
企業のテレワーク導入が進んでいます。ビジネスコミュニケーションは非対面化が加速し、とりわけ口頭での会話がチャットなどに置き換わることから「今後、ビジネススキルとしての文章力はますます重要になる」とも言われるようになりました。
これからのビジネスパーソンに求められる文章力とは――法人向けの文章力育成研修などに取り組む、公益財団法人 日本漢字能力検定協会の山田乃理子さんにお聞きしました。
ビジネスコミュニケーションでは「ゴール設定」が大切
公益財団法人 日本漢字能力検定協会 普及第二部 部長
2001年に三菱電機株式会社に入社。昇降機の電気機械部品の購買を担当。2004年に現・株式会社リクルートキャリアへ転職。人材斡旋事業部にて、企業の人材採用支援、個人のキャリアアドバイスを経験。2013年より、マネジメントおよび自社採用の選考・育成を担当。2015年より現職。子どもから社会人まで幅広い層の日本語能力育成に関する提案・支援活動に従事。論理的コミュニケーションスキル向上をテーマにした企業研修の講師も担当。
――御協会が先日発表した調査で、企業のテレワークにおけるコミュニケーション不安について報告していましたよね。詳しく教えてください。
コロナ感染拡大前の2020年1月に「人材育成担当者を対象とした社員の文章力に関する意識調査」を行いました。当時は現在の状況を全く想像していませんでしたが、コロナ禍で人々がテレワークなど新たなコミュニケーションの在り方を模索する時期の発表となったので、数多くお問合せをいただいています。
すでにテレワークを導入していた企業117社のうち、47.0%が「情報伝達や意思決定の遅れ」、45.3%が「メールや文章等による社員同士のミス・コミュニケーション」が実際に生じていると回答しています。
コロナ禍以降、急速にテレワークが進んだ結果、チャットなどのいわゆるビジネス文書とは趣の異なる文章の作成に悩む人々が増えているようですね。企業からもどうやって鍛えればいいのかわからないといった相談を受けるようになりました。
――そういったツールの活用が増えると、これまでと違った文章力が必要になるのでしょうか?
企画書や報告書といったビジネス文書をまとめることと、チャットなどの短い文章による会話とで、それぞれに求められる文章力は根本的には変わりません。
当協会は「漢検」が広く知られていますが、文章力向上を目的とした「文章検(文章読解・作成能力検定)」も実施しています。もともと学生向けにリリースしたものでしたが、思いがけず企業にヒットしているんです。
リリースした2013年頃は、ビジネス文書をまとめるスピードと品質レベルを上げたいという声が多かったのですが、最近だと、社内コミュニケーションのカジュアル化が進んだことで、対社外とのコミュニケーション力が低下してしまい、それを強化したいというニーズをよくお聞きしますね。
とはいえ、ビジネスコミュニケーションにおいて意識すべき基本姿勢は変わらないと思います。
――ビジネスコミュニケーションの基本姿勢というと?
情報を伝えた相手が“どんなリアクションをするかを狙って”コミュニケーションすることです。もっと言うと、コミュニケーションのゴールを設定することが大切です。
多くの場合、ミス・コミュニケーションが起こるのは想定外のリアクションが返ってきて困ってしまうからです。コミュニケーションは投げて終わりではないですよね。投げ返してもらってキャッチボールが成立するわけなので、相手のリアクションを想定してどんな言葉を投げかけるかを考えなければなりません。
最終的に相手のどういうアクションを引き出したいか、着地点を設定しておくといいでしょう。そうすることで「言葉が足りない」といったミス・コミュニケーションを避けやすいと思います。
ビジネスコミュニケーションでよくある3つの課題
――企業では、具体的にどのようなコミュニケーションにおいて課題が発生しているんでしょう?
文章コミュニケーション課題としてよく相談を受けるのが、「立場に応じたコミュニケーション」「他部署とのコミュニケーション」「取引先とのコミュニケーション」ですね。
- 立場に応じたコミュニケーション
- 他部署とのコミュニケーション
- 取引先とのコミュニケーション
先ほど「文章検」が企業にヒットしていると話しましたよね。新社会人や入門者向けの用途が大半かと思いきや、蓋を開けると4割くらいが管理職層・ベテラン層向けの育成に利用されているんです。
社会人って、キャリアのステージが上がると、求められる文章力も上がっていくんですよね。新人、管理職、経営層と、それぞれ立場も会話する相手も違います。
特に管理職になると文書をチェックする側になります。スピーディーにリライトする力がなければ時間も工数もどんどん割かれてしまいます。また、管理職側は部下に対して、どの基準で文書を提出してほしいか明示して、期待値をすり合わせておくと効率的になります。こういった理由で、管理職の文章力を育成したいという声が増えていますね。
当協会は、7月1日から「論理的文章力トレーニング for Business」というアセスメントツールも提供開始していますが、まさにそういったニーズに応えるためリリースに至りました。
――2つ目の他部署とのコミュニケーションというのは?
部署横断型のプロジェクトなどで発生しやすいミス・コミュニケーションですね。部署やチームごとに日常的に共有している情報や前提としている背景が違うとトラブルが起きやすいです。
上司・部下間にも言えることですが、部署の役割によってお互いの見えている範囲が違うんですね。このギャップが大きいほど齟齬は起きやすい。特にテレワークをしていると、本当に限られた人としか接しなくなるのでますます分断が進む危険があります。
こういった齟齬を防ぐ取り組みとして、困ったことがあれば何でも投稿していいチャットルームを用意している企業事例を聞いたことがあります。投稿すれば誰かが教えてくれて、情報の差を埋めていくことができます。情報の質・量の差を埋めることで、よりスムーズに会話を進められますね。
――3つ目は取引先とのコミュニケーションですね。
最近は、簡潔でスピーディーな社内コミュニケーションが求められる職場も多いと思います。でも、そのコミュニケーションスタイルに慣れてしまったゆえに、いざという時に「言葉が足りない」、一周回って「伝わらない」という事態を招くこともあります。
もし営業先が異業界のトラディショナルな大企業で、決裁権のある役員クラスを相手にプレゼンしなければならなくなると、専門用語を使わず丁寧に交渉し、承認を得るスキルが必要になります。
社内と社外で、コミュニケーションの常識は大きく異なるので、一般的なレベルで通用するスキルを補いたいというニーズが出てくるのだと思います。
「文字は独り歩きする」ビジネスチャットでの心構え
――テレワーク推進によりチャットツールの活用が増えたことで、チャットコミュニケーションに気を揉んでいる人もいると思います。例えば、語尾に句読点などつけないと相手に冷たい印象を持たせてしまうから、意識的に「!」を使っているという工夫をしている、といった投稿をSNSで見かけたりします。これは私もモヤッと感じた経験があります(笑)。
とても共感します(笑)。私もマネジメントする立場として、部下に私の意図しない印象を与えてはいないかと、いつも危機感を持っていますね。
――複数人で行うグループチャットだと、「自分には素っ気ないな」と自分への返信とほかの人への返信を比べてしまうこともあります。
些細な一言から深読みしたり、他人との対応差を感じたりするのは、その送り手との信頼関係に何か課題があるからでしょう。文章は、相手への理解や信頼関係次第で、見え方が違ってくるから怖いですよね。
似たような話で、ある企業の方から、社内のチャットは“怒りスイッチ”が入りやすいという話を聞いたことがあります。文章はテンションが伝わりづらく、ネガティブに解釈されることが往々にしてあります。文字は残りますし、独り歩きします。対面の会話だと受け流せることも、残るといつまでも囚われたり人と比べたりするので、怒りにつながりやすいと。
些細なことですがこれが重なると、不信感を募らせた社員が離職する、マネジメントがうまくいかない、会社の方針がうまく伝わらないなどの大きな問題にも発展しかねません。
一方で、残念なことに“喜びスイッチ”があまり入らないのは、胡散臭いと感じてしまうからでしょうね。「すごい!」「素晴らしい!」とか。
――送り手と受け手、双方でどのような心構えを持つといいでしょうか?
送り手として、特に部下に業務を指示する側の管理職は、日頃から部下との関係性のケアを心がけるといいでしょう。
上司は部下に、面談や人事考課で伝えた評価(good・bad)を、ずっと心に留めておいてほしいと思っていますが、そういった機会が年に数回しかないと、そこで得た信頼も薄れてしまいます。
信頼関係が希薄になるとチャットでのやりとりも疑心暗鬼になります。ベースとなる強固な関係性を維持できるよう、オンライン会議や電話も活用しながら日々補完するといいでしょう。
――受け手側の心構えはどうでしょうか?
言葉には多面的な解釈があることを認識して、柔軟に受け止める力を身につけることですね。
ネガティブに解釈するのは、自分のコンディションを悪化させることにもつながります。自分は評価されていない、ぞんざいに扱われている・・・といった気持ちになると、モチベーションや生産性が下がり、さらに仕事ができなくなっていく負のループに陥ることもあります。
自分を大事にするという観点でも、一瞬イラッとしたりヘコんだりしても落ち着いて、なぜそう解釈したのか、冷静に自分へ問いかけてみましょう。顔が見える環境で、改めて話し合うのも一法ですね。
個人が自律自走することが求められる時代になっているように感じます。誰かが手当てしてくれるのを待つのではなく、自分の状態をよくする、より成長していくためには、自分で自分の思考をコントロールできるようになる必要があるのではないでしょうか。
心をまろやかに、自分で負の感情を改善させるようなサイクルを、それぞれが身につけていく時代なんだろうと思いますね。
(取材執筆:久住梨子)
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