• 作成日 : 2025年6月16日

事業展開とは?成功のポイントや事例、種類などを解説

現代のビジネス環境は、市場の成熟化、グローバル競争の激化、テクノロジーの急速な進化など、目まぐるしく変化しています。このような状況下で企業が持続的に成長し、競争優位性を維持していくためには、現状維持にとどまらず、新たな挑戦、すなわち「事業展開」が不可欠となっています。

この記事では、企業の成長に不可欠な「事業展開」について、その基本から具体的な戦略、成功のためのポイントまで幅広く解説します。

「事業展開」とは?

「事業展開」とは、簡単に言うと、企業が自社の事業を広げたり、新しい分野に進出したりすること全般を指す言葉です。

これには、既存の事業の規模を大きくすること(量的拡大)や、提供する製品・サービスの範囲を広げること(質的拡大)、さらには全く新しい市場や事業領域に足を踏み入れることも含まれます。単一の定義に留まらず、企業の成長戦略における様々な取り組みを包括する、広範な概念と捉えることができます。

事業展開の主な目的とメリット

ここでは、企業がなぜ事業展開を目指すのか、その主な動機と、実行することによって得られるメリットについて掘り下げていきます。

企業が事業展開を行う主な目的は、持続的な成長と企業価値の向上にあります。具体的には、以下のようなメリットが期待できます。

  • 収益機会の拡大:新しい市場や顧客層にアプローチすることで、売上や利益の増加が見込めます。
  • リスク分散:単一事業への依存度を下げ、複数の収益源を持つことで、特定の市場や製品の不振による経営リスクを軽減できます。例えば、ある事業が不調でも、他の事業が好調であれば、会社全体としての安定性を保ちやすくなります。
  • 競争優位性の確立:新技術の導入や独自性のある製品・サービスの提供により、競合他社との差別化を図り、市場での優位なポジションを築くことができます。
  • ブランドイメージの向上:事業領域を広げることで、企業の認知度や信頼性が高まり、ブランド価値の向上につながることがあります。
  • 経営資源の有効活用:未利用の技術、ノウハウ、人材などを新しい事業で活かすことで、経営資源全体の効率を高めることができます。
  • 従業員のモチベーション向上と人材育成:新しい挑戦は、従業員に新たなスキル習得の機会やキャリアパスを提供し、組織全体の活性化につながります。

事業展開の種類

事業展開には様々なアプローチがあります。このセクションでは、代表的な事業展開の種類とその特徴について解説します。自社の状況や目的に合った方法を選択することが重要です。

事業展開の具体的な方法としては、主に以下の5つのタイプが挙げられます。

水平展開

水平展開とは、既存の技術やノウハウを活用して、同じ市場セグメントの異なるニーズに応える製品やサービスを提供することです。例えば、自動車メーカーがセダンだけでなく、SUVやミニバンなど、異なるタイプの車種を開発・販売するケースがこれにあたります。既存の生産設備や販売チャネルを活用できる場合が多く、比較的リスクを抑えながら事業を拡大しやすい方法と言えます。

垂直展開

垂直展開は、自社の事業に関連するサプライチェーン(供給網)の上流または下流に進出することです。

  • 前方展開(下流へ)
    製造業者が自社製品を販売する直営店を開設したり、卸売業者が小売業に進出したりするケースです。顧客との接点を増やし、市場のニーズを直接把握できるメリットがあります。
  • 後方展開(上流へ)
    部品メーカーが原材料の生産を手掛けたり、小売業者が自社ブランド製品の製造を開始したりするケースです。原材料の安定確保やコスト削減、品質管理の強化につながります。

多角化

多角化は、既存事業とは異なる新しい市場や製品分野に進出することです。リスクは比較的高くなりますが、成功すれば大きな成長機会を得られます。多角化は、既存事業との関連性の度合いによって、さらに2つに分類されます。

  • 関連多角化
    既存事業の技術、生産設備、販売チャネル、ブランドイメージなどを活用できる、比較的関連性の高い分野に進出します。例えば、カメラメーカーが医療用光学機器分野に進出するようなケースです。既存資源を活用できるため、シナジー効果(相乗効果)が期待できます。
  • 非関連多角化(コングロマリット型)
    既存事業とは全く関連性のない分野に進出します。例えば、電機メーカーが金融事業に進出するようなケースです。リスク分散効果は高いですが、新たなノウハウや経営資源が必要となり、難易度は高くなります。M&Aが活用されることが多い形態でもあります。

事業展開の種類:比較表

種類特徴メリット例デメリット・リスク例
水平展開既存技術・ノウハウで同市場の別ニーズへ既存資源活用、リスクは比較的低いカニバリゼーション(自社製品間の競合)
垂直展開サプライチェーンの上流・下流へ進出コスト削減、品質管理強化、市場ニーズ把握投資負担増、経営の複雑化
関連多角化既存事業と関連性の高い新分野へシナジー効果、既存資源活用中程度の投資・リスク
非関連多角化既存事業と関連性のない新分野へ高いリスク分散効果高い投資・リスク、ノウハウ不足
海外展開国境を越えて新しい市場へ市場規模拡大、成長機会為替リスク、法規制・文化の違い
デジタル展開デジタル技術を活用した事業変革・新規事業創出(DX)効率化、新顧客体験創出、データ活用による洞察技術変化への対応、セキュリティリスク

(注) 上記は一般的な特徴であり、個別のケースによって異なります。

海外展開

海外展開は、文字通り国境を越えて、海外の新しい市場に進出することです。国内市場の縮小や飽和に直面している企業にとって、大きな成長機会となり得ます。しかし、言語、文化、法規制、商習慣の違いなど、乗り越えるべき課題も多く存在します。進出形態としては、輸出、現地法人設立、現地企業との提携、M&Aなど、様々な方法があります。

デジタル展開 (DX:デジタルトランスフォーメーション)

近年特に注目されているのが、デジタル技術を活用した事業展開、すなわちデジタルトランスフォーメーション(DX)です。これは、単にITツールを導入するだけでなく、AI、IoT、ビッグデータなどを活用して、既存ビジネスのプロセスを根本的に変革したり、全く新しいビジネスモデルや顧客体験を創出したりすることを目指します。オンライン販売の強化、サブスクリプションモデルへの移行、データ分析に基づく新サービスの開発などが例として挙げられます。

事業展開の成功例

実際の企業がどのように事業展開を成功させてきたのか、具体的な事例を通じて学びます。特にM&Aを活用した事例や、中小企業の挑戦、DXによる変革など、読者の関心が高いと思われるケースを取り上げます。

M&Aを活用した事業展開事例

M&Aは、事業展開を加速させる強力なツールです。多くの日本企業がM&Aを活用し、成長や変革を実現しています。

  • ソフトバンクグループ
    通信事業への本格参入と強化のため、ボーダフォン日本法人や日本テレコムを買収しました。これにより、顧客基盤や通信インフラを一気に獲得し、国内大手キャリアとしての地位を確立しました。さらに、LINEモバイルの吸収合併など、継続的なM&Aを通じて事業ポートフォリオを拡大・強化しています。これは、M&Aによる既存事業強化とシナジー創出の典型例です。
  • 楽天グループ
    EC事業を核としながら、金融(楽天カード、楽天銀行、楽天証券)、トラベル(楽天トラベル)、デジタルコンテンツなど、積極的なM&Aを通じて多角化を進め、「楽天経済圏」と呼ばれる独自の生態系を構築しました。これは、M&Aによる多角化戦略の代表例です。
  • JT(日本たばこ産業)
    国内市場の縮小を見据え、海外たばこ事業の強化を目的に、米国のRJRナビスコ社の海外たばこ事業(RJRI)を巨額で買収しました。これにより、海外での販売網とブランドを獲得し、グローバル企業としての地位を確立しました。海外市場開拓を目的としたクロスボーダーM&Aの成功例です。
  • ニデック(旧 日本電産)
    精密小型モーターを祖業としながら、積極的かつ迅速なM&Aを繰り返すことで、車載用や家電・産業用モーターへと事業領域を拡大し、事業構造の転換と持続的な成長を実現しています。M&Aを成長戦略の中核に据え、ポートフォリオをダイナミックに変革している事例です。
  • 資生堂
    AIを活用したパーソナライズド美容サービス開発のため、米国のAIスタートアップGiaranを買収しました。これにより、最先端技術を迅速に取り込み、新たな顧客体験の創出を目指しています。技術獲得型のM&A事例と言えます。
  • ベネッセホールディングス
    介護事業の強化・拡大のため、同分野で実績のあるプロトメディカルケアを買収しました。既存事業(介護)の強化を目的としたM&Aです。
  • ニトリホールディングス
    同業の島忠をTOB(株式公開買付け)により買収しました。これにより、店舗網の拡大、仕入れや物流の効率化、相互送客などのシナジー効果を狙っています。同業種統合による規模拡大と効率化を目指す事例です。
  • 大正製薬
    スキンケア領域の強化と通販事業の拡大を目的に、化粧品通販のドクタープログラムを買収しました。新製品分野(スキンケア)と新チャネル(通販)の強化を同時に実現した事例です。

これらの事例から、M&Aが市場シェア拡大、新規市場参入、技術獲得、事業多角化、事業ポートフォリオ転換など、多様な事業展開の目的達成に貢献していることがわかります。成功の鍵は、明確な戦略目的と、買収後の統合プロセス(PMI)を適切に実行することにあります。

多角化・新規事業開発の事例

M&Aだけでなく、自社の内部資源を活用した多角化や新規事業開発も事業展開の重要な形態です。

  • 富士フイルム
    写真フィルム市場の急激な縮小という危機に直面し、写真フィルムで培った高度な化学技術や画像処理技術(強み)を、化粧品、医薬品、医療機器、液晶用フィルムといった全く新しい分野(機会)に応用し、劇的な事業転換を成功させました。アンゾフのマトリクスの4つの戦略すべてを活用した多角化の代表例であり、自社のコア技術を見極め、それを異分野へ展開する重要性を示しています。
  • ソニーグループ
    エレクトロニクス事業で培った技術やブランド力を基盤に、金融、ゲーム、音楽、映画などのエンタテインメント事業へと多角化を進め、世界的な複合企業へと成長しました。既存事業との関連性を見極めつつ、長期的な視点で粘り強く投資を続けたことが成功要因の一つと考えられます。
  • トヨタ自動車
    元々は豊田自動織機製作所の一部門でしたが、自動車産業の将来性に着目し、多角化戦略の一環として自動車事業に進出しました。祖業から大胆に転換し、世界的な企業へと成長した事例です。

海外展開の事例

国内市場の限界を超え、グローバル市場での成長を目指す企業も増えています。

  • 吉野家、あきんどスシロー
    国内市場の成熟・鈍化に対応するため、積極的に海外店舗展開を進めています(新市場開拓戦略)。
  • ダイキン工業
    M&Aを通じて米国市場での製品ラインナップ(ダクト式空調など)を拡充し、世界最大の空調市場でのシェア拡大に成功しました。M&Aを活用した海外市場攻略の事例です。
  • 日清食品
    海外事業を重要な成長ドライバーと位置づけ、売上比率の向上を目指しています。
  • サッポロホールディングス
    米国の有力クラフトビールメーカーを買収し、北米市場での事業基盤強化を図っています。
  • 中小企業の海外展開
    中小企業庁やJ-Net21などが紹介する事例集には、様々な業種の中小企業が、輸出、現地生産、技術提携など多様な形態で海外展開に挑戦し、成功を収めているケースが多数報告されています。

海外展開の成功には、進出先の市場調査や法規制、文化・商習慣への理解はもちろん、現地のニーズに合わせた製品・サービスのローカライズ、そしてカントリーリスクへの備えが不可欠です。

デジタル展開(DX)の事例

デジタル技術を活用した事業変革、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)も、現代における重要な事業展開の形です。

  • 製造業
    • 山本金属製作所:工作機械の加工データをセンサーでリアルタイム計測・分析し、その知見を基に加工ソリューション事業という新たなサービスを展開しています。
    • リョーワ:油圧装置のメンテナンス事業から、AIを用いた外観検査システム開発へと事業を拡大しました。
    • トヨタ自動車:材料開発プロセスにAIやデータ科学(マテリアルズ・インフォマティクス)を導入し、開発スピードと効率を向上させています。
    • パナソニック:電気シェーバーのモーター設計に生成AIを活用したり、データサイエンスを用いたサプライチェーンマネジメントを導入したりしています。
  • 小売・サービス業
    • ニトリホールディングス:データ分析基盤を整備し、データ活用の内製化を進めています。
    • ピーチ・ジョン:ECサイトを大幅リニューアルし、顧客一人ひとりに合わせたパーソナルな購買体験の提供を目指しています。
    • セブン&アイ、ファミリーマート:スマートフォンアプリ(ファミペイなど)を活用した顧客接点の強化や、無人決済店舗の実証実験などに取り組んでいます。
    • 丸井グループ:小売業から金融サービス(エポスカード)へとDXを通じて事業を拡大し、成功を収めています。
  • 金融業界
    • りそなホールディングス、SMBCフィナンシャルグループ、三菱UFJ銀行など:モバイルアプリを通じた新サービス(Oliveなど)の提供、ChatGPT導入による業務効率化、フィンテック活用による新たなプラットフォーム構築などを進めています。
  • 物流・運輸業界
    • 日本通運:RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)導入により、大幅な業務時間削減を実現しました。
    • SGホールディングス(佐川急便グループ):AI搭載の荷積みロボットや手書き伝票のデジタル化(AI-OCR)などで業務効率化を図っています。
    • 日本交通:いち早くタクシー配車アプリを開発し、業界のDXを牽引しました。

事業展開を成功させるためポイント

事業展開を成功に導くためには、計画的かつ段階的なアプローチが不可欠です。以下のステップを参考に、慎重に進めていきましょう。

  1. 現状分析と目標設定
    • 自社の強み・弱み、機会・脅威(SWOT分析など)を客観的に評価し、現状を正確に把握します。経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の棚卸しも重要です。
    • 事業展開を通じて何を達成したいのか、具体的な目標(売上、利益、市場シェアなど)を明確に設定します。目標は測定可能で、期限が設定されていることが望ましいです。
  2. 市場調査とターゲット選定
    • 進出を検討している市場の規模、成長性、競合状況、顧客ニーズなどを徹底的に調査・分析します。
    • 調査結果に基づき、最も有望な市場セグメントやターゲット顧客を特定します。誰に、何を、どのように提供するのかを具体化します。
  3. 戦略策定
    • 目標達成のために、どの種類の事業展開(水平、垂直、多角化など)を選択するかを決定します。
    • 具体的な行動計画(製品・サービスの開発、マーケティング戦略、販売チャネル構築、必要な資金計画、組織体制、スケジュールなど)を策定します。M&Aを手段とする場合は、対象企業の選定や交渉、デューデリジェンス(買収監査)の計画も含まれます。
  4. 実行と管理
    • 策定した戦略に基づき、計画を実行に移します。
    • 進捗状況を定期的にモニタリングし、計画通りに進んでいるかを確認します。必要に応じて、リソース配分やスケジュールの調整を行います。関係部署間の連携も重要です。
  5. 評価と改善
    • 一定期間が経過したら、設定した目標に対する達成度を評価します。成功要因、失敗要因を分析します。
    • 評価結果に基づき、戦略や行動計画を修正・改善します。事業展開は一度で終わりではなく、継続的な見直しと改善(PDCAサイクル)が成功の鍵となります。

事業展開における注意点とリスク

事業展開を検討・実行する際には、以下のような点に注意し、リスクを適切に管理することが重要です。

  • 資金調達
    新規事業の立ち上げやM&Aには多額の資金が必要となる場合があります。無理のない資金計画を立て、必要に応じて融資や増資などの資金調達手段を検討する必要があります。
  • 人材の確保と育成
    新しい事業を推進するためには、専門知識やスキルを持った人材が必要です。既存人材の育成や、外部からの採用を計画的に進める必要があります。特に、M&Aの場合は、買収先の人材の維持や統合が大きな課題となります(PMI:Post Merger Integration の重要性)。
  • 組織体制の構築
    事業展開に伴い、組織構造や意思決定プロセス、情報共有の仕組みなどを見直す必要が出てくることがあります。変化に対応できる柔軟な組織体制を構築することが求められます。
  • 市場の読み違い
    十分な市場調査を行ったとしても、市場の変化や顧客ニーズを正確に予測することは困難です。想定通りに売上が伸びないリスクは常に存在します。
  • 既存事業への影響(カニバリゼーション)
    新しい製品やサービスが、自社の既存製品・サービスと競合し、売上を奪い合ってしまう可能性があります(共食い)。
  • M&Aにおけるリスク
    M&Aは迅速な事業展開を可能にする有効な手段ですが、期待したシナジー効果が得られない、企業文化の違いから統合がうまくいかない、簿外債務などの隠れたリスクが後から発覚するなど、特有のリスクが存在します。事前のデューデリジェンスと、買収後のPMI計画が極めて重要です。
  • 撤退基準の明確化
    万が一、事業展開が計画通りに進まなかった場合に備え、あらかじめ撤退する基準(損失額、期間など)を設けておくことも、損失を最小限に抑えるためには重要です。

これらのリスクを事前に認識し、対策を講じておくことが、事業展開の成功確率を高める上で不可欠です。

事業展開で企業の未来を切り拓く

この記事では、「事業展開とは何か」という基本的な問いから、その目的、種類、成功のためのステップ、そして注意すべきリスクに至るまでを解説してきました。

変化の激しい現代において、事業展開は、企業が不確実な未来を乗り越え、持続的な成長を達成するための重要な戦略です。現状維持は、緩やかな後退を意味することもあります。

もちろん、事業展開にはリスクが伴います。しかし、周到な準備と計画、そして実行段階での柔軟な対応があれば、そのリスクを管理し、大きな成長機会を掴むことが可能です。M&Aを含め、自社に最適な事業展開の方法を見極め、勇気を持って一歩を踏み出すことが、企業の未来を明るく照らす鍵となるでしょう。

この記事が、皆様の事業展開戦略の検討、そして成功の一助となれば幸いです。


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