会社の経理は知っている、不正とモラル②社員による不正〜領収書編~【前田康二郎さん寄稿】

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経費の過剰使用や、架空請求による売上金の横領など、ほぼ100%、どの会社でも起こっていると言われる企業の「不正」。これら不正を少しでも食い止めるため、大小さまざまなケーススタディを踏まえながら、そのメカニズムや人間の心理に迫ろうという今回のシリーズ。フリーランスの経理部長として活躍する、前田康二郎さんに語っていただきます。

不正の起こりやすいパターン

不正というのは、現金やデータに関わることができる機会が多ければ多いほど、その当事者が不正を起こす可能性が物理的に高くなります。現金、預金、領収書、在庫、請求書…これらを取り扱うことができる、あるいはこれらに関して決裁権限のある人であればあるほど、不正の誘惑に駆られたときに、実際にそれを実行できてしまう機会があるのです。
今回は、古典的に変わらない不正の実例として、領収書について取り上げます。

領収書の不正といっても、さまざまなパターンがあります。具体的には、

    1. 実際の領収書を加工し数字を書きこんでしまう(「3,850円」に1を加えて「13,850円」として差額の10,000円を着服)
    2. 白紙の領収書をもらい、適当な金額を入れて経費申請する(満額着服)
    3. 私用で使った領収書を経費精算の中に忍ばせる(満額着服)

 

      1. といった例をはじめ、多種多様な方法があります。たとえばこのような事例はどうでしょうか。

CASE1:BARの常連客とそのマスター


「独立おめでとう」
「久しぶり。来てくれてありがとう」

数か月前、飲食業界で会社員をしていた友人が独立をし、バーをオープンしたと連絡があった。その時は決算期で忙しく、訪れることができなかったのだが、この日ようやく行くことができた。

広さは、カウンターが15席程度と4人掛けのテーブル席が2つ。友人とアルバイト従業員1人が切り盛りすればなんとかなる広さだ。

しかしこの日は金曜の夜だというのに客は私以外には泥酔した会社員とおぼしき2人組のみ。私にはお構いなしでその2人組は大声で騒いでいる。

「うちの会社は俺の実力をわかっていない」「なんであんな奴が昇進したんだ」とわめき散らしていた。
そのような愚痴をBGMにしながら、私は友人に訪ねた。

「どう?お店は順調?」
「うん…まあ…なかなか難しいね。確かに会社員の時より自由だけどさ」。

聞けば当初は前職の同僚や学生時代の友人などがこぞって来てくれたそうだが、1カ月もするとそうした「ご祝儀」も一段落し、実際の経営はなかなか厳しいようであった。

そんな話をしていると、2人組の1人が

「マスター、お会計」と声を上げた。

友人が、「ありがとうございます。こちらになります」と金額を書いた紙をそっと見せると、
「OK~。領収書くれる?あと白紙のも1枚ちょうだい」とその会社員は躊躇することなく言った。

友人は手際よく領収書を書くと、ためらうことなく白紙の領収書もビリッと破き、その会社員に渡した。その様子を、私はスマートフォンをいじりながら横目で見ていた。

会社員たちが出て行ったあと、私は友人に尋ねた。

「ねえ、毎日あんなことやっているの?」
「え?」
「白紙の領収書渡していたじゃない」
「ああ、あの2人、大きい会社の管理職なんだよ。だから接待とか2次会でよくここを使ってくれるんだ」
「だからって、不正に加担していいってこと?白紙の領収書であの人達が二重精算することくらいわかっているでしょ」
「でも、それでうちの店が損することでもないし…」
「そんなことをやってたら、なんでもやってくれる店だと思って、そういうレベルの客しか寄り付かなくなるよ」
「…いいじゃん、別にそれくらい」
「でも…」
「こっちの苦労も知らないで…悪いけど、もう帰ってくれない?」


 

この例でいえば、会社の経費で接待利用する社員が、経営がうまくいっていない個人経営の店などを狙って、定期的に接待などで利用する代わりに、白紙の領収書をもらい、自分でないように筆跡に気を付けて金額を記入、申請をして会社に経費申請をし、自分の小遣い代わりにする、ということが考えられます。白紙の領収書を渡した店側も、個人の店は数多くあるため税務調査が入りにくいので、さして罪悪感もなく、白紙の領収書を発行し、協力してしまうのです。

店の経営者も計算が働いて、「(白紙の領収書の依頼を)断ったばかりに、二度と自分の店を使ってくれなくなるより、常連になってもらったほうが安定収入になる」という誘惑にかられ、そのような人達からの不正のリクエストに答えてしまうのです。こうしてお店と客との「ズブズブの関係」が出来上がります。

「たった1枚の領収書」がすべての始まり

ここまで読んで「別にいいじゃない、たかだか1万円前後くらいでしょう」という人がいたら、その人は人に騙されやすいタイプと言えるでしょう。1回や2回でこのようなことが終わるはずがないからです。見立てがやや甘いです。

1年に1度、たった1枚だけ領収書を偽装して申請する、などという人はいません。そのような性格の人であれば、1年に1度さえやらないのです。偽装を始めたら最後、途中でやめるとつじつまが合わなくことも出てくるので不正をやり続けるか、一切やらないのかどちらかしかありません。もし1枚そうした偽装の領収書が見つかったら、少なくとも数十枚は同じようなものがあると思ったほうが良いでしょう。
不正をするほうも、最初は数千円程度だったのものが、見つからないと止める人がいないので、ギャンブルや薬物などと同じでエスカレートしていきます。最後には1年で数十万円、数百万円の、さまざまなパターンをうまく織り交ぜた偽装の領収書を経費として申請するのが常態化してしまうのです。

そうなると、領収書1枚から始まった不正でも、組織が大きければ大きいほど、そのような人が複数人以上出てきたら莫大な金額になっていきます。数百万円の粗利を稼ぐのに、皆さんの会社ではいくら売上が必要でしょうか。そう考えてみれば、これは会社にとっても、「たいしたことではない」ということにはならないのは、想像すればわかることです。

知っておくべき、不正への対策方法

このような不正への対策はいくつかあります。たとえば、接待をする店選びに関しては、交際費レベルの金額になる接待に関しては、白紙や水増し金額など不正の領収書を発行するようなことをしない清廉性のある店を会社側があらかじめいくつか指定をして、そこ以外では接待をさせない。そうすればその店でかかる平均単価もだいたいわかりますので、領収書の金額を後から上書きしたような領収書を申請されてもチェック時にわかります。

また、経費精算のチェックのルーチンとして、高額な領収書(自分たちで「〇万円以上」、と決めてもいいと思います)が出てきたら、その都度、本当にその店が実在するかインターネット等で調べ、その店のホームページに目安の料金などが載っていない時は、店に電話をし、実在しているか、どのような業態のお店なのか確認をするということも良いでしょう。

ある職場で実際に、そのように電話で確認していったところ、社員の経費精算の中に、接待にふさわしくない業態の店の領収書が見つかりました。「大手企業との打ち合わせ」と称した事前の交際費申請をしていたので、上司が驚き、「本当にこのような不適切な店に取引先をお連れしたのか」と申請者の社員を問い詰めたそうです。結果的にその社員は、交際費申請自体が嘘で、取引先へ接待などしておらず、私的な領収書を経費精算に紛れ込ませて申請したということを告白しました。

例外的な不正のパターン


領収書の不正について、もう少し掘り下げてみると、組織ぐるみではなく単独で不正を行う傾向が高い、そして領収書の発行元である外部協力者と癒着して不正を行う場合もあるという点が挙げられます。
それは、この領収書の不正に関しての目的が、「個人的な金銭の搾取」という動機であることが多いからです。

一般的には、「遊ぶお金など自分の自由になるお金が欲しい」「身内が投資で失敗してしまい、その穴埋めをしないといけない」「ギャンブルで貯金を使い果たしてしまった」「特定の誰かの気を引くために貢ぎ続けるためのお金の捻出」といった「自分や身内の都合」に関する理由で金銭の搾取をするケースが多くを占めます。そのため不正の実行も単独で行う傾向が高いということです。

ただし例外として、ここに「組織の上下関係」という要素が入ってくると、単独犯ではなく、組織ぐるみになるケースも出てきます。たとえば、上司が部下に、「自分の接待の回数が多すぎると疑われるから、お前の名前で白紙の領収書に金額を書いて経費精算してくれ。その代わり、何割かやるから」というような「強要」が発生する場合です。

不正というのは、このように「巻き込まれ事故」ということが時として発生するものでもあるということを、不正のチェックを行う経理社員側は理解しておく必要があります。

不正を見抜ける人と、そうでない人の違い

不正が見つけられる人、不正を予防できる人とはどのような人でしょうか。
私自身は、年をとればとるほど、そして経験を積めば積むほど、自分を疑いながら仕事をするようになりました。年齢を経れば確かに経験値は高くなりますが、経験からくる「思い込み」も同時に強くなります。すると、新種の不正の手口に気付きにくいということがあります。また純粋に加齢からくるチェックミス、見落としなどもあるかもしれません。「自分が騙されるはずがない」「自分が不正を見落とすはずがない」という思い込みほど、騙される確率、見落とす確率が上がるものはありません。

「騙し」というのは、騙されている人が、自分が騙されていることに気づかないので、「騙し」の行為そのものが成立しています。皮肉ですが、「自分は今まで生きてきて一度も騙されたことがない」と自信満々で言う方ほど、本人が気づかないだけで、たくさん騙されてきた、いわば「騙しやすい人」ということも言えるわけです。

「騙す方も悪いが騙される方も悪い」という理屈は、あってはなりません。ただし、ある程度の「自衛」をすることで、不正が起きる、巻き込まれる確率は格段に減りますので、このような記事も参考にしていただきながら、どのような自衛ができるか考え、実行していただければと思います。

次回は同じく古典的な不正の例として領収書の偽装と並び代表格であるキックバックについて取り上げたいと思います。

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