経理マネージャーは、なぜいつも忙しいのでしょうか。
日々の伝票承認や仕訳のチェック、他部門からの突発的な相談、さらには経営陣への報告資料の作成──。はっと気づけばたいていは夜。「今日も本来の仕事が何一つ手につかなかった」と疲労感ばかりが残る。
第1回では、経理マネージャーの根底を支える「インテグリティ(真摯さ)」について考えました。第2回となる今回は、マネージャーが成果をあげる資源である「時間」のマネジメントに焦点を当てます。ドラッカー研究の第一人者である井坂康志教授が、経理マネージャーが陥りがちな「多忙の罠」を解き明かし、時間を再設計するための視点を提示します。
<シリーズ記事>
誠実さなき経理部長に、部下はついてこない―経理マネージャーのあるべき姿|ドラッカーに学ぶマネジメント 井坂康志教授連載 第1回
「時間をまとめる」ということ―経理マネージャーの時間管理|ドラッカーに学ぶマネジメント 井坂康志教授連載 第2回(本記事)
1972年埼玉県加須市生まれ。ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長。2005年、「ドラッカーの日本の分身」といわれた上田惇生氏とともにドラッカー学会を発足。現在は同会の共同代表理事を務める。著書に『ピーター・ドラッカー ──「マネジメントの父」の実像』(岩波新書、2025年日本リスクマネジメント学会優秀著作賞受賞)など多数。ドラッカー学会( https://drucker-ws.org/ )。
忙しいのに、何をしたか説明できない一日
「朝から晩までとにかく働いている。なのに、今日一日で自分は何を成し遂げたのかと問われると、急に頭がぼんやりしてくる」
これは、経理マネージャーに少なからず覚えのあるところではないでしょうか。
朝一番に出社。メールを開けば、営業部門からの変わらぬ無理な支払いや例外処理の相談。部下が持参する伝票の承認印を押し、システムエラーに対処し、気づけば予定外の打ち合わせだけでも3件あった。夕方になってようやく甘い缶コーヒーを口にした頃には、疲労困憊して集中力などかけらも残っていません。結局、腰を据えて考えるべきだった来期の財務戦略や決算早期化のプロセス見直しは翌日へと先送りするしかない。
ドラッカーは、マネジメントにおける最大の資源をいくつか見定めましたが、その最たるものが何だったか。
答えは「時間」です。
資金や人材とは異なり、時間だけは借りることも、買い足すことも、増やすこともできません。
しかもドラッカーが指摘するように、マネージャーになった瞬間、自分の時間はもはや自分のものではなくなります。誰もが自席にやってきて、あるいは内線を鳴らし、時間を持ち去っていくからです。そして恐ろしいことに、そうして奪われていった時間の多くは、マネージャー自身の成果に何の役にも立っていないのです。
では、なぜ経理マネージャーの時間はこれほどまでに揮発性が高いのか。その根底には、自らが担っている仕事を無自覚に混同しているという問題が存在します。
3つの労働の混同――基礎的・専門的・創造的
経理マネージャーの業務を注意深く観察すると、そこには性質のまったく異なる3種類の仕事が混在していることがわかります。すなわち、基礎的労働、専門的労働、そして創造的労働です。よくよく考えて見てください。おそらくこの通りのはずです。
第一の基礎的労働とは、日々のルーティンワークです。これを怠れば組織は回りませんが、あくまでも手続きであり、手順さえ確立されていれば誰でもできる仕事です。伝票の単純な承認や消込作業、定型的なデータの転記などがこれに当たります。
第二の専門的労働とは、経理・財務のスペシャリストとしての知識を直接活用する仕事です。複雑な税務処理の判断、新会計基準への実務対応、他部門との高度な契約条項のすり合わせなどが該当します。高度な専門性を要しますが、基本的にはすでに起きている事象に対する適用であって、これまでの実務の延長上にあります。
問題は第三の創造的労働です。これが大事です。
ドラッカーは、マネージャーが果たすべき真の貢献について、なかなか示唆に富む言葉を残しています。ここでは、「経理部長」と言い換えてみましょう。
「経理部長が報酬を得ているのは、各地に総勢400人の経理担当者を抱えているからではない。トップマネジメントが行う意思決定について考え、必要な情報を準備することによって報酬を得ている」。
自社の財務データを分析して潜在的なリスクをあぶり出し、経営陣が次の一手を打つためのインサイトへと翻訳すること。あるいは、組織が機能不全に陥る前に経理プロセスの抜本的な改革を構想すること。これらこそが、マネージャーが担うべき創造的労働です。
多忙を極めるマネージャーは、この3つの労働を同じ机の上で、同じ時間軸の中で処理しようとしてしまいます。ドラッカーは、まず自分が何に時間を使っているか記録せよ、と言っています。そうすれば、どの労働にどれだけ自分のエネルギーを注いでいるかがわかるでしょう。
もし、第一の、あるいは第二の仕事の割合が多ければ、対処が必要です。一般に、人の脳は、認知負荷の低い仕事へと逃げたがる性質を持っています。できたら忘れてしまいたい。できたら、見たくない。目の前の伝票を片付けたり、専門的な税務の質問に即答したりすることは、すぐに「片付いた」という達成感を得られるため、無意識にそちらを優先してしまうのです。結果、最も重い集中力を要するはずの「創造的労働」が、常に時間の片隅へと追いやられてしまいます。これは自然なことである、とも言えます。だからこそ、記録が必要です。
まとまった時間をつくる――10分を積み上げてもゼロ次稿は書けない
ただし、コップの水が溢れかけているのに、新しい水を入れるのは無理です。
自分の労働を振り返り、成果を生んでいない仕事をやめること。これが第一歩です。
次に、「まとまった時間をつくる」ことです。これもまた時間の持つ特異な性格を理解しなければならないとドラッカーは言うのです。昔から「急がば回れ」と言いますが、創造的労働の最大の敵は、作業の中断なのです。
ドラッカーは、重要な仕事のほとんどが、かなりまとまった時間を投じなければ成し遂げられないと述べています。
たとえば抜本的な業務改善の企画書を作成する場合。一次稿の前段階である「ゼロ次稿」をまとめるには、中断のないまとまった5時間、6時間が必要です。1日10分の細切れ時間を1カ月積み上げたところで、出来上がるのは何の役にも立たないいたずら書きに過ぎない。
10分や20分の断片的な時間が意味を持つのは、土台となる全体の構想(ゼロ次稿)が完成した後の修正作業においてのみです。経営陣への提言をまとめる作業も、業務プロセスの再設計も、あるいは部下の人事評価について熟考することも同様。一度思考が切れてしまえば、元の集中状態に戻るまでに、レポート一本書くのと同じくらいのエネルギーを浪費します。
したがって、経理マネージャーが最初に着手すべきは、自らのスケジュールの中に「邪魔の入らないまとまった時間のかたまり」を強引にまとめてしまうことです。ドラッカーは、まとまった時間を確保するために「早起きをして3時間働く」ことさえ提案しています。夜遅くまで残業して疲れた頭で考えるよりも、朝の静寂の中で誰にも中断されない時間を持つほうが、はるかに成果につながるからです。
週に半日でも構いません。カレンダーに「予定あり」と書き込み、会議室にこもり、メールもチャットの通知も遮断して、自部門の目的と未来について考える時間を物理的にブロックしなければなりません。
手放すべき仕事の見極め方――何によって報酬を得ているか
最後に、マネージャーがなすべき仕事と、手放すべき仕事を峻別する基準はどこにあるのでしょうか。
実はその見極めが要なのだと思います。
それは、自らの存在目的に立ち返ることです。ドラッカーの言葉を借りれば、「自分は何によって報酬を得ているのか」を問い直すことです。
経理マネージャーが報酬を得ているのは、自ら仕訳を打ち、表計算ソフトを操るためではありません。自らの手足を動かすことに誇りを見出すのは実務のプロの姿勢であって、マネージャーの姿勢ではありません。
基礎的労働は、業務プロセスの標準化やITツールの活用によって徹底的に自動化するか、部下に委譲すべきです。また、専門的労働であっても、定型化できる判断基準をマニュアルとして言語化し、権限とともに部下へと委ねていかなければなりません。
「部下に任せるとミスが起きるのではないか」「自分でやった方が早い」という誘惑に負け、仕事を抱え込み続けるマネージャーは、一見すると仕事熱心に見えます。しかし、本当は怠け者なのです。ドラッカーの視点から見れば職務放棄に等しい。
部下が本来の仕事を行えるように環境を整え、彼らに責任と挑戦の機会を与えることこそが、マネージャーの本来の役割だからです。
「私の仕事は、経営の意思決定を助け、自社の未来の航路を照らすことである」。
この原点に立ち返ったとき、手放すべき仕事の輪郭は自ずと明らかになります。自らの時間を記録し、無駄な仕事をシステマティックに廃棄し、捻出したまとまった時間を「創造的労働」へと大胆に投じる。
それこそが、多忙の迷宮から抜け出し、成果をあげる経理マネージャーへの唯一の道なのです。
<シリーズ記事>
誠実さなき経理部長に、部下はついてこない―経理マネージャーのあるべき姿|ドラッカーに学ぶマネジメント 井坂康志教授連載 第1回
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