近年、税理士業界では顧問先の大半を占める中小企業の減少によって競争率が高くなり、顧問先の獲得が難しくなってきています。そのため、差別化を考えている会計事務所も多いと思われます。そこで本記事では、
- 税理士業界で差別化が必要になってきている理由
- 自社の差別化ポイントを整理するための分析手法
- 税理士事務所における差別化の例を紹介
- 差別化する際に注意すべきこと
を紹介していきます。
目次
税理士業界で差別化が必要になってきている理由
税理士業界において顧客の中心をなす中小企業の減少で、従来型のビジネスモデルでは対応が難しいケースが増加しています。競合との差別化なくしては、税理士事務所の存続や発展が難しいとされる昨今、なぜそうなったのか見てみましょう。
顧問先獲得の競争率が高くなってきているから
中小企業基盤整備機構によると、平成28年時点で日本の中小企業数は約358万社であり、全企業約359万社に占める割合は、99.7%となっています。わが国の企業のほとんどは中小企業ということです。
下記の円グラフは平成28年度における従業員規模別の事業所の割合ですが、中小企業といっても8割近くが10人以下の事業所であることが分かります。中小企業の中でも従業員数が少ない零細企業が大半を占めています。
そして、企業数の推移を見ると、平成11年から平成28年までの17年間、小規模企業と中規模企業は企業数が徐々に減り続けていることが分かります。
このように中小企業数が減少している中で、税理士業界においても顧客獲得のための競争率は必然的に高くならざるを得ません。難関試験をパスして独立開業すれば、まずまずの収入が保証される税理士像はすでに昔の話になりました。
税理士として、事務所存続のため、そして新たな顧問先獲得のためには次の一手が必要な時代になったのです。
付加価値の高いサービスが求められているから
大企業でデジタル化が進み、また企業内税理士や優れた専任者をおき、税法と向き合える体制を築いているところも多く見受けられます。
一方、税理士の「支援」が必要な中小企業は、予算や人員が限られているところが多く、税理士が記帳代行や申告書作成などによってフォローする関係が長らく続いてきました。
しかしながら、近年のめざましいAIやクラウドサービスの発達は、記帳代行などの従来の税理士業務の形を変えてきたことは明らかです。クラウド会計システムは設定さえすれば、ある程度の精度で自動仕訳を作成してくれますし、申告書ソフトでは申告書間に不整合があれば自動的に検知してくれます。
このような中で、税理士が今後も生き抜く方法として、「サービスの質」を上げ、顧客に付加価値の高いサービスを提供することが求められています。
中小企業が「付加価値が高い」と思うサービスとは、端的に言えば中小企業の業績アップにつながる支援です。売上高が上がったり、利益率が上がったり、コストカットに成功するために、どこに着目すべきか、何から着手すべきかなど、それぞれの顧客の立場に立った具体的で効果的なアドバイスを提供することが重要になってきています。
顧問先が税理士の違いやサービスを明確に理解していないから
税理士と顧問契約はしたものの、どの税理士がどんなサービスをしてくれるのか分からない、つまり、顧客から見て税理士の違いが見えにくいという現実があり、結局、顧客からは顧問料の違いぐらいしか見えない場合があります。
すると、多少の不満はあったとしても、長年のよしみで同じ税理士と同じ業務内容の顧問契約を何年も続けるという関係に陥ってしまいます。
税理士は自らの得意分野について顧問先にアピールし、他の税理士との違いを客観的に分かるようにしておくべきでしょう。そして、顧問先に「自分のニーズに合っている」と感じてもらう必要があります。
自社の差別化ポイントを整理するための分析手法
税理士が自社の差別化を説明するために、案件ごとに説明資料を作る余裕はありません。ある時点で、自己分析によって差別化のための分析をしたら、その後は顧客ごと、または案件ごとに見直しやブラッシュアップをして、必要な時に使える土台を準備しておきましょう。
具体的な手法として、ここでは、3C分析やSTP分析で顧客、競合、市場などの情報を収集をし、SWOT分析で情報を分類し、自社の戦略方法を分析する方法について説明します。
分析手法① 3C分析
3C分析とは、マーケティング環境を把握するために使用される分析方法です。顧客のニーズや競合の動き、そして自社の強みや弱みを分析して、最適な意思決定にアプローチします。
3Cとは、「Customer(顧客)」「Competitor(競合)」「Company(自社)」の3つの頭文字を取った言葉です。自社を取り巻く外部(顧客や競合)の現状整理と自己の強み・弱みから多面的に自己分析をします。分析結果は後述するSWOT分析で戦略の検討に利用します。
それぞれの「C」についての情報収集については次のとおりです。
- Customer(顧客)
- 既存顧客のニーズを分析する
- ターゲットとする顧客層のデータ収集にはSNSやブログを活用する
- Competitor(競合)
- 事務所の近隣にある競合、ネット検索で上位に上がってくる競合相手を分析する
- 競合の弱み・強み、サービス内容からどのような戦略を立てているかを分析する
- Company(自社)
- 競合と比べて事務所の強みと弱みや特徴を見つけ、差別化できるポイントを考える
分析手法② STP分析
STP分析とは、「Segmentation(市場細分化)」「Targeting(狙う市場の決定)」「Positioning(自社の立ち位置の明確化)」の3つの頭文字を取った分析です。3つのステップを通じてどのようなサービスについて、どの顧客にアプローチすべきかを明らかにします。
言いかえれば、STP分析では業界でどんなマーケティング戦略が有効なのかを導く手法と言えます。
分析の流れとしては、上から順に次の3ステップで分析します。
- Segmentation(市場細分化)
- 顧客を細分化する(顧客について業種、年齢層、規模、性別、考え方、地域などに区分を分ける)
- どのような顧客に利用してもらいたいのか、顧客像を明確にする
- Targeting(狙う市場の決定)
- 上記セグメンテーションのどの区分を狙うかを決める
- 自社の強みが生かされるようなセグメントを絞り込む
- Positioning(自社の立ち位置の明確化
- 上記ターゲティングで決めた区分における競合他社との関係から自社の立ち位置を決める
- 立ち位置を決める上で競合と比較する軸(値段・品質・サービス内容)を決めておく
すべての顧客から好かれようとすると、結局、特徴のないサービスとなってしまい、実現には多くの資金が必要となります。限られた予算の中で、狙うべきターゲットに向かって持てるリソースを集中させる必要があるため、STP分析が有効とされるのです。
分析手法③ SWOT分析
SWOT分析とは、自社の外部環境と、自社の内部環境をプラス面とマイナス面に分けて分析する方法です。具体的には下の「S・W・O・T」4つのカテゴリーに情報を分けて要因を分析し、ターゲットとする顧客に対するリソースの最適活用を図ろうとするものです。
プラス要因 | マイナス要因 | |
内部環境 | 強み | 弱み |
Strength | Weakness | |
外部環境 | 機会 | 脅威 |
Opportunity | Threat |
先述した3C分析やSTP分析で得られた結果をもとに、SWOT分析で情報を分類し、戦略を立てるとより精度の高い分析を行うことができます。つまり、3C分析やSTP分析で考えるべき要素を洗い出して整理し、SWOT分析で上の4つのカテゴリーに分けることにより、戦略が見えてくるのです。
たとえば、プラス要因である「強み」と「機会」に対しては積極的に戦略を立て、また、「弱み」と「脅威」に対しては、見えてくる補強ポイントを改善します。このように4つのカテゴリーの組み合わせにより、具体的な差別化の戦略を捻出するのです。
差別化できる例を紹介
では、税理士業務に特化して考えれば、どのようなことが言えるでしょうか?さらに具体的な差別化の例をご紹介しましょう。
得意な分野で差別化する
税理士業務の一般的な分野として次のようなものが挙げられます。
- 税務調査対策
- 節税対策(会計及び税務に関する相談)
- 各種申告書などの作成
- 相続、事業承継対策
- 会社設立支援
これらの分野で得意なものを積極的にアピールし、そのニーズにあった顧問先を獲得します。どの顧客からも安定的な需要がある最もスタンダードな例となります。
サービス内容で差別化する
税理士業務にその税理士ならではの別の得意分野の要素を加えて、差別化を図る方法があります。工夫次第で今までとは異なったアプローチが可能となります。
- コンサル業務の対応
- 税理士業務の延長とも言える起業や経営、M&Aなどに関するコンサルティング業務への積極的対応により、徐々に付加価値を高めるという差別化が考えられます。コンサル業務は相当の知識や経験が必要であるため、すぐには習得できません。まずは税務顧問を続ける中から、コンサル業務へアップセルやクロスセルを狙うケースが主流となります。
- 英語力を活かした、グローバル事業への対応
- 経営のグローバル化が進み、海外の企業や顧客との取引も増えてきています。税理士業務においても多言語対応へのニーズは高まっているのと対照に、このニーズに対応できる税理士はそんなに多くはありません。特に、英語力のある税理士に対する需要が近年高まっていると言えます。
- 料金の明記
- 料金体系が明記されていることは顧客の意思決定の大きな決め手になります。ホームページなどで、どの業務において、どのような条件下ではいくらかを分かりやす
く明示することが、顧客から選ばれる条件の一つとなります。固定料金や従量料金なども見やすく、計算しやすい内容にしておき、そのとおりの内容を契約書に盛り込むことで顧客の安心につながります。 - 積極性がある(親身になって話を聞く)
- 顧客と活発にコミュニケーションを取り、顧客が満足いくサービスが提供できているか、サービス内容について常に対話のできる税理士であることは差別化につながります。
どちらかというとデスクワークが中心のように見られがちな税理士ですが、職業分類では税理士事務所も「サービス業」に分類されています。
したがって、一過性の取引ではなく、継続的に顧客に信頼され、顧客に長期的な利益をもたらす関係を築くべきでしょう。そのために経営においてCS(Customer Satisfaction)精神を重視し、顧客ファーストで動くことを心掛けてください。
その他、個々の業務において独自性はなくても、業務の完成度だけでなく親身になって顧客の話を聞く業務上のカウンセラーのような役割や、顧客からの問い合わせに対しレスポンスが早いなど、税務業務以外の視点において付加価値の高いサービスが提供できるものは多々あります。
ターゲット層で差別化する
それぞれのターゲット層に向けて独自のアプローチをすることで差別化につなげることができます。
- 会社設立を考えている人、新設法人
- 資金調達のノウハウが気になる層をターゲットとすることが考えられます。融資、補助金・助成金についての知識や実績があれば、差別化することが可能です。
事業計画書を作成する段階では、経営者の考え方や会社の方向性が見えてくるため、そこから長期的な支援も可能となります。 - 顧問税理士の変更を考えている企業
- 以前の顧問税理士の契約内容や対応に不満を持つ層には、その不満点をよくヒアリングし、自社でなら契約内容を柔軟に対応できる場合は積極的に違いをアピールします。顧客の持つ不満は税理士業務への大きなヒントになることもあり、SWOT分析の「機会」につながることもあります。
- 個人事業主
- 記帳の仕方や確定申告、税務調査についての知識が求められます。顧問税理士をつけるほどの規模がない場合でも、定期的なチェックやいざという時の対応が可能な契約にするなど、「こんな対応方法もあるんだ」といった臨機応変さが差別化につながります。
ターゲット層を絞って差別化を図る場合には、そのターゲット層の真のニーズを突き止めることが大切です。そして、そのターゲット層のニーズが自社の戦略、経営方針と一致しているかどうかを考えた上で、アプローチしましょう。
差別化する際に注意するべきこと
差別化を図る場合に注意すべきこととして、強みの分析、価格で競争しないこと、顧客の真のニーズを知ることを挙げておきます。
自社の強みをしっかり分析する
差別化するにあたっては、他の事務所ではやっていないことをやみくもに取り入れようとしないことです。価格に見合ったサービスを提供できなかったり、大きな赤字を背負うことになったりする可能性もあります。
頭の中だけではなく、自己分析を紙やパソコン上に書き出して明示し、持ってる強みや機会を「見える化」して差別化を図ることが大切です。
価格設定を下げすぎない
差別化のために価格設定を下げすぎてしまうのはNGです。そもそも利益が出ないだけではなく、体力などが持続できなければ元も子もありません。
価格設定を下げる場合には、原価計算に基づき利益を確保した上で、業務体制を組み立てましょう。
ターゲット層のニーズを明確にする
自社がターゲットとする顧客層にアプローチをかけることで差別化を考える際には、そのターゲット層で求められているニーズは何なのかを明確にしましょう。ニーズが明確でないのはターゲットの細分化が足りないのかもしれません。
自社の戦略でこそ解決できる顧客層を見つけるためには、顧客の実態をよく知ることも要素の一つです。実際の受注にはつながらなかった顧客の情報なども含めた自己分析も重要な要素です。自己分析結果と折り合わないターゲット層を明確にすることも、ターゲット層を絞ることに他なりません。
自己分析を徹底して事務所に合った差別化をしよう
税理士事務所が差別化を考える場合には、まずは顧客、競合、自社についての分析であるベーシックな3C分析を実施してみましょう。顧客だけではなく、競合について分析することは自己分析に大いに役立ちます。
また、コンサル業務への対応は税理士に多くを求められ過ぎて抱えきれなくなり、上手くいかない可能性もあります。新たにコンサル業務を取り入れる時には支援が受けられるパートナー企業を探すなど対応を取っておきましょう。
自社の「強み」とターゲット層からの「機会」をしっかりと分析し、その結果に合致した戦略が生まれた時に初めて差別化による経営がはじまると言えるでしょう。
よくある質問
税理士業で差別化が必要な理由は?
中小企業の減少により顧問先獲得の競争率が高くなったこと、付加価値の高いサービスが求められるようになったこと、顧問先が税理士によるサービスの違いを理解していないことなどが挙げられます。
自社の差別化ポイントの分析手法は?
一例として、3C分析・STP分析で顧客、競合、市場などの細かな情報を集め、SWOT分析で情報を解釈、分類し自社の戦略を考える方法があります。
税理士業で差別化できる具体例とは?
得意な分野を積極的にアピールする方法をはじめ、税理士業務に別の得意分野の要素を加える方法、狙うターゲット層に向けて独自のスキルを提供する方法などがあります。