不正をする人の言い訳も「一線は越えていない」 誰もが越えるかもしれない、経理の不正【前田康二郎さん寄稿】

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前回「経費精算」の不正についてお届けしました。今回のテーマは、経理の仕事にまつわる不正について。
『職場がヤバい!不正に走る普通の人たち』(日本経済新聞出版社)の著者でもある前田康二郎氏に解説いただきます。

昨年の流行語にもなった「一線は越えていません」という言葉。なぜあんなに流行になったかを考えると、このフレーズが改めて「使い勝手がいい」と皆さんが思ったからではないでしょうか。ビジネスシーンでもいろいろな場面で使えそうです。

「さっき、インターネットを見て仕事をさぼっていたでしょ」
「いえ、一線は越えていません」
「昨日の飲み会で、私の悪口言っていたらしいじゃない」
「いえ、一線は越えていません」
「会社に黙って副業しているらしいじゃない」
「いえ、一線は越えていません」

特に「良くないこと」と、この言葉は相性が良さそうです。
つまり、この言葉が流行したということは、それだけ「良からぬこと」をしている人も世の中にたくさんいるということなのかもしれません。

経理の場合の「一線を越えた」とはどんな状況なのか

経理の世界ではどうでしょうか。
経理において「良からぬこと」。それは横領、着服、粉飾、といった「不正」でしょう。
たとえばこのようなことがあります。

ある会社で、決算期に売上帳簿をチェックしていたところ、何件か現金で売上があったはずのものが計上されていませんでした。しかし、実際の現金の金額は「合っていた」と小口現金の担当者から報告がなされていました。
そこで、売上担当と現金担当、両方を呼んで話を聞いたところ、売上担当者は「確かに現金を渡しました」と証言をしました。そして、小口現金の担当者が「実は……」と告白しました。
「実は仕訳の入力をしていたら、なぜだか現金残高がどうしても合わず、帳簿の現金残高よりも実際のお金のほうが多く残ってしまったのです。だからどうしたら良いかわからなくて、そのお金をずっと机の引き出しに隠して持っていました」ということでした。
「そんなでたらめのことを言うな」と会社側は怒るのですが、本人は「本当です。自分にもプライドはあります。一線は越えていません。信じてください」と言いました。
その時は、その社員の言う通り、帳簿が合わなかった分と同じ金額が当人の引き出しから出てきたので「一線は越えていない」と判断し、厳重注意でその会社は終わらせたとのことです。

ではもし、
「その金額が、引き出しではなく、その人のカバンの中から満額出て、一線は越えていません、と言われたら?」
「自宅に持ち帰ったけれど、1円も手を付けていないから、一線は越えていません、と言われたら?」

皆さんはこれを「一線を越えた」と判断するでしょうか。それとも「一線は越えていない」と判断するでしょうか。
これは、とても難しい問題です。私からすると、どちらともとれます。
一般的に考えれば「そんな茶番、許されるはずがない。どれも一線を越えているだろう」と思うのが普通だと思います。
しかし、もう少しその時の状況や事情を深堀りしてみると、違った側面も見えてくるのです。

たとえば、1人で小口現金の担当者をやっていて、そこまで深い経理の知識がない。決算仕訳など難しい仕訳などは何カ月かに1回しか来ない税理士の先生が会計ソフトに入れてくれている。そのような心細い状況で、自分が何回チェックをしても、大幅に手持ちの現金と帳簿上の現金が違っている。そのような状況は、案外あると思うのです。

もし、帳簿上の金額と、手持ちの実査の金額が違う場合、「ひょっとしたら、自分が実査の時に床に小銭を落としてしまったかもしれない」「現金精算や両替をお願いされた時に、間違えて多く渡してしまったかもしれない」など、会計データは間違っておらず、自分の現金管理で何かミスがあったのではないかと思うかもしれません。反対に「会計データの入力ミスかもしれない」と、もう一度冷静にチェックをしたりするかもしれません。

しかし、ちょうどその時に、決算作業で時間がない場合、あるいは、自分の能力では何回も会計データと現金をチェックしても差異の原因がわからない場合。そのような時は、もし手持ちの金額が多い時は、ひょっとしたら、その金額を別によけて、「確認できました」と報告してしまう人もいるかもしれません。
実際、例にあげた小口現金の社員も、売上計上を自分ではしたつもりで、実際には帳簿に入っていなかったため、現金の差異が出て、いつも、会社からは「まめに実査のチェックをしなさい」と言われていたのに、他の庶務も任されて全て1人で対応していたために忙しく、毎日までは現金のカウントをしていなかったそうです。

不正が長年見つからない、1人の「受け身的な不正」

不正が長年見つからない環境というのは、1人担当者、シングルチェックの環境が圧倒的に多いです。それはなぜなのだろうかと私も改めて考えたのですが、一つは、仮に複数の人間がグルになって不正をしている場合は、やはり第三者にそれらが目撃される可能性が物理的に高くなり、内部告発や摘発される確率も単純に上がるということではないかと思います。
そしてもう一つは、「悪意ある不正」とは別に、1人作業ならではの、「流れでそうなってしまった」ということが実際にあるのではないかということです。

たとえば、帳簿と現金実査を合わせることを、忙しさを理由にしばらく放置していて本決算の時に帳簿と現金の実査のチェックをしたら帳簿よりも10万円現金のほうが多くある、ということに気付く。けれど、会計データを見ても、何が原因かがわからない。1円や100円ならまだしも、10万円もずれていたら、お金の問題よりも、その仕事ぶりを社長から叱責されるかもしれない。本決算だから早く帳簿を確定させないといけない。相談できる上司もいない。

そのような時に、「とりあえず、自分の机の引き出しに入れておこう」と発想してしまう人もいるかもしれない、と思うのです。
これが2人以上でチェックをする環境、あるいは管理する上司がいたら、そのようなことには、やはりなりません。

「積極的な不正」ではなく、こうした「受け身的な不正」というのが、1人作業には発生する確率が高いのです。だから、「不正をやりそうだ」というような人よりも「まさかあの人がそんなことをするような人には見えない」という人のほうが、不正が多いというのも、こうしたことも一端なのではないでしょうか。
端から見て「いかにも目を離したらすぐ不正をしそうな野心的な社員」であれば、「机の中に手をつけずに置いてあります!ほら!」と現金を見せられたところで、会社は「アウト!」を宣告し、「一線を越えた」と判断することでしょう。

しかし、そうでない、普段から「生真面目さが取り柄です」というような人が、「帳簿の差額分のお金をよけていたことを黙っていたことは大変申し訳なく思うのですが、私の引き出しだと鍵をかけても泥棒にキャビネットごと持って行かれるかもしれないので、自宅で厳重に保管していました」、あるいは「会社も心配だし、かといって自宅に保管していたら盗んだと疑われるといけないので、いつでも言われたら出せるように毎日カバンの中に入れて持ち歩いていました」と真顔で言われたらどうでしょう。
「変な言い訳だけど、まあ、いいか」となってしまう可能性、つまり、「一線は越えていない」と会社が判断してしまう可能性は、事実あるのです。

職場の人達は、自分達が普段「疑わしい」と思っている人がそのような不正をしたら、「やっぱり」と思うでしょうが、自分達が日頃信頼している人が不正をしていたら「何かの間違いだ」「自分が、人を見る目がないはずがない」「信じたくない」という心理が働き、そのように寛容な判断に流されがちになっていくのです。

「一線」のルールを明確化すべき

このことからもわかるように、仮に現金に関する不正に関して、文章やワークフローなどで明確化されていれば、竹を割ったように「ここが一線」です、というラインが最初からわかり、「自宅に持って帰った時点でダメ」「机の引き出しにしまった時点でダメ」「差異を黙っていた時点でダメ」というように、どのポイントから「不正」に該当するのかをわかった上で越えたのだな、と「一線」の判断できます。しかし、明確化されていないと、そうした「情」によって、「この人はきっと、一線がどこだかわからないまま、たまたま勘違いして越えてしまったのかもしれない」と、周囲が勝手に思い込んでしまうこともあるのです。

このようなことが起こらないように、社員数が少ない職場であっても、金銭に関してはルールを明確化したり、シングルチェックの環境を少なくしたりする努力を、会社はする必要があります。そして、「ここが一線」というポイントを、「事前に」社内に啓蒙することです。
社員は、それらを目安や基準にして行動しやすくなります。ルールというのは、社員を縛り付けるためのものではなく、「行動の目安」「けん制」の意味合いが非常に大きいのです。
「ルールがなくてもいい」人、というのは、仕事もモラルも自己管理、自己完結する能力のある人、ということを考えればご理解いただけると思います。そのような強い人は、いることはいますが、多くの人は、どこか弱い部分があるはずです。仕事上でアクシデントがあった場合、その弱い部分が露呈して不正の方向に流されていかないように、「ルール」で、「堰止め」してあげることは必要です。

一線を越えようとする人達は、「隙」があるところに流れていこうとします。そうした隙が最初から「ない」環境を準備し、「正しい方向」へ社員をマネジメントすることも会社の役割の一つだと思います。

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