IPOの減少とM&Aの過去最高増―変化する上場基準とM&Aの位置づけ

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「うちも、いずれは上場を」—そう考えて資本政策を描いてきた企業の経営企画・財務担当者にとって、いま見過ごせない変化が起きています。IPO(新規株式公開)を目指す企業が減り、M&Aを選ぶ企業が過去最高を更新しているのです。

「このままIPOを目指すべきか、それともM&Aという出口もあるのか」—そう迷う場面に直面したことのある担当者の方も、少なくないかもしれません。

今回は、この構造変化の背景と、経理財務パーソンに与える影響を整理します。

※本記事は、IPO・M&Aを取り巻く環境変化に関するビジネス上の気づきを提供するものです。個別の資本政策・会計処理の判断については、専門家にご相談ください。

【執筆者】
株式会社マネーフォワード
ERPドメインリサーチャー
合江 篤

2019年に株式会社マネーフォワードに入社。Fintech研究所にて金融制度、年金制度、海外金融サービス動向を中心とする調査研究をはじめ、弊社Fintech研究所Blogにおける海外Fintech企業の動向の発信や、金融財政事情などの金融専門誌への寄稿などを行う。

2022年から電子帳簿保存法・インボイス制度対応など法制度関連のマーケティング施策に従事。2024年12月からERPマーケティング本部にて企業のバックオフィス業務効率化・DXを推進する取り組みや、企業の経理・財務領域を中心としたバックオフィスパーソンへの情報発信を行っている。

IPOが減り、M&Aが過去最高を更新している

2026年9月末時点の東京証券取引所の上場会社数(TOKYO PRO Market除く)は3,700社となりました。新規上場社数でみると、2025年は前年比で約26%減少(80社→59社)しています。グロース市場に限定すると、前年比で約37%減少(63社→40社)となりました。(※1)

※TOKYO PRO Marketからの上場は含まれていません。

一方で、M&Aについては対照的な動きが見られます。経済産業省・中小企業庁が運営する「M&A支援機関登録制度サイト」に記載の集計によれば、登録支援機関を通じた中小M&A(資本金1億円以下の法人または個人事業主が対象)の件数は、2022年度4,036件(譲渡側)から2024年度4,940件(譲渡側)へと増加傾向が続いています(※2)。なお、大企業同士の大型M&Aや海外案件も含めた民間統計データによると、2025年の日本企業全体のM&A件数は5,115件(前年比8.8%増)、金額は35.7兆円(同74.7%増)と、件数・金額ともに過去最高だったと報告されています。

IPO減少の背景にある「開示対応・ガバナンスコストの増大」

IPO減少の大きな要因として、東京証券取引所が2025年4月に発表し、同年9月に制度要綱として正式に公表した、グロース市場の上場維持基準の見直しが挙げられます。「上場後10年経過後に時価総額40億円以上」という基準から、「上場後5年経過後に時価総額100億円以上」へと引き上げられました(適用は2030年3月以降)(※3)。この基準に届かない可能性がある企業は、グロース市場全体の約7割に及ぶとも報じられており、市場に大きな衝撃を与えました。

興味深いのはこの見直しの目的として、東証自身が「機関投資家の投資対象となり得る規模への早期の成長を促すとともに、自社単独で成長を目指すだけではなく、他社との提携やM&Aなど、インオーガニックな成⻑戦略も含めて再構築・検討すべき」と説明している点です(※3)。つまり、上場基準の厳格化とM&Aの活性化は、偶然の並走ではないといえるのかもしれません。

この結果、時価総額が比較的少額な企業の上場が敬遠される一方、上場廃止企業数も増加しています。上場廃止の理由としては、他社による買収や、経営陣が参加する買収(MBO)が目立ちます。背景には、株主還元や取締役の選解任等を求めるアクティビスト投資家の提案活動が近年活発化しており、こうした外圧を避けるために非公開化を選ぶ企業が増えているという指摘が、複数の市場関係者からなされています。

つまり、上場を維持すること自体のコストである『開示対応』『ガバナンス体制の整備』『投資家対応』が、企業にとって以前より重く受け止められている結果とみることもできそうです。

M&Aが「当たり前の選択肢」になった、政府方針の転換

M&A増加の背景には、政府自身の方針転換もあります。経済産業省は2026年5月、「スタートアップM&Aガイダンス」を公表しました。この中で「スタートアップの資本政策上の成長手段としては、これまでIPOが中心的に選択されてきたが、M&Aが十分に活用されていない」という課題認識が示され、IPOとM&Aの両方をエグジット(出口戦略)として見据えて経営する「デュアルトラック経営」の重要性が打ち出されています(※4)。

これは、「M&Aは経営がうまくいかなかった企業の最終手段」という従来のイメージから、「成長段階に応じて主体的に選ぶ経営戦略の一つ」へと、M&Aの位置づけそのものが変わりつつあることを意味します。内閣官房のスタートアップ政策推進分科会でも、この方向性を後押しする議論が続けられています(※5)。

さらに、2026年8月に金融庁が公表した令和9年度税制改正要望では、銀行の投資専門子会社が事業再生・事業承継を目的として中小企業へ出資した場合に、出資先企業が「みなし大企業」に該当し中小企業向け税制措置の対象から外れてしまう現行制度の見直しが要望として挙がっています。こうした動きからも、M&Aを選びやすくする環境整備が、税制の面からも進みつつあることがうかがえます(※6)。

M&A増加が経理財務部門にもたらす実務変化

M&Aが「当たり前の選択肢」になるということは、自社が買い手側になる場面が増えることも意味します。その場合、経理財務部門には次のような実務が新たに発生します。

財務デューデリジェンス(財務DD)への関与

買収候補企業の会計処理・財務状況の精査に、経理財務部門の知見が求められる

PMI(Post Merger Integration)における会計方針の統合

買収後、自社と対象企業の会計基準・勘定科目体系・決算スケジュールをすり合わせる作業が発生する

連結決算プロセスの見直し

グループ会社が増えることで、連結決算の範囲・手続きの複雑化に対応する必要が生じる

これらは、M&Aが「他社の出来事」ではなく、自社の経理財務部門にとっての新しい実務領域になりうることを示しています。

まとめ

IPOの減少とM&Aの増加は、単なる資本市場のトレンドではありません。その根幹には、上場基準の厳格化と、M&Aの促進という政府方針の転換があります。

企業において、IPOを目指す場合はもちろん、他社からのM&Aを受ける場合であっても、決算や開示対応、ガバナンス体制の整備が求められます。これはM&Aにおける「財務デューデリジェンス」の重要性からみても明らかといえるでしょう。つまり、経理財務部門が日頃から正確な決算・開示対応とガバナンス体制の整備を進めておくこと自体が、経営の選択肢の広さを支える土台になります。企業がどちらの道を選んでも揺るがない実務品質を保っておくことが、経理財務パーソンに求められている視座なのかもしれません。

【出典・参考文献】
※1 出典:株式会社日本取引所グループ「最近のIPOの状況」『株式会社日本取引所グループ公式サイト』、https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/04_archives-01.html(最終閲覧日:2026年10月1日)
※2 出典:中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」『M&A支援機関登録制度サイト』、https://ma-shienkikan.go.jp/statistics-report?reportType=description(最終閲覧日:2026年10月1日)
※3 出典:株式会社日本取引所グループ『グロース市場における今後の対応』(東京証券取引所 上場部、2025年)P18、https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/um3qrc0000022fm1.pdf(最終閲覧日:2026年10月1日)
※4 出典:経済産業省『スタートアップM&Aガイダンス』(経済産業省、2026年)P3、https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/houkokusyo/startup_ma_guidance.pdf(最終閲覧日:2026年10月1日)
※5 出典:内閣官房『第4回スタートアップ政策推進分科会 経済産業省資料「東証グロース市場の在り方、M&Aガイダンス」』(経済産業省 イノベーション・環境局、2026年)、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/startup/dai4/shiryou2.pdf(最終閲覧日:2026年10月1日)
※6 出典:金融庁『令和9年度税制改正要望「銀行等の投資専門子会社による中小企業への出資に関する特例措置」』(金融庁総合政策課、2026年)、https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2027/request/fsa/09y_fsa_k_14.pdf(最終閲覧日:2026年10月1日)

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