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旭化成の経理DXは、なぜ現場に根付いたのか 「伴走型」の業務改革とAI活用への展望

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人手不足が続くなか、経理の現場には業務標準化やDX、AI活用といった改革が次々と求められています。しかし「システムを入れても定着しない」「どこから手をつければよいか分からない」と悩む企業も少なくありません。

当社にて実施したセミナー『旭化成の経理業務プロセス変革〜DX推進の裏側とAI活用への展望〜』では、旭化成株式会社で制度会計業務改革を率いる松井勇樹氏が、大規模組織で改革を進めてきた試行錯誤の裏側を語りました。聞き手は当社経理本部の渡邉裕大氏です。本記事では、その要点を振り返ります。

【登壇者情報】
松井 勇樹 氏
旭化成株式会社 経理・財務部 経理室 単独経営管理グループ
2011年に総合電機メーカーに入社し、経理システムの企画、工場の制度会計、管理会計(総費用管理、経営計画策定)等を担当。2022年10月に旭化成株式会社入社。制度会計業務改革チームのリーダーとして、決算業務プラットフォームを活用した業務構築・グループ会社展開等、グループ全体の業務効率化・標準化を担当。

渡邉 裕大 氏
株式会社マネーフォワード 経理本部 経理本部副本部長 兼 プロセスオーナー部部長
2014年に三菱電機株式会社に入社し、工場の総費用管理、経営計画策定等を担当。経理業務効率化プロジェクトメンバーとしてシステム導入に従事した後、2022年5月にマネーフォワード入社。各種会計業務、及び『マネーフォワード クラウド』を活用したグループ全体のプロセス標準化を担当。

「職人技・属人化」への危機感が改革の起点に

旭化成は2023年4月、国内グループ会社統一のERP(基幹システム)を導入しました。それに向けて、会計伝票起票のBPO拡大、経費精算・請求書処理システムの導入、制度決算業務改革を段階的に進めてきました。改革の観点は次の3つです。

  1. 汎用システムの活用(最新技術の獲得)
  2. 業務の標準化、集中化(効率化・品質維持向上)
  3. IT・AIを活用した効率化(ノンコア業務削減)

狙いは、業務にシステムを合わせるのではなく、システムに業務を合わせる「Fit to Standard」です。

旭化成の経理改革の歩み
旭化成の経理改革の歩み

── 大企業ほど大きな決断はしにくいものです。なぜ早期に全社DXへ舵を切れたのでしょうか。

松井氏:一番大きかったのは、職人技や暗黙知、属人化に対する強い危機感です。少子高齢化で労働人口は減り、制度変更も次々に入ってくる。このままでは品質維持も教育も限界が来る、今までのやり方をキープし続けることはできないよね、という認識がありました。

危機感を実行に移す鍵は、経営層の納得感でした。松井氏は経理業務のあるべき姿を描いたうえで、仕組みを変えずに品質を上げる場合(As-Is)と、仕組みを変えて品質を上げる場合(To-Be)のコストを比較して示しました。

松井氏:仕組みを変えずに品質を上げようとすると、教育も作業も増えて、コストが膨らむだけなんです。仕組みを変えればシステム導入コストはかかりますが、業務を集中化・効率化することで、採用や教育、作業にかかるコストを最小限にできる。品質は上がるけど費用は減らせる、としっかり示せたのが大きかったと思います。

As-Is/To-Beのコスト比較イメージ
As-Is/To-Beのコスト比較イメージ

着手の優先順位は「定型化・標準化できそうな業務」かつ「ボリュームや頻度の面で工数の多い業務」です。伝票起票(請求書処理を含む)、経費精算、勘定残高チェックなどが該当し、システムやAIとの親和性が高く効果を実感しやすいため、その後の改革の弾みにもなったといいます。

制度決算はクラウドシステムでタスクを一元管理し、残高チェックを自動化

制度決算業務改革のきっかけは、コロナ禍でリモート決算への対応が急務になったことでした。内部統制資料や業務分担表、決算スケジュールをもとに決算タスクを洗い出し、クラウドシステム上で期日・承認フロー・運用ルールとあわせて一元管理しています。

松井氏:タスクの粒度が粗すぎれば進捗が見えにくいし、細かすぎれば実務者が対応しづらい。資料を依頼する、回収する、作成する、伝票を起票する、提出する、といった単位で区切って、ちょうどいい塩梅を探りました。

それまで目視で行っていた勘定残高のチェックも、ルールと閾値を設定してクラウドシステム上で自動化しました。長期滞留や貸借逆残といった異常値も月次で確認できるようになり、決算期に偏っていた負荷が分散したといいます。

制度決算業務改革で実現できたこと
制度決算業務改革で実現できたこと

現場の猛反発を経て「伴走型」へ

── 新しいツールの導入には現場の抵抗がつきものです。どう協力体制を築いたのでしょうか。

松井氏:親会社で導入したツールをグループ会社に横展開する際に、1社目については展開方法の確立も兼ねてコンサル主導で進めました。しかし、「このツールを入れるからこうやってください」という、ツール導入ありきの進め方となり、現場から「我々の現状業務や理解度に寄り添ってくれない」と反発を受けました。

そこで、2社目以降はコンサルに確立いただいた展開方法をよりブラッシュアップし、社内コンサルとして伴走する形に切り替えました。「ツールを使って」から「業務のストレスに寄り添い、解消に導く」へのシフトです。実務担当や決算担当リーダー、監査対応など立場ごとに現状の課題とシステムで実現できることを整理し、一つひとつ説明して納得を得ていきました。

立場ごとの課題と、システムで実現できることの整理の例
立場ごとの課題と、システムで実現できることの整理の例

グループ会社への展開は専任2名で担い、各社に窓口を置いてもらいながら導入作業や導入後のヒアリングを進めました。「少人数で推進するには、各社・各地区のキーマンを巻き込んで密に連携することが非常に重要でした」と松井氏は振り返ります。

DXで整えたデータが、AI活用の土台になる

松井氏は「経理業務におけるAI活用は、まだ検討を進めている初期段階」と前置きしたうえで、現在の取り組みを紹介しました。請求書支払プロセスでのAI-OCR活用に加え、問い合わせ履歴や規程をもとに一次回答する社内生成AIを、部署単位でスモールに構築しているといいます。

松井氏:DXで仕組みを整えたことに加えて、データが取れるようになったのが大きいんです。決算タスクごとにかかった時間を入れる仕組みをつくったので、どこに時間がかかっているかが分かる。そのデータをAIで分析して、どこから優先的にAI化するかを判断できるようになってきています。

一方で、大企業ならではの難しさとして、松井氏は次の3点を挙げました。

  1. 全体像を把握したうえでの見極めの難しさ(業務ボリュームが大きく、関与者が多い)
  2. 生成AI有料版導入への躊躇(バックオフィス部門の予算制約)
  3. 安全性・信頼性へのハードル(機密情報を扱うため、AIを使える業務・使えない業務が分かれる)

今後はまず、問い合わせ対応の拡張と、仕訳データから決算分析コメントの一次案をつくる取り組みを進める考えです。

業務改革でつまずきやすい「3つの壁」と突破法

後半では渡邉氏が、旭化成の事例から得られた知見を3つの壁と突破法として整理しました。

  1. 感情・現場の壁:ツールありきではなく、現場の痛みを解消すると訴求する(チェンジマインド)
  2. 運用・プロセスの壁:導入して終わりにせず、現場の声を聞いて改善し続ける(継続的な歩み寄り)
  3. 評価・成果の壁:残業時間の削減ではなく、現状維持でかかり続ける採用・教育コストとの比較を示す(将来、回収できるコスト・削減できるコストを提示)

これに対し、松井氏はこう補足しました。

松井氏:現場の気づきや課題感を自分で取りに行くだけだと、忘れたり他の業務に追われたりしてしまう。振り返るタイミングを決めて仕組み化するのが大事だと思います。評価についても、効果の仮説をしっかり持って、経営層や関係者に粘り強く説明していくことですね。

経理は「データの記録者」から「事業・経営を動かすパートナー」へ

最後のテーマは、業務改革が進んだ先の経理の姿です。

松井氏:定型業務や手作業はシステムやBPO、AIに任せて、空いた時間で事業部門や経営層に数字の背景にある分析や示唆を提供していく。常に「もっと良くできないか」と現状を疑う姿勢や、新しい技術を取り入れてみる好奇心が求められると思います。会計の専門知識を前提に、データを読み解く分析力や、事業部門の課題を言語化して解決に導く力が、これからの経理人財にはより一層必要になるはずです。

システムに業務を合わせる決断と、現場に寄り添う地道な対話。その積み重ねで整えた仕組みとデータが、AI時代の経理を支える土台になることを示すセッションでした。

※本記事は、2026年9月14日に開催されたセミナー「旭化成の経理業務プロセス変革〜DX推進の裏側とAI活用への展望〜」をもとに構成しています。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

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