近年、税理士業界でも「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が頻繁に使われるようになりました。
しかし、「会計ソフトやチャットツールを導入すること(IT化)と何が違うのか?」「具体的にどこから手をつければいいのか?」と、疑問や戸惑いを感じている方も多いのではないでしょうか。この記事では、税理士事務所におけるDXの定義から、IT化との違い、そして事務所に変革をもたらすための具体的な推進ステップまでを詳しく解説します。まずは「紙」を減らすところから、未来の事務所づくりを始めましょう。
目次
そもそもDXってなに?
経済産業省の定義によると、DX(Digital Transformation)とは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とされています。(引用:デジタルトランスフォーメーションを推進するための ガイドライン (DX 推進ガイドライン) Ver. 1.0|経済産業省)
長い定義ですが、この中で「データとデジタル技術を活用」し、「製品やサービス、ビジネスモデルを変革」すること、つまり「デジタル化による変革」が重要な部分です。
英文字のXが使われるのは、Transformationには「変化・変形・変容」とともに「交差」という意味があり、英語では「交差」を表すのに「X」が使用されるためです。
具体的には、デジタル技術を活用することで、業務プロセスの効率化を図るだけではなく、新しいビジネスを創出したり、組織そのものの変革をしたり、さらに、働き方やビジネスモデルの転換などで組織を横断した変革のことを言います。
DXは、2004年にスウェーデンのウメオ大学エリック・ストルターマン教授が提唱した概念でしたが、近年のコロナ禍において一気に注目が集まり、トレンドワードとなりました。DXの対象は、企業だけでなく個人の生活も含む社会全体となります。
DXと混同されるIT化
IT化とDXはよく混同されることがあります。IT化とは、「デジタル化」と同義であり、業務効率化を目的として、ITツールを導入したり、各種デジタル技術を活用したりすることです。これに対し、DXは上述のとおり、新しいビジネスの創出や組織の変革、さらに、働き方やビジネスモデルの転換などの「変化」を表しています。
IT化はデジタル化を目的としますが、DXではデジタル化は手段の一つとなります。
DXについて、「IT化は戦術であり、DXは戦略」であると言われるように、戦略(DX)にどのように戦術(IT化)を取り入れていくかが課題となります。
なぜ税理士事務所にDXが求められている?
税理士事務所においてDXは、大いに求められています。その理由は、税理士業を取り巻く環境の変化への対応策としてDX推進が必須であり、顧問先のDXに先んじて、税理士事務所において実践すべき事柄でもあるからです。では、税理士事務所にどのような変化が起こり、どのように変わるべきなのでしょうか?
税理士に求められる業務が変わってきているから
2015年に、野村総合研究所と英国オックスフォード大学のオズボーン准教授達との共同研究において、日本の多くの被雇用者は「今後数十年のうちに技術的に自動化されうる職業に就いている」という試算結果の公表が話題となりました。(引用:日本におけるコンピューター化と仕事の未来 カール・ベネディクト・フレイ1、マイケル A. オズボーン|野村総合研究所)
また、2020年には世界的なコンサル企業であるマッキンゼーにより、「日本においては、技術の進化に伴い、2030年までに既存業務のうち27% が自動化される見込み」と試算されました。(引用:The future of work in Japan ポスト・コロナにおける「New Normal」の加速とその意味合い|McKinsey & Company)
これらの結果が後押しするように、次々と経済社会のデジタル化が進む中、個々の企業においても新たな環境への対応は必須となりました。税理士業務は、記帳代行業務や試算表、決算書の作成業務など多くありますが、今やクラウド型の会計システムなどのIT技術により代替されつつあります。
入力時にはデータ確認の必要はあるものの、会計システム側だけでなく、金融機関などからのデータ取得や、e-Taxをはじめとするデジタル化を避けて通ることはもはや不可能となりました。
今後税理士事務所には、デジタル技術で集積したデータを用いて、顧問先が自ら経営戦略策定、資金繰り、業務改善を進められるように、支援やアドバイスをすることが求められます。税理士事務所は、顧問先にさらに「高付加価値なサービス」を提供する業務にシフトする必要があります。
働き方が変わってきているから
DXへの動きとともに、働き方への価値観も変わってきました。2019年4月から順次施行が始まった働き方改革は、働く人の置かれた環境に応じ、多様な働き方を選択できる社会の実現を目指しています。従前の長時間労働を是正し、ワーク・ライフ・バランスや柔軟な働き方が求められるようになりました。
例えば、従来の税理士事務所の繁忙期は、残業の慢性化や紙の取扱いに縛られるがゆえの出社を余儀なくされていました。しかし、DXを推進することで、テレワークの実施やIT化の導入により業務フローの改善や業務効率化を実現し、働きやすい環境が整えられます。
税理士事務所におけるDX推進の課題
税理士事務所でDX化を進めるには、解決すべき課題がいくつかありますが、中でもDX推進のためのIT人材の確保と紙文化の移行は大きなテーマです。
IT人材の不足
税理士事務所の中には、ITツールを使いこなせる人が少ないという現実があります。税理士業務の中で会計システムが使えたり、電子申告ができたりしてもそれだけで十分とは言えません。
しかし、いきなりDXについて非常に高いスキルを持っている人材を採用しても即効性があるとは限らず、宝の持ち腐れになる恐れすらあります。求められる人材は、税理士事務所におけるDXを主導できる変革のリーダーであり、現場における業務改革を牽引できる人材です。高度なデジタル化の知識自体は、委託先に委ねるとしても、まずはデジタル技術の活用に焦点を絞り、それを踏まえて税理士事務所の事業を構想できる人材が求められます。
現状では、事務所内にITに詳しい人がいても、その人も日常の業務に追われ、現実にはDX推進にまで手が回らないことがあります。事務所内でも難しいのなら、顧客先へのシステム面における効率化実現の提案は、より困難といえます。
紙をなくすことができない
税理士業務の特性として大量の書類を扱いますが、それを一気にペーパーレス化しづらいのが現状です。手続き関係書類においては、押印の義務化廃止により、ある程度は紙の量も削減されましたが、仕訳や元帳のチェック等を紙で行うという方法も依然としてあります。
ある時点で「ペーパーレス化」の名のもとにいきなり紙をなくすのは、非常に危険です。なぜなら、紙出力で成り立っていた業務の網羅性や俯瞰性を維持しながら、紙の運用と同じことがペーパーレスの運用において担保される必要があるからです。
ペーパーレスに切り替えることによるリスクを解決し、先に進むという安全策を取るには従来メンバーだけでは時間も手数もかかります。
税理士事務所がDX事務所になるために
DXの構造として、最も広範な捉え方は、「デジタイゼーション:Digitization」です。今までアナログで行ってきた業務をデジタルデータに変えることで、個々の資料を電子化することも広義のDXと言えます。
「デジタライゼーション:Digitalization」とは、デジタル技術の活用により業務の流れを変えることです。
たとえば、手入力で行っていた消込処理を自動化するのも、広義のDXになります。
必ずしも高度な技術、最先端の技法だけがDXではなく、その組織にあった業務のデジタル化、最適化を目指すものがDXとも言えます。
税理士事務所のDXのステップとして、次の3ステップが考えられます。
- DXへの経営者の意思表示
- DX推進要員の配置
- 具体的なDX推進:紙のDX→パソコンのDX→業務のDX→顧客先のDX
経営者のDXへの強い意志
DXの推進には単なるIT化とは異なり、業務や組織の変革が要求されます。そこには、経営者としての決断力や強い意志が求められます。
DX推進プロセスにおける新たな方策や考え方に対し、当初は少なからず抵抗が想定されます。そのような状況でも、経営者はDXを推進することが自らの企業の生き残りを賭けたものであることを伝え続け、DX推進の先に事業の明るい未来があることを社内に浸透させる必要があります。
そのために、前もって経営者がDXが求められる理由や従来型の商習慣、業務プロセスからの変革の意義を十二分に理解しておくことが必須です。
DXを進める担当者の配置
DX推進には、人員配置の見直しも必要となります。特に、IT専任担当者の新規採用や育成が急務です。今までの考え方と異なる方法や業務手順などを社内に浸透させるために、配置するIT担当者には社内からITに明るい人を登用するだけでなく、IT業界からの転職者を積極的に採用するなどして、デジタル要員の拡充に努めます。
また、IT担当者を育成するためには、次のことにも留意しましょう。
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- 会計業務をさせず、DXの推進にリソースを割くこと。
担当者には、会計業務もIT業務も兼任させると負荷が大きく、本業の繁忙期にはDX推進がなかなか進まないということも起こり得ます。
DXの推進には社外との折衝も必要とされることもあり、兼務は避けた方が無難です。
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- 別業界からの人材採用は、実務が分かっている人とチームを組むこと。
システムエンジニアなど、IT担当者を外部から採用する場合には、事務所の実務に精通する人も配置したチームにすることが求められます。実務精通者がコミュニケーションの補足などをしながらDXを円滑にすすめる必要があります。
紙のDX
DXの中でも最初に進められるのは、ペーパーレス化、つまり、紙のDXでしょう。いきなり紙をなくすことは難しいため、最初はペーパーストックレスを目指すことをお勧めします。
ペーパーストックレスは、事務所内にすでに保管している書類をただ捨てるだけではなく、以下の理由を明確にして、それぞれの処理を実行することです。
- 捨てるもの:他で確認することが可能なもの
- 電子化して残すもの:スキャナーを使うことで紙に代替できるもの
- 紙として残すもの:証憑など残す必要があるもの(保存期間を確認)
ペーパーストックレス化を実施することで、今後は、上記1や2の書類は発生せず、PC上での業務だけで済ませることが可能となります。
紙のDXは、その後に控えるパソコンのDXや業務のDXなどの重要なDXの最初のステップとなります。
DXを推進して、新たな税理士事務所の形をつくる
ITへの対応や働き方への対応をした企業とそうでない企業の格差は広がりを見せ、事業継続のためにはDXの推進はもはや待ったなしの状態です。
DXの推進について、上辺だけの改革を行って取り返しのつかないことにならないよう、
- DXの本質を理解すること
- 今後は、DXによる新サービスや高付加価値の提供が求められること
- DXの勝者が事業の勝者となりうること
上記の3点を押さえ、新たな事務所の形作りを目指しましょう。
また、独立・開業を検討している方は、ぜひこちらの記事も参考にしてみてください。
よくある質問
「IT化」と「DX」は何が違うのですか?
目的とゴールが異なります。 「IT化」はデジタル技術を使って業務効率化を図る「戦術」であり、手段の一つです。 対して「DX」は、IT化を手段として活用し、ビジネスモデルや組織そのものを変革して競争優位を確立する「戦略」を指します。単にツールを入れるだけでなく、それによって新たな価値を生み出すことがDXです。
なぜ今、税理士事務所にDXが必要なのですか?
「自動化による業務代替」と「働き方の変化」への対応が必要だからです。 AIや技術の進化により、記帳代行などの既存業務は将来的に自動化される可能性が高まっています。そのため、データ活用による高付加価値なサービスへのシフトが急務です。また、テレワーク対応など、職員が働きやすい環境を整え、優秀な人材を確保するためにもDXは欠かせません。
事務所にITに詳しい人材がいません。どう進めればいいですか?
専任担当者の配置や、外部人材の採用を検討しましょう。 既存職員が片手間で担当すると進まないことが多いため、DX推進にリソースを割ける専任者を置くのが理想です。所内に適任者がいない場合は、IT業界からの転職者を採用するのも一つの手です。その際、事務所の実務に詳しい職員とチームを組ませることで、現場に即した改革が進めやすくなります。
何から手をつければいいか分かりません。最初のステップは?
まずは「紙のDX(ペーパーストックレス)」から始めましょう。 いきなり全てをデジタル化するのはリスクが高いため、まずは「捨てていいもの」「スキャンして保存するもの」「紙で残すもの」を分類し、事務所内の紙を減らすことからスタートします。これが後の業務フロー改善やテレワークの土台となります。


