ビジネスの発展を阻む成功体験という劇薬

ビジネスにおける様々な価値観が180度変わったにもかかわらず、自らを変えられない経営者が多いのは、「成功体験」という劇薬が記憶を支配しているからにほかなりません。「成功体験」を脱却してビジネスを未来へと向かわせるには、今何が必要なのか、提言してみました。
(執筆者:税理士 海江田 博士)

有名観光地に見る「売り手市場」…かつての日本でも

イタリアのヴェニスが観光客の入込制限を検討し始めている、という記事が先日新聞に掲載されていました。あまりの観光客の多さに、もともと地元に住んでいる人たちが悲鳴をあげているというのです。日常生活にも支障をきたしているために、行政に制限を要請している、と書いてありました。
同じような現象が京都でも起きていました。「京都・祇園の桜ライトアップ中止」という記事がやはり新聞で紹介されていたのです。観光客の急増で地元が対処できなくなってきた、といった内容でした。
旅行は一つの贅沢だと思うのですが、それを楽しむことができる層が日本でも世界的にも増えているということなのでしょう。ところが、その人たちが有名観光地に集中し過ぎて対応できなくなってきた、というお話です。有名観光地は今や大変な売り手市場なのでしょう。
さて、「売り手市場」といえば、かつて日本中が「売り手市場」だった時代がありました。多くの経営者からそんな話を聞きました。といっても、ほぼ70代以上の年配経営者のお話です。
例えば、車が急激に増えて、日本中にどんどん普及していった頃、車関係の仕事は完全な売り手市場でした。徹夜で運転して仕入れてきたオンボロ中古車を、翌日には高値で売りさばいて儲かったという話や、修理の受注が多くてさばききれなかったといった話はよく聞きました。

photo by Pedro Szekely

「売り手市場」から「買い手市場」の時代に

そんな中で、一つ印象に残っているお話があります。車の修理依頼が多くて毎日さばききれないくらい忙しかった頃(昭和の頃です。)、仕事を終えようとしていた夕方、急な修繕依頼が飛び込んできたりすると「ちっ、しょうがないなあ・・」と舌打ちしながら引き受けていた、というのです。これは「あの頃はそんな態度で仕事していたなあ・・」と、懐かしそうにある車関係の社長さんが自分でおっしゃっていたことです。
また、あるブライダル関係の社長さんは、最も仕事が多かった頃は、さばききれない申し込みをいかに上手に断るか、いかにうまく平日の挙式に変更させるかが腕の見せ所だった、とおっしゃっていました。式次第などもすべてこちらの言う通り、完璧に売り手市場の中でのビジネスだったのです。
これは私のお客さんに限らず、日本中がそんな「売り手市場」だったのです。人々は様々なモノやサービスを求めて、それを提供してくれる相手、すなわち商工業者にいわばひれ伏していたわけです。
さてそれから、時代はすっかり様変わりしました。モノは全国津々浦々、隅々までいきわたり、物質的な渇望という状況はなくなりました。また、日本の場合特に、サービスはかなり質の高いレベルでなければ支持されないようになってきたのです。つまり、買う方が主導権を握る時代、「買い手市場」の時代へと変化してしまったのです。

脳内を支配する「成功体験」という記憶

さて、ここで人間の持つ本質論的なお話になるのですが、この「売り手市場」だったころの「記憶」という奴がどう影響を及ぼすのか、ということなのです。当時「金銭的に儲かった」というのはもちろんのこと、「対人的に優位でいられた」ということが、人間の潜在意識の中から簡単には消え去らないのではないだろうか、と思うのです。
というのは、これだけ世の中が変化し、先述したように「売り手市場」から「買い手市場」へと180度転換したにもかかわらず、自らを変えられない経営者があまりにも多いからです。単におカネを儲けたい、売上を上げたい、利益を出したい、ということだけだったら、商売における価値観が変わったことは明らかなのですからやり方をチェンジすればいいわけです。
にもかかわらず、「変えられない」というのは、そう言うロジックでは説明できない何かがあるような気がするのです。つまり金銭的な面ばかりでなく、「対人的に優位に立っていられた」ことの記憶が、一種の麻薬のように脳内を支配しているのではないか、という分析なのです。
ここが、「企業の革新を最も阻害しているのは『成功体験』という麻薬のような記憶である。」と、私が思う所以なのです。もちろんこれは、表立ってそんな風に露骨に思っているという人はいる訳もなく、大抵の経営者は「いや、そんなことはない。俺だっていろいろ考えたし努力はしたんだ。」というでしょう。しかしこれは、おそらく深い潜在意識の中のことなので、本人は気が付いていないのかも知れません。

photo by Herry Lawford

本当に変われるのか?シビアな「リトマス試験紙」

私は、経営者が本当に変わろうとしたのか検証する、リトマス試験紙のような質問があると思っています。それは

「再び『売り手市場』の時代がきたら、また昔のように上から目線で顧客に接しますか?それとも接しませんか?」

というものです。大抵の人は「いやあ、もうそんなことはしないよ。丁寧に接するよ。」と言うかも知れません。
しかし、その本当のところは、更にこう検証してみれば解明できるのではないでしょうか。
あなたは「今思い出してみれば『売り手市場』だったあの頃でも、顧客に対してあんな接し方をするんじゃなかった。もし、過去に戻れるものならば、態度を変えてもっとちゃんとした接客をするのだが・・・」とまで思いますか、どうですか?ということです。そこの本質的な反省がなければ、おそらく同じことの繰り返しになるのではないでしょうか。
そしてこれは、私の辛口の批評になるのですが、そんな風に思う(丁寧に接するだろうと)当時『売り手市場』でいい思いを経験した経営者はおそらくほとんどいないだろう、ということです。「『成功体験』が麻薬のように頭から消えない」という現在の事実が、そのことをよく物語っています。

ときに滑稽にも思える「成功体験」という麻薬

おそらく人は、本質的に「威張りたい、威張ってみたい」という動物なのでしょう。だから例え一時でも、他者に対して優位に立ったという記憶はなかなか消え去らないものなのではないでしょうか。
私が思い出すのは、バブル全盛の頃、東京では「カフェバー」と名乗る飲食店や、「DCブランドショップ」というファッション系の専門店が大流行りだったことがあります。この頃、そういったショップで働く従業員たちは鼻持ちならないくらい客に対して上から目線でした。まるで、下手(したて)に出たら人生の敗北にでもなるのかい?と思えるくらい、徹底して生意気に見えたものです。
そして現在どうかというと、さすがにそんな人を見下したような態度をとる従業員たちはいなくなりました。今はどんな人気ショップに行ったとしても、比較的端正に接客するようになっています。考えてみれば、滑稽とも思えるあんな接客態度は、バブル当時の狂ったような時代背景のなせる業(わざ)だったのでしょう。
このように、時として信じがたいほどのパワーを持った「成功体験」という麻薬が世の中を席巻することがあります。バブルというのはまさにそういう時代でした。そんなときに、そのちょっとおかしくなった世の中の雰囲気に流されないように自分を保つのは、結構難しいことなのかも知れません。
とはいえ、ここで「その『成功体験』という麻薬がいかんのだから薬を抜くように努力をしてみなさい」とか「カウンセリングでも受けて潜在意識から消し去るように治療しなさい」とか言っても無駄な話です。
過去の事実に向かってそのような努力をしてもエネルギーの無駄遣いに過ぎないでしょう。それよりも未来へ向かって何をして行くかです。

経営者に必要な資質は任せる度量とそれを俯瞰できる余裕

もし、自分がなかなか新しい考え方、方法、技術、テクノロジー、システムといったことを受け入れられない、と自覚したならば、そういった現状に対して抵抗を持たない世代にバトンタッチするべきです。「俺はよくわからないけれど、とにかく任せよう。」といった度量が必要だと思います。
そうやって後ろに回り、少し離れたところから俯瞰していれば、最初さっぱりわからなかった現代のテクノロジーもやがておぼろげながら見えてきます。そうすると「ああ、そういうことだったのか。なかなか便利なものなんだ。」と、理解できていくのです。
現実に、PCの導入やHPの制作に強力に反対していた先代が、実際持ってみてそれが動き始めたら何も言わなくなった、という姿は何回も見ています。新しい技術やシステムが提供してくれる世界観に対して、自分が想像できる着地点がかなり手前でしかなく、遠くまで見渡せなくなったな、と思ったらそういった世界を「当たり前」と、こなしている世代に後は任せるべきです。
インターネットを含むデジタル化されたビジネス社会はまさにその典型でしょう。まずは取り入れて触り続けなければ、その良さ、便利さはいつまでたってもわかりません。にもかかわらず、自分の中でどうしても心理的な抵抗が払拭できないというのであれば、第一線から退くべきです。
「売り手市場」だったのは遠い過去の世界であり、極めて特殊な状況だったのです。特に日本の場合、その特殊な状況が長く続いた世界でも稀有な国だったのではないでしょうか。

これからの企業経営に求められるもの

本来、「売り手市場」のときであろうが「買い手市場」のときであろうが、顧客にどう接するかは変わらないものであるはずです。一方、その時々の時代の要請に対してはビジネスを柔軟に変化させていく必要があります。そのことを先人たちは「不易流行」という言葉で表していたのではないでしょうか。
ビジネスに関する筋を一本通しつつ、時代の変化にも自在に対応していく、こんな企業経営を目指して貰いたいと思います。



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執筆:海江田 博士 (かいえだ ひろし)

海江田経営会計事務所 会社を経営をする上で、様々な悩みや問題が出てくるのは当然のこと。その悩みについて経営の視点から税務、会計の域を超え、独自のノウハウや情報を活かして経営に関する様々なアドバイスを行う老舗事務所。その経験を活かし、ブログやコラムの連載執筆、5年間にわたる地元FM局のラジオ出演など情報発信を続けている。 独自の税務会計とマーケティングの融合を目指して事務所一丸となって中小企業支援に取り組んでいる。

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