経理Bar~アナログで起こる不正、デジタルでも起こる不正~ <Episode10:カラ出張をデジタル・アナログ両面で牽制する方法>

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経理部長が全国を飛び回る理由

「こんばんは。マスター、これお土産」

「Aさんいつもありがとうございます。ご注文はいつものでいいですね」

Aさんは、全国に店舗展開をしている小売業の経理部長だ。毎月一度、全国の店舗を1泊二日で回れるだけ回って店舗の様子を見に行っているそうだ。

「あ、明太子だ。ということは、今回は九州だったんですね」

「ええ。昔と違って九州も新幹線がありますから福岡から鹿児島もすぐ行けるようになって、会社的には良いのでしょうが、私的には体力が持ちません(笑)」

「しかし、Aさんも本社で月次決算の作業もあるし、インボイス制度電子帳簿保存法の対応もあるのに、全国を回る時間を作るのは大変でしょう」

「ええ。でもこれをやっておかないと、またこの間のような不正が起きてしまいますからね」

地方の店舗に抜き打ちで挨拶に行ったら…

ことの発端はコロナ禍だった。Aさんの会社も売上が大きく減少し、各店舗の売上の立て直しが急務だった。

緊急事態宣言下ではリモートで本社と各店舗をオンラインで結び応援をしていたが、コロナが一段落して出張など移動しても良い段階になってからは本社の店舗管理のスタッフたちが全国各地の店舗に手分けをして出張し応援に行くようになった。

その一方で、本社勤務の対象者は出社制限をしていたので、店舗管理部門に関しても出社は任意で、自宅から直接全国の各店舗に出張しても良い体制になっていた。

経費申請も、コロナ前はアナログ対応だったものを、クラウドの経費精算システムを導入して自宅や出張先からでも経費精算をできるようになった。

コロナが落ち着き、世の中的にも旅行をしても良い風潮になったころ、Aさんは、休暇を使って高校の同級生が暮らしている金沢にプライベート旅行に行った。そして「せっかくだから金沢の店舗に挨拶しに行こう」と立ち寄った。

なぜかというとその前月、店舗管理部門の部長であるBさんが、金沢出張の申請と新幹線のチケット代の申請をしていてそのデータ承認をしたのを思い出したからだそうだ。

店舗に行くと店長が、「わざわざ本社の方がプライベートで立ち寄ってくださるなんてありがとうございます」と丁寧に応対してくれたので、「こちらこそB部長が先日お伺いしたそうでお世話になりました」というと、店長は「え?私は対応してませんけど」と言った。

そこでAさんはピンときて、「あ、私の勘違いでBさんは富山出張だったかもしれません」とごまかしたが、店長は他の社員にも一応確認をし、誰もBさんの来客対応をしていないとAさんに伝えたそうだ。

「申請データ上」は多忙な店舗管理部長

休暇を終えて改めてBさんの経費精算のデータを見ると、毎週全国各地に出張へ行っていることになっていた。

他の社員は隔週か1カ月に1回の出張のペースだったので、Aさんもデータチェック時になんとなく出張が他の人より多いなと認識はしていたが「部長なら毎週でも不思議ではないか」と思っていた。

しかし金沢での一件で、怪しまずにはいられなくなった。

そこでAさんは直近3カ月の経費精算を洗い出して、「出張に行ったことになっている」店舗の店長に1件ずつ問い合わせた。

結論を言えば、ここ3カ月で申請された12件の出張のうち、実際に行っていたのは3件だけだった。他の9件は、リモートで簡単なミーティングをしたそうで、実際にBさんは出張には行っていなかった。

Aさんは、まず自分の直属の役員に相談をし、その役員とともにBさんの上司の役員へ報告をした。その役員はBさんからメールで毎週出張報告書を受け取っていたが、信頼もしていたので特に違和感なく報告書を読み流して信じてしまっていたそうだ。

Bさんが巧妙だったのは、月に1回の全体会議では、たまに実際に出張に行った店舗について詳しく報告がなされるので、誰もカラ出張をしているなどとは気付かなかったそうだ。

不正の手口と動機

その後、BさんとBさんの上司、そして人事部門とで面談が行われた。Bさんは、新幹線などのチケット代やホテルの宿泊代を申し込んではすぐにキャンセルをするという手口を繰り返して、キャンセル前の領収書を経費申請して不正受給を繰り返していた。

総額はこの1年半の間で200万円ほどになった。

不正の動機としては、コロナ前に住宅ローンを組んでマンションを購入したそうだが、コロナ禍に入り残業がなくなり、夫婦共働きでなんとか返せるだろうと思って組んでいたローンが年収が減って返せなくなり、お金の工面が必要だったそうだ。

コロナ前は出張から帰った翌日には上司の役員や部下ともお互いの出張報告をすぐしていたし、社内にお土産のお菓子なども買っていたのでこのような不正は思い浮かばなかったが、コロナ禍で出張前後に上司や部下とも会わなくてよい環境になり、お土産も買ってこなくてよくなった。

そこでカラ出張できるのではないかと思い付き、試しにちょうどBさんの妻が実家の静岡に帰省したときに往復の新幹線代の領収書をとってきてもらい、それを日帰り出張として申請してみた。すると何のこともなく上司の役員の承認も経て経費精算できてしまったそうだ。

それに味を占めて、「コロナ禍で売上の回復が急務だから」という理由をつけて徐々にカラ出張の回数を増やし、気付けば毎週全国のどこかに出張をしていることになっていた。

むしろ上司やAさんたちは「Bさんはなんて熱心な人なのだろう」と感心すらしていたそうだ。

結局Bさんは、自主退職となり、お金はすぐに返済できないとのことで、3年間での返済計画を立てて毎月数万円ずつ会社に返済することになった。マイホームは手放すことになりそうだという。

不正防止のための「牽制」をデジタル、アナログ両面で行う

「しかし私が会社員だった頃と違って、今はリモートで仕事をする会社も多いから、そうなると不正があってもなかなか見抜くことができないからAさんたちも大変ですよね」

「マスターの言う通りです。だから面倒でも『フェイストゥフェイスで各店舗を経理部長が巡回していますよ』、というポーズを全社員に向けてアピールすることで牽制になるかなと思ってやっているんです」

「確かにそれは効果がありますよ。それに今、フラット組織の会社が増えましたよね。そうすると上司が部下の細かいマネジメントまでしない会社も多いですから、社員本人が申請したものをそのまま信じて承認してしまうケースも多いのではないですか」

「そうなんですよ。不正ってダブルチェックがなされていないところでほとんど起きるじゃないですか。それって単に領収書のチェックってことだけじゃなくて、『スケジュールのチェック』も重要だと思うんですよね」

「良いこと言う。そこに気付けていない人、多いですよね」

「ええ。経理では申請金額と領収書の金額が一致しているかとか、偽装した領収書でないかとか、そういったことはチェックできますけど、その人が本当に出張をしたかどうかというチェックは、そこまで追えないことが現実には多いんです。それは現場の人たち同士でダブルチェックをしてくれないと」

「そうですよね。その出張自体が本物か偽物かダブルチェックできるのは現場の上司や仲間ですからね」

「ええ。そこでチェックが漏れた偽物の出張に紐づいた経費申請は、経理部門では本物の申請だと信じて処理する以外なくなってしまうんです」

「ただ、クラウド化したならそれこそ社長や役員の方たちだって、権限をオールマイティにすれば全社員の出張申請状況を閲覧できるわけですから、本来は不正をアナログ管理よりも防げるはずですよね」

「ええ。アナログだと誰がどこに出張に行ったかなんて精査をするのが大変ですけど、デジタルならすぐ閲覧できるわけですから。でも、せっかくいいソフトウェアを入れても、そういった使い方を啓蒙していなければ宝の持ち腐れになってしまうのだなと反省しました。もし最初から、クラウドのソフトウェアはそのような活用の仕方もできることを、経理部門から社長や役員に啓蒙していれば、社長や他の部署の役員が『君の部署の社員、こんなに出張に行っていることになっているけれど、本当かな』と気付けたかもしれませんしね」

AさんはBさんの不正発覚後、役員会議に出席して、不正の経緯を報告したうえで、「クラウドのソフトウェアは、アナログ管理のときと違って、社長や役員の皆さんがいつでもどこからでも社員の申請情報を閲覧できます。不正防止のために活用してください」と啓蒙したそうだ。

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