佐々木 俊尚氏にきく「RPA」は経理の未来をどう変えるのか?

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これまで人間がおこなっていた業務をロボットで代替する「RPA(Robotic Process Automation)」がビジネス分野で大きな盛り上がりをみせています。RPAを導入することで、企業の業務は、人々の働き方はどのように影響を受けるのか。
連載1回目となる今回は、『RPA革命の衝撃』監修などの著作をもつジャーナリストの佐々木俊尚さんにお話を伺いました。

取材ご協力:
佐々木 俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆している。「そして、暮らしは共同体になる。」「キュレーションの時代」など著書多数。総務省情報通信白書アドバイザリーボード委員。

 

フローを変えずに業務の自動化が達成可能

― なぜRPAはこれほど話題になっているのでしょうか。

日本では1980年代ごろからオフィスオートメーション(OA)という流れが生まれ、紙の文書をデジタル化するなどオフィス業務をIT化しようとする動きが起こりました。ただ日本の場合、事務作業があまりに膨大な量だったので、業務を全てオートメーション化することができなかった。2000年代に入ると、ビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)という業務プロセスそのものをデジタル化する動きも出現しましたが、これも上手くいきませんでした。

日本の事務作業というのは企業ごとに個別化され、カスタマイズされた作業が多い。ですから作業をオートメーション化しようとすると、細かい対応が要求され、むしろコストのほうがかさんでしまいます。この問題があったから、これまで日本のOA化はなかなか進展しなかった。この問題に対してRPAは「業務フローはアナログのまま変更を加えずに、人間のおこなう事務作業を自動的なプログラムに落とし込む」という逆転の発想で解決を図ります。

一例として、会社の経理部で紙の領収書を集計して記帳する場合を考えてみましょう。これまでは領収書に記載された金額や会社名、支払日などの情報をExcelの各セルに1個ずつ人力で打ち込んでおり、膨大な作業量が要求されていました。従来のOA化の発想に従えば、そもそも紙の請求書を発行せず、オンラインで支払い情報をやり取りできるシステムを導入しよう、ということになりますが、日本ではそうした考えはなかなか広まらなかった。

一方でRPAは、紙の領収書を受け取ること自体は仕方ないと割り切り、その代わりに領収書をスキャンしてOCR化、各数値を目的のセルに埋めていくところまでを自動化すればいいと言う考え方をします。こうしたRPAの発想がいま注目されているのです。

― たとえばExcelのマクロ機能による業務の自動化・省力化と、RPAを使う場合ではどのような違いがあるのですか。

マクロを組み立てるためには、マクロについて専門的知識をもつ人員を集めたうえで、プログラミング作業をおこなわせることになりますよね。ですからこの方法だと、自動化を達成するために会社は膨大なコストを払わなければならないわけです。

一方でRPAの場合には、スタートボタンを押すだけで人間が実際におこなうオフィス作業の流れを自動的に記録(ログ)して覚えてくれます。このようにコンピューティングに頼らなくとも、人間の仕事を手取り足取り直接教えられるという点が、RPAの画期的なところです。

煩雑な業務から社員を解放、労働生産性を改善

― 佐々木さんは国内でも早い段階からRPAのポテンシャルに注目していらっしゃいました。どのような点に可能性を感じたのですか。

よく言われることですが、日本人は個人レベルで見ると非常に優秀な能力を備えています。たとえば、数学的リテラシーなどの能力は世界中でも上位にランクインするほどです。

ところがOECDの調査によれば、日本の労働生産性はG7のなかでは最下位。この状況は長らく変わっていません。優秀な個人が、組織のなかに入ると途端に実力を発揮できなくなってしまう。原因は、会社のなかで帳票への捺印や稟議書の回覧などの雑用が多く、個人がそうした雑務の業務処理に追われていることにあります。大学教授の業務などはその典型でしょう。最近話題になった話ですが、Excelで作られた科研費申請書が1セルごとに1文字を入力するというあまりに不便な入力方式を採用しており、「神エクセル問題」としてネット上で取り沙汰されたことがありました。

大学に限らず、同じような状況は日本の各組織で見られます。煩雑な業務に追われ、クリエイティブな作業に労力を振り分ける時間がないので生産性は一向に上がらない。しかし逆にいえば、実はこの雑務さえ簡略化できれば、日本の労働生産性は大きく改善されるのではないかと私は考えています。その突破口としてRPAは有効です。

― RPAによって労働生産性が改善されれば、日本人の働き方も徐々に変化していくことになりそうですね。

これは少し難しい問題なんです。おそらく単に業務の作業効率を向上させてもあまり意味はないでしょう。

たとえばRPAを導入すれば、いままで3時間かかっていた仕事を20分ほどで終わらせることができます。当然、2時間40分も空き時間が生まれますが、だからといって「手が空いているならこちらの仕事も頼むよ」、「暇なら営業に行ってきてくれ」などと仕事を押し付けられてはたまりませんよね。すると、余分な業務を回されるくらいなら、ゆっくりだらだらと自分の仕事を進めてやり過ごそう、と考える社員が出てきてもおかしくない。結果として、作業効率性向上には成功したが、代わりにみんなが「一生懸命働いているふり」をするようになった、という状況が生まれかねません。

そうならないようにするためには、社員のコアコンピテンス(中核的な能力)をしっかりと把握したうえで、その優位性を発揮するために業務時間の全労力を傾けられる仕組みを、あらかじめ組織のなかで整えておく必要があります。

システム間のデータ移動、情報収集に効果大

― 業務にRPAを導入するとして、具体的にどのような活用方法が考えられますか。

現実として、一番多い利用方法は「データを移し替える」という目的での導入でしょう。特にRPAは、社内に統一化されていない複数のシステムが乱立しているような環境で一番効果を発揮しやすい。代表的なのは金融業界です。金融機関の基幹システムは、セキュリティ上の問題からインターネットから独立しており、外部からの侵入を防いでいます。ですから基幹システム上の情報を別のシステムに移行させるためには、人間が目で見て確認し、打ち直すといった作業が必要でした。しかしRPAを使えば、システム間の接続がない場合でも、画面上の数値を自動的に拾い上げ、データを移し替えることが可能になります。こうした使い方がいまの一般的なRPAの使い方だと思います。

ほかには「検索エンジンを使った情報収集作業」などもRPAで代替できますね。ECサービスを運営する企業では、商品の価格決定の際、他社サイトを巡回して相場価格をチェックします。たとえば中古車販売サイトであれば、車の値付けをおこなう前にあらかじめ「現在◯◯という車種がいくらで売れるのか」について把握しておかなければなりません。手間のかかる業務ですが、これもRPAによって自動化可能です。

AIとの連携……RPAの将来とは

― 今後、RPAはAI(人工知能)などと連携することで、より高度な機能を獲得していくと予想されています。そうなったとき、RPAの新しい適用領域としてどのようなものが考えられるでしょうか。

そうした議論をするためには、まずは「そもそもAIには何ができるのか」をはっきりさせておく必要があります。ただ、この点を十分に理解している人は非常に少ない。まるでAIを万能の神であるかのように捉えて、「AIが人間の知性を超える」とか「シンギュラリティ(技術的特異点)だ」などと語る人もいる。

しかし現段階では、あらゆる領域に適用可能な「汎用型AI」はまだ存在しません。いま世のなかに出回っているのは、特定の領域でのみ活用できる「特化型AI」です。特化型AIには「深層学習(ディープラーニング)」という技術が使われています。深層学習を使うことによって、AIはビッグデータのなかから「人間では気づかない特徴」を抽出できる。分かりやすくいえば、これまで人間が「ベテランの直感」に頼ってきた業務の一部が、AIで代替可能となる可能性があるのです。

さきほど中古車販売サイトの話を出しましたが、中古車販売のベテラン営業担当者はいくつかのサイトを巡回しているうちに感覚的に市場傾向を把握できます。しかし、そうした曖昧な「直感」は、長年現場で経験を積んだ人以外には理解しにくいという問題がある。一方でAIと組み合わせられたRPAを使えば、インターネットを巡回して情報を収集し、そのデータから市場傾向を抽出する作業を自動的に実行してくれます。こうして獲得した情報をビジネスにフィードバックして活用する、というRPAの活用方法が出てくるかも知れません。

― 最後に、佐々木さんが今後のRPAに期待する展開についてお聞かせください。

一言でいえば、RPAの普及が、日本の各企業で眠っている死蔵データが有効活用されるようになるひとつの引き金として機能してくれればいいな、と考えています。

企業がデータを上手に使えるようになれば、「生産性の向上」や「省力化」にとどまらず、より戦略的な経営がおこなえるように会社を変えていくことが可能になるでしょう。

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