
多くの経理パーソンが、同意してくれるのではないでしょうか。かつてのように、OJTで時間とともに成長していくことを期待するだけでは、変化の激しい経営環境の中では後手を取ってしまいます。
この人材育成というテーマについて、会計・経理のBPO(* )サービスを25年以上行っている、CSアカウンティング株式会社 代表取締役の中尾篤史さんに聞きました。
BPO組織は、ある意味で「人材育成のプロ」です。本後編では、単なる「デジタル化」にとどまらない、「DX」の土台を作るためのデジタル活用について語っていただきます。
* BPO……ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略称。業務の一部または業務プロセスの全体を外部委託するアウトソーシング形態を指します。
前回は、研修やOJT、そして学習する組織文化といった「アナログ面」から、経理未経験者を戦力化する方法についてお話ししました。
今回は視点を変え、「デジタル編」として、システムの効果的な活用と業務標準化を通じて、未経験者がスムーズに業務を遂行できる「仕組み」を構築する方法について解説いたします。
現代の経理業務は、会計システムをはじめとする様々なデジタルツールなしには成り立ちません。このデジタル環境をいかに整備し、活用するかが、未経験者の育成スピードと定着率、ひいては経理部門全体の生産性を大きく左右する鍵となります。
目次
1. 研修だけでは不十分:「仕組み」で未経験者の立ち上がりを加速する
前回の記事でも触れた通り、未経験者に対する丁寧な研修やOJTは不可欠です。しかし、個人の努力や指導担当者の熱意だけに頼っていては、育成の効率と質にばらつきが生じ、時間もかかります。
とくに、複雑で専門性の高い経理業務においては、誰が担当しても一定の品質とスピードで業務を遂行できる「仕組み」、すなわち標準化され、効率化された業務プロセスを整備することが極めて重要です。
そして、現在の経理業務における「仕組み」の核となるのが、各種業務システムです。伝票入力、債権債務管理、固定資産管理、決算処理、税務申告など、多くの業務がシステム上で行われています。
したがって、未経験者が早期に戦力となるためには、このシステムをいかに使いこなし、業務プロセスに組み込むかが決定的な要因となるのです。
2. 発想の転換:「システムに業務を合わせる」という標準化への道
ここで重要になるのが、「システムに業務を合わせる」という視点です。従来、とくに自社開発システムやオンプレミス型のシステムが主流だった時代は、「自社の独自の業務フローに合わせてシステムをカスタマイズする」という考え方が一般的でした。
しかし、このアプローチは多大な開発コストやメンテナンスの手間を要するだけでなく、システムのバージョンアップに時間を要し、結果として業務プロセスが固定化・陳腐化してしまうリスクをはらんでいます。
さらに、ありがちなのが、システムを導入しているにもかかわらず、その周辺でExcelなどを使った手作業が温存されてしまうケースです。
例えば、システムから出力したデータをExcelで加工して別の資料を作成したり、システムでは対応できない特殊な管理をExcelで行ったりといった具合です。
こうしたシステム外での作業は、担当者しか手順を知らない属人化を招きやすく、作業の非効率やミスの温床となります。未経験者にとっては、システムの操作に加えて、これらの複雑なExcel作業まで覚えなければならず、習得のハードルを不必要に上げてしまいます。
これからの経理部門が目指すべきは、可能な限りシステム内で業務を完結させることです。最新のクラウド会計システムなどは、非常に多機能となっています。「自社のやり方」に固執するのではなく、システムが提供する標準的な機能やプロセスを最大限に活用し、それに合わせて業務フローを見直す勇気が必要です。
これにより、業務の標準化が進み、引き継ぎが容易になり、未経験者でもキャッチアップしやすくなるという大きなメリットが生まれます。
3. 進化するシステムに追随する:クラウド時代の「学び続ける組織」へ
とくに、SaaS(Software as a Service)として提供されるクラウド会計システムなどは、日々機能が改善され、進化のスピードが非常に速いのが特徴です。
「以前はこの機能がなかったからExcelで管理していた」「この連携は手作業でやるしかなかった」といった過去の常識が、いつの間にか覆されているケースは少なくありません。
したがって、システムのバージョンアップ情報を定期的に収集し、新機能や改善点を把握することが極めて重要になります。
そして、それらの情報を元に、「以前はシステム外で行っていた作業が、新しいバージョンではシステム内で完結できるようになったのではないか?」と常に問いかけ、積極的に業務プロセスを見直していく姿勢が求められます。
これは、単にシステム担当者だけの役割ではありません。経理部門全体で新しい情報に関心を持ち、より効率的な方法を模索していく文化、すなわち組織全体が「学び続ける」文化を醸成することに繋がります。
ベンダーが提供するセミナーに参加したり、ユーザーコミュニティで情報交換したりすることも有効でしょう。最近はベンダーが提供するチャットボットに質問すると、効率的な使い方や有益な情報を教えてもらえることが多く、より簡単に有益な情報を得られるようになっています。
システムの変化に合わせて業務を最適化し続けることで、未経験者にとっても常に最新かつ効率的な方法で業務を学ぶことが可能になります。
4. システム間の「壁」を取り払う:連携強化で手作業を撲滅
多くの企業では、会計システムの他にも、販売管理システム、購買システム、固定資産管理システム、給与計算システム、経費精算システム、そして税務申告システムなど、複数のシステムを利用しています。
これらのシステム間でデータがスムーズに連携されず、手作業によるデータの転記や二重入力が発生しているケースは、依然として多く見られます。
理想的なのは、APIなどを活用し、システム間でデータが自動連携される仕組みを構築することです。これにより、データの整合性が担保され、作業時間の大幅な短縮とミスの削減が実現します。
もし、システム間の直接的な自動連携が難しい場合でも、RPAツールを活用して定型的な転記作業を自動化したり、あるいはシステム間のデータ連携を補助するツールを導入・開発したりすることで、人間による手作業を極力減らすことが可能です。
手作業による煩雑なデータ連携作業は、未経験者にとってはとくに負担が大きく、ミスの原因にもなりがちです。これらの作業を自動化・効率化することで、未経験者はより付加価値の高い業務や、経理の本質的な知識・スキルの習得に集中できるようになります。
5. 標準化・共有化の推進:効率的なシステム活用術を組織で共有・伝承する
同じシステムを使っていても、人によって操作スピードや効率に差が出ることがあります。いわゆる「仕事ができる人」は、独自のショートカットキーの使い方、効率的なデータの検索方法、便利な機能の活用法など、暗黙知となっているノウハウを持っているものです。
これらの効率的なシステムの使い方や工夫を、個人のスキルに留めておくのではなく、組織全体のナレッジとして共有し、伝承していく文化を築くことが重要です。
具体的な方法としては、以下のようなものが考えられます。
- 操作マニュアルや手順書の整備・更新:
単なる機能説明だけでなく、効率的な手順や注意点を盛り込む。
- 定期的な勉強会や情報共有会の開催:
ベテラン社員が講師となり、Tipsを共有する。
- 社内ノウハウ共有の仕組み化:
気軽に質問したり、発見したことを共有したりできる場や社内システムを提供する。
こうした取り組みを通じて、未経験者でも早い段階から効率的なシステムの操作方法を学び、実践できるようになります。これは、未経験者の早期戦力化だけでなく、部門全体の業務効率向上にも大きく貢献します。
まとめ:システム活用を「強制」する文化が、未経験者育成の新たなスタンダード
今回は、経理未経験者を早期に戦力化するための「デジタル編」として、システム活用と業務標準化の重要性について解説しました。
- 「システムに業務を合わせる」発想への転換
- システム外作業を極力排除し、システム内での業務完結を目指す
- システムの進化に常にアンテナを張り、業務プロセスを継続的に見直す
- システム間の連携を強化し、手作業を撲滅する
- 効率的なシステム活用ノウハウを組織で共有・伝承する
これらの取り組みは、単に未経験者のためだけではありません。経理部門全体の業務効率を高め、より高度で戦略的な業務にリソースを集中させるための基盤となります。
ある意味では、効率的なシステムの活用を組織として推進し、ある程度「強制」していくくらいの姿勢が、これからの時代の未経験者育成、そして経理部門の進化にとって不可欠な要素といえるでしょう。
ぜひ、皆様の部門でも、システム活用の現状を見直し、より効率的で標準化された業務プロセスの構築に向けた一歩を踏み出していただければ幸いです。
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