
政府が推進する働き方改革の一環で「時間外労働の上限規制」が設けられたことにより、ここ数年の残業時間は、徐々に減ってきました。最近では、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の拡大もあり、この動きがさらに加速しています。
コロナによる影響は、残業時間の減少だけでなく在宅ワークの浸透や、生産性向上に向けた業務改革など、日本人の働き方を大きく変える可能性があります。そこで今回は、働き方改革による残業の現状と、コロナの影響で本当に残業時間が減少したのかについて、月別、就業形態別、業界別に検証していきます。
目次
「働き方改革」と残業時間の減少
長年にわたり長時間労働の是正が課題とされていましたが、平成28年6月29日に成立した「働き方改革関連法案」によって、パートタイム労働者だけでなく一般労働者の残業時間も減少し始めました。
「働き方改革」の目的と「時間外労働の上限規制」
働き方改革では、「一億総活躍社会の実現に向けて」を合言葉に、個々人の事情に応じた多様な働き方を選択できる社会の実現を目的としています。
働き方改革の具体策のひとつが、長時間労働を是正するための平成31年4月施行「時間外労働の上限規制」です。時間外労働の上限を原則、月45 時間・年360 時間と定め、臨時的な特別な事情がない限りこれを超えることができなくなりました。なお同規制は、大企業では平成31年4月から、中小企業は令和2年4月から適用されています。
令和元年までの残業時間の推移
「時間外労働の上限規制」の効果もあり、ここ数年の残業時間は減少傾向にあります。厚生労働省による「毎月勤労統計調査(令和元年分結果確報)」 では、従業員5人以上の事業所の残業時間は10.6時間(対前年-1.9%)となりました。
所定外労働時間数の推移(従業員規模5人以上、平成27年度を100とした指数)
一般労働者 | パートタイム労働者 | 合計 | |
平成27年度 | 100.0 | 100.0 | 100.0 |
平成28年度 | 98.8 | 97.1 | 98.5 |
平成29年度 | 100.7 | 92.3 | 99.6 |
平成30年度 | 99.5 | 90.2 | 98.1 |
令和元年度 | 98.3 | 88.0 | 96.2 |
パートタイム労働者の残業時間は平成27年度から毎年減少しており、高止まりしていた一般労働者の残業時間も平成30年度より減少に転じました。
コロナによる残業時間の現状
コロナ感染の拡大による営業自粛で、企業の休業や営業時間短縮などが相次ぎ、それに伴い、労働者の残業時間も大幅に減少しています。
令和2年6月の残業時間
厚生労働省による「毎月勤労統計調査(令和2年6月分結果速報)」 では、従業員5人以上の事業所の残業時間は8.0時間で、前年と比較して-23.9%と大幅に減少しました。また、残業時間の減少に比例して、所定外給与も前年比-24.6%と減少しています。
令和2年6月の所定外労働時間数(従業員規模5人以上)
一般労働者 | パートタイム労働者 | 合計 | |
所定外労働時間数 | 10.7時間 | 1.8時間 | 8.0時間 |
前年比 | -24.1% | -25.0% | -23.9% |
令和2年6月単月では、一般労働者とパートタイム労働者の残業時間の減少幅はほぼ同じで、どちらも大幅に減少しています。
直近の残業時間推移
コロナ感染が取りざたされるようになった令和2年1月以降の残業時間の推移(前年比)をみると、2月から3月にかけて残業時間が徐々に減少し、緊急事態宣言が出された4月から大幅に減少。5月には前年比30%以上の大幅な落ち込みとなりました。
出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査(令和2年6月分結果速報)」P5
就業形態別の残業時間
一般労働者とパートタイム労働者の残業時間減少幅を比較すると、令和2年1月から4月はパートタイム労働者のほうが減少幅は大きいですが、5月・6月は同程度です。
コロナ感染が拡大した初期段階では、雇用の調整弁として、主にパートタイム労働者の残業時間を減らしてきましたが、営業自粛による休業や営業時間短縮が本格化してからは、一般労働者にも影響が広がった様子がうかがえます。
所定外労働時間の前年比(従業員規模5人以上)
一般労働者 | パートタイム労働者 | 合計 | |
令和2年1月 | -1.5% | -7.4% | -1.9% |
2月 | -2.8% | -4.2% | -3.8% |
3月 | -6.8% | -11.6% | -6.5% |
4月 | -18.7% | -33.3% | -18.9% |
5月 | -31.5% | -30.8% | -30.7% |
6月 | -24.1% | -25.0% | -23.9% |
(参考:毎月勤労統計調査 令和元年分結果確報 時系列表第2表 労働時間指数)
業界別の残業時間の状況
前述の通り、コロナ感染の拡大による残業時間の減少は明らかですが、業界ごとに状況は大きく異なります。
残業時間が大きく減った業界
残業時間が前年比で大幅に減った業界は下記の通りです。
業界別の所定外労働時間の前年比(従業員規模5人以上)
5月 | 6月 | |
生活関連サービス等 | -58.6% | -47.1% |
飲食サービス業等 | -54.2% | -40.7% |
製造業 | -35.5% | -38.2% |
※生活関連サービス等:理・美容、銭湯、エステ、旅行、映画館、スポーツ施設など
※飲食サービス業等 :飲食サービス業のほかに宿泊業を含む
(参考:毎月勤労統計調査 令和2年5月分結果確報 第2表 月間実労働時間及び出勤日数
毎月勤労統計調査 令和2年6月分結果速報 第2表 月間実労働時間及び出勤日数)
減少幅の大きな「生活関連サービス等」「飲食サービス業等」は、緊急事態宣言下で営業自粛を要請された業界が多く含まれており、その影響を大きく受けたといえます。
また、日本の製造業を代表する自動車業界でも令和2年5月の国内生産台数が61%減少(6月は36%減少)など、製造業についても生産減により残業時間が大幅に減少しました。
残業時間があまり減らなかった業界
残業時間が前年比であまり減らなかった、または増えた業界は下記の通りです。
6月の業界別の総労働時間数・所定外労働時間の前年比(従業員規模5人以上)
所定外労働時間 | 総労働時間 | |
電気・ガス業 | +5.9% | +7.1% |
金融業・保険業 | -1.6% | +3.3% |
情報・通信業 | -6.8% | +2.1% |
(参考:毎月勤労統計調査 令和2年6月分結果速報 第2表 月間実労働時間及び出勤日数)
電気・ガス業では所定外労働時間が増加し、また、金融・保険業や情報・通信業では所定外労働時間は多少減少しているものの、総労働時間が増加しています。
コロナ感染の拡大による影響は業界ごとに大きく異なり、テレワークや通信教育にかかわる情報・通信業やオンライン販売関係など、売上のアップとともに残業時間の増えている会社もあります。
残業時間は減少する一方で課題も
「長時間労働を是正するための残業の圧縮」は働き方改革の目指すところでしたが、コロナ感染の拡大による、急激な残業時間の減少には、さまざまな課題があります。
残業代減少による収入の減少
所定外労働時間の減少とほぼ比例して所定外給与が減少するため、残業が減った分、収入も減少します。働き方改革では、労働生産性の向上により労働時間を減らしながら収入の維持・向上を目指していますが、現状では、所得の減少という負の影響が心配されます。
在宅ワークによる残業時間把握の難しさ
残業時間減少の一因として、在宅ワークの増加が挙げられます。在宅ワークの労務上の課題は、労働環境の整備や安全・衛生の確保のほか、残業時間の把握が挙げられます。
従業員を直接管理できない状況で、本当に残業しているのか把握するのは難しく、また、逆に長時間の残業に気づかず、従業員が健康を損なうおそれもあります。
コロナ感染の再拡大による影響
労働時間や残業時間の減少により働き方が変わり、労働生産性向上のきっかけになると期待する声がある一方、現状では所得の減少や労務管理上の問題など、マイナス面も目立ちます。これらの課題は、コロナ感染が再拡大することにより、長期化することが懸念されるでしょう。
まとめ
コロナ感染の拡大によって、残業時間は大幅に減少しました。特に、緊急事態宣言の営業自粛要請による休業や営業時間短縮が本格化した令和2年4月以降、減少幅は大きくなっています。
残業時間の減少幅は、当初は一般労働者よりもパートタイム労働者のほうが大きくなりましたが、5月以降はほとんど変わらない状況です。また業界別でも大きく異なっています。
本来、残業時間の減少は歓迎すべきものですが、今回の急激な残業時間の減少は収入の減少や労務管理上の問題など、さまざまな課題を内包しているのです。
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