2020年10月、菅総理大臣が所信表明演説で表明した「カーボンニュートラル宣言」以降、「クリーンエネルギー」「脱炭素」の潮流は、ビジネスの世界の在り様を揺るがそうとしています。
電力仲介オークションサービス「エネオク」をリリースした株式会社エナーバンクの代表取締役・村中健一さんと、マネーフォワードのサステナビリティ担当執行役員・瀧俊雄さんに、「脱炭素社会において、企業が環境への取り組みを進めるメリット」と題して、これから加速する脱炭素社会への道程について、対談していただきました。
村中健一
慶應義塾大学および大学院卒業後、ソフトバンクに入社。IoT新規事業、経済産業省エネルギープラットフォームプロジェクトの主担当を経て、2016年4月には電力自由化による電力プロダクトの立ち上げリーダーとなる。ソフトバンクアカデミア3.5期生。
2018年7月、株式会社エナーバンクを創業。エナーバンクにおいて、2018年10月に法人向け電力オークション「エネオク」をリリース、2019年10月に環境価値取引「グリーンチケット」をリリース。
瀧俊雄
慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。株式会社野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学MBA、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。一般社団法人電子決済等代行事業者協会 代表理事、一般社団法人MyDataJapan 理事、金融情報システムセンター安全対策専門委員、経済産業省 認知症イノベーションアライアンスWG 等メンバー。
目次
「エネオク」の反響にみるエネルギー課題への関心度
――2019年に本格始動された、電力仲介オークションサービスの「エネオク」は環境省の施設をはじめ自治体との連携が進んでいます。まずは「エネオク」のサービスについて教えていただけますか?
村中健一さん(以下、村中):現在、新電力と呼ばれる新規参入会社と旧来の大手電力会社を含めた小売電気事業者は約720社あります。「エネオク」は全国の事業者がリバースオークション形式で競争して入札し、消費者はそれを見て電力契約できるという、オークション型の仲介サービスです。参加する事業者はエネオクに登録しておけば、値差を見ながら入札をかけられます。消費者は、価格以外にも「再生可能エネルギー〇〇%」や「CO2ゼロ」など、クリーンエネルギーの条件からも電力会社を選べるので、自分のポリシーに合った最適な電力契約ができるということがメリットかと思います。
再生可能エネルギーを取り入れるとコストが上がってしまうのが一般的でしたが、エネオクの方式であれば、再生可能エネルギーを取り入れながら、現状より電気代を安くするということも可能です。環境省や自治体からも「コストカットをしつつ、さらに環境問題への取り組みの説明がしやすい」と注目いただいています。
瀧俊雄さん(以下、瀧):エネオクのサービス開始は2019年でしたよね。電力会社を選ぶ基準は、安定性と価格が選択肢の軸だった時代に、グリーンな価値観を複合的に入れて一つの提案の形にしたのは素晴らしいと思います。
エネルギーテック企業のエナーバンクさんからみて、社会全体の環境に対する意識や取り組みは、どのように変化していると思いますか?
村中:2020年10月の「カーボンニュートラル宣言」(※)で潮目が変わりましたね。しかし、グリーンな潮流がこんなに早く、しかも急に来るとは思いもしませんでした。
もともと企業の環境への配慮というテーマは2020年以前からありましたが、今までは「メイン事業部門以外でちょっとした取り組みをして広報・CSRに載せておく」といった対策がほとんどでした。それがいまや世界的に、企業は環境問題への取り組みを市場へのアピールやステークホルダーに対してのコミュニケーションに利用し、結果的により良い顧客を得る、といったトレンドが来ている。それどころか、サプライチェーンを含めて再生可能エネルギーを調達していかないと、より環境への取り組みが進んでいる海外企業と競合できなくなり、グローバルで商品が販売できなくなるというプレッシャーがかかってきています。
(※)2020年10月、菅総理大臣の所信表明演説で「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち『カーボンニュートラル』脱炭素社会の実現を目指す」ことが宣言されました。
「排出を全体としてゼロ」とは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量を差し引いてゼロを達成することを意味しています。
企業が脱炭素化に取り組むことのメリットとは?
――世の中全体が脱炭素へ向けて大きな転換を迎えるなかで、中小企業が環境問題に取り組むメリットとしてはどのようなことがあるでしょうか。また、逆に取り組まなかったらどうなってしまうとお考えでしょうか?
村中:中小企業においては、今はまだ環境問題に対しての取り組みを積極的に行っていない企業のほうが多いですから、まずは広報発信をすることで他社との差別化が図れるでしょう。
一方、大企業は社会的責任を果たし企業価値を高めるために、グループ関係会社含め全体で、環境問題に取り組みを始めているところが増えてきていますから、大企業と取引している中小企業も製品を製造する過程での脱炭素を本格的に取り組まないといけない時期にきていると思います。
そして中期的に見ると、ビジネスとして成り立つ形で取り組んでおかないと、サプライチェーンから外れてしまう可能性があります。例えば、トヨタ自動車は年間3%のCO2の削減、ポルシェは再生可能エネルギー100%を達成できない企業とは将来的に契約を解消していくと宣言していますね。そういった理由で、取引先企業は脱炭素に取り組まなくてはいけない状況に追い込まれるでしょう。
瀧:サプライチェーンから外れるプレッシャーは大きいですよね。ビジネスのあり方を激変させないといけない産業もあります。製造のあり方が抜本的に変わるといったようなトランジションですね。
村中:そうですね。中小企業にも大きな影響が出ると思います。
更に、中長期的な目線で見た時に「カーボンプライシング」、つまり企業が排出したCO2量に応じて「炭素税」が導入されることも見えてきています。その場合、コストに変換されていくわけですが、要は、脱炭素に取り組んでいないと税金がかかるということですね。だとすると、どの企業も「取り組まないほうが損」といった世界になっていくと考えられます。
瀧:実際に欧州の数カ国では炭素税やエネルギー税が導入されていますが、日本での導入時期についてどう思われますか?
村中:現状、環境省が中心となり検討しており、来年再来年には環境省や経済産業省がなにか旗立てをするのでは?そして、数年以内に意外と早く導入されるのでは?と考えています。おそらく、先行して取り組んだ人や事業者に補助が出るような検証期間を設けるでしょう。ある一定規模以上の事業者には炭素税をかける、もしくは自治体の中に目標を定めて、事業者や家庭の中でのCO2の削減に取り組むといったようなことですね。
瀧さんは、事業者として、この状況についてどう捉えていますか?
瀧:今までは、環境問題への取り組みについては「植林の写真を掲載すれば加点される」みたいな“自由演技”ができましたが(笑)、今はもう「このテストで60点は取るように」のような取り組みに対する明確な合格ラインが出てきていると思っています。
となると、我々事業者は、リスクを早めに炙りだすことが必要かと思います。本業で大転換を図るのは時間がかかるでしょう。しかし「再生可能エネルギーで電力を調達できるグリーンな電力会社を選ぶ」といったことができるなら、CO2排出量の削減がより現実的に進められるのではないでしょうか。
中小企業でのエネルギー課題への成功事例
――今、お話しいただきましたように、中小企業を含む事業者全体に取り組みが求められるなかで、既に具体的な取り組みで成功していたり、印象的だったりする事例などはありますか?
村中:アフターコロナを見据えているホテル業界の例を挙げると「Booking.com」は「サステイナブル・ツーリズム」という概念でホテルを選べるように、再生可能エネルギーの指標がチェックリストに入っています。再生可能エネルギー対応とコスト削減のためにエネオクを使って電力の切り替えをしていただいたホテル業のお客様がいますね。
また、保育園での事例も印象的でした。保育園は子どもたちの声や車の徐行要請など、色々と地域にご理解をいただくことの多い立場です。「子どもたちのために」という発信が必要ななかで「未来を生きる子どもたちのために、再生可能エネルギーで運営する施設で子どもを保育し、永続性のある社会を実現していく」と広報活動をしている園がありますね。
瀧:次世代を語るとき、子どもという、長いレンジの存在があると目線を変えやすくなりますよね。中小企業で明日からでもできる取り組みという点ではどうでしょうか?
村中:クリーンエネルギーに取り組むメリットはこれからどんどん増えていきます。企業としては早めにサステナブルな領域に入っていたほうがいい。ネックはコストですよね。「明日からでもできる取り組み」という観点でいえば、コストをかけずにできるところまではやりきってみませんか?というロジックを社内で展開することです。
エネオクでは先ほども申し上げたように、リバースオークションを活用して、現状よりコストを下げながら再生可能エネルギー調達ができるという仕組みの提供をしています。また、電力を切り替えるのは、さまざまな関係性のなかでハードルが高い場合、電気の使用量に対してクレジットを「電力証書」の形で購入する「グリーンチケット」という形態もあります。グリーンチケット購入分の電力量は再生可能エネルギーを利用し、CO2の排出をゼロとみなすことができるんですね。ここに支払うコストとメリットを比較して、早めに実施したほうがいいという意思決定はできるかと思いますので、まずは自社の状況を可視化するというプロセスにおいて、ぜひ活用していただきたいですね。
取り組みに対して正しい評価を受けるためのアピールとは
――このような社会の流れのなかで、評価を受けるために取り組みをアピールしていくための方法についてお考えはありますか?
村中:世界的に標準化された「RE100」という企業連合があります。ここには「自社の事業活動を全て再生可能エネルギーベースにできる」計画がある事業者が入れます。外資系はじめ投資家や金融機関に対してもアピールができますね。そういうフレームがさまざまな規模で用意されています。中小企業むけには「再エネ100宣言 RE Action」、「エコアクション21」や取り組みをした企業だけが受け取れる補助金などですね。
マネーフォワードの脱炭素社会への取り組み
――ここまで成功例や企業が取り組むメリットについてお話していただきました。
上場したことで今まで以上に社会に影響力を与えていく立場から、マネーフォワードとしてどのような取り組みを考えていますか?
瀧:マネーフォワードは相対的に環境負荷が低いITという業種であるため、一昨年くらいまでは環境問題をあまり意識していなかったんですよね。しかし、昨年より東証一部への市場変更の準備をしていく中で、大きく感覚が変わりました。
2022年から東京証券取引所は、プライム、スタンダード、グロースの3部に再編されます。2021年4月6日に公表されたコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂案によると、「特にプライム市場上場会社においては、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)またはそれと同等の国際的枠組みに基づいた気候変動情報の開示の質・量の充実を進めるべき」と述べられています。
要は、環境課題を会計上どう捉えているか説明が求められるということで、少なくとも「考えていない」という状況は許されなくなったんですね。
弊社では、社内業務フローのクラウド化や本社オフィスにおける100%実質再生可能エネルギー電力の利用、マネーフォワードのサービスを通じた社会のDX化への貢献など、社内外で環境に対するさまざまな取り組みをしています。
それに加え、弊社には個人法人のさまざまなデータがあります。そこで今後の可能性として、ふたつの方向性を考えています。まずは「ナッジ」。サステナブルな社会に向けてよりよい選択ができるようユーザーを誘導することですね。もうひとつは「監査」で、個人や法人がどのくらいCO2を出しているかということに対して会計データは意味のある貢献ができるはずだと考えています。
弊社自体はIT企業で、フレキシブルな対応はできるので、模範になりたいという気持ちはあります。そして、自社でエネルギー課題に取り組むだけでなく、ユーザーがよりグリーンでサステナブルなアクションを起こすことで、弊社に関わる人びとすべてが地球にやさしい、という高みまでもっていきたいです。
村中:当初の脱炭素の取り組みは、電力業界のプレイヤーネットワークの中で動いていたのですが、近年全ての事業者に対して再定義されています。この取り組みのなかで、まさにマネーフォワードさんのような、脱炭素への取り組みにあまり馴染みのなかった業界の方がこのマーケットでどのように振る舞うのかということにイノベーションがあると思っています。
今まで電力課題に関わっていなかった方々が、各々のネットワークで脱炭素のテーマに絡んでいくことによって、僕はエネルギー業界全体を盛り上げると思っています。
脱炭素は、新しい産業、新しいビジネスができる領域という捉え方ができるのではないでしょうか。
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。