誠実さなき経理部長に、部下はついてこない―経理マネージャーのあるべき姿

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経理部のマネージャーというポジションが、さらに重要なものになってきているのではないか──。

これは、私たち編集部員が経理のみなさんとお話しする中で、最近強く感じるようになってきたことです。業務に求められるものもビジネス環境も、複雑さは増すばかり。そしてそれを「なんとかする」のは、たいていマネージャー層。もちろんそれがマネージャーの仕事、ではあるのですが、その問題解決の難易度は常に上がり続けている。

ならば、編集部としてはあらためて「経理マネージャー」について考えてみたい。そう考えた時、やはりマネジメント界のレジェンドである、P.F.ドラッカー氏にたどり着きます。本連載は、そのドラッカー研究の第一人者である井坂康志教授にご寄稿いただき、ドラッカー流の「経理マネージャーのあるべき姿」を探っていきます。

第1回は、マネージャーに欠かせない、「土台」の部分について。

<シリーズ記事>
誠実さなき経理部長に、部下はついてこない―経理マネージャーのあるべき姿|ドラッカーに学ぶマネジメント 井坂康志教授連載 第1回(本記事)

井坂 康志さん
1972年埼玉県加須市生まれ。ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長。2005年、「ドラッカーの日本の分身」といわれた上田惇生氏とともにドラッカー学会を発足。現在は同会の共同代表理事を務める。著書に『ピーター・ドラッカー ──「マネジメントの父」の実像』(岩波新書、2025年日本リスクマネジメント学会優秀著作賞受賞)など多数。ドラッカー学会( https://drucker-ws.org/ )。

経理の職能が要求するもの

経理部門のフロアには独特の静寂があります。

響くのは、ひたすらにキーボードを叩く音。会話は少なく、昼休みでさえどこか森閑としています。……というのはひと昔まえのイメージかもしれませんが、しかし今も、営業の人などは、立替精算で経理部を訪れるたび、なんとなく苦手意識を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

ドラッカーの経営哲学というレンズを通すと、この静かな部署はまったく異なる様相を帯びて見えてきます。 

経理とは、会社のあらゆる生命の営み──血液循環、栄養の摂取から不要物の排泄に至る活動の痕跡を、狂いなく数字として映し出し、経営システムの現在地をあられもなく示す最終防衛ラインにほかなりません。 ここに、ドラッカーが事業において最も重視した人間的な要因、「インテグリティ(真摯さ)」が関わってきます。 

インテグリティとは、本来「首尾一貫した状態」を意味しています。日常的な表現に置き換えれば、「裏表がなく、一本筋が通っていること」、あるいは「ぶれないこと」と言い換えることができるでしょう。経理は、事実形式の最たるものである「数字」を扱う部門です。そこでは高度なテクニカルスキルが要求されるのは言うまでもないのですが、何よりもドラッカーがマネジメントの絶対条件として掲げた「真摯さ」がいやおうなしに求められる最前線基地であることはあまり知られていません。 

 

マネージャーの「たったひとつの資質」

だからこそ、経理マネージャーの責任は重いと言えます。

最新の税制改正への対応、連結決算、高度なERPシステムの運用、他部門との折衝など、経理部が求められる業務は多岐にわたります。静かだからといって、決して心穏やかな業務ではありません。ただし、これらはすべて「後から学ぶことができる」技術であり、知識です。

一方で、ドラッカーは、マネージャーには後から学ぶことのできない「たった一つの資質」が必要だと説きました。それこそが真摯さです。

事実に対して自らの存在を懸けて責任を負う覚悟、人を手段ではなく目的として扱う倫理観、そして「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」に忠誠を誓うこと。これらは、マネージャーに任命される前に、自らの内に確立しておかなければならないものなのです。

マネージャーを任命する立場で言えば、真摯さなき者を経理マネージャーの座に就けることは、他部門以上に、組織にとって最も避けなければならないことのひとつだとも言えます。それは「力不足」という評価では済まされません。企業全体のガバナンス機能を麻痺させ、組織の存立基盤を根底から腐敗させる猛毒ともなりえます。

 

「誰が正しいか」と「何が正しいか」の違いを考える

決算発表を目前に控えた役員会議の密室を想像してみてください。

今期の着地見込みが市場の期待値を下回ることが判明した瞬間、経営トップや花形事業の営業部長からの無言の圧力が経理部長に向けられることがあります。「もう少し数字の見え方を工夫できないか」「この費用の計上タイミングを、なんとか調整できないか」──。

言葉の表面は穏やかであっても、この空気に経理マネージャーがどう反応するかを、実務を担う部下たちは息を殺して注視しています。ここで周囲の顔色を窺い、専門家としての節を曲げて妥協を許した瞬間、その経理部長はマネージャーとしての信頼を喪失します。

 この記事の読者にはそんな人はいないでしょう。またステレオタイプ的な場面かもしれません。しかしどんな場面でも、部下は上司の行動を、意識的にせよ無意識的にせよ、よく感じとり、そして模倣します。

ドラッカーは、真摯さを欠くマネージャーの兆候として、「何が正しいか」ではなく「誰が正しいか」に関心を持つことを挙げています。

経理の現場には、他部門から乱雑な経費処理や「ごり押し」とでも言うべきものが日常的に持ち込まれます。真摯さを備えた経理マネージャーであれば、相手がどれほど声の大きな役員であろうと、それが会計事実やコンプライアンスに照らして誤っていれば、断固として「ノー」を突きつけます。いや、「ノー」と言うことこそが職務とさえ言ってよいのです。

経理とは誇り高きプロフェッショナルですが、その誇りは、揺るぎなき事実への誠実さの上にのみ成り立っています。相手の社内での立場や権力に迎合し、部下に無理な処理を押し付けるようなトップは、先人たちが心血を注いで構築した財務基盤を自らの保身のために汚す存在であり、組織を内部から崩壊させます。

少し、話を大きくしすぎたかもしれません。また、「正しさ」や、ましてやインテグリティという耳慣れない言葉は、とても曖昧で、とらえどころがなく感じられるかもしれません。とすれば、まずは「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」を問うところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

「弱みコレクター」になってはいけない 

さらに、経理部門特有の環境が、真摯さを欠くマネージャーの病理を加速させる側面があります。

経理実務は「ミスなく正確に」処理を完遂することが絶対の評価軸となります。この強烈な減点主義の環境で育った実務のプロが、マネジメントの訓練を受けずに昇進するとどうなるか。

無意識のうちに、部下の「弱み」や「欠点」を探し出し、ダメ出しをすることが自分の仕事だという心得違いを犯してしまうのです。これは致命的です。

1円の立替経費のズレや勘定科目の些細な誤りに対して執念深く原因究明を命じる一方で、その部下が持つ「他部門からのヒアリング能力」や「新しいITツールへの適応力」といった本来の強みに一向に目を向けません。私の知る限り、強みを見てくれない上司の下で働く部下ほど不幸な人はいません。結果としてメンタルダウンが続出することになります。 

ドラッカーは、人の弱みを見つけ出そうとするアプローチを「破壊的」と断じています。弱みをどれほど指摘し矯正しても、そこから新たな価値や成果は生まれないからです。真摯さを備えたマネージャーがなすべきは、部下の弱みを矯正することではありません。部下一人ひとりが持つかけがえのない「強み」を見出し、それを組織の成果に直接結びつけるための職務を設計することです。 

「人」を尊重し、その固有の力を伸ばすことで組織を強靭にしていく態度。それこそが、インテグリティの真の体現と言えます。部下の強みを生かすことへの責任感。それもまた経理部門という最終防衛ラインを守る者に求められる要件なのです。

 

<シリーズ記事>
誠実さなき経理部長に、部下はついてこない―経理マネージャーのあるべき姿|ドラッカーに学ぶマネジメント 井坂康志教授連載 第1回(本記事)

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