
経理も「人的資本経営」を自分の手の内に入れる
「社員一人ひとりの価値を最大化させることで、会社の売上利益など経営面にも良い効果をもたらす経営」、それが「人的資本経営」の考え方の一つです。
今後は、人材や人材を取り巻く環境に対して会社がどのような投資をしているかという点がより注目され、投資家の投資判断の一つとされる時代になるといわれています。
「海外ではそうかもしれないけれど、日本はまだまだ先なんじゃない?」と思う方もいるかもしれませんが、実際に日本の株式マーケットの売買には既に海外の投資家が数多く参入していることを考えると、そう悠長なことは言っていられないのが現実だと思います。
このトレンドを経理出身の私から見ると、これまで経理や管理部門の重要性や役割を経営陣の方達に伝えることに腐心していたものが、とても明確に経営陣に伝えられるようになったと思っています。
これまで管理部門は、経営陣からは「売上を持たない部署」として認識されてしまうことがほとんどでした。
そのため、経理社員の採用や給与額、会計ソフトなどのソフトウェアの予算など、あらゆる面において、営業部門や開発部門など、直接的な売上に関わる部門と比較して会社の投資対象から外される、あるいは後回しにされる傾向にあったと思います。
たとえば人手が足りないから社員を採用したいと申し出ても、営業部長が言えばすぐ営業社員を採用してもらえるのに経理部長が言っても却下されたり、職務手当も営業職手当が5万円だったら事務職手当が3万円だったりというように差をつけられることもあります。
営業社員が、外出先や在宅時でも顧客チェックをしたいからタブレットを持たせてほしい、クラウドのソフトを導入して欲しいといえばすぐ買ってもらえます。
一方、経理社員が手書きやエクセルの経費精算は煩雑だからクラウドのソフトウェアを導入したいといっても、「どうしても手書きやエクセルじゃ無理なの?」「まだ今のままで大丈夫でしょう」「お金かかるじゃん、もったいないし」と言われて、「会社のためを思って言ったのに、そこまで言われるんだったら、もういいです」とモチベーションが下がった経理社員もいたことと思います。
コロナ禍になり、こうしたことが露呈し、今お話ししたような会社では、営業社員が在宅で仕事ができ、経理社員が出社しなければ仕事ができない、という謎の逆転現象が起きた理由にもなっているわけです。
そもそも営業こそ顧客の前に行かなければ最後の一押しができませんし、経理こそ在宅からでも多くの処理ができる仕事です。
いくらテクノロジーが発達しても、経営陣の「偏見」があると、それを会社に活かすこともできませんし、利益をもたらすこともできないのです。こういったことをいくら伝えても、経営陣の方達には響かない側面がこれまではありました。
しかし「人的資本経営」というのは、「管理部門も現場部門と同等の価値や役割があり、同等に投資をしなければいけない」と読み取ることもできますので、これを経理部門や経理社員は活用する手はないと思います。
だからこそ経理の皆さんも、この「人的資本経営」の考え方についてはぜひ自分の手の内に入れていただきたいと思います。
役割の二極化
人的資本経営の概念を通して私が理解したのは、今後、会社は「売上・利益の向上」を担う部門と「投資額・株価・時価総額の向上」を担う部門、それぞれに会社の価値向上に向けた活動をし、双方の部門が活躍する会社が売上利益も伸び、会社の時価総額も伸び、最強の会社、最高の価値ある会社として評価され、経営陣もその旨評価されていく時代になるということです。
売上・利益に関しては、これまで通り、営業や開発など、直接的にモノやサービスを開発、販売するメンバーが中心を担います。
目標売上、目標利益を達成することにより内部で資金が確保され安定した経営を維持し、そこに携わったメンバーもインセンティブなどが与えられモチベーションの維持向上が図られるでしょう。
そしてもう一つは、財務情報・非財務情報それぞれを投資家に向けて前向きな解釈で発信をすることで、外部からの資金を獲得し、安定した会社経営を維持する役割を「売上を直接的に持たない部署」である、総務・経理・広報・システムなどの管理部門が担うということです。
たとえば上場未上場問わず、会社のHPなどは、今やオウンドメディアの役割も担い、それが成功するかどうかが会社の財務情報・非財務情報ともにかなりの影響を受けます。
たとえばオウンドメディアを通した採用が軌道に乗れば、非財務情報の面でいえば、会社の事業内容やメンバーのこともよく知ったうえで応募、入社してくれる確率が高まりますから、より会社のカルチャーにフィットした人材が採用できるはずですので、入社後に活躍できる確率も高まり、離職率は反対に低下することでしょう。
それにより、より安定的に社内に人的資産が溜まりやすい状況を創り出すことができるでしょう。
また、財務情報面でいえば、オウンドメディアで採用活動が実現できることで、外部業者への広告費用や人材紹介会社への紹介手数料などが削減できます。離職率が低下することで、コスト削減や総務人事部門の労務時間の削減も見込まれます。
さらに一段視座の高い開示とは
オウンドメディアへの取り組みについては既に多くの会社が実践し、経営陣の方々も経理の皆さんも認識していることでしょう。
今後は、このような「良い会社だな、応募してみたいな」というところからもう一段上の「良い会社だな、この会社に投資をしてみたいな」という情報開示が求められます。
実際にそれが実現することで、上場企業であれば株価が上昇し、未上場企業であっても投資対象として投資家から認識され、会社の価値そのものが上がっていくのです。
そのためには、会社から発信される会社の取り組みや社員紹介などが「この取り組みや社員紹介の内容を見ていると、今後、この会社は売上・利益が向上しそうだな」と認識されるような「情報発信のコンテンツ作成」が必要になります。
そのためには、それらの「非財務情報」が、「財務情報」に連動するようなストーリーや内容を含める必要があります。
社員紹介であれば、ただ単に「楽しいです」「働きやすいです」から一歩進んで「この会社であれば、自分のライフステージが変わってもずっと働き続けていけそうです」「この会社にいれば、常に新規事業などもあるので、マンネリ化せず、刺激をもらえて成長し続けられそうです」という内容を話してもらいます。
社外の投資家はHPなどでその情報を見て「優秀な社員が、出産や育児、介護などで離職することなく、ずっと人的価値を保持し続けられる会社なんだな」「常に新規事業に積極的ということは、今後爆発的に成功する事業もありそうだから、今のうちに投資をしておこうかな」という印象を持つはずです。
上場企業であれば、もう少しオフィシャルな社内の制度や取り組みなどを非財務情報として開示していくことになります。
しかし、同じ情報でも「どのように表現するか」によって、投資家から見ると「1」と「100」くらい印象が変わってしまうこともあります。これはチャンスでもありリスクでもあるということです。
経理が持つ分析・開示スキルこそ人的資本経営に役立つ
まず非財務情報を財務情報に連動させるためのストーリー、シナリオ、コンテンツ作り、そしてそれを表現する日本語の文章力、表現力。これらは総務・経理・広報などがそれぞれの専門分野で得意にできるところです。
これらの部門の活躍如何で「外部からの資金調達額や時価総額などの会社の価値」が決まっていく時代になっていくことは既定路線に近い世論の流れになってきていると思います。
それを考えるとこれからは経営陣が「管理部門だからこそ、優秀な人材を確保しなければいけない」という発想をしていかなければいけないと思います。
おのずと前半でお話ししたような扱い(安い給与、劣悪な設備環境など)では会社の資金調達や時価総額を誘引できるような人材は絶対に来ない、ということです。
管理部門部分にも「投資」をして、営業・開発部門と管理部門、双方で会社の価値を上げていくことがこれからの経営スタイルになっていくと思います。
経営陣の方達にはこのような認識がまず既に今日現在必要です。
経理部門などの管理部門の皆さんも、自分達がやれることは普段の業務だけでなく、資金調達や株価上昇につながる情報構築、提供をすることで会社の価値を上げる仕事もできるという認識を持っていただき、積極的に経営陣の方達に越境して、経理の立場からできる提案をしていただきたいと思います。
それが自分達の待遇環境を変える一歩につながっていくと思います。
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