戦力外→公認会計士に転身成功。元阪神投手をやる気にさせた“ある後悔”

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突然クビを突きつけられ、妻と幼い子供を背に男泣き――。テレビを通して見る「戦力外通告を受けたスポーツ選手」は痛ましく描かれることが少なくありません。

人生の大きな舵切りには当然困難がつきものですが、引退後の生活を心配しすぎるアスリートへ「第二の人生を悲観しなくていい」と勇気づける男性がいます。彼こそ、今から18年前に戦力外通告を受けた、元阪神タイガース投手の奥村武博さんです。

現在は公認会計士として働くと同時に、アスリートのキャリア支援を手掛ける一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構の代表理事も務めています。奥村さんがこの活動を始めたのは、同じく戦力外となった後輩への“ある後悔”がきっかけでした。

「引退後の第二の人生を悲観しなくていい」

【プロフィール】奥村 武博(おくむら たけひろ) Twitter:@m59camel

公認会計士/元阪神タイガース投手

1979年岐阜県生まれ。1998年に土岐商業高等学校卒業後、ドラフト6位で阪神タイガースに入団。1年目から怪我が続き、2001年に戦力外通告を受けて現役引退。その後、打撃投手、飲食業を経て、2013年に公認会計士試験に合格。2014年に優成監査法人に入所。2017年に税理士法人・株式会社オフィス921に入社、同年に一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構を設立。著書に『高卒元プロ野球選手が公認会計士になった!』。

――まず初めに、アスリートデュアルキャリア推進機構の法人名にある「デュアルキャリア」の意味を教えてください。

アスリートが「アスリートとしてのキャリア」を歩むと同時に、「人としてのキャリア」を形成していくという考え方です。スポーツ庁も推進していますが、アスリートが競技と両立しながら社会人としてのキャリアを築いていくものです。

――具体的にどのような活動を行っているのでしょう?

事業は大きく3つあり、1つ目が講演やセミナーなど「情報発信による啓蒙活動」。2つ目が企業や教育機関などと選手をつなぐ、「選手のキャリア形成のためのコミュニティ作り」。3つ目が種目の垣根を超えて「選手同士が情報交換できるコミュニティ作り」です。

3つ目はまさにこれから強化していく事業で、現役選手にどんどん情報を流していきたいと思っています。

例えば、毎年年末になると、戦力外通告を受けた野球選手を追うテレビ番組が話題を呼びますよね。クビを宣告され、選手が絶望的な表情を浮かべるシーンも映し出されます。

アスリートの引退後の人生は苦労をともなうことが多いですが、一方で、充実した第二の人生を送っている元アスリートもたくさんいます

――引退後の生活は厳しいもののように感じます。

そういった元アスリートがどう転身して、充実したセカンドキャリアを築いているのかといった情報を、もっと現役選手に知ってもらいたいんです。引退後の生活をうまくイメージできず心配しすぎる現役選手もいますが、さまざまな情報を参考に行動することで、いくらでも人生は好転させられます。第二の人生を悲観しなくていいと伝えたいです。

なので、スポーツ種目ごとに縦割りになりがちなコミュニティを壊して、スポーツ界全体に横串を刺してあげて、我々が適切な情報を伝えていらぬ不安を解消し、情報を横展開してキャリア観を広げられるようなネットワークを作りたいんです。

公認会計士への道は「怪我の功名」と大笑い


阪神タイガース入団発表の様子。左上に奥村武博さん。左下は同期の井川慶さん(日刊スポーツ)

――公認会計士としての一面も持つ奥村さん。戦力外から公認会計士への転身も、決して平坦な道のりではなかったと思いますが……。

高校卒業後、ドラフト6位で阪神タイガースに投手として入団しましたが、現役時代は怪我に悩まされました。1年目に肘を手術、2年目はずっとリハビリ、3年目は肋骨が折れて、4年目は肩を故障し、現役を引退しました。

翌年は打撃投手をやりましたが、これも1年でクビに……。22歳で阪神タイガースを退団しました。

――その後はどうされたんですか?

それから2年ほどは飲食業をやっていました。先輩が飲食店を経営していたり、自分も客として飲食店に出入りしたりするので、一般企業の仕事よりよっぽど身近に感じやすいんです。

でも、お客さんをもてなす側に回ると、簡単そうに見えることもできなかったりするんですよね。その時、「世の中で、自分ってこんなに価値がないんだ」と痛感したのを覚えています。有名でもなければ大したスキルも持っていない。「ボールが投げられても社会じゃ何の役にも立たない」と。

――そんな日々を過ごす中、なぜ公認会計士を目指すようになったんでしょう?

ある日、アルバイトに腐心する僕を見かねた彼女、現在の妻ですが、資格取得のガイド本を買ってきてくれたんです。ページをめくっていると「公認会計士」の文字が目に飛び込んできました。僕は商業高校を卒業していて日商簿記2級を持っていることもあり、「会計」にピンと来たんです。

それから公認会計士試験の勉強を始めて、25歳から9年かけて試験に合格しました。その間は、宅急便の配達やネットカフェのアルバイトをしたり、いろんなことをやっていましたね。

アルバイト時代は元プロ野球選手ということを隠していたんですが、「阪神タイガースの看板がなくなったら自分って無力だ」と、ひしひしと感じていました。自分の価値を高めるにはどうしたらいいんだろう、と考えた時に、公認会計士の資格は必ず強みになると思い、試験勉強のモチベーションを保ちましたね。

――そのまま野球の道を歩むこともできたと思いますが?

怪我ばかりの野球人生でしたからね。阪神タイガースを退団したのは22歳の時ですが、一浪して大学出たぐらいの年齢でしたから、まだまだ先は長いし何かチャレンジできるだろうと。

多少の強がりもあったんでしょうけど、ポンと意識を切り替えられたのは、文字通り「怪我の功名」でしょうね! ハハハハハ(大笑い)!

――奥村さんのご経験はなかなかハードだったと思いますが、それで「デュアルキャリア」が大事だと。

そうです。僕の場合は高校時代の学びが活きて、もうひとつのキャリアを確立することができました。

なにも僕のように「スキルにつながる経験」がないとダメということではないですし、スポーツ以外の経験を持たなくてはいけないということでもありません。大事なのはプレー以外にも視野を広げることです。

とは言っても、大抵は自分の身近なことしか視野に入らないですから、僕たちが選手の視野を広げる手助けができればいいなと。

もちろん、視野を広げた後に、どれなら実行できるか選択肢を持っていることも重要です。この選択肢を持つというのは、学生時代の過ごし方にも関わってきます。スポーツだけでなく学業や他の経験を積んでおくことが、将来キャリアを選択する時に役立つでしょう。

こういうお話は中高生への講演、小学生の保護者へのセミナーなどで、若い頃から能力をつけたり経験を積んだりする重要性をお伝えしています。

戦力外通告を受けた後輩への“ある後悔”


奥村武博さん(月刊タイガース)

――ご自身の経験から、アスリートデュアルキャリア推進機構を立ち上げたんですね。

僕自身の経験からアスリートのキャリア支援の力になりたいと思ったのもそうですが、もう一つきっかけがあります。

僕が阪神タイガースを退団してから2年後ぐらいに、後輩が戦力外になったんです。仲が良かったので僕のところに来てくれて、「これからどうしたらいいんですかね?」と相談を受けましたが、僕自身がなにもキャリアプランもなくてアドバイス出来なくて……。

その時、自分がもう少ししっかりしていれば 彼をサポートできたかもしれない、とずっと後悔しています。これもアスリートのキャリア支援を手掛けようと使命感を持った、大きなきっかけですね。

――ご自身も公認会計士試験の勉強を始める前ですもんね。

自分も誰に相談すればいいか分からなかったし、家族にも相談しづらいものなんですよね。

地元に戻る選択肢もあるんですけど、あれだけ盛大に送り出されて名をあげないまま帰るのはすごく抵抗があったんです。変な見栄が邪魔しちゃって。

この後輩のことや自分自身の経験から、アスリートの第二の人生を組織的にサポートする必要があるんじゃないかと思ったんです。

――実際にキャリア支援を手掛けてみて、アスリートのキャリア形成が難しいと思う点はありますか?

僕たちは単に選手が仕事を見つけられたらいい、職場をマッチングすればいいとは思っていません。というのも、こと野球界でいうと転身してもすぐ仕事を辞めてしまう例は少なくなかったりするんです。この意味で、安定したキャリア形成の難しさは一つあると思います。

例えば、企業が元アスリートを採用したいというケースはよくあると思うんです。ただ、以前何かで読んだ記事に、元野球選手が一般企業に就職しても離職率が高いとありました。

これは、企業側と選手側、お互いが「思っていたのと違う」となってしまっているんだと思います。おそらく先入観が出来上がってしまっているんです。

企業側は「元プロ野球選手は、体育会系気質でガツガツ仕事をこなしてくれ、根性があって上下関係を守ってくれるだろう」と期待しています。でも、野球選手と一括りにしても、寡黙なタイプもいればシャイなタイプもいる。野球選手だから全員がそうだとは限らないことは当然なのに、先入観を持っているんです。

一方、選手側は「営業に向いてると言われたからやってみたけど全然ダメ」となってしまうケースが多い。「やっぱり自分は野球しかできないんだ……」と先入観をますます強くしてしまいます。この先入観を解消していくのも僕たちの仕事です。

――啓蒙活動とは、情報発信だけでなく、選手やその周囲を巻き込んだ意識改革も必要なのですね。最後に今後の取り組みを教えてください。

引き続き、冒頭でお話した3つの事業を進めつつ、我々の理念に共感していただいた岩村明憲さん、村田修一さんを特別アンバサダーに迎え、より影響力のあるお二方による情報発信も取り組んでいきたいと思います。

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