新しい経理の仕事の骨格 ②右肩上がりの会社の経理はルーチン業務以外に何をしているのか【前田康二郎さん寄稿】

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RPAやクラウド、AIなどさまざまなテクノロジーが台頭する昨今、これからの経理の仕事はどうなっていくか。一部では経理の仕事が「なくなる」「奪われる」などといわれるが、実際には経理が本来の仕事をできるようになる、とフリーランスの経理として活躍されている前田康二郎さんは言います。本連載では、前田さんと共に「経理の仕事の骨格」を見つめ直していきたいと思います。

ルーチン業務に割ける時間はどのぐらいか?

「これまで経理業務の大半を占めていたルーチン業務がクラウド会計などで省力化されていく」。このような話を聞けば、経理社員の立場だとしたら、これからどうすればよいのだろう、と思う人もいることでしょう。

仮に、1日のうち、ルーチン業務の経理処理で8割くらいの時間を割いていた人が、会計ソフトやワークフローの簡素化で、2割くらいの時間しかかからずに済むことになった場合、空けた時間を有意義に使ってください、と言われても、どう過ごしたらいいか想像もつかないかもしれませんし、仕事がなくなってしまうのではないか、と心配する人もいるかもしれません。

しかし、今の段階で、すでにこのようにルーチン作業が1日のうち、2割くらいの時間しか割けない、かけられない、という会社の経理は実在します。それは、「右肩上がりの会社」、つまり「成長している会社」です。

私自身の経験からもそれは言うことができます。会社員からフリーランスとなり、改めて会社員時代を振り返ってみると、今のように会計ソフトが便利になる随分前から、私個人のケースではルーチン業務というのは、全体の業務時間からすると、2割くらいの時間しか割くことができなかったように思います。勤めていたそれぞれの会社が常に「右肩上がり」だったからです。

経理はルーチン業務以外に何をしているのか

右肩上がりの会社の経理には何が起きているのでしょうか。

たとえば新規事業が随時始まるので、その経理的な立て付けや、現場社員への経理処理方法の指導などをルーチン業務の合間に行わなければなりません。過去に前例のない事業などは、税理士や会計士の先生方に税務処理や会計処理をどうしたらよいかを一緒に考えていただく手配もします。

また、新しい子会社を作ろう、となることも多いので、その設立準備の諸手続きやワークフローの作成、それに基づいた現場担当者への指導やフォローを総務人事担当などと共に行うこともあります。

そのような新規事業などの手配をしていて油断していると、既存の事業もさらに成長し肥大化しているので、ルーチン業務のボリューム自体もまた増えているのです。

「もぐらたたき」のゲームのように、成長している会社は経理の仕事を端から片付けても次から次へと予想もしないところから溢れ出してくるので、ルーチン業務でさえも、常に「どう圧縮して、空き時間を作ろうか」と頭の中で考えていないと、時間が確保できないのです。

人員拡大に伴う対応に追われる

人員採用に関しても現場が優先でバックヤードの補充は後回しになることも多いので、成長している会社に限っては、経理部署は慢性的に人手不足になります。仕事の合間に経理社員の採用面談をし、運よく採用が決まっても、それで一段落して楽になるかといったらそうではありません。その人が無事入社し、業務に慣れるまではしばらくの期間その人のフォローをするという業務が生まれます。

新卒採用だけなら、年に1度、一定期間だけ指導の時間を計画的に確保すれば良いのですが、中途採用の場合は、いつ入社してくれるのかもその時にならないとわかりません。そして入社後は即戦力でその日から稼働してもらわないといけませんので、初日からでもその人が働けるように、迎え入れる側も既存のマニュアルとは別に、その人に合わせたマニュアルを作ります。いくらクラウドが便利でも、クラウドの使い方、管理の仕方がわからなければ、チェックが穴だらけです。

マニュアルの内容の一例を挙げると、機械の操作方法の他に、会社の経理部の変遷、既存の担当者について、既に退職はしているけれど、業務範囲に関わっていた前任者がどのような管理をしていたか、税理士事務所や会計事務所の担当者や連絡先等々、といったことなどもあったほうが良いでしょう。

入社した人が、都度「すみません、この○○さんっていうのは誰でしょうか」「税理士法人の連絡先のメールアドレスってご存じでしょうか」など、気を遣わなくても良いですし、迎え入れる側も、都度質問に手を止めて対応しなければならない時間を節約するためです。

右肩上がりの会社では、その上がる傾斜が急であればあるほど、これらの仕事が、ギュッとタイトに日中に押し込まれてきます。自分のルーチン業務をのんびりマイペースで行う時間などありません。いかに自分自身で内省し、社員同士で協力しあって時間を確保していくかという努力をしていかなければいけないのです。

IPOや合弁会社設立に対応する

これが、IPO(株式上場)や合弁会社を設立して相手方の経理と打ち合わせに行かなければいけない、という状況が重なればさらに時間が制約されてきます。想像できるでしょうか。

このような状況の会社に居た経験がある人は、実質のルーチン業務は午前中の1、2時間で集中して終える、あるいは日中は前日までに連絡のあったイレギュラーの対応をして、夕方からやっとルーチン作業に取り掛かれる、という働き方だったのではないでしょうか。

右肩上がりの会社とそうでない会社というのは、同じ経理でもこれだけの差があるのです。経理の仕事というのは、成長している会社においては、経理処理以外に業務が山のようにあります。もしこのような会社に転職をした場合、時間内にそつなくこなすことができるでしょうか。

このような理由から、右肩上がりの会社にいる経理の人たちは便利な会計ソフトが出る度に喜び、むしろ「何でもできると宣伝していたのに、この機能がついていないじゃないですか」と開発した業者にクレームを言うくらいの勢いなはずです。なぜなら、自助努力でせっかく日中の2割くらいの時間に業務処理を終えるようにしていたのに、そのソフトを入れたことによって機能の不備により逆に余計な手間が増えてしまうと、またルーチン業務や内部統制上のワークフローの確認項目など、全体の仕事が膨らんできてしまうからです。

経理の仕事を見れば、会社の勢いがわかる

経理の仕事を見れば、会社の勢いがわかる
このことからもわかるように、理論上から言えば、やはり経理というのは、勢いのある会社ではこれからも仕事としての需要はたくさんあり、反対に成長が止まった会社では、最小限の人数だけでまわさざるを得ないようになっていく、という職種になっていくのかもしれません。

その会社の経理の様子を見れば、その会社が成長し続ける可能性があるのか、あるいはすでにもうないのか、わかってしまうことも実は多いのです。会社の成長と経理社員の業務内容は、それくらい直結しています。

だから経理の仕事がどうなるか、ということを憂うより、「どの会社が経理社員を欲しているほど成長しているか」「どの会社の経営陣は経理の重要性を理解しているか」「その観点からすると、うちの会社はどうなのだろうか」という視座も、これからの経理社員には必要だろうと思います。

今までは、経理のことを理解、評価していない経営陣のもとで経理をいくら頑張っていても、仕事を評価してくれないなどということがあったかもしれませんが、今は潮目が変わってきています。

というのも、最近は、転職していった同僚などが、「今うちの会社が急成長していて経理が足りないって言ってるから、一度会社見学に来ない?」といって、友人知人など、知り合いの人材を紹介してもらうという「リファラル採用」が急増しています。会社にとっても、信用できる社員からの紹介であれば安心だというメリットもあるからです。その時に、転職先で、「誰かいい人知らない?」と聞かれた人が、「前職の経理の〇〇さん、社長が事務を軽視していたから報われなかったけど、1人で腐らずに一生懸命仕事をしていたなあ」と印象に残っていたら、やはり声がかかるのです。紹介する側も、自分の立場や責任もあるので「いい加減な仕事をしていたな」という人などを紹介したりはしません。私も経験がありますが、人の仕事ぶりというのは、誰かが見ていて、自分でも予想もしていないところで報われるというのは本当のことだと思います。

いい仕事をしたい、いい環境で働きたい、と思うのであれば、まず小さなことでも自分から損得を考えずに行動を起こしたほうが早いです。

右肩上がりの会社の経理のように働く

まずは右肩上がりの会社にいる経理社員の働き方を参考に、ルーチン業務以外に自分に何ができるのかを考え、小さなことからでも空いた時間で実践してみてください。必ずそれは自分の考え方に変化をもたらすはずです。そしてそれはその人の所作や表情にも表れてきます。面接などで初めて会っても、それはすぐに伝わってきます。

どのような環境に置かれていたとしても、腐らずに、真摯に、謙虚に、仕事をすることというのはとても大切なことだと思います。良い環境に既存の会社が転じた時、また良い職場に新たに巡り合えたときなど、職場環境の急激な変化にも即座に対応できるような心やスキルの準備がどれだけできているか。変化の激しいこれからの時代はそれらがとても重要になり、そのスキルが身を助ける時代になると思います。

次回も、新たな時代における経理の仕事について考えていきたいと思います。(毎月更新予定)
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