社長の違和感
「おかしいなあ…なんかおかしいなあ…」
さっきからカウンターでぶつぶつ独り言を言っているのは、Web制作会社の社長Aさんだ。
「あの…Aさん、私がお出ししたカクテル、何かおかしかったですか」
「あ、マスターごめんごめん。このカクテルがおかしいわけじゃなくて、ちょっと考え事をしていたら独り言が漏れちゃったよ」
「そうですか。それならよかったです…ということではないですよね」
「うん。マスター、ちょっと聞いてもいい?自分の体感的には黒字経営できているはずなのに、数字を集計すると赤字になってしまっているときってある?」
「ええ。たくさんありますよ」
「え?そうなの?」
「でもまあ、あまりよくないケースばかりですけれど」
「教えて。たとえばどんな時?」
「社員が私物の領収書を紛れ込ませて不正に経費申請するとか…」
「それはないとは思うけど…」
「あとは社員が発注先と結託して、支払請求書を水増ししてキックバックをしたり…」
「不正ってことか…。でもうちの社員はそこまでお金に執着するようなメンバーには見えないんだよね。どちらかというと、お金よりも、自分の好きなことを仕事にできるほうに重きを置いているような子たちだから、不正をしているイメージがなくて…」
「そうですか。それでしたらおそらく売上請求書の請求漏れがあるかもしれませんね」
「え、マスターどういうこと?」
不正以外で売上がずれる理由
「現場の人のなかには、自分の仕事に関して発生する事務系の作業、たとえば契約書を確認したり、請求書を作成したりといった作業が自分の仕事じゃないと思っている人もいるんですよ。売上請求書も、会社によっては現場の担当者が作成して発送する会社もあれば、経理が作成、発送する会社もありますからね。御社はどちらですか」
「うちは現場担当者が作成して、郵送は経理がやってる」
「ちょうど中間のやり方ですね。そうすると何が起こるかというと、御社であれば、現場の担当者の方がWeb制作に日々追われたり夢中になったりしているので、納品したことで仕事を完結したと思い込んでしまって売上請求書を発行し忘れていることが多いんですよ」
「そんなことあるかな?」
「社長は経営者ですからお金を考えていますよね。だからそんなことはないと思います。」
「もちろん」
「でも、世の中そういう人ばかりじゃないんですよ。社長もまさに今おっしゃったじゃないですか。うちの会社はお金よりも働き方のほうに重きを置いている社員ばかりだって。そういう人はお金の流れに興味がないですから、納品して、売上請求をして、入金があって、仕事が完結する、という発想がない人もいるんです。自分が納品したら満足してしまって、じゃあ次の仕事、というようになってしまうので、それなりの年齢や実績のある人でも『ちゃんと売上請求書出しました?』って確認しないといけないんですよ。『ああそうだった』ということが結構あります。」
「なるほど。それはそうかもしれないな」
「社長の会社はプロジェクト管理をされていらっしゃいますか」
「いや、全然。そこまで大きな会社でもないからさ」
「プロジェクト管理って、案件ごとの収支を見ることが本来の目的ですけど、そのほかにも、売上請求書を発行したかどうかの確認にも使えるわけですよ。社長の会社だって、Web制作といっても、毎月請求できる案件もあれば、納期が3カ月先や半年先といった大型の案件もおありでしょう」
「そうだね」
「そうすると、プロジェクトを管理する表なりソフトウェアがないと、現場担当者も同時並行で、一人で何件も仕事を抱えていると売上請求書を作ったかどうかとか、忘れてしまうこともあるわけですよ」
「確かに、領収書や支払請求書の処理もしないといけないしね。わかった。で、マスター、とりあえずどうしたらいいかな」
「私でしたら、さしあたりクラウドの売上請求関連のソフトウェアを入れるかなと思います。それで、受注した案件を各担当者がプロジェクト登録をして、それを上司や社長への報告代わりにします。上司や社長もそのソフトを閲覧すれば、今誰がどの案件を抱えているか一覧でわかりますから。
でもそれで終わりではなくて、週1回でも月1回でも、社長や上司から『今抱えている案件はこれで全部ということでいい?登録していない案件は、せっかくやってくれていても査定の評価対象から外れてしまうよ』と各社員に伝えて登録を徹底してもらいます。そこまで環境を整えておけば、あとはそのソフトウェアを見れば、現場担当者本人でも経理担当者でも、売上請求書を作成したかどうかを確認できますからね」
「なるほどね。そういう使い方もあるのか」
「ええ。社長の違和感の原因もそれでわかると思いますよ」
「わかった。早速トライアルでソフトウェアを導入してみるよ」
「あとは、多くの会社に現場部門だけで使っている仕事の進行管理表がありますが、御社もありますか」
「うん、それは私が昔エクセルで作ったフォーマットがあって、それを今でも部内で共有しているはずだよ」
「そこに書かれている過去3年くらいの案件を一覧表にしてまとめて、それを経理担当者に渡して、売上請求をしているかどうか付き合わせしてもらってみてください。もしそこで案件があるのに売上請求がないものがあったら、
- 1. 作業には取り掛かったが失注したもの
2. 今現在制作中のため未請求のもの
3. 納品したのに未請求のもの
の3つに分かれるはずです。これらが社長の『体感的な売上』と『会計上の売上』の差になるはずですよ」
「2はいいとしても、1は聞いているものと聞いていないものがあるかもしれないな。3はあったら絶対にまずいね。すぐ精査してもらうよ」
泣き寝入りするしかなかった未請求案件
一カ月後、社長が報告がてらBarにやってきた。
「マスター、先日はアドバイスありがとう。いろいろとすっきりしたよ」
話によると、先日クラウドの売上請求書のソフトウェアを導入して、そこに今期受注した案件をすべて入れてもらったところ、売上があると思っていたけれど実際は失注していたものや、数カ月後に納品になるものも今月の売上だと思っていたものなど、体感的なずれと会計上のずれの認識がわかるようになったとのことだった。
「それはよかったですね。では納品したのに未請求のものはなかったということですね」
「えっ…と…大分あった」
「どれくらいですか」
「…数百万」
「数百万…。一千万円近くですか?」
「いやあ、まいったね」
過去3年のプロジェクト受注リストを、既に退職した社員の分も含めて現場担当者に作成してもらい、それを経理担当者に1件ずつチェックしてもらったところ、3年間で10件、納品はしたのに経理には未計上、つまり先方に売上請求書を作成していないものが見つかったそうだ。
社長が精査をして、1件ずつ連絡はとってみたものの、先方の会社の現場担当者もすでに退職済でよくわからないと言われてしまった会社、また、すでに決算を締めてしまって対応ができないと言われてしまった会社など、門前払いの会社がほとんどだった。
Aさんの会社の立場としても、きちんと売上請求を管理できていないと取引先に思われるのも逆に信頼を損ねると思って、今回は泣き寝入りすることにしたそうだ。
経理や税理士がアナログ体制下では気づけないこともデジタル体制下なら気付ける
「マスターは、最初から売上が未請求のものがあるんじゃないかって言っていたよね。よくわかったね」
「ええ。だってそういう会社は、社長さんや皆さんが気づいていないだけで、実際はものすごくありますから。経理社員や税理士がついている会社だって、現場で何を受注してどんな仕事をしているかなんて、現場の人が教えてくれない限りわかりませんから、そこは自らアナウンスしてくれないとチェックしてあげたくてもできないんですよ。
クラウドの管理ソフトにプロジェクト登録をして、納期予定の日付でも入力しておいてくれさえすれば、現場の人達が作業に追われて請求管理を怠っていても、経理や税理士が『この案件は今回の月次で請求することになっていますけど、売上請求していませんが大丈夫ですか』と確認できますから。そうすると、『この案件は、当初から納期が1か月伸びたので大丈夫です。納期予定日を修正しておきます』というケースが実際には多いのですが、なかには『あ、いけない。請求するの忘れてた!』という人もいます。
でも、そんなことは誰にでも起こりうることですから、やはりダブルチェック体制っていうのは、皆にとっていいことなんですよ。ダブルチェック体制のためだけに社員を一人採用するのは大企業でない限り難しいかもしれませんが、クラウドのソフトウェアだったらそこまでの経費じゃないじゃないですか。それをケチって何百万円も回収不能になるくらいだったら導入したほうがいいですよね」
「おっしゃるとおり。マスター、すみませんでした。いつも経理にお金をかけるのはもったいないだなんて言ってしまって」
「いいんですよ、慣れてますから。どの社長さんも、痛い目にあって初めてバックヤードにお金をかけてくれますから。でも、いつまでもそういう発想だと同業他社からは一歩抜け出せませんから、今後は収支管理のことも考えて、『全員が同じデータをリアルタイムに共有できる』仕組み作りをしたほうがいいですよ。その一つとしてクラウドのソフトウェアは有効だと思います。」
「わかりました。マスターありがとう」
その後、Aさんの会社は売上管理だけでなくプロジェクト収支もクラウドで一元管理して行うようになり、社員数も受注件数も変わらないのに業績が劇的に改善したとのことでだった。
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