「ベンチャーは部活っぽい」 産業医・大室正志に聞く、ベンチャー社員が抱えるストレス

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2019年春から順次施行される「働き方改革関連法案」。その中には「産業医機能の強化」も盛り込まれています。人的・時間的コストの余裕のないベンチャー企業なども対応に迫られますが、産業医とうまく連携するにはどうすればいいのでしょうか。

カリスマ産業医と呼ばれる大室正志さんに、ベンチャーのヘルストラブルや企業が産業医を活用するポイントを聞きました。

【プロフィール】大室 正志(おおむろ まさし)
産業医/大室産業医事務所代表
産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策等、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医。社会医学系専門医・指導医。著書に「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)。
Twitter:@masashiomuro

「産業医の機能強化」って効力あるの?

――2019年4月から「産業医・産業保健機能の強化」が適用されます。ただ「産業医の活動環境や健康相談体制を整備しましょう」という努力義務に留まっている印象です。効力はあるのでしょうか?

今回の法改正で、あえて「産業医の役割の強化」を加えた裏には、「もう名義貸し的な産業医はダメだよ」というメッセージがあるんだと思います。

かつて、産業医は名義貸しが横行していたんですよ。選任義務がある企業でも、「産業医が訪問しない」「労働者の健康状態を把握していない」ことは往々にしてありました。でも、最近は労基署のチェックが厳しくなってきて、「産業医を選任し、会社に来てもらい、労働者の健康状態を把握させているか」まで見られるようになりました。

そういうわけで今回の法改正は特段何が変わったというよりも、「もう名ばかり産業医は通用しない」「産業医はちゃんと労働者の健康管理をしてね」というメッセージの意味合いが強いと思います。

――人的・時間的コストがないベンチャー企業なども対応に追われます。産業医から見て、ベンチャーの労働環境にはどのような課題がありますか?

10年前のベンチャー企業の労働環境と比べるとかなり良くなっていますよ。

あえて言うとすると、上場を目指しているベンチャーの場合は、労務トラブルがあったりすると上場が遅れるリスクが高いということですね。

過重労働によるうつ病やパワハラなどの訴訟案件を抱えていたら上場は遅れる可能性があります。今は労務問題にはかなり気を付けないといけない時代ですね。

ベンチャー社員が抱えるストレス

――実際にベンチャー社員のヘルストラブルはどんなものが多いですか?

平均年齢が若い会社が多いですね。健康診断の結果はやっぱり年齢に比例するので、フィジカルの問題よりもメンタルの問題が目立ちます。

――具体的には?

入社してすぐにメンタル不調をおこす例が多いです。ベンチャーは成長も展開も速いですよね。事業や方針もすぐに変わったりするので、「このポジションと聞いて入社したのに、全然違うことをやらされている」とストレスを溜める人は多いです。

だからといって、会社が嘘をついている訳ではないんですよね。ビジネスの展開が速いので必要なポジションも日々変わるんです。そういう朝令暮改的な性質を許せない人がベンチャーに入社するとツラくなるんですよね。

――ベンチャーマインドが強い人や適応力のある人が多いイメージですから意外ですね。

あと「社風が合わない問題」もありますね。あえて大企業と比べてみると、ベンチャーは社長を含めた社風というものが社員の就業環境にダイレクトに影響しますよね。大企業はいくら社風があってもやっぱり“企業”なんですよ。

ベンチャーにおいて、社風が大きな影響力を持つのは当然なんです。ビジネスにおける価値観や働く目的が似ている仲間が集まることで、よりスピード感をもって事業を成長させられますから。

でも、社風の合わない人が入社すると、同僚とノリが合わなくて、おいおい人間関係も悪くなるんですよね。例えるなら「入る部活まちがえた!」という感じですね。ベンチャーは非常に部活っぽいですから。野球部と卓球部のノリって違うじゃないですか。「俺、サッカー部ノリじゃなかった……」というときのツラさ。

ベンチャーに入社する人こそ、その会社の理念や社風に共鳴しているかどうかが大きなストレスポイントになりますね。

――長時間労働が問題になったりはしないんですか?

創業期は問題になりがちですね。でも、上場が近づくと段々“いい子“になります。高速道路のオービスみたいなものです(笑)。

残業時間は上場のときのチェックポイントとして重視されているので、むしろ上場を目指しているようなベンチャーはかなり厳密に管理していますよ。

ベンチャーのあるある習慣、産業医的にどう?

フリーアドレス

――ベンチャーのあるある習慣を集めたので、産業医の視点から評価していただければと思います。まずはフリーアドレス制度について。固定席を作らずにオフィスの好きな席で働く制度で、普段関わらない同僚との新たなコミュニケーションが生まれると人気ですね。

一言でいうと「人による」としか言いようがないんですが(笑)。昔は何が何でも席で仕事しなければならなかった。それが自由になったことは素晴らしい。

ただ、自由になりすぎてかえって落ち着かないという人が出てきたのも事実ですね。労働環境を変えない方が落ち着く人もいるでしょう。そういう家猫みたいな人いますよね(笑)。「自分の席で仕事しろ」という学校の風紀委員みたいなことを言うのは非効率なのは確かなんですけどね。

ベンチャーあるあるだと「開かれた社長」といって、社長が社員の隣に並んで仕事することがありますよね。「俺一週間ここにいる」とか言って、“社員との距離が近いアピール”をする人がいるんですよ(笑)。

産業医面談をすると「それがめんどくさい」という社員は多いです。ポーズだけでなくちゃんと心理的距離を縮められているかどうかは確認した方がいいですね。


大室さん「社長はイケてると思ってるんだよね」

ビジネスチャット

――社内はもちろん、社外の人ともビジネスチャットでやりとりすることが増えたように思います。

これも昔のビジネス習慣の反動ですね。社内でもメールの宛名は「〇〇部長、××課長、△△参事」って偉い順に書かなきゃいけないとか。「参事ってえらいのか!?」みたいな(笑)。そういう本質的じゃないルールがあるメールと比べると、効率的にコミュニケーションが取れるのはいいですよね。

一方でストレスが多いのも事実です。夜も土日も矢のようにチャットが飛んでくる。偉い人になればなるほど時間がないので、休日とわかっていても忘れないように送っておこうと思うんですよね。この気持ちは分かるんですが、送られた方は責められているような気分になる。ベンチャーでこの手の相談をよく受けますね。

ビジネスチャットを使いこなすためには、普段からのコミュニケーションの下地が大事です。「これって責められてるのかな?」と疑っちゃうような関係性だとツラいんですよ。普段の「face to face」のコミュニケーションが大事です。 やっぱり仕込みで決まります。お寿司と一緒で仕込みが8割。


大室さん「“漬け”みたいな感じ」

シャッフルランチ

――部署が違う社員同士が集まってランチに行く制度です。これもベンチャーでよく聞く社内交流制度です。

いいですね。さっきのチャットの話にも繋がりますが、コミュニケーションの下地作りはとても重要です。普段は接点がない部署の人だと、チャットコミュニケーションの際に表情やトーンを想像しにくいですから、こういう機会に相手のことを知っておきたいですよね。

スケジュール管理などの可視化ツール

――スケジュールが社内で共有されていることはどうでしょう。

人間って余白を見つけたら埋めたくなるという「テトリス欲」があるんですよ。こういう可視化ツールができたことで、どんどんテトリスを埋めていくことになったんですよね。「こことここを組み合わせれば埋まるじゃん」みたいに、テトリスがハマったときの快楽も手伝って埋めたくなるんです。

でも、ちょっと何かの予定が延びたり、他の人が勝手に予定を入れたりすると、すぐにパンクするんですよ。だから余白を残しておきたいですね。

スキマ時間も「常にスマホで情報収集」

――ベンチャー社員には“情報ジャンキー”な人が多い印象があります。過度はよくないと思いますが、それがリフレッシュや娯楽につながっているのならばいいのでしょうか?

「江戸時代の1年分の情報量が、現代人の1日分の情報量」と言われるぐらい現代人は情報に接しているんですよね。もちろん脳は疲れがちです。

スキマ時間をテクノロジーの力で埋めるのは、基本的にいいことだと思っています。細切れ時間をうまく活用できるようになった一方で、情報を全部頭の中に入れちゃうと脳がパンクして疲れちゃう。それで抑うつ状態だとか不眠とか、不調を訴えている方は明らかに増えている。

そういう方にはやっぱり意識的にデジタルデトックスをしてもらった方がいいかな。シリコンバレーなんかでマインドフルネスが流行っているように、何もしない時間を戦略的に作っていきたいですね。

企業が産業医とうまく連携するには

――企業が上手に産業医と連携するにはどうすればいいでしょう?

目的を明確に決めた方がいいと思います。

例えば、ある企業で毎月2名の産業医面談の時間を確保しているとしましょう。それを全社員に「相談がある人はどうぞ」と開放していたとします。そうすると大抵毎月リピーターで埋まっちゃうんですよね。そうなると産業医のコストを「毎月同じ社員の話を聞きにくる人」として使ってしまう。それは本来の使い方なのでしょうか。

安全配慮義務のためか、福利厚生のためか、健康経営のために産業医を活用したいのか。労務担当者は自分の会社にどんなニーズがあるのかを把握しないといけないですね。

――企業に「ここまではやっておいてほしい」ということは?

安全配慮義務を満たしておくことですね。これはいわばマイナスをゼロにする作業です。これをしていない状態で「健康経営を目指します」と言われても、まずは安全配慮義務を満たそうよとなりますから。まずは安全配慮義務をしっかり満たし、次にどこまでやるか考えましょう。

(執筆:久住梨子)

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