「売上は伸びているのに、利益が残らない」「繁忙期の長時間労働が常態化し、職員が定着しない」 こうした悩みを抱える税理士事務所は少なくありません。
税理士業務にはモノとしての在庫がなく、原価の大部分を人件費が占めます。つまり、「職員一人ひとりの生産性向上」こそが、事務所の利益最大化と存続に直結するのです。
しかし、長年の慣習や属人化した業務フローを変えるのは容易ではありません。 そこで本記事では、税理士事務所における「業務改善の具体的なステップ」を解説します。日常業務の無駄を省く視点から、失敗しないITツールの導入手順、そして担当者任せにしない「業務標準化」の方法まで、事務所の体質を強化するためのポイントを詳しく見ていきましょう。
目次
税理士事務所に業務改善が必要なわけ
日本国内における労働生産性は諸外国と比較しても低く、多くの企業では生産性向上を目指してさまざまな取り組みを実施しています。
税理士業界も例外ではなく、事務所としての収益性を高めるためには生産性の向上が必要不可欠であり、そのためには業務改善に目を向ける必要があります。税理士事務所を健全に経営し、将来的な成長や発展を目指すためには事務所のコストに見合った利益を計上する必要があり、利益体質を強化することが重要です。
特に、税理士業務に関しては「モノ」としての商品が存在しないため、人件費や事務所家賃などの固定費がコストの大部分を占め、職員一人ひとりの業務効率が事務所全体の生産性に直結します。
職員の業務効率が低下し、人件費を中心とする固定費が必要以上に増加することで利益状況は圧迫され、場合によっては事務所全体の経営が危ぶまれる事態へと発展する可能性も考えられます。税理士事務所において人件費に関する費用対効果を最大化するためには、業務効率を高め、職員1人あたりの売上高を引き上げることが重要です。
税理士事務所ではどのような業務改善ができる?
税理士事務所における業務改善に関しては、一般的には下図のような方法をとるケースが多いです。

特に「顧問業務」に関しては、日常的に反復して行う業務の割合が大きいため、それらの定型業務を効率化することによる効果も自ずと大きくなります。自らの事務所の業務フローを見つめ直し、生産性低下の要因となる工程について確認したうえで、然るべき改善活動に取り組みましょう。
日常業務の無駄を省く
税理士業務では仕訳入力などの形式的な作業に加え、クライアントからの相談対応や提案業務のような専門的な知識や思考が求められる業務など多岐にわたっています。
一般的には専門的知識を要する業務ほど付加価値も高く、税理士事務所として付加価値業務に時間を割くためには、日常業務における「無駄」を省くことが重要です。特に、同様の処理を頻繁に繰り返す定型業務ほど、わずかな改善でも長期的な視点では大きな違いとなって表れるため、積極的な改善活動を実施しましょう。
ただし、多くの日常業務についてはすでに習慣化しているため、慣れ親しんだ業務の中から「無駄」を見つけることは決して容易ではありません。まずはそれぞれの業務の「見える化」を徹底し、業務フローの透明性を確保したうえで、無駄な業務工程が含まれていないかじっくりと検証を行いましょう。
職員のパフォーマンス改善
税理士事務所の生産性や業務品質は、それぞれの職員の能力やパフォーマンスに左右される要素が非常に大きいです。職員の職場満足度を高めることで、事務所全体の生産性や顧客満足度の向上にもつながります。
一方で、残業時間や休日出勤などで過度の業務負担が生じる場合には、職員の集中力やモチベーションが低下し、ますます労働時間が増加するという負のスパイラルに陥りかねません。そのような状況に陥ることがないよう、代表税理士が率先して好ましい職場づくりに取り組み、職員が最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整備することが重要です。
具体的には「事務所のビジョンの共有」や「職場環境の整備」「福利厚生の充実」などの取り組みが効果的です。まずは、事務所の経営理念や将来のビジョンを共有し、職員との足並みを揃えることを意識しましょう。事務所に対する期待感を醸成することで職員の帰属意識を高め、働きがいのある職場づくりに取り組むことが大切です。
実際の業務においては、職場環境を整備することも欠かせません。職場環境の悪化によって職員のモチベーションが低下した場合、その職員の生産性が下がるだけでなく、他の職員やクライアントに対して悪影響を及ぼす可能性も考えられます。
職員ごとの業務量を可視化したうえで、特定の職員に業務負荷が偏ることのないように適切な業務配分を徹底しましょう。また、職員と密にコミュニケーションをとり、それぞれの職員と意思疎通を行うことで職場満足度の向上に努めましょう。
職員の満足度を向上させるためには、福利厚生を充実させることも効果的です。有給休暇や退職金制度の活用だけでなく、税理士事務所によっては税理士試験に関する学費補助や試験前休暇の付与など、職員の資格取得をバックアップする取り組みを実施するケースもあります。
このように、職員にとって働きやすい環境を提供することで、各々のパフォーマンスを引き上げられます。さらに、人材定着率の向上にも貢献するため、採用コストの削減や事務所の業務品質向上にもつながります。
ITの活用
税理士業務においては、仕訳入力や顧問先の会計データの修正作業のように単純作業や定型業務も多く、それらの業務にまとまった時間を割いている事務所も多いです。
近年では税理士業界にもAIやITツールが普及し始めており、単純作業の効率化や省人化を進める一方で、余ったマンパワーを付加価値の高い業務へ投入する傾向にあります。税理士業界で用いられる具体的なツールとしては、クラウド型会計ソフトやオンラインストレージ、証憑類をデータ化するAI-OCR、RPAなどが一般的です。
これらのAIやITツールの活用によるメリットとしては、「作業時間の短縮」や「入力ミスの防止」「コストの削減」「ペーパーレス化」などが挙げられます。
業務効率化に向けてボトルネックとなる業務工程については事務所によって異なるため、事務所内の業務フローを精査し、AIやITツールによって効率化や自動化できる業務がないか確認しましょう。
業務の標準化を進める
税理士業務においては顧問業務を基盤とする事務所が大半であり、一般的に職員に顧問先を割り当てる「担当制」を採用します。そのような状況において、月次巡回監査や税務申告書の作成などの業務が標準化されておらず、担当者任せとなっている場合には「業務の属人化」が加速しやすい環境といえます。
「業務の属人化」が進むことで、担当者以外が業務内容や業務手順を把握できない「ブラックボックス化」に陥るリスクがあり、担当者が不在の場合や退職した際に業務が停滞してしまうケースも多いです。
また、それぞれの職員の知識や経験が他の職員に共有されず、事務所のノウハウとして蓄積されないため、事務所全体の業務品質向上につながりにくいというデメリットもあります。さらに、それぞれの職員が抱えている業務量を把握することが困難であるため、適切な業務配分が行えず、事務所としての生産性低下の原因にもなります。
「業務の属人化」を解消するためには、業務マニュアルの作成によって事務所としての業務品質を安定させることが必要です。また、複数担当制などを導入することで、進捗状況やノウハウを共有できる体制を整えることが重要です。
また、顧問先に関する巡回監査記録やヒアリングシートなどを作成し、事務所内にて共有することで担当者や顧問先ごとの業務状況が可視化され、業務負荷の偏りの解消にもつながります。
税理士事務所でITを活用する際のポイント
税理士業務においてITツールを活用する場合には、ただ闇雲に業務フローへ組み込んでも十分な成果は得られません。
下図のように適切なプロセスを経て導入作業を行うことで、実務においてITツールの利便性が存分に発揮され、事務所としての業務効率向上につながります。

業務フローを見直す
ITツール活用の失敗例として、単に既存の業務フローにITツールを導入しただけで、ITツール自体の有用性を十分に発揮できないケースが挙げられます。
このような機能不全のような状態に陥ってしまうと、ITツール導入によるコスト増加というデメリットだけでなく、場合によってはかえって非効率な運用体制となってしまい、事務所全体の業務効率が低下するリスクもあります。
ITツールの導入自体を「目的」とするのではなく、ITツールが業務効率向上のための「手段」として適切かどうか判断しましょう。そのためには、事務所における業務フローの中で改善が必要な工程を洗い出し、それらの解決策として適切なプロセスを多角的に検証しなければなりません。
特に、AIやITツールに関しては複雑な業務工程の中に組み入れることが困難なケースもあります。まずは、業務フローにおいて不要な工程を削減し、業務プロセスの最適化を行ったうえで、ITツールによる効率化の可能性を検討すると良いです。
現場志向を意識する
ITツールの導入や具体的なサービスの選定に関しては、最終的な意思決定を行う上層部だけでなく、実際にツールを使用する現場の職員の意見が欠かせません。
ITツールの導入目的や期待される効果について、経営陣と現場職員が足並みを揃えて取り組まなければ効果的な運用は難しくなります。また、ITツールによっては無料の試用期間が設定されているケースもあるため、それらを効果的に活用し、現場職員が中心となって複数のサービスの使用感を比較検討することも大切です。
さらに税理士業務においては、ITツール導入の効果が顧問先に及ぶケースも少なくありません。あるいは、オンラインストレージやコミュニケーションツールのように、事務所内部だけでなく顧問先にも導入することで、ITツールの利便性がさらに向上する場合もあります。
ITツール導入に際しては、導入による効果を正確にシミュレーションする必要があるため、顧問先の経営者や担当者にも丁寧な説明を行い、クライアント側の意見やニーズをしっかりと踏まえたうえで検討しましょう。
セキュリティ対策を行う
税理士業務では、クライアントの機密情報や契約書などの重要書類を預かる機会も多いため、顧客情報の管理はより一層慎重に行わなければなりません。万が一顧客情報の漏えいなどのトラブルが発生した場合、クライアントからの信頼を失うだけでなく、損害賠償責任が生じる可能性もあります。
AIやITツールを導入する際にもセキュリティ管理は大前提であり、利便性以外にもさまざまなリスクや使用環境を考慮したうえで、ツールの選定や環境の整備を行いましょう。
税理士事務所は業務改善を行い、生産性を高めよう
「モノ」としての商品を扱わない税理士業務においては、職員のパフォーマンスが事務所全体の業務品質に直結するため、業務効率や労働生産性向上への取り組みが必要不可欠です。
業務効率や生産性を高めるためには、事務所内の業務フローを精査し、無駄な工程を見つけ出して削減することや、ITツールの活用、業務の標準化などを通じて業務改善を行う必要があります。
事務所の業務フローの再構築にはまとまった時間を要し、場合によっては一時的な業務負荷がかかるケースもありますが、その有用性や必要性についてしっかりと検討し、長期的な視点に基づいて計画的に実行しましょう。
よくある質問
業務改善と言っても、何から手をつければ良いかわかりません。
まずは「業務の見える化」を行い、ボトルネックを探すことから始めましょう。 いきなり新しいツールを入れるのではなく、現状の業務フローを書き出し、「重複している作業」「担当者しか把握していない作業(属人化)」「付加価値の低い単純作業」がないかを洗い出します。その上で、無駄な工程を省き、標準化できる部分をマニュアル化するステップを踏むのが定石です。
「クラウド会計ソフト」「AI-OCR」「RPA」などが一般的です。
・クラウド会計・ストレージ: 場所を選ばず作業が可能になり、ペーパーレス化が進みます。
・AI-OCR: 領収書や通帳をスキャンして自動データ化し、入力工数を大幅に削減します。
・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション): 決まった手順のパソコン操作を自動化します。
ただし、ツールはあくまで「手段」です。導入自体を目的にせず、自事務所の課題(入力ミスが多い、移動時間が長いなど)に合ったものを選定しましょう。
業務の「標準化」や「脱・属人化」を進めるコツはありますか?
担当者以外でも業務ができる状態」を作るための仕組みづくりが重要です。 具体的には以下の取り組みが挙げられます。
・業務マニュアルの作成: 手順を明文化し、誰がやっても一定の品質を保てるようにします。
・複数担当制の導入: 1つの顧問先を複数名で見ることで、ノウハウを共有し、突発的な欠員にも対応できるようにします。
・記録の共有: 巡回監査記録やヒアリングシートを共有し、進捗や顧客状況を事務所全体で可視化します。
