難関の税理士資格を取得され、独立開業の準備を進めている方の中には、首都圏での開業を検討されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、首都圏での開業にはメリットだけでなく注意点もあるため、スタートダッシュを切るためには適切な準備が必要不可欠です。
そこで本記事では、首都圏で開業をする際に知っておきたいポイントや注意点について詳しく解説していきます。
目次
首都圏での独立開業をするメリットとは?
税理士が首都圏で独立開業する場合には、下図のようなメリットが考えられます。
開業地の選定は、その後の税理士事務所としての経営方針にも大きく影響するため、首都圏で開業するメリットをしっかりと理解し、これらを最大限に活かすための経営戦略を構築しましょう。
見込みのある顧客数が多い
首都圏は人口が集中しており、税理士事務所にとって顧客となり得る中小企業や個人事業主の数も非常に多いです。
東京都産業労働局が公表している「東京の産業と雇用就業2022」によると、東京都だけでも事業所数は約62万所、企業数(個人経営+会社企業)は約42万社存在し、いずれも全国の約11.6%を占めています。
また規模の大きな事業者も多く、東京都産業労働局による「東京の産業と雇用就業2020」では、資本金が10億円以上の企業は全国の50.6%まで達しており、国内の半数以上が東京都に集中していることがわかります。
東京都をはじめとする首都圏には、比較的規模の大きな事業者が集まっています。税理士事務所にとってはターゲットとなる潜在顧客が最も多く存在するため、新規顧客の獲得につながる可能性も高まります。
開業して間もない税理士にとって、規模の大きなクライアントとの業務経験を蓄積することは、その後の事務所経営を行ううえでも大きなアピールポイントとなります。
さらに資本力のある企業や高所得者が多いことから、顧問料や相談料の相場が高騰する傾向にあり、税理士事務所としての収入増加のチャンスも拡大しやすくなるでしょう。
移動手段が数多くあるため往訪が行いやすい
首都圏は公共交通機関が張り巡らされているため、税理士にとっては顧問先への往訪を行いやすいというメリットもあります。特に税理士事務所として「訪問型」をメインに活動している場合は、少ない時間でより多くの顧問先を訪問できるため、事務所としての労働生産性を高めることが可能です。
一方で「来所型」をメインとする場合でも、首都圏であれば顧問先側の移動コストも少なく済むことから、お互いに緊密なコミュニケーションを取るための時間を確保しやすくなります。
採用が行いやすい
税理士業界においては、高齢化や受験者数の減少も相まって人材不足が懸念されているため、「採用活動のしやすさ」という観点から開業エリアを検討することも効果的です。地方に比べると首都圏は求職者数が多いため、必要な人材を確保しやすいというメリットが期待できます。
たとえば東京労働局の「求人・求職バランスシート」による令和5年3月の求人状況においては、「会計事務員」のカテゴリにおいて求人倍率0.56倍を記録するなど、買い手市場の状態が続いていることが伺えます。
参考:求人・求職バランスシート(2023年3月分)|東京労働局
また首都圏などの都心部にはたくさんの人々が集まることから、税理士事務所として多様な人材を集めやすく、採用の選択肢も広がりやすいでしょう。
さらに首都圏では税理士試験受験のための専門学校にも通いやすく、税理士資格取得を目指す受験生にとっても学業との両立が容易になります。税理士事務所としては税理士志望の求職者を採用しやすくなるでしょう。
信用力の強化
モノとしての商品がない税理士業界では、顧客との信頼関係の構築が重要であり、新規顧客獲得のためには「税務会計の専門家」としての信用力が必要不可欠です。
しかし税理士事務所を開業した直後においては、信用力や知名度が乏しく、集客活動に苦戦を強いられるケースも少なくありません。特に若手税理士が独立開業する場合には、キャリアや実績が不十分なケースも多いことから、クライアントからの信用を得ることは容易ではないでしょう。
そのような背景において、首都圏などの都心部に事務所を構えることが一種のステータスとなり、クライアントの信用獲得につながる場合もあります。開業税理士の中には自らの信用力を養うために、独立開業直後は一旦都心部に事務所を構え、十分な実績や知名度を蓄えてから地方などへ移転する事例もあります。
また首都圏に開業することによる信用力の強化は、クライアントだけでなく、採用活動においてもイメージアップに貢献する可能性があります。ビジネスの中心地に事務所を構えることで、事務所としての魅力や競争力を求職者へ発信できるため、より優秀な人材を確保しやすくなるでしょう。
競合との競争環境が激しい
首都圏などの都心部においては、税理士にとってターゲットとなる中小企業や個人事業主が多いため、たくさんの税理士事務所が進出し、顧客獲得競争も激化しやすい傾向にあります。
日本税理士会連合会によると、令和5年3月末日時点での東京都の税理士登録者数は24,031名、税理士法人の主たる事務所数は1,448事務所であり、いずれも日本全体の約3割を占めています。
参考:税理士登録者数|日本税理士会連合会
特に大手税理士法人の多くが東京都に拠点を構えており、すでに中堅企業や富裕層を顧客として獲得しているケースも少なくありません。
したがって既存の税理士事務所との激しい競争を勝ち抜くためには、自らの信頼性や専門性を高め、競合相手との差別化や独自の価値提供が求められます。
初期費用及びランニングコストが高い
税理士が首都圏に事務所を構えて開業する場合、地方に比べると初期費用や家賃などのランニングコストが高くなる傾向にあります。
たとえば賃貸オフィスの場合、同じ10坪でも地方では10万円に届かないケースもありますが、首都圏では20万円程度にまで達する場合もあります。また同じ首都圏でも、立地や面積によって毎月の家賃に大きな差が生まれます。健全な事務所経営を行うためには、固定費の圧縮が重要な要素となります。
一方で、開業場所の選択に関してはその後の集客や採用活動など、事務所としての経営戦略に大きな影響を与えます。税理士が開業場所を検討する際には、開業後の経営戦略に基づくオフィスの役割や在り方を踏まえたうえで、費用対効果に見合う最適な開業地を選定しましょう。
成功のために知っておきたいポイント
税理士が首都圏で独立開業する場合には、首都圏のような都心部特有の注意点を理解しましょう。下図のように然るべき対策を検討したうえで、メリットを最大限に享受できるように準備を進めることが重要です。
開業に向けた経営戦略や資金計画をしっかりと構築し、自らの事務所経営を成功に導くための道筋をイメージしましょう。
競合との差別化を図る
競争環境が激しい首都圏において、「競合相手との差別化」は最も重要な戦略の一つです。他の税理士事務所との差別化に取り組むためには、「内部分析」と「外部分析」の両面から戦略を構築する必要があります。
まず「内部分析」としては、自らの強みや得意分野、専門領域を明確にすることで、事務所のコンセプトやターゲットとなる顧客層などを検証し、経営戦略を確立することが重要です。たとえばスタートアップ企業や飲食業など、特定の業種や業態に特化することで、より専門性の高いサービスや知見を提供することも一つの選択肢となります。あるいは通常の税理士業務に加え、経営コンサルティングやAI・ITツールの導入支援、資金調達サポートなど、幅広いサービスを提供することで顧客への付加価値を拡大することも効果的です。
一方で「外部分析」としては、都心部で開業した場合における周辺エリアでの競合事務所の分析(強みや得意分野など)や、ターゲットとなる顧客層の属性、市場規模などを多角的に検証しましょう。競合相手のサービスを分析することは、自らの強みや経営方針を確立するうえでの有力な手がかりとなります。ターゲット層のニーズを理解し、自身のサービス内容の策定や広告宣伝活動を展開するうえでの重要な判断材料にしましょう。
顧客から選ばれる事務所づくりを行うためには、「内部分析」と「外部分析」の両面から自分自身が身を置く市場環境を整理し、自社の強みを最大限に活かすための工夫を講じましょう。
自宅開業やレンタルオフィスを活用する
首都圏においてはオフィスの賃料などのコストが高騰しやすく、税理士事務所の経営を圧迫しかねません。毎月の固定費を抑えつつ、首都圏で開業するメリットを最大限に享受するためには、自宅開業やレンタルオフィスの活用も有効な選択肢となります。たとえば自宅開業の場合、事務所としての追加の家賃が不要であり、さらには通勤時間の短縮などのメリットもあります。ただし自宅開業を行う場合には、業務スペースの確保や日常生活との切り分け、通信環境の整備、セキュリティ対策など、仕事場としての適切な環境づくりに注力しなければなりません。
またクライアントによっては自宅開業では信頼関係を築きにくい場合もあるため、その場合には「訪問型」のみの顧客対応を徹底するなど、事務所形態に応じて業務内容の見直しを行いましょう。
一方でレンタルオフィスを利用する場合には、事務所用の物件を賃借するよりも初期費用が抑えられるうえに、インターネット環境およびキャビネットや事務机などの事務用品の提供を受けることも可能です。しかし事務所のレイアウトを自由に変更できない点や、税理士としての守秘義務やセキュリティ対策などの要件を満たした環境を選ばなければならないなど、一定の制約もあるため注意が必要です。
時代の流れに伴って事務所スペースとしての形態も多様化しているため、それぞれのメリットや注意点を比較検討し、自らの資金計画や経営方針に照らし合わせて最適な開業方法を選択しましょう
さまざまなコミュニティに参加する
税理士が独立開業を成功させるためには、闇雲に営業活動を展開するだけでなく、他の税理士との交流や情報交換を行うことも重要です。
特に税理士事務所の中には、同業者に向けてセミナーや事務所見学会などを開催するケースもあるため、そのような機会を通じてコミュニケーションをとることも可能です。同業者同士のコミュニティに参加することで、業界内での最新トレンドやさまざまな事例の共有など、自らの事務所経営のヒントを得られる可能性も高まります。
なお国税庁ホームページによると、令和4年3月末日時点での東京都の開業税理士登録者数は16,000名を超えているため、首都圏で開業する場合には、オンラインでの情報収集だけでなく、オフラインによる交流の場にも参加しやすくなるでしょう。
参考:日本税理士会連合会|国税庁
また同業者以外にも、首都圏のような都心部には、金融機関や弁護士、社会保険労務士、司法書士などのさまざまな専門家が集まっています。そのため、同業者以外のネットワークを構築することで、税務会計以外の専門的な情報の収集や周辺知識の学習機会が得られるだけでなく、他士業との連携によって顧客への付加価値を高めることも可能です。
さらに首都圏はビジネスの中心地であり、さまざまな業界の展示会やセミナー、ネットワーキングイベントが数多く開催されています。こうした場での交流や出会いにより、新たな人脈の形成やビジネスチャンスの獲得にもつながります。オンラインに加えてオフライン形式での交流もしやすい環境であるため、そのような利点を活かし、同業者や他士業、他業種との情報交換や知識の共有を行うことで、自らの事務所の成長やアイデアの発展に役立てることをおすすめします。
首都圏ならではの特徴をつかみ、万全の準備を
首都圏での独立開業は、たくさんのチャンスと課題を抱えた大きな挑戦です。首都圏での独立開業を成功に導くためには、ターゲットとなる顧客が多いことや採用活動がしやすいことなど、首都圏特有のメリットを最大限に活かすことが必要不可欠です。
一方で競合相手も多く、さまざまなコストが高騰しやすいなどの注意点もあるため、首都圏ならではのメリットやデメリットを正しく理解し、それらを踏まえたうえで自らにとって最適な方法を検討するように心掛けてください。
自らの強みを活かした差別化への取り組みやコミュニティへの参加など、競争の激しい市場環境に適応するために必要な戦略を実行することで、税理士事務所としてのより良いスタートダッシュを切りましょう。
よくある質問
首都圏で独立開業するメリットは?
首都圏には規模の大きな企業や富裕層が集まりやすく、見込み客が増えやすいというメリットがあります。また交通の便が発達しており、往訪がしやすいことや、求職者が多く、採用活動がしやすいなどの利点もあります。
首都圏で独立開業する際の注意点は?
首都圏には中小企業や富裕層などの見込み客が数多く集まるため、税理士事務所が進出するケースも多く、競争が激化する傾向にあります。また地方に比べると家賃なども高いため、固定費が高騰する可能性も高まります。
首都圏での開業を成功させるポイントは?
激しい競争を勝ち抜くためには、自らの強みや顧客ニーズを検証し、競合する他の事務所との差別化を実践することが重要です。また自宅開業やレンタルオフィスの活用により、固定費を圧縮することも検討しましょう。