越境経理 ~経理から組織を変えていく~ 5.越境してもらえる経理の条件

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意外と侮れない「不機嫌な人」

経理の仕事をしていると、いろいろなタイプの人と接しなければいけません。会社員時代も、フリーランスで仕事をしていても、私がコミュニケーションに一瞬、躊躇する人は「不機嫌な人」です。

喜怒哀楽、たとえば怒っている人なら、何に対して怒っているのかが明確ですのでその事柄に対して相談に乗れます。哀しんでいるのであれば、何に哀しんでいるかを聞いて、寄り添うこともできます。

しかし「不機嫌」というのは、時には「なぜ今、自分が不機嫌なのか自分でもよくわからない」ということもあります。そのため、周囲がその人の不機嫌さを解消できないことのほうが多いのではないでしょうか。

ただ、常に不機嫌な人が仕事上のメンバーにいると、周囲がいつも腫れ物に触るように接しなければいけないので、とても疲弊してしまいます。そして、それが続くと「どうしてあの人の不機嫌さに気を遣わなければいけないのだろう」と、やがて周囲も不機嫌になり、不機嫌の連鎖となっていきます。

最終的には、会社全体が不機嫌な会社となっていき、それが顧客や取引先から見てもあからさまになり、売上や利益にも影響してきます。

「不機嫌」というのは、会社にとっては意外と重要なテーマの一つです。

自分で自分の機嫌をとる

かくいう私自身も、外見は「人当たりの良い人」と思われることが多いですが、実際はちょっとしたことでもすぐ不機嫌になります。

たとえば、失礼な対応を誰かにされると「この人は自分がフリーランスだと思って馬鹿にしているのかな」と、勝手に思いこんで不機嫌になることもあります。

また、一人で原稿を書いている時も、普段はまめに保存をしながら書いているのに、たまたま集中していたので保存せずに一気に書き上げたときに、キー操作のはずみで保存しないまま原稿の画面が消えてしまった時は、一人で「なんでだよー!」と、しばらく不機嫌になります。

ただ、会社員の時と違うのは、フリーランスの場合、誰も慰めてはくれないということ、そして、いつまでも不機嫌さを引きずっていたら仕事がなくなって生活できなくなってしまうということです。

そのため、フリーランスになってからは、「他人に不機嫌さを解消してもらう」のではなく、「自分で自分の機嫌を取る努力をする」ということを覚えました。そのことに、時間やお金を会社員時代よりも多く費やすようになりました。

たとえば不機嫌なことがあって何も手につかなかったら、とにかくすぐ寝る。眠くなくても寝る努力をする。そうすると、目覚めた時には不機嫌さが完全に消えてはいませんが半減はしています。そして、あえて高いものを買ったり食べたりして無駄遣いをします。

不機嫌な人を観察していると「自分はこんなに真面目にやっているのに、どうして!」という人が多いことに気付いたので、わざと自分を堕落させることで、「こうやって自分も罪悪感のあることをしているし」と、自分の真面目さのレベルを意図的に落とすことで、「ま、いっか」となるように努力しています。

経理は不機嫌さを解消しにくい仕事

なぜこのようなことを書いているかというと、経理の仕事というのは、他の職種の仕事よりも不機嫌になりやすいことをされたり言われたりする仕事である一方で、その不機嫌さの解消が、仕事上ではできにくい環境にあるからです。

そのため、「自分で自分の機嫌をとる」という技術が経理の仕事にはとても重要だと思うのです。

たとえば営業であれば、得意先や上司などから不機嫌になるようなことを言われたりされたりすることはあるでしょうが、反面、仕事上の関係者と食事に行ったり飲みに行ったりして愚痴を聞いてもらい、励まされて発散する機会、つまり不機嫌さをリセットする機会も多い職種です。

しかし経理というのは、不機嫌になるようなことを職場で受けても、それを職場で発散する機会というのがあまりありません。そのため、自分で自分の機嫌をとって不機嫌さをセルフで解消していく技術が必要になってくるのです。

機嫌・不機嫌が、壁のある・なしを作る

経理などのバックヤードとしての「いい社員」の条件として、スキルも大切ですが、「情緒が安定している」ということはとても大切な要素です。

たとえば、いつも不機嫌な社長秘書がいたとします。多くの社員が社長に相談ごとがあるのに、その社長秘書のご機嫌をうかがわないと社長に話を通してもらえない、となると、社員達も「面倒だからまあいいか」となって、社長に相談などをしなくなっていきます。

そして社長が知らない間に大きな仕事上のトラブルが発生していた、ということも起こり得ます。秘書が高い壁となってしまい、お互いを「越境させない」状況を作ってしまう典型です。

いつも機嫌のいい社長秘書だったら、社長も社員も秘書に話しかけやすくなります。社長は社員に伝えたいこと、社員は社長に伝えたいことを、まず社長秘書に事前に伝え、秘書が「越境役」として活躍していることでしょう。

人事部門の社員が常に不機嫌だったらどうでしょう。

仕事上の人間関係の相談を人事担当者にしようとしたら、あからさまに「忙しいのに面倒くさいなあ」「それくらいのことで人事部に相談に来ないでよ」という不機嫌さを出されたら、「もういいや」と、私だったら二度とその会社の人事には相談しないと思います。

そのように人事部門が「壁」を作ることで、重要な人材が流出していったり、悩みを自分で解決できずに体調不良で休職してしまう社員が発生したりする原因となることもあるでしょう。

いつも機嫌のいい人事担当者でしたら、大きな問題になる前に、雑談レベルでも社員が人事担当者に相談しやすいため、さまざまなトラブルも早めにキャッチアップして初期消火でき、休職や退職の発生率も低く収めていることでしょう。

バックヤードの仕事の怖いところは、このように可視化できないところで、不機嫌な社員が自覚のないままに間接的に会社に損失を与えてることが多分にあるということです。

反面、機嫌のいい社員は間接的に会社に良い影響をもたらしています。

バックヤードの業務がいくらデジタル化しても、人間のスタッフがある程度バックヤードに必要なのはこうした「機嫌のいい社員が」経営者や社員をしっかり支えることが重要だからです。これはAIなどの機械ではできないのです。

それでは経理はどうでしょうか。いつも不機嫌な経理がいたら、まずその人にはお金のことで誰も質問や相談をしに来る人はいないでしょう。

新入社員で経費精算のやり方がよくわからなくても、怖くて経理に聞けずに結局間違った申請をしてしまい、経理から叱られ、さらに経理処理が苦手になるということもあるかもしれません。

このように経理が不機嫌さによって自ら壁を作ってしまうと、現場からも越境して経理に相談をしようということがなくなり、その結果、滞留債権が発生したり、請求書が漏れていたり、ということが発生しやすくなります。

結果的に、自分の仕事が大変になってさらに不機嫌になってしまう、というスパイラルに陥ります。

いつも機嫌よくしていれば、些細な相談でも現場のほうからしてくれて、経理社員も、自分達が管理しやすい方法を回答すれば、結果的にスムーズに処理できる体制が作れて不機嫌になる「種」を極力取り除くことができます。

常に機嫌よくいるためには、機嫌が悪くなる事柄を事前に取り除いていくことも大切です。

機嫌のいい人のところに情報は集まる

「いつも機嫌がいい社員」と「いつも不機嫌な社員」がいたら、機嫌がいい人のほうが話しかけやすいですし、相談や情報交換もしやすいでしょう。

越境も2パターンあり、自分から越境する場合と、向こうから越境して来てもらうパターンがあります。

経理社員は控えめな方も多いので、自ら越境するというのが苦手な人も多いかもしれません。だからこそ「越境して来てもらいやすい」ように、自分の状態を第3者から見ても「機嫌がいい」「安定している」ように見える意識をすることは非常に大切です。

「自分で自分の機嫌をとる」ことは、まわりまわって、社内のいろいろな人から自分のところにさまざまな情報を得やすい環境を作ることにつながります。

そのような体制にすることで、事前にリスクなどの把握ができ、仕事をスムーズにマネジメントすることもできるようになります。

経理の皆さんも、自分が仮に不機嫌になったとしても翌日にはすぐリセットできる方法や、いつも機嫌のよい状態がキープできるアイテムなどをいくつか考えてみてはいかがでしょうか。そしてそれを実践して、自分も周囲も常に機嫌のいい職場環境を作っていきましょう。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

執筆:前田 康二郎 (まえだ こうじろう)

フリーランステレワーカー。数社の民間企業で経理総務・IPO業務等を行い、海外での駐在業務を経て独立。現在はフリーランスでのコンサルタント活動、講演・執筆活動の他、YouTubeチャンネル『流しの経理』、節約アプリ『節約ウオッチ』(iOS版)を運営している。 著書に『スーパー経理部長が実践する50の習慣』『AI経理 良い合理化 最悪の自動化』『職場がヤバい!不正に走る普通の人たち』『伸びる会社の経理が大切にしたい50の習慣』(以上 日本経済新聞出版社)、『スピード経理で会社が儲かる』(ダイヤモンド社)、『ムダな仕事をなくす数字をよむ技術』『自分らしくはたらく手帳』『つぶれない会社のリアルな経営経理戦略』『図で考えると会社は良くなる』(以上 クロスメディア・パブリッシング)、『経営を強くする戦略経理』(日本能率協会マネジメントセンター)など。最新刊は『「稼ぐ、儲かる、貯まる」超基本 プロ経理が教えるお金の勉強法』(PHP研究所)。