忙しいのになぜかお金が残らない会社
経理Barのカウンターでは、雰囲気に似つかわしくない甲高い声が響き渡っていた。
「ねえA先生、どうしてうちの会社、こんなに仕事が入って忙しいのにお金が足りないのかな?」
「そう言われましても社長…」
「だって、先生、税理士でしょ。税理士ならお金や数字のこと、何でもわかるんじゃないの?そのために契約してるんだし。あ、ちょっとまた仕事の電話が入っちゃったから今日はこれで!ここは私が奢りますので、私の会社名で領収書をもらっておいてください!じゃあお疲れさまー!」
いそいそと出て行った相手を尻目に、一人カウンターに残された「先生」は、はぁ、とため息をついた。
「お疲れのようですね、先生」
「マスターすみませんね、騒々しくしてしまって。度数が高めのお薦めのカクテルをお願いします。もう疲れちゃって」
Aさんは学校を卒業してそのまま税理士事務所に入り、数年修行をして一人で開業した20代の税理士である。
「マスター。社長にもいろいろなタイプがいるものですね。独立した時はわかっていたつもりだったんですけど、全然わかっていませんでした。税理士事務所にいた時は、顧客の経営相談は代表の所長が中心でやっていたので」
「きっと慣れですよ。何年かしていけばAさんも『人慣れ』していきますよ」
「そうだといいんですけど…計算するのは好きなんですけど『人疲れ』してしまって」
「それが『経営者になる』ということですからね。そもそも人と会わないと仕事ももらえませんから」
「おっしゃるとおりですね。人見知りの自分にはそれが誤算でした。でもマスターの言うとおりなら、もうちょっと頑張ってみます。ところでマスター、一つお聞きしたいことがあるんですけど、『数字に細かすぎる社長』と『数字に全く関心がない社長』では、一体どちらがまだいいんですかね」
「どちらも困りますけどね。でも、本質的にはその両者は同じような気がしますけどね」
「どういうことですか」
「数字に細かすぎるということは、Aさんから見て、数字を見るポイントがずれているということですよね。『そんなところを細かく見たって…』という」
「はい、よくおわかりですね。マスターもそういう経験があるんですか」
「ええ。『とにかく1円でも損をしたくないです』って、どこか無駄になっている経費がないか一緒に探してください、とお願いされてくるような、経営の目的が成長するとか社会に貢献するとかじゃなくて『とにかく損をしないこと』になってしまっている社長さんとか」
「いらっしゃいますね。他にもありますか」
「あとは、私は特に怒りはしませんけど、その会社の社員の方が作成して私がチェック担当として検算した試算表を、何度も何度も『この数字になるのはおかしい』と検算し直す社長さんとか」
「それ、失礼じゃないですか。自分だったらムッとしてしまうかもしれません」
「私の周囲のコンサルタントにもそう言われたんですけど、その社長さんはとても心配性な方だったんですよ。だから『社長、どうぞお気持ちが済むまで検算してください。何十回検算していただいても合っていますので』とお伝えしていました」
「強い、マスター…」
「でもAさん、これって『数字に細かい』のではなく、経営者として数字を見るポイントがやはり少しずれていると私は思うんです」
「どういうことですか」
会社の数字の本質的な使い方
「会社の数字って、経理社員などが集計して出てきた時に、『社長がご自身で予測していた数字』に近いかどうかをチェックして、違和感があったら、経理の集計過程でミスがなかったかを確認することも大事なんですけど、そこをチェックして問題がなかったら、次は『計上されるべきものが計上されていないのではないか』をチェックしないといけないですよね。」
「売上や費用の請求書や領収書のデータとかってことですよね」
「ええ。それでもし計上が漏れていたらそれを反映させて月次の数字を再度確定させますよね。その次はそれを分析して、経費削減ももちろんいいのですが、そこで終わりでなく、どうやったら今後、売上や利益が『伸びるのか』を分析、検討するのが月次の数字の使い方だと思うんですよ」
「おっしゃるとおりです。マスターがおっしゃっていた社長さんの例は、見るポイントは検討外れではないんですけど、惜しいというか、少しずれていますよね」
「ええ。経費を無駄に使っていないかと粗探しをしたり、集計が間違っているんじゃないかと何度も検算したりというのは、どちらも社員のモチベーションを下げるだけで、余計に全体の数字が下がることになるかなと私は思います」
「本当にそのとおりです。社長さんが数字の見方を間違えると、会社の数字って下がりますよね」
「ええ。Aさんから見て『数字に細かすぎる社長さんだな』と思うのは、それは数字を見るポイントがずれているということだと思います。だから、『会社の数字を正しく経営判断に活用していない』という意味においては『数字に興味がない社長さん』と同じですよね」
「なるほど。一見対極のように思えますけど、実は結果は同じということですね」
「ええ。だからそのことをどうやって上手く社長さんにお伝えするのかが、税理士の先生やコンサルタントの腕の見せ所ですよね」
忙しい割に会社にお金が残っていないように感じる4つの原因とその解決策
「そっか…。そうですよね。わかりました。頑張ります!でも、さっき社長から『どうしてうちの会社はこんなに忙しいのにお金がないのか』と言われたんですけど、原因がわからないんですよね。私で帳簿をチェックしても特におかしなところはなかったですし。それに毎日その会社に出社しているわけじゃないから細かい内容まではわかりようがないし」
「ええ。先程社長さんが『税理士だから何でもわかるでしょう』とおっしゃっていましたけど、税理士の先生は毎日クライアントの会社さんにいるわけじゃないですから、税理士だからこそわからないことがありますよね」
「そうなんです。ああいうときはどう切り返したら良かったんでしょう」
「『どうしてでしょうねえ』ってオウム返しをするしかないと思いますよ。ただ、税理士の先生が帳簿をチェックしておかしなところがないのに、社長は『おかしい』という場合、これは典型的な理由がありますよ」
「何ですか」
「売上の計上漏れ、受注後の失注、納期のずれ、そして売上の請求漏れ、この4つです」
「なるほど。つまり、税理士は帳簿に載っているデータしかチェックできないので、それ以外で起こっていることはいくら税理士でもわかりませんものね。でも社長からすれば、今マスターが言ったことが起こっていたら『こんなに忙しいのに会社にお金が残らないのはおかしい』って、なりますよね」
「ええ。社長の頭の中の検算と、帳簿上の数字がずれるんです。だから間違っていない帳簿を何度も検算したり、無駄な経費があるんじゃないかって調べたりしてしまうんです。ですけど、私の経験からすると、実際は売上に関するところに原因があることが多いですね」
「マスターは、そういうときに、どうやってアドバイスしていたんですか」
「どの会社の販売管理ソフトにも、見積書か受注書を作成したり入力したりする箇所があると思いますが、見積りを出さなくても、受注の確定前でも、そこにとにかく少しでも売上につながりそうだなと思った段階で現場担当者にデータを入れておいてもらうんです。そうしておいて、月次決算の時に、納品済のものは売上請求書を作成し、それ以外のものは、たとえば作業が遅れて納期がずれたら納期の予定日を次月以降に変更して、失注してしまった場合はデータそのものを削除するか『失注』と記録をしておくとかして、社内でチェックをするルールを徹底してもらうんです」
「なるほど」
「実は、現場で特に多い売上に関するミスというのが、現場担当者が納品をしたのに、売上請求書を作成するのを忘れていることなんです」
「そうなんですか」
「ええ。本人も社長も次の案件にとりかかって忙しくて、請求自体を忘れたまま何カ月か過ぎてしまったら、もう社内では誰も気づけないんです。当然、税理士はわかるわけがありません」
「それかもしれないです。先程の社長の会社はWEB制作の会社なので、一人ひとりのデザイナーさんが自分で納品して自分で売上請求書を送っているルールのはずなので」
「次から次へと仕事が途切れず忙しいと現場の人たちもつい忘れてしまうことがあるんですよ」
「そうですよね。社長に確認してみます」
後日、経理Barに訪れたAさんからの報告によると、マスターから聞いた「売上の計上漏れ、受注後の失注、納期のずれ、そして売上の請求漏れ」の4つを、社長に連絡して、確認をしてもらったところ、それぞれ均等に数件ずつ該当するものが発生していて、それを加味すると、社長の「頭の中の数字」と一致したそうだ。
今後は、これまではエクセルで管理していた受注案件の管理表を廃止して、販売管理のシステムを導入、そこで売上管理を行い、担当者と経理と社長がそれぞれこまめにチェックをするようになったそうだ。
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