもし、B?俺だけど。ちょっといいかな」
「A先輩お疲れさまです。どうかしたんですか?」

AとBは学生時代のサークルの先輩後輩の仲である。Aは卒業後、大手企業に就職し、今年30歳、宣伝部のマネージャー職をしている。一方Bは、中堅の広告会社に入社して実績を積んだ後、3年前にフリーランスのクリエイターとして独立した。

いつもは用事があればSNSのチャットで済ませるのに、なぜわざわざAは電話をかけてきたんだろう、とBは胸騒ぎがした。

「いや実はさ、フリーで活躍しているお前を見ていたらさ、俺も独立しようと思って、会社を辞めることにしたよ」
「えっ、独立して何をするんですか」
「金融系の友達が、『これからはプラットフォームの時代だ』とかなんとか言っていて、まあ正直俺もよくわらかないけど、今の会社でも出世するのにあと何年かかるかわからないし、ダメだったらまた、会社員やればいいかなと思って話に乗ることにしたよ。30だから焦っちゃってさ。何か大きいことやっておきたいじゃん」

Bは、(相変わらずAは昔からノリだけは良かった先輩だな)と思いながらも、祝いの言葉を送った。

「そうですか。おめでとうございます。頑張ってください」
「ありがとう。で、電話したのは外注の件なんだけどさ」

外注というのは、Bが独立してすぐに、あてにしていたメインのクライアント先からの仕事が不景気のあおりで突然打ち切りになってしまい焦っていたときに、たまたまAにそのことを話したら、Aの管轄で他社に発注していた月額30万円の仕事をBに切り替えてくれた外注仕事のことである。

「そうですよね。A先輩が辞めるなら、その仕事もなくなりますよね。全然大丈夫です。あの時は本当に助かりました。ありがとうございました」

ところがAは想定外の返事をしてきた。
「いや、お前に外注している仕事はそのまま俺の後任に引き継いでおくから大丈夫だよ」
「え、そうなんですか。じゃあ、外注の件というのは…」
「俺もさあ、起業するにあたって多少の資金の余裕がないと困るじゃん?ベンチャーの立ち上げだから最初は役員報酬もないに等しいし」
「はい」
「お前、俺がただの世間知らずのお気楽なやつだと思っていただろ」
「いえ、そんなことは…」
「まあいいや。だから俺が辞めてもさ、今まで通り20万キックバックしてほしいんだよね」

Bは(だからチャットじゃなくて証拠に残らない電話でかけてきたんだ)と、気が沈んだ。

Aは、内部統制上、100万円までの支払請求書について承認決裁の権限を持っていた。だからBに発注を始めてからこの3年で、「追加作業代」という名目を増やし、今や請求額は月額60万になっていた。しかし、そのうち20万は、後日BからAにキックバック、つまり現金でBのポケットマネーからAに渡していたのである。

Bは、自分が困っていた時に助けてもらった恩義上断り切れず、Aからの要求に答えてキックバックの協力をしてしまっていたのである。しかしBは、自分の他の仕事が順調に増えるにつれ、Aとの関係に嫌気が差し、罪悪感にもさいなまれていた。BはAの独立話を聞いたときに、とっさに「これは縁を切るチャンスだ」と思っていたのだ。

Bは、ここでAと手を切らないと、Aの起業がうまくいかなかったら、ますます言い寄られると危機感を持った。頭の中でぐるぐると考えた結果、「先輩、実は僕、今、他の仕事がたくさん入り過ぎていて、仕事を一部整理しようと思っていたんです。だからもしA先輩が会社を辞めるなら、その仕事も無理して引き継いでいただかなくても自分的にはいいかなと…」

少しの沈黙の後、「は?」とAの不機嫌な声が電話口から聞こえた。
「お前何言ってるの?自分で言ってることわかってる?お前、俺が助けてやらなかったら今頃どうなってたんだよ」
「それは本当にありがたかったです」
「そうだよなあ。じゃあ今度は、お前が俺を助ける番じゃないの?」
「……」


 

キックバックとは、仕事を発注する側の会社の社員が、「御社を使ってあげる代わりに、個人的に謝礼をこっそりください」と下請け企業に持ちかけたり、反対に下請け企業のほうから得意先の担当社員に「うちを使ってくれたら、個人的に謝礼を差し上げますから」と、持ちかけたりすることで不正の関係が成立します。

たとえば、C社からD社に仕事を発注しているとして、実際にはD社は30万円分の仕事しかしていないのに、D社は60万円の請求書を作成してC社に請求をします。そしてC社からD社に60万円を振込後、その金額の一部をD社からC社の担当者に渡したり、あるいはC社とD社、それぞれの担当者で山分けしたりします。
こういったお金の流れをもとに、C社側、D社側、それぞれどのような職責の人間がこうした不正を行う可能性があるのか見てみましょう。

発注側からの圧力に屈してしまう(仕事を請け負う側のD社)

まず不正の請求書を作成するD社側の人間についてです。これは、経営者など職責が上位の人間が関与していることが多く考えられます。なぜならキックバック分のお金も正規分のお金と一緒に、一旦D社の会社の口座に振り込まれるわけですから、キックバック分のお金自体をそのまま引き出すことは、何か名目や理由がないと会計上の処理ができません。だから通帳からお金を引き出す形ではなく、経営陣の「手持ちの個人のお金」からキックバック分を渡す、という手法が一つにあります。経営陣の手持ちのお金を増やすために、事前に意図的に役員報酬を多めに設定したりするなどの対応をしていることでしょう。

受注相手との力関係上、やりたくなくても不正取引の要求に屈してしまうということが発注先にはあります。もし受注先の担当者から「キックバックをしてお金をよこせ」「山分けしよう」と言われて断ったらどうなるか。そのような要求をする社員は社内では「ペーペー」のような扱いでも、発注先に対してはストレス解消で「役員クラス」のように振る舞い、中には「発注を他の会社に変えたっていいんだ」と脅す人も実際にいるそうです。発注側も、「このような圧力を御社の社員から受けた」と正式に抗議、通報してもいいものかどうか判断がつきかねるそうです。なぜならそのような社員は当然ながらそのような抗議をしたところで「自分は無実だ」と嘘八百並べて言い張り、「とんでもない発注先だからこの会社とは縁を切りましょう」と言うからです。

現場担当者の思い違い、あるいは不満(仕事を発注する側のC社)

反対に、支払いをするC社側に関しては、決裁権のある上席の社員、役員だけに限らず、職責がどれほど重くない社員も外注先の選定や費用決裁の権限を持っていれば不正を行うことができます。
なぜ一般社員がキックバックを持ちかけてしまうのか、主な理由として、一つは、当然ながら現場担当者が直接外注業者との接点が多い、つまり接触環境の問題です。

特に大きな組織の場合などは、相手に頭を下げる「受注する側」の経験がなく、「発注する側」しか経験したことがない社員の一部に、発注業者に対して過度な態度、圧力、接待を要求する、いわゆる「会社のブランド=自分の能力」と思い違いをしてしまうケースが存在します。そうした社員が安易にキックバックを思いつき、業者に持ちかける、ということがあります。

もう一つの理由として、「会社に対する、自分の評価への不平不満」から、キックバックに手を出してしまう人もいます。この場合は、前述のような「思い違いをしている社員」と違い、仕事の成績が良い人の中でもこうした不正行為をするリスクがあります。

「自分がこれだけ売上や利益に貢献しているのに、どうして賞与がこれだけで全然評価されていないんだ」、「自分ばかり働いて、上司は給与だけ高くて何も仕事をしていない」、「自分が年間で営業成績トップだったのに、どうして2位のあいつが出世したんだ」。こうした人たちが、少しくらい自分も「役得」がなければやっていられない、そういう気持ちで不正取引に手を出してしまうケースがあります。

このような人たちは前述の「思い違いをしている人」とは反対に、発注先の経営者とも信頼関係ができています。成績優秀な社員が、「うちの上司、支払請求書なんか全然チェックしていないですから、キックバックして2人で山分けしましょうよ、社長」と発注先の社長に持ちかけて、相手も乗ってしまうことがあります。この場合、発注先も口を堅く閉ざしますので、皮肉なことですが不正を見つけることはより困難になります。

キックバックがはびこる会社にしないために

私自身も独立してから驚いたのですが、キックバックというのは、ずいぶん昔の時代、世代の話だと思っていたのが、今もなお現存しています。特に大きな組織の役員、上長の方々は、自分の部下が発注先とどのような関係性であるかを見守り、時には抜き打ちで発注先に訪問して実際の作業などを見学させてもらう、などのチェック、牽制をかけることなどをお勧めします。発注先の社長に定期的に挨拶に行くだけでも牽制になるはずです。

キックバックを発想する人というのは、その職場に不満がある時に考え付くことが多いようです。自分が評価されている、期待されている(と自分で思い込んでいるのも可)と思っている人は「上へ、上へ」「より高いところ」に自分の力を使いますが、自分が評価されていない、期待されていない(と自分で思い込んでいる人も含む)は、「下へ、下へ」「より低いところ」へ自分の力を使います。その場のポジションで、お山の大将になろうとしてしまいます。日々の上司と部下との円満なコミュニケーションもこうした不正を予防する一つの方法でもあると思います。

キックバックを予防するために経理部、現場社員ができること

前回お話した「領収書」と今回の「キックバック」は、部署に関係なく、一般社員から社長まで、誰でも可能な不正の手法です。

経理部ができるキックバックの予防としては、以下のようなことがあります。

  • 毎月固定で発生する「外注先一覧リスト」を作成。決算期や予算策定の時など、年に1度でもいいので、その外注内容が実際に存在、発生しているのかをチェックする。
  • 固定金額の部分が増額になった場合、その理由は適正かなど、「経理で定期的にチェックをしている」という実態を実際に作る。かつそのことを、社内にも牽制の意味も含めてアナウンスする。

一方、現場では、以下のような体制をつくることで、キックバックの予防に価値があるでしょう。

  • 初回取引だけではなく、既存の取引に関しても「相見積もり」を年1回など定期的に行う。
  • 担当者1人しかその数字の中身について知らない、という体制を避ける

上司と部下など最低2人はその請求金額の根拠について経理部や役員からの質問に対して適正に答えられるようにする、という体制を敷く。

昔と違い、今は転職による入退社や契約社員などの登用により、何年か前に外注先を選定した人が既に転職してしまって会社に居ない、といったことも当たり前の時代です。「誰がこの会社を選んで発注したかわからない」「なぜこの金額になったのか誰も知らない」ということもありますので、こうした「定期的なチェック」は特に今の時代は大切な作業の一つです。

私は、バックヤードのスリム化をしすぎると危険だといつも啓蒙しているのですが、その理由の一つに、たとえば経理の人員を減らし過ぎた結果、日時処理に追われ、こうした不正がないかどうかのチェックをする時間や牽制をかける余裕がなくなり、結果として不正が防げなくなる可能性が高いと考えるからです。
仮にバックヤードの人員を年間1000万円分減らしても、年間2000万円分、偽装の領収書やキックバックといった「簡単で、単純な」不正により、資金が会社から流出していってしまっている、というようなことが、皆さんの会社ではないことを願うばかりです。

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