会社の経理は知っている、不正とモラル①なぜ不正は体系化しにくいのか【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を少しでも食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

リスク管理部長はなぜ自らをリスクに晒してしまったのか

先日、このような出来事がありました。ある読者から、「インターネット上であなたの本について、暴言を書き込んでいる人がいますよ」と連絡があったのです。私は「そのようなことは日常茶飯事ですから大丈夫ですよ」と返信したのですが、再度その方から返信がありました。「いえ、その人一応ハンドルネームで書いているのですが、リンク先に本名が出てしまっているので検索してみてください。興味深いですから」。

渋々、教えてもらったサイトを開き、画面に映し出された自分の本への暴言を横目にしながら、書き込みをした人のプロフィール欄の外部リンク先をクリックしてみました。すると、確かに「〇〇〇〇」と、人名が出てきました。その名前を検索サイトに入力してみると、今度はプレスリリースされた人事情報が出てきました。画面上には、会社名と役職、そしてその人の名前が表示されました。その暴言を書き込んでいた人は、大手上場企業のリスク管理部長でした。

念のため、そのリスク管理部長が勤めている会社のHPにアクセスしてみると、専用ページまで作ってコンプライアンスについての取り組みについて丁寧な言葉で記載がされていました。

なぜこのリスク管理部長が自分のリスク管理をせずに、不特定多数が見るサイトに暴言を書き込んだのか知る由もありませんが、フィクションでこのような話を書いたら「陳腐極まりない」、「そんなことあるわけないでしょう」と、また酷評されてしまうことでしょう。しかし、これが現実に起きていることなのです。

「もし私が、この件をご本人の会社に問い合わせをしたら、このリスク管理部長に揉み消しをされてしまうのかな」「この会社の社員が社内の不正を内部通報しても、このリスク管理部長だったら、社内のパワーバランスを見て、場合によっては内部通報者を裏切って情報を握りつぶしてしまうのかな」。そのようなことを思いながら、そのパソコンに映し出された、リスク管理部長の顔写真とお名前をじっと眺めていました。

という話が、実話かフィクションかは皆様のご想像にお任せしますが、不正に関しては「事実は小説より奇なり」。という言葉は本当であると私は思います。

起こるはずのない「不正」が起こってしまう

「不正」というと、ドラマやワイドショーなどに登場するような、「いかにも悪役的な人相の人」がするものであって、自分の実生活には関係ない、と思っている人が多いと思います。しかし実際には、そうした「わかりやすい」不正はほんのごく一部で、「不正をしなさそうなイメージの人や会社がするから、不正の問題は顕在化しにくい」ことのほうが多いのではないかと私は思います。見るからに不正をしそうな人であれば、皆最初から警戒して見張っているので、実際にやろうとしてもなかなか実行に移せないでしょうし、移せたとしてもすぐ周囲が発見して初期消火できるからです。

反対に、本来、不正を取り締まる立場の人であったり、普段は「人格者」と呼ばれているようなふるまいの人が不正をしていたりすると、「担当者が一人だけでも、あの人なら信頼できるから大丈夫だよね」と、皆がノーマークになるので不正が顕在化しにくい環境になるのです。

では、その会社や周囲の人たちが「ヒトを見る目がない」のか、というと、そうではないと思います。人間というのは、多面性のある生き物です。だから会社での「その人」は、あくまで会社で見せるキャラクターであって、本当の「その人」というのは、また別にあるのです。

考えてみればわかることですが、職場での不正というのは、本来上場会社ではありえないことです。なぜなら「内部統制」がかかっている「はず」だからです。

ではなぜ上場会社でも不正が起きてしまうのか。それは、本来内部統制上、していなければいけないチェック作業やルールを「人間」が守っていなかったり、本来チェックや監視する立場にある「人間」当人が不正をしたりしているからです。それほど「人間」というのは危うい、不安定な生き物なのだと思います。

「不正」を体系化できない3つのワケ

よく不正の問題を「体系的に」理解したい、という方がいるのですが、体系的にする上での大きな壁となるのが、この「人間」の問題です。私自身も、体系的に不正を取り扱いたいと思い、勉強できる機関がないか調べた時期があったのですが、企業などの組織の不正を、研究テーマとして取り扱っている機関や研究者の方というのは、他のテーマに比べて圧倒的に少なく、実際に数えるくらいしかありません。

それがなぜなのか、私なりに考えてみるといくつか要因があると思います。

まず第1に、企業の不正というのは、基本的には社外どころか、部外にも漏らさずに処理、収束させてしまうということが圧倒的に多いからです。これは、顧客や取引先などに対する信用の問題もあるでしょうし、社内においては社員のモチベーションの低下につながりかねない、ということも企業としては考えるからです。
だから「研究材料」となる実際の不正のケーススタディの情報の入手自体が難しい環境にあるということが挙げられるのではないかと思います。

余談ですが、以前ある雑誌のインタビューを受けた時に、インタビュアーの方は経済紙の業界歴が20年近くある方だったのですが、私が古典的な不正のケースをお話しても、「それってどういうことですか」「もう一度説明してもらえませんか」ということが続き、不思議で仕方がありませんでした。
私の説明がわかりにくいのだろうかと、気に病んでいたのですが、途中で私は、はたと気づきました。「どの会社も、たとえインタビュアーに『会社の危機や失敗談などを話してください』、と言われても、既に世間に開示されている赤字や事業の失敗などのことは話せても、不正の話だけは、自ら進んでできるわけがないな」と。だからインタビュアーの方は、不正以外のことは熟知なさっていても、不正に関してだけは、その分野は「初耳だらけ」ということだったのだな、と。それをインタビュアーの方にお話ししたら、「確かに自ら進んで不正のお話をされる方はいませんね」とおっしゃっていました。
それだけ「不正」というのは、報道ではよく見ますが、それは本当に氷山の一角で「どうしても隠し通せなかったもの」、「巨額、巨悪のもの」だけが外側に漏れ、実際はほとんどの一般的な不正というのは、静かに処理されてしまうものだと思います。

そして2つ目の理由として、特に会社で起こる不正というのは、やはり実際に会社に勤めて実務経験をしていないと、なかなか実感や実態がつかみづらいという点です。研究職の方が、それらの情報を取り扱うにしても、取り扱い方が難しい面があるのではないかと思います。そのため、実際に会社での実務経験のある不正に詳しい協力者が必要になると思うのですが、そうした協力者を探すこと自体もまた大変だと思います。

3つ目の理由として、これが最も大きな理由だと思いますが、「人間の不規則性」にあると思います。「人間の不正」というものには、当たり前ですが「人間」が関わっています。その人間の行動パターンに、もし規則性があれば、不正というものを体系的に研究したり、記したりすることができるのですが、実際にはそうならないという点に不正を研究する難しさがあるのだと思います。

たとえば、「たとえお金がなくても、他人のお金には絶対に手を出さない」人もいれば、「別にお金には困ってなかったけれど皆私用の領収書を紛れ込ませて出していたから、自分も出してしまった」という人もいます。「こういう人は絶対に不正をする(しない)」というような数式や傾向を見出せればいいのですが、かなりの量のサンプルを集めなければ傾向も見いだせないでしょうし、研究機関も予算に限りがあり、成果も同時に求めますから、成果が出るかどうかわからない研究テーマは研究機関、研究者双方に取り扱いづらいのではないかと思います。

会社の不正防止を考える

不正というのは、「内部統制」「キックバック、在庫の横流し」など、固定された情報に基づいて体系的に語れる部分と、揺らぎのある「人間の心理」、その両方がマトリックス上にクロスしているので、明快に体系的に論じることを難しくさせているのではないかと思うのです。

未上場会社で内部統制や社内ルールが全く整備されていない会社であっても、従業員全員にモラルがあれば不正は起こりませんし、上場会社でも、不正を管理監督するはずの管理職が不正をしていたら、いくら内部統制が強固でも、不正は長期間に渡り起きてしまいます。

これらのことからも、不正というのは人間のモラルや心理にかなり左右されるということがおわかりいただけると思います。しかし、変わらず「体系的に不正を理解したい」という方も多くいらっしゃいます。今回のシリーズでは、できるだけ体系的に、不正の仕組みについてアプローチし、不正防止に役立てて頂けるような内容を記していきたいと思います。次回以降どうぞよろしくお願いいたします。

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