「印紙代や仮払いがあるから、小口現金をなくすのは難しい」——そう感じている経理担当者は少なくないだろう。
過去当社にて開催したセミナー「経理責任者が教える、現金管理をゼロにしたリアルな進め方」では、当社 執行役員 グループCAOの松岡俊が、自社で現金管理をゼロにしてきた実体験を語った。収入印紙は現金でしか買えず、来日直後の外国籍社員はまだ銀行口座を持てない。こうした「振込に置き換えにくい」現金のニーズに、立替精算も含めてどう対応してきたのか。本記事ではその要点を振り返る。
【登壇者情報】
株式会社マネーフォワード
執行役員 グループCAO(Chief Accounting Officer) 公認会計士
松岡 俊
1998年ソニー株式会社入社。各種会計業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応プロジェクト等に携わる。英国において約5年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019年4月より当社参画。『マネーフォワード クラウド』を活用した「月次決算早期化プロジェクト」を立ち上げや、コロナ禍の「完全リモートワークでの決算」など、各種業務改善を実行。中小企業診断士、税理士、ITストラテジスト及び公認会計士試験(2020年登録)に合格。
なぜ「現金を持たない」ことにこだわるのか
松岡は、マネーフォワードの経理本部では小口現金を一切保有していないと明かす。
── 現金を持たないことに、そこまでこだわる理由は何でしょうか。
1円も小口現金は持っていなくて、
貸借対照表上にも出てきません。これは親会社だけでなく、経理業務を受託しているグループ会社も含めて徹底しています。理由はシンプルで、現金があると不正のリスクが上がるからなんですよね。価値が分かりやすいものが目の前にあると、誰でも不正を犯してしまう機会を与えてしまう。最近の銀行の貸金庫の事例を見ても、同じことを感じます。
松岡は、日本公認会計士協会の調査を引き、不正の要因として現金の窃用・横領が35.6%と最も多かったと紹介する。(※1)
不正の機会があっても、実際に手を出す人はごく一部です。ただ、その人が今どういう状況に置かれているかは誰にも分かりません。過去に信頼できた人でも、急にギャンブルにはまって借金に追われているかもしれない。現金そのものを扱わなければ、不正が起きる可能性自体を減らせる。社員を犯罪者にしないという意味でも、ここは重要視しています。
※1 出典:日本公認会計士協会「経営研究調査会研究資料第11号『上場会社等における会計不正の動向(2024年版)』の公表について」『日本公認会計士協会 公式サイト』、2024年07月16日、https://jicpa.or.jp/specialized_field/20240716icg.html(最終閲覧日:2026年9月8日)
── 現金を保有していることには、他にどのような問題がありますか。
現金を管理するための棚卸しコストも見逃せません。1人だけでの棚卸しでは万全ではないので、複数人の目で確認する必要があり、多くの人の工数を奪ってしまいます。上場企業の場合は、監査法人による実査(現物確認)を受けることもある。金庫に行って現物があるかを確かめる、というのは会計士試験に合格した後の研修でロールプレイングとして練習するくらい基本的な動作なのですが、監査対応にはかなりの時間がかかり、その分の監査費用もチャージされてしまいます。監査法人の皆さんには、より付加価値の高い業務に時間を使ってもらいたい。その意味でも、現金そのものをなくすことが重要だと考えています。
現物管理コスト・監査対応コスト
現金が必要になる場面を、まず洗い出す
── 現金をなくしていくには、どこから始めればよいのでしょうか。
まず大切なのは現状把握です。どんな改善活動でも、現状把握が第一歩になります。どのような場面で現金が必要とされているのかを一つひとつ把握し、その対策を地道に潰していく。魔法のような方法はなくて、小さな成功体験を積み重ねて全体に広げていくことが重要だと思います。
現金が必要になる典型的な場面には、出張費などの立替精算、印紙税の支払い、外国籍社員の入社対応などがあるという。どの理由で現金を持っているかは会社の事業形態によって異なるが、松岡は「事業サイドから現金での管理が必要だと迫られたが、現金ゼロで実現した3つの事例」を紹介した。
事例① 印紙税——例外対応として即時返金で乗り切る
印紙は基本的に現金で払わなければならず、これがかなり痛い制約なんです。数万円から数十万円になることもあり、一般的な経費精算のように『まず従業員に立て替えてもらって、翌月末にお返しします』とは言いにくい。個人が会社に多額の貸付をしているような状態になってしまい、なかなか許容されないんですよね。
松岡は、収入印紙を多めにストックする運用や、担当役員が都度購入する運用も試した。しかし、印紙はチケット販売店に持ち込めばほぼ額面で買い取ってもらえるため、現金と同等の不正リスクがある。役員に事務作業を担わせる運用も規模拡大とともに限界を迎えた。
今は、いったん現金で立て替えて通常の経費精算をしてもらい、それを即時に口座振込で返金する運用にしています。通常の経費精算は
経費精算システム(マネーフォワード クラウド経費)から給与計算システム(マネーフォワード クラウド給与)にデータ連携して給与にまとめて返すのが基本ですが、印紙は現金の持ち出し期間が長すぎる。そこで例外的に、社員ごとに口座を登録しておき、経費精算システムからAPI連携で銀行に直接送金依頼を立てられる仕組みにしています。現金を持ち出している期間を極限まで短くする、というのが今のやり方です。
事例② 外国籍社員の入社対応——入社前に口座開設を完了させる
日本以外から入社する社員に、入国したタイミングで生活資金を日本円で渡す必要がありました。ただ、入国後すぐには銀行口座を開設できません。住所がまだないので、口座開設に時間がかかるんですよね。振り込む先の口座がないから、現金で渡すしかない。これが2つ目に、現金を持たなければと半分観念しかけた場面です。
この課題もプロセスの見直しで解決したという。
リロケーションベンダー(=海外からの赴任者・入国者の住居手配や生活基盤の整備を支援する専門会社)と協力して、来日後・入社前のタイミングで銀行口座を開設するプロセスに変えました。労務部門にも協力してもらい、口座情報を入社日当日にシステムへ登録する。そのうえで、支払業務を管理するシステムであるマネーフォワード クラウド債務支払からその社員へ振り込む形にしたことで、現金を手渡す必要がなくなりました。
外国からの入国者対応(口座開設〜支払いまでのプロセス)
事例③ 現金仮払い——コーポレートカードで現金の受け渡しをなくす
一番典型的なのが、出張などでの現金仮払いです。出納部門が現金を手渡し、後で実費との差額を精算する、という運用をしている会社は多いと思います。基本的には自分のクレジットカードで払って立替経費精算をしてもらうのが理想ですが、信用の問題などでクレジットカードを持てない社員も一定数いる。結果として、出納部門が現金を持って手渡す運用が残ってしまうんです。
個人でクレジットカードを持てない従業員がいるならコーポレートカードを渡せばよいと思われるかもしれないが、さまざまな事情により、幅広く配布できていないケースは多いと松岡は指摘する。当社でも、以前は取締役や特定部門にだけコーポレートカードを配布していた時期があったという。
不正リスクが怖いから、という理由で絞っていたんですが、それでは現金仮払いをなくすことにはつながらない。結局、経費精算をする可能性がある社員にはほぼ全員へ幅広く配布する、という方向に踏み切りました。
コーポレートカード導入の3つの壁と、その乗り越え方
コーポレートカードは会社の銀行預金から支払われるため、個人の与信に依存しない。だが、幅広く配布するには3つの壁があったと松岡は振り返る。
コーポレートカード導入の3つの壁
── 1つ目の壁である不正リスクには、どう対応しましたか。
カード番号を盗まれて不正利用されるリスクや、社員自身が不正利用するリスクは当然あります。そこで、役員クラスと一般社員でそれぞれ利用上限額を設定したり、海外出張がない社員は利用エリアを国内に限定したり、異常な取引があれば管理者に自動でメールが飛ぶ仕組みを取り入れました。不正利用があった場合は期限内にカード会社へ連絡すれば補償される制度もあるので、そのための連絡フローも整えています。こうした管理方法を経営陣に説明したうえで導入し、4年ほど運用していますが、大きな不正被害は起きていません。
── 2つ目の事務的な手間についてはいかがでしょうか。
カードを物理的に配布し、暗証番号を安全に伝えるとなると、経理部門の負担がかなり大きくなります。当社が今使っているマネーフォワード ビジネスカードは、カードが対象者へ直接郵送され、暗証番号も本人がアプリで確認できる仕組みです。中央で管理する担当者を介さずに済むので、幅広い配布のハードルが下がりました。
── 3つ目の与信についても、課題があったのですね。
カード導入時の審査に何カ月もかかったり、与信額が少なすぎて使えなかったりする問題もありました。マネーフォワード ビジネスカードはオンラインでの申請で手続きが完了し、かなり早く与信がされます。与信額が少なくても、プリペイド方式で事前に金額をチャージしておけば利用できる。プリペイドで使えないサービスもありますが、出張や接待
交際費など多くの場面は問題なく使えます。
コーポレートカードがもたらす3つのメリット
カード導入のメリット
1つ目は、シンプルに現金の管理そのものが不要になることです。クレジットカードを持てない社員もカバーできるので、通常は現金仮払いが必要な場面でもコーポレートカードを渡せば現金のやり取りがなくなります。
2つ目は、不正を早期に発見できることです。カードを使った決済は、マネーフォワード ビジネスカードであればリアルタイムでマネーフォワード クラウド経費に連携されます。経費が早く固まるだけでなく、リアルタイムで経費精算システム上に取引が見えるため不正が早く見つかるというメリットもあります。
3つ目は費用削減です。ポイントの還元率によりますが、全社員にカードを配布して幅広く使ってもらった結果、年間数千万円規模の費用削減につながりました。現金であればポイントは一切付きませんから、これは分かりやすい効果だと思います。
現場の理解を得るには、ボトムアップとトップダウンの両方が必要
── 現場からの同意を得るには、どのように進めればよいでしょうか。
現金を受け取ることが当たり前になっている会社ほど、現場からの抵抗は大きくなります。経営者目線で『不正がなくなるから』と説明しても、現場には『自分たちを信用していないのか』としか響きません。現場目線では、現金を管理する手間や、出納部門まで現金を受け取りに行く物理的な移動の手間がなくなる、というメリットを伝えることが大切です。
もう一つは、経営者にも納得して応援してもらうことです。現場向けの説明と違って、経営者には経営レベルの不正リスクや費用削減効果を伝えるほうが響きます。現金による不正が何年も積み重なれば、対外的な発表が必要になるほどの大きな問題になりかねない、というレベルの話です。当社では、社長を巻き込んで朝会で『コーポレートカードで経費を払ってください』というメッセージを出してもらい、コーポレートカード規程も整えました。実際に『こんなカードは持ちたくない』という声が上がったこともありましたが、ルールとして明文化しておくことで、そうした抵抗にも対応できます。ボトムアップだけでは進まず、トップダウンだけだと不満が溜まる。両方から進めるのが良いと思います。
まとめ:こだわりを持ち続けることが、現金ゼロへの近道
当社でも、現金がやっぱり必要だよね、というモードになった時期は正直ありました。でも、一つひとつ工夫を重ねて乗り越えてきました。まず現状把握。次に、現金が必要だと思われる場面でも、なくせないか工夫してみること。そして、コーポレートカードの導入は現金ゼロの決定版ですが、経営者が不正リスクを懸念して消極的になるケースも多い。そこは仕組みを整えれば乗り越えられます。
松岡は、「強くブレない心がないと、現金が必要な場面はその都度襲いかかってくる」と振り返り、「諦めずに一つひとつ工夫していくことが重要だ」と締めた。
マネーフォワード クラウドを活用した現金削減
当社が提供するマネーフォワード クラウド経費とマネーフォワード ビジネスカードを連携させると、松岡が語った「現金の受け渡しをなくす仕組み」を実際につくることができる。
クラウド経費とビジネスカードを連携した場合のフロー図
従業員がビジネスカードで決済すると、利用明細はリアルタイムでクラウド経費に反映される。従来のように「まず現金や自分のクレジットカードで立て替えて、後日申請する」という手順自体が発生しなくなる。社員は領収書をスマートフォンで撮影して申請するだけで、カードの利用明細と自動で紐づき、承認・仕訳・記帳までが一つの流れでつながる。
カードを使わずに立替が発生した場合も、クラウド経費の振込API機能を使えば、承認済みの申請から銀行への振込依頼をワンクリックで作成可能だ。現金を用意したり窓口へ出向いたりする必要がなく、返金までの期間も短縮できる。
また、カードごとに利用上限額を設定できるため、幅広い社員にカードを配布しても使いすぎや不正利用のリスクを抑えられる。こうした仕組みによって、立替や仮払いのために現金を用意する場面そのものを減らしていくことができる。
より詳しい機能や導入の進め方については、下記の資料も参考にしてほしい。
マネーフォワード クラウド経費 製品紹介資料

※本記事は、2026年2月24日に開催されたセミナー「経理責任者が教える、現金管理をゼロにしたリアルな進め方」をもとに構成しています。
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