税理士の開業に欠かせないビジョンとは?意義や策定方法を解説

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税理士の開業に欠かせないビジョンとは?意義や策定方法を解説

税理士が独立して事務所を開業する際、まずはじめに提供サービスや運営体制、開業場所を考える方が多いのではないでしょうか。しかし、それより先に描くべき重要な要素があります。それがビジョンです。ビジョンは事務所の目指すべき姿を示し、戦略の検討や日々の行動における指針となります。本記事では、税理士の開業において重要な「ビジョン」に焦点を当て、必要性や策定方法、実際の事例について詳しく解説します。

税理士の開業とは

自らの事務所を開業することは、税理士のキャリアにおける大きなステップです。税理士の独立開業は、単に自身の専門的な知識やスキルをクライアントに提供するだけではありません。「経営者」としての新たな挑戦と成功を追求する機会であり、自らのキャリアにおけるターニングポイントを迎える瞬間ともいえるでしょう。開業によって自らの事務所を経営する立場となるため、単なる仕事の始まりに留まらず、ビジョンの実現に向けた重要な出発点となります。

税理士の場合には、顧問先の経営者に対して「御社のビジョンは何ですか?」と質問をする機会があります。これは財務戦略や競争戦略が、その顧問先のビジョンや経営方針と密接にリンクしているためです。開業税理士自身もビジョンを持ち、それを第三者に対して明確に伝えられることは、顧問先からの信頼を得るうえでも効果的です。

また、税理士としての専門性を高めるだけでなく、経営者としての視点やマインドを醸成することで顧問先とのコミュニケーションの幅がより一層広がり、提供するサービスの質も向上するでしょう。安定した事務所経営を目指すためには、ターゲットとなるクライアントを検証したうえで、それらの顧客に向けて「どのようなサービスを提供できるか」「自分自身をどのようにブランディングすべきか」といった具体的なビジョンを策定することが重要です。

税理士として独立開業を計画する際には、ただのビジネスとしてのスタートではなく、自身のビジョンの実現のための第一歩と捉え、そのビジョンをしっかりと持ち続けることが成功への鍵となります。

ビジョンとは

事業活動において、ビジョンを策定することの重要性は広く認知されています。ただし、税理士事務所としての目標や将来像を闇雲に思い描くだけでは、目標達成までの道のりは険しくなってしまいます。ビジョンだけでなく、ミッションやバリューについても正しく理解し、事務所としての理念を構築しましょう。

ビジョンの意味

ビジョンとは「展望・理想像・未来像」を指します。近年では私たちの暮らしにも広く浸透しており、日常生活でもビジネスでも同じような意味合いで使われるケースが一般的です。ビジネスにおけるビジョンは、事業やプロジェクトを通じて将来的に成し遂げたいことや、将来の望ましい姿または状態を示したものです。ただしこれらは可変的なものであり、市場環境や社会情勢などの変化に応じて見直しや修正が行われることも少なくありません。

また、多くの企業や組織では、ビジョンを策定する際にミッションやバリューと組み合わせて設定することが多いです。それぞれが持つ役割や意義を理解することで、事業の方向性をより明確に設定することが可能です。

ミッション・バリューとの違い

ビジョン、ミッション、バリューという3つの要素は、いずれも組織の方針や文化を形成するうえでの基盤となるものですが、それぞれには下図のように異なる役割や特徴があります。

ミッション・ビジョン・バリュー

ミッションとは、事業や組織そのものの根本的な目的や果たすべき使命を示すものです。この使命は、組織としての存在意義や社会での役割を表します。組織として中長期的に目指すべき姿を表し、時代の背景や市場環境の変化に合わせて移り変わるビジョンとは異なり、ミッションは時代や社会情勢に左右されず、不変的なものとして位置づけられます。

バリューとは、組織の中で働くメンバーが共有する価値観や、行動する際の判断基準のことです。日々の行動や意思決定をする際に、どのような基準で行うかを示すものであり、組織の文化や風土を形成する要因となります。ミッションやビジョンで掲げた存在意義や事業の目的、目指すべき未来像を日々の活動で体現するための基盤となる考え方といえるでしょう。

つまり「ミッション」は企業や組織がなぜビジネスを行うのか(Why)を表し、「ビジョン」はミッションを実現するために何を目指すのか(What)、「バリュー」はミッションやビジョンの実現をどのように目指すのか(How)について言語化したものです。これら3要素のうちいずれかのみ策定するのではなく、それぞれを効果的に構築することで、組織としての方向性が具現化され、組織の一体感を醸成することにも役立ちます。

なぜビジョンが必要なのか

ビジョンを策定したとしても、抽象的な表現が多くてあいまいな目標の場合や、経営者の考え方や行動がビジョンとかけ離れてしまっている場合には、十分に機能することはありません。ビジョンが持つ役割や必要性を理解し、それぞれの組織に適した効果的なビジョンを策定しましょう。

目指す方向の共通認識

組織としてのビジョンを持つことで、現在取り組んでいる業務を通じて最終的に辿り着くべきゴールや方向性を指し示すことができます。ビジョンが明確になっているかどうかによって、業務の成果や経営者自身の満足度、従業員のモチベーション、組織全体の文化・風土は大きく変わります。

特に目指すべき方向性について組織内部で共通認識を持つことで、ブレない経営判断に役立つだけでなく、より効果的な目標設定や方針策定が可能です。「自分の決断や行動が組織としての目標にどう結びついているのか」を知ることで、日々の業務に対する意識や取り組み方も変わり、従業員の帰属意識も高まるため、組織全体の一体感の醸成にもつながるでしょう。

日々の行動指針

会社経営では、日々の業務において数多くの判断を行わなければなりません。これは自らの事務所を開業する税理士も同様であり、自分自身が経営者としてさまざまな意思決定や経営判断を行う必要があります。これらの経営判断については、短期的な影響ばかりでなく、重要な意思決定ほど中長期的な結果となって経営にインパクトを与えるものです。

日常業務やイレギュラー対応が必要な場面で判断に迷うことがあったとしても、明確なビジョンが共有されていることで、意思決定を行ううえでの重要な道しるべとなります。経営環境の変化によって、さまざまなトラブルやチャンスに直面した場合でも、ビジョンと照らし合わせることができれば、経営者や従業員が適切な判断を行いやすくなるでしょう。また、組織内に明確な指針が存在することによって、それぞれの従業員は自らの役割や責任の理解にもつながり、従業員による自立的な活動を引き出すことにも貢献します。

ビジョン策定のステップ

税理士として開業する際、複数人でのワークではなく、まずは開業税理士単独か少人数でスタートする場合が多いです。そのような背景から、開業税理士はまず自分自身のみでビジョンを策定するケースが一般的です。ビジョンを策定する際には、下図のステップによって自らの過去や外部環境の分析を行ったうえで、未来を想像し、言語化していくことを心掛けましょう。
ビジョン策定のステップ

自身の価値観を分析する

ビジョンを策定するための最初のステップは、自分自身の価値観の分析から始めることをおすすめします。

過去の経験や出来事を振り返り、それを通じて自らの価値観や考え方を明確にすることが重要です。自分の長所や短所、興味を持つこと、熱中できることを深く理解することが大切であり、ビジョンにも的確に反映することが求められます。特に、税理士として「なぜ開業しようと思ったのか」を改めて振り返り、自分自身が税理士や経営者として「大切にすべきこと」を明らかにしましょう。

クライアントに対してどのような価値を提供したいのか、どのような使命感を持って税理士業務に取り組むべきかを明確にすることで、事務所としての方向性を少しずつ具体化させることが可能です。

外部環境を分析する

次のステップとして、外部環境の分析を行います。

ビジネスである以上は、自分自身に関する内部分析だけでなく、自らが身を置く業界の状況やターゲットとなる顧客に対しても着目しなければなりません。自分自身が運営するビジネスの市場や、業界における事業環境を分析することで、経営者として目指すべき方向性の検討を行います。

税理士業界の動向や特性はもちろん、自分の顧客となるユーザー層の業界動向などについても詳しく分析することで、税理士事務所としての広告戦略にも役立てることが可能です。外部環境の分析を通じて市場のニーズやトレンドを把握することによって、「自らのサービスがどのような価値を持ち、誰に対して売っていくべきなのか」をより明確に定義できます。

未来を描き言語化を進める

3つめのステップでは、これまでの自己分析と外部分析を踏まえて、自分自身が描きたい未来像を具体的な言葉で表現しましょう。過去の経験と未来のつながりを意識しながら、自らの意志と情熱を込め、ビジョンとして言語化することが重要です。ビジョン策定のステップを通じて、税理士としての当事者意識を高め、自らの言葉でそのビジョンについて強く語れるように取り組みましょう。

税理士事務所のビジョン事例

現在、活躍を続けている税理士事務所の中には、自らのビジョンや理念を掲げ、それらに基づいた価値をクライアントに対して提供しているケースも多いです。他の事務所の事例を知ることによって、自分自身のビジョン策定に役立てましょう。

九州No.1の会計事務所を作る

九州を中心に活躍している税理士法人アーリークロス様は、CBO兼CPOを務める花城様が2017年に開業し、その後はグループ90名体制にまで拡大を続けています。現在はバックオフィスのDX化支援や確定拠出年金の導入支援、財務支援、M&A、相続申告などの業務をワンストップで提供し、中小企業の支援を行っています。

税理士法人アーリークロス様では、「2030年までに九州でブッチギリNo.1の会計事務所グループを創る」というビジョンを掲げており、開業当初から「クラウド会計ならアーリークロス」というポジショニングの構築に取り組んでいたそうです。花城様は独立開業前からクラウド会計の導入支援を行っており、2015年からの導入実績数は700件超にものぼります。

当時黎明期だったクラウド会計をいち早く導入するという経験から、クラウド会計の利便性に加え、生産労働人口の減少や税理士業界の若手の減少を踏まえ、将来的に減少する中小企業の財務部長の役割を代替する必要があると考えていたそうです。このような背景から、クラウド会計を代表する事務所を立ち上げ、「お客様の課題解決を実現する事務所づくりを目指す」という信念のもと、事務所としてのビジョンを策定されました。

なお税理士法人アーリークロス様の開業事例については、別記事にてインタビュー内容を掲載しておりますので、ぜひ以下のリンクよりご参照ください。

中小企業の発展と継続に貢献する羅針盤となる

代表の水島様が税理士法人勤務とフリーランスを経て、2023年に開業したPYXIS会計事務所様は、マネーフォワード専門税理士として開業半年で50件以上の顧問先を獲得するなど、急速な成長を遂げています。「PYXIS」とはラテン語で「羅針盤」を意味し、「中小企業の発展と継続に貢献する羅針盤となる」という水島様の理念が反映されています。

経営は荒波を乗り越える航海のようなものであり、目的地にたどり着くためには羅針盤を見ることが大切であることから、「経営者に寄り添う羅針盤としての役割を果たす事務所でありたい」という想いを屋号にも込められたそうです。そのような理念のもと、今後は税務・会計にとどまらず、バックオフィス業務の効率化や売上アップに向けたコンサルティング業務、BCP立案などのサポートを行い、クライアントが事業を継続するための支援を目指されています。

なお、PYXIS会計事務所様の開業事例については、別記事にてインタビュー内容を掲載しておりますので、ぜひ以下のリンクよりご参照ください。

事業の拡大に向けて

事業を拡大する場合には、その成長とともに職員数が増えていくことが想定されます。職員数が増加することで事務所内部の人員も多様化しやすいため、組織としての一体感が薄れてバラバラになってしまうケースも少なくありません。そのような状況に陥らないためにも、経営者自身が設定したビジョンを所内に浸透させることが重要です。事務所としての行動指針となるビジョンについては、十分に共有されなければその効果を発揮できません。そのため、事業拡大の過程で新たに入社する職員に対しては、ビジョンを正しく伝え、共有してもらうことが必要不可欠です。

ビジョンを浸透させる際には、「共有」→「行動」→「習慣化」というプロセスに沿って進めることをおすすめします。まずはビジョンを正確に共有したうえで、それに基づく具体的な行動を促し、最終的にはその行動が日常的な習慣となることを目指しましょう。特に「行動」や「習慣化」の段階では、情報発信の頻度を増やし、メンバーから共感やフィードバックを得ることが大切です。

また、ビジョンを浸透させるためには、誰よりも経営者自身が最も重要な役割を担います。ビジョンはただの言葉ではなく、経営者自身の行動や考え方として的確に反映されることが必要です。経営者が「ビジョンの体現者」となることで、所内のメンバーはそのビジョンに従って行動しやすくなります。事務所としての規模が拡大した場合でも、経営者が率先してビジョンを体現する姿勢を示すことによって、組織全体を正しい未来へと導きましょう。

【監修】マネーフォワード クラウド 会計事務所担当

会計事務所・税理士の事務所経営に関するお役立ち情報をマネーフォワード クラウド 会計事務所担当が提供します。
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