AI時代の税理士業界で求められるプロフェッショナルスキルとは

業務効率化

AI時代の税理士業界 求められるプロフェッショナルスキルとは
急速なAIの進化は、私たちの日常生活や産業に大きな変革をもたらし、ますます欠かせない存在となっています。最近では、ChatGPTをはじめとする生成AIにも注目が集まっています。そんな中、税理士の仕事がAIによって代替されるのではないかという懸念があります。しかし、税理士業界においても、AIの進化は革新をもたらし、新たな未来が広がっています。本記事では、AIが税理士業務に与える影響と税理士の役割がどのように変わるのかについて、詳しく解説していきます。

税理士がAIによって代替されると言われる理由

税理士業界に携わっていると、「AIによって税理士の仕事は将来なくなってしまう」という話を一度は耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。近年の税理士試験の受験者数が減少傾向にあるのも、このような話が世間に広まったことが少なからず影響しているものと考えられます。

これらの内容はイギリスにあるオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン教授が2013年に発表した論文「雇用の未来(The Future of Employment)」に起因しています。論文の中でオズボーン教授は今後10~20年の間に47%もの仕事がAIによって失われると述べており、具体的には「銀行の融資担当者」や「レジ係」「電話オペレーター」などのさまざまな業務を「なくなる仕事」として挙げています。

その中でも税理士に関する業務としては「簿記、会計、監査の事務員」や「税務申告書代行者」「データ入力作業員」が上位にランクインされており、これらは9割を超える確率でAIに代替されると記述されています。実際に税理士業界では、すでに会計ソフトの自動仕訳機能を通じて記帳代行業務や税務申告手続きがAIに簡略化あるいは代替され始めています。

オズボーン教授による論文が発表され、これらの業務に携わる税理士業界は衝撃を受け、いつしか「税理士=将来性のない資格」というイメージへと一人歩きしてしまっているものと考えられます。しかし、実際にAIによって代替される業務として挙げられているものはいずれも単純作業や定型的な処理を必要とする内容が大半であり、それぞれの顧問先の事情に沿った臨機応変な対応が求められる業務ではありません。

記帳代行業務に対する不安が「税理士不要論」のような極論へと発展しがちですが、実際には「AIが得意とする業務」と「人間にしかできない業務」を正しく理解し、それに基づいたリソースの配分が重要となります。
(参考:The Future of Employment

AI先進国、エストニアの事例

東欧のバルト三国の一つであるエストニアは世界に先駆けてデジタル化政策を進めており、「IT国家」として注目を集めています。エストニアでは15歳以上の国民に電子証明書の所有を義務付けており、「結婚」や「離婚」「不動産売買」以外の行政サービスはオンライン上で完結します。AI先進国であるエストニアには「税理士が存在しない」と言われています。そのような状況に至った要因は、大きく2つに分けられます。

  • オンラインシステムの整備
  • シンプルな税制への移行

エストニアでは2000年にe-Tax制度が導入され、現在はほぼすべての法人や個人がオンライン上で申告や納税手続きを行っています。電子証明書で国民に関するさまざまな情報がデータベースとして蓄積されており、エストニア政府は全国民の預金残高まで把握できます。徹底的にデジタル化を促進することでオンライン化に取り組み、スマートフォンで申告納税が行えるだけでなく、わずか数十分程度で会社設立が完了します。

オンラインシステムを整備するだけでなく、エストニアでは「フラットタックス制度」を導入し、シンプルな税制への移行に取り組みました。現在のエストニアには相続税や贈与税は存在せず、主な税金としては「配当課税」「社会福祉税」「付加価値税」の3つが挙げられ、いずれの税金も所得の大小などに関係なく一定税率で計算されます。

AI先進国・エストニアの税務申告

電子上で申告納税が完結する仕組みの整備だけでなく、専門的知識を持たない納税者でも簡単に税額計算ができるようなシンプルな課税制度を導入したことで、手続きを税理士に依頼する必要性が薄れていきました。エストニアの現状を「日本の税理士業界の未来」として捉えられますが、そのためには単にデジタル化に取り組むだけでなく、日本の複雑な税制自体を見直す必要があります。実際にはエストニアにも会計法人は存在しており、AIで代替できない会計や税務に関する各種手続きやコンサルティング業務を行っています。

「IT国家」として他国をリードするエストニアでは、単純作業や定型的な業務がAIによって自動化されることで、税理士は人間にしかできない付加価値業務に注力するという「AIとの分業体制」が進んでいます。

税理士業務のなかでAIができること

税理士業界でもすでにAIを導入する事務所が増加していますが、現状のAIはユーザーが定めたルールにしたがって、定型的な処理を行うような単純作業を中心に活用されています。具体的には下図のように日常の会計業務にAIを取り入れることで、バックオフィスの業務負荷を軽減するケースが一般的です。

会計業務で活躍できるAI

勘定科目に応じた自動仕訳入力

税理士業界におけるAIの代表例である自動仕訳入力機能を搭載した会計ソフトでは、ネットバンキングやクレジットカードと連携することで日々の取引情報を読み取り、それらを自動的に仕訳処理することが可能です。この機能により、これまでは税理士事務所や顧問先の経理担当者が手作業で行っていた仕訳入力を自動化でき、各勘定科目の残高を合わせるための工数も削減できます。AIによる自動仕訳には学習機能が備わっており、ユーザーが繰り返し使い続けることでさらに細かい項目での自動化が促進され、会計処理全体の正確性も高まっていくという特徴があります。

クラウド会計では給与計算や請求システム、POSレジ、経費精算などのクラウドサービスとも連携でき、互いに連携可能なサービスを利用することでバックオフィス全体の業務効率化を図ることができます。

紙証憑の読み取り

画像データのテキスト部分を認識する「AI-OCR」という技術を活用すれば、紙証憑から文字認識を行うことができます。このような技術を用いたサービスを利用し、領収書などの紙証憑をスキャンすることで「取引日」「取引内容」「金額」などの必要な文字情報を読み取り、それを仕訳データとして自動生成することが可能です。従来は顧問先の請求書や領収書などの紙証憑に基づいて税理士事務所が手作業で行っていた仕訳入力についても自動化が可能となり、事務所全体の作業効率向上が期待できます。

スキャンした画像データはオンラインストレージなどへ保存できるため、電子帳簿保存法に対応したサービスを導入することで紙媒体で管理する場合の手間や場所が不要となり、保管コストの削減にも貢献します。

ChatGPTの活用場面

近年、ChatGPTのような生成AIが目覚ましい発展を遂げる中、税理士をはじめとする多くの業界でAIとの分業・協調体制が加速すると予想されます。ChatGPTの導入によって、税理士事務所としての業務品質の向上や効率化につながるケースも考えられるため、効果的な活用方法を検討しましょう。

ChatGPTとは何か

ChatGPTは、OpenAIによって開発された先進的なAI言語モデルであり、自然言語処理と人間との会話能力に大きな特徴があります。AIがコンテクストを理解し、それに基づいて自然な会話を作り出すという革新性が持ち味であり、これによりさまざまな分野での応用が期待できるでしょう。

ただしChatGPTにもいくつかの注意点があります。たとえばAIが学習するデータには最新の情報が含まれていないため、直近の出来事に関する質問には回答できないことや、特定分野における専門性の高い質問への回答が不正確になりやすいことなどが挙げられます。

文章作成

生成AIの強みである文章作成能力を活用すると、メルマガ案やSNSの投稿文、セミナーの案内文、お礼文、お詫び文、採用広告媒体の掲載文など、さまざまな文章を効率的に作成することが可能です。このような機能を有効活用することで、税理士業務の一環としてのコミュニケーション作業が大きく効率化され、事務所全体の業務効率化にも役立つでしょう。

アイディアの提案

ChatGPTは単なる文章生成だけでなく、業務フローや社内研修のプラン策定、市場や業界の分析、マーケティング戦略の提案など、創造的なアイディアを生み出すサポートも可能です。

また自らのビジネスプランや経営戦略を練り上げる際にも、ChatGPTを用いて「壁打ち」を行うことで、計画の具体化やブラッシュアップにも活用できます。AIという「第三者」の視点を取り入れることで、固定概念や先入観にとらわれない革新的なアイディアを得られる可能性が広がります。

業務効率化

生成AIは業務効率化の強力なサポートツールとしても活用できます。社内データや文章についてAIアシスタントを利活用し、要約や文章の校正、HPのコンテンツ作成、要領を得ない問い合わせ文の解析作業を行わせるなど、日常業務の効率化を実現できます。ChatGPTなどのAIとの分業体制が強化されることによって、税理士はより専門性の高い業務に専念しやすくなるでしょう。

AIにはできない、税理士にしかできない業務

現状のAIは単純作業や定型的な処理に長けている一方で、下図のとおりAIには代替できない業務も存在します。

AIにはできない、税理士にしかできない

今後もAIの発展が進むことが予測される中、税理士として付加価値の高い業務に注力し、顧客満足度を高めるための工夫を講じましょう。

顧問先とのコミュニケーション

AIでは人間との意思疎通を図ることはできないため、人間である税理士が顧問先の経営者とコミュニケーションをとる必要があります。税金に関するアドバイスに加え、顧問先の経営相談を通じて潜在的なニーズを読み取り、それを解決するための改善策を練り上げることも税理士としての重要な業務の一つです。

特に税理士は経営者にとって「最も身近なパートナー」としての役割を担うため、記帳代行業務や税務申告だけでなく、経営戦略やキャッシュフロー、人事労務など、さまざまな問題の相談窓口となる機会が多くなります。顧問先との間でこれらの経営課題を共有したうえで経営計画や事業計画を策定し、計画の実行支援を行うなど、コンサルタントとしての側面も期待されています。

また税務相談への対応についても、クライアントごとの状況を踏まえた丁寧なコミュニケーションが求められるだけでなく、税理士法における独占業務に該当するため、税理士以外がAIを活用して代行することは認められません。

これらの業務はいずれも深いコミュニケーションによって成り立つものであり、そのためには顧問先との間に十分な信頼関係を構築することが必要不可欠です。単純作業や定型的な処理についてはAIに任せ、それによって捻出されたリソースを顧問先とのコミュニケーションに充てることにより、税理士はこれまで以上に付加価値の高い業務へ注力することが求められます。

専門的な解釈が必要な業務

シンプルな税制を導入したエストニアとは異なり、現在の日本における税制は非常に難解で、毎年の税制改正のたびに複雑さを増しています。個々の税目に対する理解だけでなく、顧問先の意向も踏まえた上で法人税や所得税、相続税など異なる税目間でのシミュレーションが必要となる事例も多いため、AIによって最適解を導き出すことが困難なケースも多いです。

またChatGPTについては、過去に人間が行った判断の結果や関連情報を大量に学習して、「税理士だったらどのように振る舞うか」を予測しているにすぎません。さらに新しい情報や複雑な事象についてはデータが少なく、そもそもソースとして選ばれない可能性も高いです。参考にしたソースの提示やそのソースを選んだ根拠については、専門的な知識を持つ人間でなければ説得力に欠けてしまい、クライアントが納得するような回答を論理的に示すことは難しいでしょう。

特に日本の税法では明確な基準が存在しない論点が多く、杓子定規に適否を判断できない「グレーゾーン」の領域が非常に大きいことも特徴です。それらの「グレーゾーン」に関しては立法趣旨や過去の裁決事例と照らし合わせて慎重に判断を行う必要があるため、税理士のような専門的な知識を持った人間による多角的な検証が必要となります。

社会全体にAIが浸透することで、AIが代替できないような高度なスキルやノウハウが必要とされる業務を人間が担っていくものと予測されます。税理士業界も同様で、税務や周辺知識に関する知見を深め、自らの専門性を高める税理士ほど業務領域が拡大しやすくなり、AIとのすみ分けも容易になります。

税理士がAIを活用することが求められる

   

業務の分担

IT先進国であるエストニアの例を見ても、AIは税理士の仕事を奪う存在ではなく、むしろ得意分野を区分することで効果的な「分業体制」を構築することが可能です。従来の税理士業務で多くの時間が費やされてきた「仕訳入力」や「勘定科目の残高合わせ」などの単純作業や定型業務をAIに任せることで、余った人的資源をより付加価値の高い業務に充てることができます。

AIと税理士の分業体制

このようなAIのメリットに目を向けることで、従来の業務量では対応できなかったコンサルティング業務や経営支援などの新たな業務領域に踏み出すリソースが確保でき、税理士としての活躍の場を拡大できます。

AIはルールに則った処理には非常に大きな効果を発揮しますが、前提となるルール設定は人間が行う必要があり、その内容が不正確な場合にはかえって非効率な運用となってしまいます。クラウド会計についても同様であり、顧問先にとって効率的な運用が実現できるよう、コンサルティング業務として税理士が導入支援にあたるケースも増加しています。

また税理士業界にクラウド会計が浸透することで、事業者側の税理士選びにも変化が生じることが予測されます。税理士と顧問契約を結ぶ場合、従来は各々の税理士事務所が使用するインストール型の会計ソフトを顧問先へ導入するケースが一般的であり、税理士が主導となって会計ソフトの選定を行っていました。

しかしクラウド会計は、ネットバンキングやクレジットカードと連携することで自動仕訳登録が可能となり、事業者にとって会計に対する心理的なハードルが下がる傾向にあります。そのため、顧問税理士をつける前に事業者側がすでにクラウド会計を利用しているケースも多く、その場合には自らが利用するクラウドサービスに対応可能な税理士の中から依頼先を選ぶことになります。

このようにクラウド会計の発展によって会計ソフトは「税理士ではなく事業者が選ぶもの」へと変わりつつあり、AI化の流れによる顧客ニーズの変化を柔軟にく汲み取ることで税理士としての機会損失を防ぐことにもつながるでしょう。


   

注意すべき点

税理士としては、税理士法で定められている守秘義務を遵守する必要があります。

ChatGPTなどの生成AIについては、学習したコンテクストに基づいて文章を生成するため、入力したデータが他人への回答として漏洩する可能性もゼロではありません。また入力したデータ自体がOpenAI社への情報提供にあたり、守秘義務違反となるリスクもあります。そのようなリスクを避けるためには、AIサービスのプライバシーポリシーをきちんと確認したうえで、事務所内でも以下のような利用規約を作成することをおすすめします。

  • 社外秘の情報や個人情報を入力しない
  • ChatGPTで生成された文章を業務に用いるときには、内容の正確性を確認する
  • オプトアウトを申請する

クライアントの具体的な情報などの入力は避けるとともに、ファクトチェックは必ず行いましょう。なおオプトアウト申請によって履歴と学習を無効化できるものの、会話の内容自体はOpenAI社で30日間保持されます。

今後選ばれる税理士になるために

すでにさまざまな業界にAIが活用され、税理士業界でも記帳代行業務などを中心に代替されていく可能性が高いと考えられます。またChatGPTの登場により、AIを用いたアイディアの創出や業務効率化も急速に発展しており、税理士業界にも着実に浸透しています。

ただしAIについては効果的な使い方を理解する必要があり、より良い回答を引き出すためには、まずユーザー側が自らの課題を正確に見極めることが重要です。

そのうえでAIからの回答を一次情報として、さらに個別の事情や背景、他の税務事例との整合性を考慮し、事務所としての文化・ポリシーを反映した回答にブラッシュアップする「統合力」が求められます。

今後選ばれる税理士となっていくためには、専門性の高い業務領域を強化することが重要となります。そのためにはAIとの「分業」による業務効率化だけでなく、AIを用いて新たなアイディアを創出するなど、「協調」することも必要です。専門家として付加価値の高いサービスを提供することで、AIだけでなく他の税理士事務所との差別化を図りましょう。

【監修】税理士・中小企業診断士 服部 大

2020年2月、30歳のときに名古屋市内にて税理士事務所を開業。
平均年齢が60歳を超える税理士業界の数少ない若手税理士として、顧問先の会計や税務だけでなく、創業融資やクラウド会計導入支援、補助金申請など、若手経営者を幅広く支援できるように奮闘中。
執筆や監修業務も承っており、「わかりにくい税金の世界」をわかりやすく伝えられる専門家を志している。

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