税理士の事業承継業務。仕事内容と必要な知識、スキルとは?

事務所経営

税理士の事業承継業務。仕事内容と必要な知識、スキルとは?

高齢化が進む日本では、経営者の事業承継が課題となっています。経営者の身近な存在である税理士は、事業承継についてのアドバイスを求められることもあるでしょう。では、税理士が行う事業承継業務や求められる知識はどのようなものなのでしょうか。本記事で詳しく解説していきます。

税理士による事業承継

国内における経営者の高齢化に伴い、事業承継への課題に直面する企業も年々増加しています。そのような企業の経営者は顧問税理士へ事業承継の相談をするケースも多いですが、事業承継業務にはスキーム(手法)の検討や税金、資金対策など、さまざまな知識が必要です。

税理士には、個々の事例に臨機応変に対応するために、幅広い知識と適切な対応力が求められます。

事業承継とは

事業承継には、承継先によって「親族内承継」と「親族外承継」、「M&A」の3つに分けられます。

  • 親族内承継
    親族内承継とは、経営者が自らの親族に対して会社の株式や資産を承継することをいいます。会社の事業承継を検討する際に真っ先に挙がるのが親族内承継であり、経営者の子どもへ承継するケースが最も一般的です。
  • 親族外承継
    親族外承継は、文字どおり経営者の親族以外を後継者として事業を承継することを指します。具体的には自社の役員や従業員を内部昇格させるケースや、社外から招へいした人物を後継者とするケースも少なくありません。近年では少子高齢化の影響もあり、親族内で後継者が見つからず、親族外承継を選択する会社も増加傾向にあります。
  • M&A
    M&Aは企業の合併や買収を指し、後継者不足に悩む経営者が増加する昨今の日本においては、第三者へ会社や事業ごと売却する企業が年々増加しています。従来のM&Aでは大企業のイメージがありましたが、近年では中小企業や個人事業主を対象とする「スモールM&A」も注目を集めています。なお近年の事業承継における傾向としては、下図のとおり、少子高齢化などの影響によって「親族内承継」が減少傾向にあり、「親族外承継」や「M&A」の割合が増加していることが伺えます。

    事業承継の業務内容

    税理士が事業承継に携わる場合には、下図のとおり「親族内承継」や「親族外承継」、「M&A」ごとに具体的な業務内容が異なります。

     

  • 親族内承継
    「親族内承継」の場合には、後継者を選定したうえで、自社株の評価額を算定し、譲渡や生前贈与、相続など、自社株を承継させる方法やタイミングを検討しなければなりません。実際に自社株を移動した場合の所得税や贈与税、相続税申告の手続きはもちろんのこと、評価額が大きい場合の株価対策や節税対策、争族対策についても税理士の業務内容に含まれます。
  • 親族外承継
    「親族外承継」では社内外から後継者候補を選定しますが、将来的に現経営者の親族に社長の地位を戻す場合には、自社株の承継を行わず、経営権のみを引き継ぐケースもあります。一方で自社株の承継を行う場合には、後継者は株式取得のためのまとまった資金が必要となるため、専門家として資金調達の方法を提案しなければなりません。
  • M&A
    「M&A」を実施する場合には、売却対象となる株式や事業の価値を算定したうえで、スキームや売却条件について、現経営者とともに検討を重ねる必要があります。買い手候補が見つかった場合には、デューデリジェンス(買い手側による企業監査)への立会いや、売却金額や従業員の待遇などの詳細な条件面について、専門家としての意見を求められるケースも珍しくありません。

    顧問税理士による事業承継支援

    顧問税理士としての関与が長くなるほど、顧問先の抱える課題や経営者一族の状況など、より深い情報に触れる機会も増えていくことでしょう。そのような背景もあり、顧問税理士を経営の相談相手と考える経営者は少なくありません。

    事業承継を計画的に実行するためには、後継者の選定だけでなく、承継方法や承継のタイミング、資金調達、税金対策など、検討すべき課題が山積しているケースが一般的です。顧問税理士は経営者の意向を適切に汲み取り、事業承継計画の策定や経営状況の見える化、経営改善を支援することによって、安心して次世代への事業承継が実施できるようにサポートしなければなりません。

    顧問税理士は経営者の事業承継ニーズをいち早く察知できるポジションであるため、顧問先にとって事業承継が差し迫った課題となる前に、早い段階から次世代への承継に着手するようにしましょう。

     

    税理士の事業承継に求められること

    税理士が事業承継業務に携わる場合には、税務に限定した知識やノウハウではなく、周辺知識も含めた網羅的な知見が必要です。特に事業承継では個々のケースに応じて最適なプランを練り上げることが求められるため、税務以外の関連する知識についても積極的に吸収しましょう。

    事業承継業務で必要とされる知識

    事業承継業務で必要となる専門的知識は、下図のように多岐に渡ります。

     

  • 税務・法務
    税務に関しては自社株評価が必須であり、実際に自社株を移す場合には所得税や贈与税、相続税計算が必要となります。また相続の場合には遺産相続でのトラブルに発展しないよう、遺言書作成など、遺産分割に関する対策を行うケースもあるでしょう。承継の対象となる会社に関連する知識も必要であり、法人税や会社法全般に関する知見も備えておきましょう。また、事業承継税制など、事業承継を実施するタイミングで適用可能な優遇措置が設けられている可能性もあるため、常に最新の知識にアップデートするように心掛けてください。
  • スキーム
    税務以外においても、事業承継のスキームに関するノウハウは必須です。実際の事業承継では持株会社を設立する方法や、M&Aにおいても合併や買収という大まかな概念だけでなく、株式譲渡や株式移転、株式交換、事業譲渡など、数々の詳細なスキームがあります。その中から経営者の意向や会社の状況に合った最適なスキームを選ぶ必要があるため、大前提としてそれぞれの内容や違いについては確実に抑えておきましょう。
  • 資金調達
    自社株の評価額が大きい場合には、後継者が承継する際に必要となる資金調達の方法も検討しなければなりません。自社株の評価額引き下げや節税などの対策に加え、金融機関からの融資を検討すべき場合もあるでしょう。
  • 補助金制度
    事業承継に伴う資金面の課題に関しては、国や自治体による補助金制度を活用できるケースもあります。税理士として補助金申請サポートを行うかどうかは別として、制度活用の機会を逸することがないよう、制度概要や要件についてはしっかりと抑えておきましょう

    事業承継を行う上で必要なスキル

    事業承継に関して必要となるスキルについては、専門的な知識だけではありません。具体的には下図のようなスキルが求められます。

    事業承継業務は経営者の意向だけでなく、後継者候補や企業の取引先など、企業を取り巻くそれぞれの関係者の立場や考え方まで考慮する「広い視野」が必要です。関係者の意見や考えに対する理解や共感を示したうえで、事業承継計画に落とし込む「調整力」も求められます。また、目標に至るまでの道筋を構築する専門的な知識に加え、関係者に正しく説明を行い、説得するための「提案力」や「交渉力」を発揮しなければなりません。

    事業承継では、法務や労務などの多角的な観点から検証が必要となるケースもあります。税理士単独ではなく、弁護士や社会保険労務士、司法書士などの他士業とも連携しながら、一丸となって事業承継計画を進めていく「プロジェクト思考」が必要となります。

     

    事業承継士という資格

    経営者の高齢化に伴い、事業承継のニーズは日増しに高まっています。しかし、税理士を含め、すべての士業が事業承継業務に精通しているわけではないため、依頼する際の専門家選びも容易ではありません。

    そのような背景もあり、近年では「事業承継士」という資格に注目が集まっています。

    事業承継士とは

    事業承継士とは、一般社団法人事業承継協会が認定を行う資格です。

    本試験を受験する前に事業承継士資格講座を受講する必要がありますが、受講には税理士や公認会計士、弁護士、司法書士、社会保険労務士、中小企業診断士など、国家資格保有者やそれと同等の知識を有することが必要とされています。

    事業承継士の取得で事業承継に関する実践的な知識が身につくだけでなく、講座の受講を通じて他の士業とのネットワークを構築しやすくなります。

    ダブルライセンスの強み

    税理士にとっては、事業承継業務に必要となる税務以外の周辺知識も吸収できるため、事業承継士資格の取得によって大きな相乗効果が期待されます。また、税理士と事業承継士のダブルライセンスとなることで、潜在顧客に対し、事業承継業務に携わるスペシャリストであることを訴求しやすくなります。税理士として事業承継業務の受注を目指すのであれば、ダブルライセンスのような訴求しやすい方法によって差別化を図ることも有用です。

    事業承継業務も行える税理士に

    少子高齢化の影響により、国内における事業承継の悩みやニーズは確実に高まっており、税理士にとっては今後も魅力的な市場となっていくことが予想されます。一方で事業承継業務に関しては、複数の税目や税務以外の知識も必要とされるため、すべての税理士が容易に携わることのできる業務ではありません。

    そのような背景があるからこそ、税務以外の周辺知識やノウハウを積極的に習得することによって同業者との差別化を図り、税理士としての活躍の場を広げましょう。

よくある質問

事業承継にはどんな種類がある?

事業承継の方法は、「親族内承継」「親族外承継」「M&A」の3つに分けられます。従来は親族内承継が大半でしたが、少子高齢化の影響もあり、近年では親族外承継やM&Aの比率が高まっています。

事業承継業務に必要な知識は?

自社株評価だけでなく、相続税や贈与税、所得税、法人税の税目を網羅する知識が必要です。また税務以外にも事業承継スキームに関する知見や資金調達方法、補助金制度などの周辺知識も求められます。

事業承継士とは?

一般社団法人事業承継協会が認定する資格であり、主に税理士や弁護士などの国家資格保有者が取得可能です。事業承継の実用的な知識を習得するだけでなく、事業承継のスペシャリストとして訴求しやすくなります。

【監修】税理士・中小企業診断士 服部 大

2020年2月、30歳のときに名古屋市内にて税理士事務所を開業。
平均年齢が60歳を超える税理士業界の数少ない若手税理士として、顧問先の会計や税務だけでなく、創業融資やクラウド会計導入支援、補助金申請など、若手経営者を幅広く支援できるように奮闘中。
執筆や監修業務も承っており、「わかりにくい税金の世界」をわかりやすく伝えられる専門家を志している。

記事一覧ページへ

関連記事

顧問契約書テンプレート