経理Bar~アナログで起こる不正、デジタルでも起こる不正~<Episode5:不正と不貞>

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会社の売上が突発的に減少する理由は多岐にわたります。天変地異や政治問題の発生などの外的要因による影響が一つ、もう一つが経営者や社員の不祥事やスキャンダルなどの内的要因による影響です。

このような「万が一」のリスクが発生した際に、どれだけそれらが会社の業績に影響があるかを事前に予測すると同時に、リスク管理の大切さを社内に啓蒙することも、DX化後の経理の仕事の一つとしていただきたいです。

今日は、そのような活動を予定している経理社員達が経理Barに来店してきました。

不正防止の重要性をどのようにして社内に啓蒙するか

「絶対付き合ってますよ、あの二人」

「まさか。それだったらあんなに堂々とロビーで待ち合わせしたりするかなあ」

そんな会話をしながらいつもの凸凹コンビが店に入ってきてカウンターに座った。二人はBarの近くにある大手企業に勤めている経理部の先輩後輩だ。

「いらっしゃい。なんだか二人とも楽しそうだね」

「そんなことないですよ。でも、人の噂話って不謹慎だとわかっていてもつい話したくなっちゃいますよね…。それはそうとマスター、実は今日は相談があって」

「ええ。私で協力できることであれば」

「今度、うちの会社で管理職向けに不正についてのモラル研修を経理部主催ですることになったんですけど、不正ってテーマが重いし堅苦しいじゃないですか。何かいいアイデアがないかなと思って」

「それだったら、まさに今二人が噂話をしていたことに絡めてみたらどうですか?」

「どういうことですか?」

きょとんとした二人を背に、メニュー表を裏返して黒板代わりにすると、すらすらと、【不正と不貞:4つの共通点】というタイトルを書いた。

「なにこれ、マスター、面白そう!」

「というか、そんなに不正と不貞に共通点ってあるんですか?知りたいです」

「了解。じゃあ、一つずつ書き出していくので一緒に考えていきましょうか」

「やらなそうな人」をノーチェックにするから不正が起きる

不正と不貞の共通点1:「一見やらなそうな人」がやるから長期間見つかりにくい

「ああ、わかるー」

「この間、会社に家族が乗り込んできたAさんもそうだったしね。あんなに家族想いのインタビューが社内報に載っていたのに社内で不貞をしていたから私もショックだったな。じゃあマスター、不正に関しても、一見やらなそうな人がやるから見つかりにくいってことですか?」

「ええ。この人はいい人だから、しっかりしてそうだから不正なんてしなさそうだな、大丈夫だな、と勝手に判断してノーチェックで申請を通してしまう上司や経理社員がいると、そこを突いてじゃんじゃんとその人が不正の申請を重ねてしまうことが起きます」

「じゃあ逆に、一見して不貞とか不正とかしそうだなって思う人は意外とやらないってことですか」

「いやいや、そうではなくて、一見して不貞とか不正をしそうだなって人は、皆気を付けてその人達の行動を監視するでしょ。だからもしやったとしても初犯の現行犯や未遂の時点で見つけやすいんですよ」

「なるほど。つまりマスターが言いたいのは、誰でもやる可能性はある、ということですね」

「そのとおり。いい人だから不正をしないなんて法則はないですよ。そういう偏見を持ってしまうとまず不正は見つけられなくなるので、特に部下の申請をチェックする現場の管理職、そして経理部門の社員は偏見を持たずに常にフラットな思考の状態で申請データのチェックをすることが重要です。あとこれは社長さんたちに多いことで、社長から見て、あいつはそんな不正ができるような器ではないですよ、という人ほど裏で不正をしていた、ということがあるので、そういう偏見も持たないように気を付けて欲しいですね」

「それって、一見、恋愛偏差値が高くなさそうに見せている人ほど、裏でとんでもない不貞をしているってことに似てますよね」

「そっか。そうやって例えられると、よりリアルにわかる気がする」

不正は当事者の周囲がショックを受けるので金額精査よりもメンタルケアがまず必要

不正と不貞の共通点2:見つかってからが修羅場

「マスター、これはどういうことですか?不貞はなんとなく見つかってから大変そうなイメージがつきますけど、不正はどんな修羅場になるんですか?」

「二人とも想像して欲しいのですが、たとえば、自分に身近でない人が不貞や不正をしたときって、正直そんなにショックを受けないと思うんです」

「確かに。ニュースで見ても、悪いことなんだけど、ああそうなんだ、と思うくらいですよね」

「でも、こういう条件だったらどうですか。5年間一緒に机を並べて仕事をしたりプライベートでも遊びに行ったりしたような同僚が、何年にもわたってとんでもない金額の不正をしていた、と突然人事部から教えられたら」

「え…。やだなそれは」

「うん…。不正の金額がどうとか以前に、まず人間不信になってしまうかもしれません」

「そう。私が、不正が発覚した職場に訪ねた際にまずすることは、不正が発覚した人の周囲にいた社員と社長さんのメンタルケアなんです」

「そっか。考えたことなかったけど、実際にそんなことが起こったら、金額を精査する前に、まず職場にいる皆さんの心のケアをして一旦冷静にさせないといけないですよね。単に悪いことが見つかったから当事者を処分すればいいという単純な話ではないんですね」

「もし私がその不正の現場に居合わせたら、人間不信もそうだけど、自分に人を見る目がなかったのかなって自己嫌悪に陥っちゃうかも」

「ええ。特に社長さんは金額のことよりも裏切られたことにショックを受ける方が実際に多いです」

「まさに修羅場ですね…」

「ちょっとずつ」の変化で、不正は大胆になっていく

不正と不貞の共通点3:徐々に行動が大胆になる

「お二人にうかがいます、不正って最初いくらくらいから始まると思いますか?」

「考えたこともないなあ」

「やっぱりやるからには5万とか10万とか?」

「実は多くの場合、不正は500円や1000円から始まるんです」

「え、そんな少額から?」

「なんかイメージと違うなあ。だって、500円の不正をしてもし見つかったら割に合わなくないですか」

「それは不正をしない人の発想ですね。不正をする人っていうのは、最初餌を撒くんですよ」

「餌?」

「ええ。500円とか1000円のコーヒー代の私物の領収書を一度申請してみるんです。それで上司や経理が気づくかどうか試すんです。それで、もし気づかれたら『あ、すみません、勘違いして財布に紛れ込んでた私物の領収書を一緒に間違えて申請してしまいました!』って言えば、まず上司も経理もそれを信じて『そうなんだ。次回から気を付けてね』で済むでしょう」

「こわっ」

「すごいなあ…」

「それくらい勘が働く上司や経理が職場に居て、すぐ不正に気づかれてしまう環境だと、いくら不正をしようとする人でも『ああ、この職場では不正はやれないな』と大人しくしてくれます。でも、上司や経理が見逃がしてしまう場合は『ああ、ここではやれるな』と思って、翌月は3000円、その翌々月は5000円、とちょっとずつ不正の金額を増やしていくんですよ」

「確かにちょっとずつだと気づきにくいですよね。その人の業務範囲が広がって使う経費も増えたのかなと思うし」

「ええ。それで1年後2年後には第3者から見たらとんでもない金額と内容の申請が上がっていることになるのですが、変化が少しずつなので周囲も気づかないんです。だから不正は、見つからないとどんどん大胆になるという性質があるんですよ」

「なるほど。確かに社内で不貞をしている人たちも、最初は同僚に見つからないようにコソコソ二駅先の改札で待ち合わせしていても、そのうち最寄り駅で待ち合わせするようになって、最後には堂々とロビーで待ち合わせて一緒に退社したりするようになるってことと一緒ですね」

「そっか。それで私たちは気にも留めないけれど、新入社員の子に『ロビーで待ち合わせしていたあのお二人ってどういうご関係なんですか』って言われて、『確かに言われてみれば仕事のつながりもないしおかしい』って」

「二人とも面白い発想ですね。それにしても不正や不貞って不思議ですよね。絶対見つかっては困るはずなのに、見つけて欲しいんじゃないかってくらいにだんだんと大胆になっていくんですから」

「だんだんと、不正や不貞の行為そのものよりも、スリルが快感になっていくのかなあ」

「そうかもしれませんね。薬物と一緒で、誰かが止めないと自制が利かない状態になっていくのかもしれませんね」

デジタル化でも必要な人間の役割

不正と不貞の共通点4:デジタル化してもやる人はやる

「お二人の勤務するビルにもあるでしょうが、たとえば監視カメラなど、デジタル化されることで、アナログ時代では防げなかった不正が防げるようになることはありますよね。それにもかかわらず、今日現在、犯罪や不正は変わらず存在しています」

「確かに不貞に関しても、これだけスマートフォンが普及したら、お互いどこにいるのかって詮索しやすいから不貞なんかしづらくなりそうだけど、する人はしますよね」

「逆にマッチングアプリとかアナログ時代になかったものができて、むしろしやすくなっているかも…」

「不正も同じで、昔だったら現金や申請書類や捺印など、アナログ管理でしたから、不正するにも何人もの周囲の目をすり抜けて行動する必要があったと思います。でも今は申請もデジタル、承認もデジタル、送金もデジタルですから、普通に仕事をしているふりをしながら誰にも行動を怪しまれずに不正ができてしまうことも可能なわけです」

「なるほど。確かに昔より気付きにくくなっているかもしれませんね」

「ええ。それに、デジタル環境は大きなお金も瞬時に動かせますから、一度不正を見逃すと昔よりもとんでもない金額が会社からキャッシュアウトされてしまうことがあります。デジタル時代だからこそ、信用できる経理の人間を配置してチェックや牽制をかけておくことが大切です。以上、ざっとこんな感じですかね」

二人は今日聞いたことを忘れないようにスマートフォンにポイントをメモしていた。

「マスター、今日はすごく参考になりました。最初は『不正と不貞』って、マスターのおふざけかと思ったけど、わかりやすかったです」

「私も。それに、あらゆるものがデジタル化したら経理の仕事ってどうなるのだろうと思っていましたけど、それとは関係なく普遍的にやるべき経理の仕事や役割があることもよくわかりました」

「よかったです。いい研修資料を作ってくださいね」

後日、「研修を終えました」と二人から報告を受けたので、その時の様子を聞いたところ、参加者の多くは笑いながら興味深く不正について学んでいたが、一部の何人かは顔を引きつらせながら聞いていたそうだ。

不正か、不貞か、その両方か、顔を引きつらせていた社員達を注意深く見守っていくとのことだった。

※この物語はフィクションです

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