【前編】芸術文化分野に特化してプレイヤーに伴走する会計事務所

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【前編】芸術文化分野に特化してプレイヤーに伴走する会計事務所

「文化芸術分野で活躍するプレイヤーはお金のことが苦手な人も多い」――「公認会計士山内真理事務所」の代表である公認会計士・税理士の山内真理さんが長らく感じていたことです。そこから、会計のプロがアーティストやカルチャー領域の経営者をサポートし、「計数感覚」や「経営感覚」を補っていけば、文化芸術は一般的にもっと流通していくはず――そんな直感に導かれ、下積みを経て、会計事務所を設立したのが2011年のことでした。

以来、自らのミッションを「文化と産業の融合の触媒」と掲げ、アート・クリエイティブ分野を専門領域として、アーティストとその周辺の人々を、会計から経営管理に至るまで幅広くサポートしています。今回は、芸術文化とお金の関係について、また「文化と産業を融合させる」ことについて、興味深いお話を伺いました。前編では、芸術文化と経済の関係性についてじっくりと紹介します。

【プロフィール】
山内真理(やまうち・まり)

公認会計士山内真理事務所 代表
公認会計士・税理士

1980年生まれ。一橋大学経済学部卒。有限責任監査法人トーマツにて法定監査やIPO支援等に従事した後、2011年にアートやカルチャーを専門領域とする会計事務所を設立。知財領域の法律専門家等を中心に法律的側面から文化・芸術支援の非営利活動を展開するArts and Lawの理事でもある。平成30年4月に特定非営利活動法人東京フィルメックス実行委員会の理事に就任。東京芸術祭監事ほか。
共著に「クリエイターの渡世術」、一部監修に「イラストレーターの仕事がわかる本」。

文化と経済は対極にあるものではなく両輪である

「文化と産業の触媒」になろう、と思われた理由を教えてください。

「文化と産業の触媒」になろう、と思われた理由を教えてください。
「芸術文化」界隈を構成する人というのは、アーティストや表現者だけでなく、その周辺のコレクターやアーティストを支援する方々、プラットフォーマー、マネジメント関係者、制作会社、コンテンツ系スタートアップなど、多様な人々・組織があります。
また、「芸術文化」は一般にイメージしやすい美術分野に限らず、映像、音楽、漫画・アニメ・ゲーム、舞台芸術等様々なジャンルがあります。そして「芸術文化」以外にも「スポーツ文化」や「地域文化」といった言葉もあるように、人々の営みや暮らしそのものを豊かにしていくものが、いわゆる「文化」の定義と捉えています。

こういった「生活の豊かさに関わる文化のプロフェッショナル」が活躍できることで「世の中の豊かさ」は醸成されると思うのですが、その活動が担保されるためには、経済活動としてきちんと自立していることが必須なんですね。

しかし、芸術文化ジャンルにいるプロフェッショナルな人々は、会計分野が苦手な人が多いことに気がついたのです。素晴らしい仕事をしている方でも、「なぜか黒字になりません」とおっしゃる。しかし、きちんと経営管理の仕組みを入れると、1年ほど並走することで黒字になることもあります。そうして黒字化できる事業があれば、並行して本当にやりたい表現、例えば自主制作の映画を作るといったようなことにお金を回して、本来の創作活動ができるのです。

それはクリエイティブの経営において、とても意味があることであり、逆に、資金繰りのために一般ニーズに対応したものばかりを作っていると、創作に大切な個性がだんだん失われていくように思います。カルチャー領域やクリエイティブ領域と言われる世界で活躍している経営者や創作者はそうしたバランスの舵取りに日々挑戦しており、だからこそ世の中が一律の色に染まることなく、多様な表現や文化が日々供給されるわけです。

芸術文化のプロを会計の面からサポートすることには、膨大なニーズがあると思いました。芸術文化の業界全体の活性化に貢献したい、また様々な産業が文化的になる、ひいては社会が文化的になるために専門的支援をする、というのが、我々のビジネスです。「文化」と「経済」は対極にあると思われがちですが、実際は豊かな社会を作るための両輪なのです。産業に文化をインストールすることで、社会は活性化する。現状でこの両輪がつながっていないことが多いのは、社会的損失にすら感じています。業界全体の会計リテラシーの向上やプロによる課題解決が求められていることから、自分たちが「文化と産業の融合の触媒」になろうと思い立ちました。

2011年の事務所設立時からそのお考えはお持ちだったのでしょうか?

それ以前の大学時代から悶々と考えていました。大学で経済学を学んだときに「ブランディング」に非常に興味を持ちました。組織や企業、または個人が、プロダクトやサービスを作って発信していくなかで、意義や想いといったものからブランドが作られていきます。人が感じ取る価値はそもそも多様であり、受け手によって異なるものです。ある人にとっては愛してやまないものであっても、別の人にとっては全く興味の感じられないものの場合もあります。しかし、それが積みあがっていくとマーケットが生まれ、あるいはファンの熱量の違いとなって現れ、あるいは値段の違いとなって現れてくるのです。

ブランドの価値を感じてもらえず売れなければ、価値は帳簿上には可視化されにくいものです。アートの世界も同様で、例えば絵画などは、1点が100万円で取引された瞬間にその価値が顕在化し、経済取引として記録され、歴史に刻まれていくわけですが、いわば毒にも薬にでもなる、というその作品のパワーが定量的な基準だけで捉えられるものではありません。そうした会計の世界で一見捉えにくいけれど、関連もしている目に見えにくい価値が、どうしたら育まれるか、というプロセスへの好奇心がありました。

会計とは、定量化し測定して記録し、管理する技術であり道具ですが、ブランドや表現やアイデアのように生活や産業等のあらゆる面で社会を活性化してもいるけれど、一見すると捉えづらい無形の価値の世界を度外視してしまえば、これはとても面白味のない世界になってしまうのではという不安を感じてもいました。面白いものが生まれゆく渦中に居られたら幸せだという思いもあって、今のようなサービスを始める原初的な動機が生まれていった感じです。

会計とブランドの相関図

私自身は、ブランディングやマーケティングの分野で面白いアイデアを生み出せるタイプではないと早々に気付きました。でも、逆に自分がそういう人たちを会計面から支え、経営管理の感覚を補っていけば、クリエイティブの面白い創作物を一般的に流通させることの手助けはできるのではないかという直感はありました。大学を卒業してから会計専門職としての下積み期間を経てそれを実現できる方法を考え、たどり着いた形が、独立して芸術文化分野・クリエイティブ領域を専門にした会計事務所を経営するという手段だったのです。

芸術文化に対する深い理解から始まるサポート

会計事務所でありながら経営のコンサルティング的な要素もあるんですね

会計事務所にもさまざまな業態があると思うのですが、弊所は丁寧すぎるくらいのサポートをして経営に伴走するタイプの事務所だと思っています。クリエイションとその価値、お客様の活動の背景をしっかり共有させてもらうため、深いコミュニケーションの時間をとります。お客様も「アート・クリエイティブ分野の事情をわかっている事務所だから相談する」という要素があるからです。

そのため、対応するスタッフのリクルーティングにもこだわりがあります。お客様の活動を理解し共感できることが必要です。つまり、芸術文化の領域に一定のこだわり等があり、特定分野へ注ぐ愛情などがあって、各ジャンルを探求していこう、理解を深めていこうとしていることがリクルーティングにおける必須条件ですね。今いるスタッフは、クラブ系のカルチャー好きから、ファッションラバー、漫画やアニメ、ゲーム文化に詳しい者、現代アートコレクター、声楽家としても活動している者など様々です。それぞれ関心の強い分野はバラバラですが、お客さんとマッチングしていいコミュニケーションを築いています。表現や創作の背景への深い理解は、お客様の満足度に貢献すると思っています。

そうすると地方のアート関係の方からも依頼があるのではないですか?

そうすると地方のアート関係の方からも依頼があるのではないですか?
そうですね、いまはデジタルツールでリモートでもサポートが可能な体制ができていますので、地方の芸術文化関係の方とのつながりも多いです。たとえば、60代以降くらいのベテラン作家さんになってくると、どのように作品を残していくのかといった問題が浮上してきます。具体的には相続税対策が絡んだ依頼ですね。相続税負担はもちろん低いほうがいいのですが、どんどん作品を売って換金するという方法ばかりとっていては、コレクションが散逸してしまうリスクがありますよね。作品のアーカイブが次世代につなげられないのは、社会的に大きな損失です。また、著作権も相続財産のひとつとしてコントロールしておかなければいけない要素です。こういったことは、お住まいの街の税理士さんだと事情が分かりにくいこともあるようで、弊所に依頼されることがあります。こういう場合は、誰が生前に権利をコントロールしておくのかを設定し、本人的にも社会的にも価値のある承継を目指そう、という立体的な戦略を一緒に考えることになります。


今回は「文化と産業の触媒」というご自身の目指すところについて、また芸術文化と会計の切っても切れない関係性について語っていただきました。
後編では、地方プレイヤーのサポートや、文化芸術分野での会計マネジメントの重要性のレクチャー活動など、アート分野への幅広い会計サポートの具体例をご紹介します。

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