「うちは下請法の対象じゃないから関係ない」
そう思っている企業の多くが、2026年に入ってから自社の取引慣行を見直さざるを得ない状況に直面しています。2026年1月1日に施行された「中小受託取引適正化法」(通称:取適法)は、単なる名称変更ではありません。
施行からおよそ半年が経過した今、公正取引委員会による調査・監視の網は確実に広がっています。「対応した」つもりでいても、見落としているポイントがないか。この機会に改めて自社の取引実態を確認する必要性は非常に高いといえます。
本記事では、取適法(改正下請法)の成立背景から、施行後に見落としがちな「従業員数を基準として適用対象となるケース」「過去の商慣習で見直しが必要なケース」「経理財務部門の業務遂行にあたり再認識しておきたいポイント」などを整理します。
※本記事は取適法に関するビジネス上の気づきや確認ポイントを紹介するものです。具体的な法的判断や個別取引への対応については、専門家にご相談ください。
株式会社マネーフォワード
ERPドメインリサーチャー
合江 篤
2019年に株式会社マネーフォワードに入社。Fintech研究所にて金融制度、年金制度、海外金融サービス動向を中心とする調査研究をはじめ、弊社Fintech研究所Blogにおける海外Fintech企業の動向の発信や、金融財政事情などの金融専門誌への寄稿などを行う。
2022年から電子帳簿保存法・インボイス制度対応など法制度関連のマーケティング施策に従事。2024年12月からERPマーケティング本部にて企業のバックオフィス業務効率化・DXを推進する取り組みや、企業の経理・財務領域を中心としたバックオフィスパーソンへの情報発信を行っている。
目次
取適法とは何か――旧下請法から見直された要点のおさらい
取適法の前身である下請法は、1956年に制定されました。発注側(親事業者)と受注側(下請事業者)の力関係の格差を是正し、支払遅延や代金減額などの不当行為を規制することを目的としています。
しかし制定から約70年が経過する中で、法律が想定していた「資本金ベースの線引き」が現実の取引実態に合わなくなってきました。資本金が小さくても多数の従業員を抱える企業、フリーランスとして活躍する個人、運送会社に課される荷待ちや無償の荷役作業――これらは下請法の保護が届きにくい、いわば「制度の穴」でした。
今回の改正の背景には、近年の急激な人件費や原材料費・エネルギー費の高騰があります。中小企業が適切な価格転嫁を行えるよう取引環境全体を見直す必要が生じたことが、改正の大きな動機です。その結果、法律の名称は「下請法」から「取適法」へと改められ、「親事業者」「下請事業者」という上下関係を想起させる言葉も「委託事業者」「中小受託事業者」へと置き換えられました。
この名称変更は形式ではなく、取引当事者における姿勢の転換を示しています。「上が下に発注する」構造から、「対等な当事者間の委託取引」へ。その前提の変化が、実務に直結する新たなルールの変化を生んでいます。
それでは、取適法の施行後、企業が特に見落としがちな「盲点」をみていきましょう。
盲点①「うちは対象外」が通じなくなる――見落としがちな従業員数基準
――ある朝、製造業の○✕株式会社の経理課長Aさんは部下のBさんからこんな質問を受けました。
部下Bさん:「うちは資本金3億円だから、発注側の規制対象じゃないですよね?」
後輩の問いに、経理課長Aさんは資料をめくる手を止めました。
取適法のガイドブックには「常時使用する従業員数300人超」の文字。
○✕株式会社の従業員は、昨年の増員で320人になっています。
経理課長Aさん:「Bさん、取適法では資本金の要件だけみていては不十分だよ。」
部下Bさん:「そうでした、うっかりしていました・・・。」
課長のAさん、部下のBさんは「対応済み」と記載した自社の取引先リストを改めて確認することになりました。
施行から半年が経過しても、自社が取適法の適用対象かどうかを正確に把握していない企業が少なくないようです。
従来の下請法は、主に取引当事者の資本金規模によって適用対象を判断していました。ところが今回の改正で、資本金基準に加えて従業員数基準が新たに設けられました。製造委託・修理委託・特定運送委託では、常時使用する従業員数が300人を超える委託事業者が規制の対象となります。一部の情報成果物・役務提供委託では100人が基準となる点にも注意が必要です。
これにより、資本金が小さくても従業員が多い企業が新たに規制対象に含まれるケースが出てきており、「資本金基準で確認したから大丈夫」という理解だけでは不十分な可能性があります。
また、対象取引の範囲も広がりました。従来の製造委託・役務提供委託に加え、運送委託(発荷主から運送事業者への物品運送の委託)が新たに対象取引に追加されています。(※1)運送会社との取引がある業種では、この変化を意識しておく必要があります。
経理財務部門として意識しておきたい視点は、次の2点です。
- 自社が発注側(委託事業者)になる取引:従業員数基準を含め、取適法の対象に入っていないか
- 自社が受注側(中小受託事業者)になる取引:発注者側から指定を受けている支払条件や価格について、一方的な決定となっていないか
盲点②見直しを迫られる「昔からの商慣習」
手形払いをめぐる変化
長年、日本の商取引で広く使われてきた約束手形による支払いが、取適法の対象取引では使えなくなりました。従来は支払日から手形サイトまでを含めると現金受領まで120日かかるケースもありましたが、受領日から60日以内での支払いが求められるようになっています。
注意しておきたいのは、手形だけでなく電子記録債権(でんさい)やファクタリングについても、支払期日までに代金満額に相当する現金を受け取ることが難しい形での利用は認められない点です。「手形から電子記録債権に切り替えれば問題ない」と単純には言い切れない場面もあるため、支払条件の設計について取引先と早めに話し合いの機会を持つことがのぞましいでしょう。
価格協議をめぐる変化
――○✕社の経理部に、監査対応で過去のメールを確認する機会が訪れました。
経理課長Aさん:「営業課長のCさん、この一年で取引先との価格交渉や協議がきちんとされているか確認してください」
営業課長Cさんは外注先からの「単価見直しのご相談」というメールなどの整理をはじめました。
目に留まったのは3通、いずれも半年以上前。返信はどれも「社内で検討します」の一文以降、返信をしていません。
営業課長Cさん:「Dさん、外注先企業からの価格協議に関する3通の問い合わせ、きちんと回答して発注しているよね?」
メールを見返した営業担当のDさんは息をのみました。
営業担当Dさん:「返答、協議をしないまま単価を決定し発注してしまっているようです。」
放置していたのは価格の話だけではない。自社の『取引に対する意識』そのものでした。
今回の改正では価格協議について細かく整理されています。発注者が価格に関する協議に応じない場合や、取引内容の変更に関する説明を発注者が受注者に実施しない場合、また発注者が一方的に取引価格を決定することなどが挙げられます。(※2)
たとえば、発注者の視点からこんな場面は思い当たらないでしょうか。
- 原材料費や人件費が上昇する中で、毎年「前年と同じ単価で」と価格を更新しないまま発注し続けている
- 受注者から「単価の見直しを相談したい」という申し出があっても、担当者が「検討します」と言いながら実質的に放置している
- 発注書の作成・発行をする際、価格の根拠となる情報を受注者に明確に通知せず、一方的に単価決定している
発注部門だけでなく、取引条件を管理する経理財務部門においても、価格に関するやりとりの記録がどのように残されているかを確認しておくことが、ビジネス上の備えとして重要となります。
監視体制の広がり
取適法では、公正取引委員会・中小企業庁に加えて、事業所管省庁の主務大臣にも指導・助言の権限が付与されました。複数の省庁が連携して監視にあたる「面的執行」体制が整備されています。
また、受託事業者が当局に通報したことを理由とする不利益な扱い(いわゆる報復措置)も禁止されており、受注側が声を上げやすい環境が整いつつあります。これは、発注側にとっては「取引先が声を上げにくい」という前提が変わりつつあることを意味します。
盲点③旧下請法に基づいた公取委からの勧告
――製造業を営む○✕会社の経理担当のBさんは、期末の棚卸で首をかしげました。
経理担当のBさん:「この金型、資産台帳にあるのに、社内のどこにもない?」
Bさんが調べると、10年前に生産終了した製品の金型を、外注先の倉庫に預けたままでした。保管料の支払記録は、どこにもありません。Bさんは営業担当のCさんに確認します。
営業担当のCさん:「10年前からずっと取引があり、先方も了解しているから」と言っています。その『暗黙の了解』こそが、公取委から勧告された一例となっている取引慣行でした。
取適法が施行されてからも公正取引委員会は旧下請法に基づき、複数の企業に対して勧告を公表しています。(※3)
一例を挙げると、製造を外注する際に金型や印版・原材料などを受注側に無償で保管させ続けていたというケースです。「昔からそうしてきた」「先方も了解している」として長年続いてきた商慣習が、「不当な経済上の利益の提供要請」として問われています。是正措置として数千万円から一億円近い費用の支払いが命じられたケースもあります。
この事例からわかることは「取適法に対応したから終わり」ではなく、施行前の慣行についても引き続き問われる状況になっているということです。「過去の商慣習がそのまま通用する」という前提を持ち続けることのリスクは、改めて意識しておく価値があります。
また公正取引委員会は同時期に、取適法の施行状況を把握するための大規模調査(12万名超の事業者を対象)を実施しています。(※4)調査・監視の対象は幅広く広がっており、業種や規模を問わず「他人事」とはいえない状況といえます。
経理財務部門として意識しておきたいこと
法的な対応の詳細は専門家への相談が前提ですが、経理財務部門としてビジネス上の観点から意識しておきたい点を整理してみましょう。
取引対象の見直し
主要な仕入先・外注先について、資本金だけでなく従業員数の観点から取適法の対象か否かを改めて確認しておくと、認識のズレを防ぐことができます。
支払条件の現状把握
現在の取引で手形払いや長期サイトの支払い方法が残っているケースがあれば、どのような対応が現実的かを取引先と話し合うきっかけにもなります。資金繰りへの影響も合わせて把握しておくと、経営判断に役立てやすくなります。
取引に関する記録の状態確認
価格の決定・変更に至る経緯や、取引先とのやりとりがどのように記録されているかを確認しておくことは、万一の際に自社の対応の適切さを示すためにも意味があります。「記録がない」状態は、どちらの立場にとっても状況を不利にする可能性があります。
おわりに
取適法の施行は、コンプライアンス対応という側面にとどまらないテーマです。サプライチェーン全体でコストを適正に転嫁し合う仕組みを整えるという意図は、自社が受注側に立つ取引においては「正当な価格交渉の後ろ盾が整った」ことも意味します。
施行から半年が経過した今、「制度への対応」から「取引関係の見直し」へと視点を切り替えるタイミングとも言えます。経理財務部門が取引実態を把握し、支払条件や価格決定のプロセスを整理していくことは、リスクを減らすだけでなく、取引先との関係を長期的に健全に保つための土台づくりにもつながります。
【出典・参考文献】
※1 出典:公正取引委員会『2026年1月から『下請法』は『取適法』へ!』(公正取引委員会、2025年)1頁、https://www.jftc.go.jp/file/toriteki_leaflet.pdf(最終閲覧日:2026年7月10日)
※2 出典:公正取引委員会・中小企業庁『知っておきたい取適法の改正ポイント』(公正取引委員会・中小企業庁、2026年)32,41,50~52頁、https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/seminar/jftc.pdf(最終閲覧日:2026年7月10日)
※3 出典:公正取引委員会「取適法(下請法)勧告一覧」『公正取引委員会 公式サイト』、https://www.jftc.go.jp/toriteki/toritekikankoku/index.html(最終閲覧日:2026年7月10日)
※4 出典:公正取引委員会「(令和8年6月10日)令和7年度における取適法の運用状況及び中小事業者等の取引適正化に向けた取組」『公正取引委員会 公式サイト』、https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2026/jun/260610.html(最終閲覧日:2026年7月10日)
※本記事は2026年7月時点の情報に基づいています。最新情報は公正取引委員会のウェブサイト(https://www.jftc.go.jp/)をご参照ください。
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
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