経理Bar~アナログで起こる不正、デジタルでも起こる不正~ <Episode12:ガラス越しの接待>

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不正というのは、やはり距離が離れているよりは距離が近いほうが見つけやすいと思います。

たとえば同じフロアで働いていたら、お互いの日々のスケジュールや、どのような備品が皆の机の上に置いてあるかなど、無意識に認識しているものです。

そのような環境下で経費精算をチェックしていると、「あれ?あの人、この日に接待の予定入っていたっけ…」「こんな備品、社内で見かけたことないよな…」という領収書を見つけ、「ひょっとして、私物の領収書かもな…」ということを思い浮かべてしまいます。

しかしコロナ禍を経て、在宅勤務などのリモート作業が習慣づき、お互いが離れ離れになってしまうと、そのような「気付き」は物理的にできにくくなります。

コロナ前よりコロナ禍、アフターコロナのほうが起きやすい不正の事例を今日はご紹介しましょう。

不正の悪質さは頻度に比例する

経理Barには経理社員や社長のほかにもよく来る職種の人達がいる。「人事部長」だ。

なぜかというと、金銭的な不正をした社員の処分、処遇をどのように判断したらよいか悩み、マスターや常連客である企業の社長や経理担当者達に相談に来るからである。

今晩もそんな迷える人事部長が来店した。

「こんばんは。マスター、すぐ酔えるやつを一杯頂戴…」

そう言うと、中堅企業の人事部長のAさんは浮かない顔でカウンターに座った。

「浮かない顔してますね…ということは、また不正ですね」と、リクエスト通り、すぐ酔えるお酒をAさんに差し出すと、

「正解!もう、飲まないとやっていられませんよ。私は不正の後始末のために人事部長をやってるわけじゃないんですよ」と、Aさんは駆けつけ一杯と言わんばかりに一気に飲み干した。

「ねえ、マスターに聞くのもなんですけど、会議費や接待費の不正って、悪質さのレベルからいうとどれくらいのものなんですかね」

「そうですねえ。やっぱり頻度によるんじゃないですかね」

「頻度?」

「たとえば、毎日1年中接待をしている営業社員が、1年に1件だけプライベートの領収書を接待費として経費申請していたら、本当に勘違いして経費申請したのかなと思うかもしれません。しかし、さかのぼってチェックをしたら毎月1件ずつプライベートの領収書を忍ばせていたことがわかったら、それは意図的にやったということになりますよね」

「なるほど」

「1回だけなら『魔が差した』とか『出来心だった』と言われても、まあそうかもしれないなと思いますけど、2回以上の不正になったら、それは自覚があってやっていることだから、本人の心もある程度冷静なはずですしね」

「もし本人が、『それでも出来心だった』って土下座して泣き叫んでもですか」

「冷たいと言われるかもしれませんが、私ならそれは演技かなって思います。きっと許してもらったら5分後にはけろっとしてると思いますよ」

「ええっ、そうなんですか」

「ということは、そういうことがあったんですね。何があったのか、お伺いしましょうか」

コロナ禍での接待

Aさんの会社では、アフターコロナになった今でも、営業部門は、出社は週に多くて3日であとは自宅から直行直帰の形をとっている。コロナ禍にオフィススペースを一部解約して縮小したため、全員が出社してしまうと座席がないからだそうだ。

そのため、営業活動の形もコロナ以前から変わった。コロナ前は営業先に訪問することもあれば、反対に会社の近くまで取引先の人達に来てもらって、社内で打ち合わせをしたあとに、会社近くの飲食店で接待をしたりすることも多かった。

しかしコロナ禍になり、在宅ワーク中心になってからは、オンラインで打ち合わせをし、コロナが少し落ち着いてからは、会社の近くではなく、社員の自宅の最寄り駅と取引先の場所とが近ければ、その近所で打ち合わせや接待をすることも多くなった。そしてその名残が今も続いていた。

ある日、部下の人事部員からAさんに相談があった。

「部長、経理部のBさんから相談を受けたんですが…」

Bさんによると、Bさんは人気の新興住宅地に住んでおり、最寄り駅は会社から乗り継ぎなしで通勤できることもあり、社内の人間でも何人かがその駅を利用している。

ある日、Bさんが駅前の焼肉店の前を通ると、ガラス越しに店内で営業部のCさん一家が楽しそうに食事をしているのを見かけた。

特選カルビが有名なその店は、Bさんも一度入ってみたいと思っていたし、Bさんは、Cさんの経費精算の中にその店の領収書がたびたび上がってくることを知っていたので、Cさんもこの近所に住んでいるのだなと思っていた。

だからその時も「Cさんは会社の接待でこのお店を使って、きっと美味しかったからご家族の方達を連れて来ているのだな」と思いながらその日は素通りしていった。

ところが、その翌月初にBさんが経費精算の整理をしていると、Cさんの領収書を見て驚いた。BさんがCさんを目撃した日、その焼肉店の領収書が「D商事打合せ(4名)」という名目で申請、承認されていたのだった。

Bさんは記憶を辿って自分が勘違いをしていないか確認したが、やはりどう考えても、これはプライベートの食事代を接待費として申請していることは間違いないと確信した。しかし、証拠がないので、どうしたらよいか、という相談を人事部にしてきたということだった。

そこで人事部長のAさんは、まずBさんから直属の上司の経理部長に報告してもらうようにし、そのうえで、経理と人事とで相談をしましょう、という段取りをつけた。そして、過去1年分のCさんの経費精算の一覧データも準備してもらうようにお願いした。

人事と経理の打ち合わせでは、まず経理部長の意見を聞いた。

「確かに部下のBさんの言う通り、1年前は金額も頻度も少なかったのが、直近になるにつれて頻度も領収書の金額も増えてきているから、だんだんエスカレートしてきている感じはする。だけど結局のところ、この経費精算申請に記載している取引先の方達に、本当に接待を受けたのか確認してもらうしかないよね」ということだった。

Aさんが「でも営業部長に言ったら、営業部長もその申請は承認しているのだから『自分達のことを疑うのか』って怒りませんかね。言い方が難しいですね」と尋ねると、経理部長は「それを言うなら私も最終承認してしまっているわけですから、ここは私が言い方を考えて営業部長に直接お願いしてみます」と言ってくれた。

接待先への確認

数日後、人事部長と経理部長、そして営業部長の3人が会議室に集まっていた。

先日の人事と経理の打ち合わせのあと、すぐに経理部長から営業部長に「疑うようなことで大変申し訳ないのですが、お願いがあります」と、Cさんの領収書の疑惑について率直に話しをした。

そして「経理部長の私も営業部長も申請を承認している手前、部下から疑念を呈されたら確認をする必要があると思うのでご協力いただけませんか」とお願いをした。

営業部長と経理部長とでどのように先方の取引先に確認をしたらよいかを考えた。そして営業部長からCさんの担当する各取引先に「年始のご挨拶も兼ねて、いつもCがひいきにしている焼肉店でランチでもいかがですか」と誘いをかけてもらった。

本当にいつも使っているなら「ああ、あの店ですね」「あの店美味しいですよね」と、相手もお店のことが浮かぶはずである。

ところが相手の反応は「え、そんなところがあるんですね。なんていうお店ですか」「御社と会食なんて、初めてですね。楽しみです」「嬉しいです!あとでお店の名前と場所をメールでお送りいただいてもいいですか」という反応ばかりだった。

不正は不正をした金額以上の損失をもたらす

人事・経理・営業の各部長の結論としては、Cさんが家族の食事代を接待費として経費申請しているであろうということに至った。そして、その3人がいる場にCさんに来てもらい、率直に経費申請で不正をしていないか聞いた。

するとCさんは突然、「大変申し訳ありませんでした!」と床に頭をこすりつけて土下座をした。

そして、最初はたまたま間違えて私物の領収書を経費精算してしまったこと、それを翌月気がついたが、営業部長も経理も気付かず承認してお金も既に入金されていたので、魔がさして繰り返しやってしまったこと、やめようと思ったが子供がいて養育費にお金がかかってやめられなかった、と号泣しながら謝罪をした。

処分は追って連絡します、と言って帰宅させ、その足でAさんは経理Barに立ち寄ったのだった。

「そうだったんですね。それはお疲れ様でした。しかし不正は、不正そのものもいけませんが、不正をした周囲の人に負担をかけることがいけませんよね」

「本当に。処分内容をどうするか悩まされるのもそうですし、そもそもこの件一つで多くの人達が対応に時間を割かなければいけなくなりますしね」

「実際の不正金額より、不正に対応する人達の人件費のほうがよほど会社にとって損失になりますしね」

「全くその通りです。罪深いですよ。ただ、営業部長も今回のことで反省をして、『これからは、部下任せにしないで自分も取引先と定期的にコミュニケーションを取るようにして、不正が発生しないように気を配る』と言っていました」

「そうですね。そのほうが不正の牽制につながりますしね。で、処分はどのようにするおつもりですか」

「マスター、その前にもう1杯ちょうだい」

「かしこまりました」

気落ちするAさんを常連客が囲み、どのように対処するかを皆で意見を出し合いながら夜は更けていった。

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