経費水増し精算はなぜ起きる?不正を防止・発見するために大切なこと【前田康二郎さん寄稿】

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会社の大事なお金を扱う経理担当者にとって、責任の重い役割の一つに「社員の不正に目を光らせる」という任務があります。日常的に発生しやすいのは、「経費精算」での不正。なぜ経費精算で不正は発生しやすいのか?どうやって防止すべきなのか?経理担当者に必要な心構えも踏まえ、経営コンサルタントである前田康二郎氏に解説いただきます。

不正が起きやすくなる心理メカニズム

不正というのは、現金やデータに関わることができる機会が多ければ多いほど、その当事者が不正を起こす可能性は高くなります。現金、預金、領収書、在庫、請求書・・・これらを取り扱うことができる、あるいはこれらに関して決裁権限のある人であればあるほど、不正の誘惑に駆られやすく、実行しやすいのです。中でも「経費精算」というのは、最も身近で、最も手を出しやすい不正の一つです。なぜなら一つには、当然のことながらほぼ全員が経費精算の対象者となるためです。純粋に確率論の話です。そしてもう一つは、社員の「見つからないだろう」「捕まらないだろう」という「思い込み」が、そうさせています。仮にコンビニエンスストアで万引をしたら当然監視カメラで見つかり、警察に連行されるというイメージが誰しもあります。だから普通の人はそのようなことはしません。しかし職場ではどうでしょうか。

「経費精算で不正をして解雇や厳重注意をされた人を見たことがない」
「ちょっと勘違いしてしまいました、と言ったらすぐ許してもらえた」
「今日現在、経費精算の不正を皆がしているけれど経理は全く気付いていない」
「見つかっても警察になど突き出されないだろう」

そうしたイメージが出来上がっている社員が多いので、経費精算の不正というのは起きやすいのです。現に私も実際に経費精算の不正をして職場から厳罰に処されたことがある人に話を聞いたことがありますが、「こんな大事(おおごと)になるなんて思わなかった」と落胆していました。こうなってしまうと、会社だけでなく、不正をした本人やその家族も結局不幸にさせてしまいます。誰も得する人などいないのです。

経理担当者に求められるのは「見抜く目」と「毅然とした対応」

このようなことを踏まえると、経理担当者は、ただ「仕事が速い」「真面目」ということだけではなく、「あの人にチェックされたら絶対に不正が見つかるから、やめておこう」と周囲から思われるような不正を見抜ける能力、そしてモラルの欠如に対しては毅然とした対応をする、という人間性が、会社のお金だけでなく、社員が「魔がさす」ということからも守ることができるのです。不正を見抜くには、まず不正のバリエーションを知らなければ見抜きようがありません。領収書についての不正について、ここであらためて考えてみましょう。領収書の偽装には、さまざまなパターンがあります。具体的には、

  1. 実際の領収書に数字を書きこんでしまう方法(「6,420円」に1を加えて「16,420円」として差額の10,000円を着服する)
  2. 白紙の領収書をもらい、適当な金額を入れて経費申請する
  3. 取引先との打ち合わせで、実際は折半したのに、満額の領収書を2社分発行してもらい、経費申請する(相手の折半分の金額を着服)
  4. 交通ICカードなどで買い物をし、その領収書と、チャージ料をそれぞれ経費申請し、実質2重で金額を受け取る
  5. 私用で使った領収書を経費精算の中に忍ばせる

などの例があります。例えば実際に私の知人がお店で居合わせて見てしまった、という、上場企業同士の管理職の会食の事例です。その店は個人経営の小さな飲み屋さんでした。隣のテーブルの会話が聞こえてきて、清廉性があると評判の企業同士の打ち合わせだということがわかったそうです。そして会計の段になり、その人たちがママを呼びました。「ママ、お会計。2枚よろしくね」すると、「いつも通りでいいのね」と、手慣れた手つきでさらさらっと領収書を2枚書き、「はい、3万円と3万円」と渡したそうです。知人は、「え?」と振り返ったそうです。もともと合計の金額が2人で6万円なら意味がわかります。折半して3万円ずつ領収書をもらい、それぞれの会社で経費精算をすればそれは正しい処理です。しかしそのお店は、どんなにお酒を飲んでも1人3万円などかからないお店でした。つまり2人で3万円なのに、3万円の領収書を2枚もらって、差額の1万5千円をお小遣いにしよう、ということでした。案の定、2人で3万円をママに渡して店を出ていったそうです。知人はすぐに、「ママ、あんなことやっていいの?」と聞いたそうです。すると、「別にこっちは領収書を書くだけだからいいのよ」とあっけらかんとしていたそうです。

つまり個人経営の店は税務署も忙しいためにチェックがまわらないので、店側がそのような不正の手助けをしていても税務調査がなかなか入りません。そして店側としては「上場企業の管理職」というのは、上客です。自腹ではなく、会社の経費で接待の場として使ってくれるということは、安定してお金をお店に落としていってくれるということでこのご時世ではありがたいことです。お店のママも計算が働いて、「これを断って二度と自分の店を使ってくれなくなるより、常連になってもらったほうが安定収入になる」という誘惑にかられ、そのような人たちからの不正のリクエストに応えてしまうのです。こうしてお店と客との「ずぶずぶの関係」が出来上がるのです。

たかだか領収書の1枚ぐらい、では済まされない

ここまで読んで「別にいいじゃない、たかだか数千円か1万円くらい」「かわいいもんじゃない」という人がいたら、職場に限らず、どのような人生の局面でも、だまされやすい要素があると思ったほうがいいでしょう。なぜならそのように思ってしまう人というのは「不正をする人たちというのは、同じことを年がら年中、何年間もやっている」ということに気付けないからです。1年に1回、たった1枚だけ領収書を偽装して申請する、などという人はいません。そのような性格の人は1年に1回さえやりません。不正を見つかるまでやり続けるか、反対に一切やらないのか、どちらかしかないのです。ですから、もし1枚そうした偽装の領収書が見つかったら、少なくとも数十枚以上はその周辺に同じようなものがあると思ったほうが良いでしょう。不正をするほうも、最初は数千円程度だったのが、見つからないとエスカレートしていきます。最後には数万円、数十万円分、上記のパターンをうまく織り交ぜた領収書を経費として申請してくるのが常態化してしまうのです。そしてそれが周囲の誰にも気づかれていない、ということもありません。似た性質の社員がそばにいたら「あれでバレないのだったら、自分もやってやろう」と思い、まねをし始めます。そうなると、領収書1枚から始まった「たかだか経費精算の不正くらいで目くじらを立てなくても」という不正でも、膨大な金額になっていくのです。

領収書

そのような不正への対策はいくつかあります。例えば、特に高額な接待をするところに関しては、不正の領収書を発行するようなことをしない清廉性のある店を会社側があらかじめいくつか指定をして、そこ以外では原則接待をさせない。そうすればそこで接待する平均単価もだいたいわかりますので、後から金額を上書きしたような領収書を申請されてもチェック時にわかります。また、私が会社員時代は、高額な領収書が出てきたら、その都度、本当にその店が実在するかホームページを調べたり、ホームページに料金表が載っていない時は、店に電話をして実在しているか、どんな業態のお店なのか確認をするということを経理部でしたりしていました。実際に、そのように電話で確認していったところ、ある社員の経費精算の中に接待にふさわしくない業態の店の領収書が見つかりました。大手企業との打ち合わせと称して交際費申請をしていたので、その上司が驚いて「本当にこのような不適切な店に取引先様をお連れしたのか」と問い詰めたら、その交際費申請自体も嘘で接待などしておらず、自分と友達で遊びに行った私用の領収書を経費精算に紛れ込ませて申請したということがわかりました。

こうした経費精算の不正を発見した時に当人に注意をしたところで、罪悪感はあまりありません。その人たちがどの段階でやっと本気になるか。それは、「警察」「刑事事件」という言葉が出てきた時です。彼らが一番恐れるのは、減給でも降格でもなく、そのような言葉である理由はなぜでしょうか。それはパブリックな場所で通常出てくる言葉だからです。その時点で初めて自分が「万引と同じことをしてしまった」という感覚に気が付くのです。それまでは「お父さん、お母さんの財布からちょっと拝借した」という「子供感覚」でしかないのです。

経理部・人事部でタッグを組み、不正防止を

経理担当者が特に気を付けたいポイントの一つは、「自分以外の人も自分と同じ価値観とは限らない」という自覚を持つことです。だから「経費精算で不正をしてはいけません」などという子供じみたことなど、言わなくても皆わかっているだろう、と思ってしまうかもしれませんが、当たり前のことでもきちんと口に出して定期的に啓発し続けるということが大切です。それを、より確実なものにしていくには人事担当者とも連携をするとよいでしょう。なぜかというと、人事担当者が経費精算の不正の種類、内容、その重大さを理解していないと、いくら経理担当者が厳しく指導をしていても人事部が「数百円、数千円くらいでそんなに怒らなくても」となってしまうと社員は味を占めて「ざる」の状態になってしまうからです。数百円の不正が簡単に数千円、数万円、数十万に膨らんでいくということを人事担当者にも理解してもらう必要があります。実際に通報、告発するかどうかは別として、社員が金銭的な不正を起こした場合、顧問弁護士などと相談して、どこからは警察が関与できるかできないか、ということを事前に把握し、入社時や年度代わりなどのタイミングで定期的に、社員に対して、不正をするとどういうプロセスが踏まれるか、ということを人事部と経理部が連携して社員に周知をさせるということも不正防止にも役立ちます。

タッグを組む

普段から、「警察より厳しい」と言われるような経理担当者であれば、社員は「少しくらい不正をしてもいいかな」という魔は、ささないはずです。

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