税理士にマーケティングは必要ないのか? ―「専門性」への世間によくある誤解?について考える―

読了まで約 8

今回、マーケティングについてかなり突っ込んだお話をいたしますが、私はこのマーケティングを「自社の提供する商品やサービスなどを、市場ニーズにいかに適合させていくかを追求する理論或いは方法論のこと」とシンプルに定義しています。マーケティングでは市場ニーズつまり「消費者の意思」がどこにあるのかが最も重要なポイントとなります。
(執筆者:税理士 海江田 博士)

税理士は資格の範囲の中で仕事をすればよいのか

セミナーでの出来事

私はマーケティングを得意分野としているためか、そのテーマでセミナーの講師を依頼される機会も多くいただいています。
特に中小企業のマーケティング、中でも地方のそれについては、長年顧問税理士として関与しウォッチングしてきた経験や体験をもとに、経営者を対象としたマーケティング入門の本も書いています。

先日、あるセミナーでやはりマーケティングの話をした後、受講者の若手経営者から面白い指摘を受けました。彼にしてみれば、ふと気が付いたごく当たり前の疑問のようでしたが、私にとっては「あっ、そうか!」と、新鮮な指摘だったのです。

それは「税理士さんがマーケティングってなんか不思議ですね。」というものでした。「税理士とマーケティング」という組み合わせには、みなさんよほど違和感があるのか、こういった指摘は今までも何度か受けたことがあります。
ただ、これまで指摘されたのは、税務を専門分野にする税理士が「まるで畑違いのマーケティングを語るってなんか不思議ですね。」という内容でした。
つまり「(税理士という極めて専門性の高い仕事でありながら)専門外の話をすることもあるんですね。」というものだったのです。

これまでとは異質の指摘

しかし、今回の指摘は少し違っていました。
彼が言いたかったのは「税理士のような資格で行なう職業に、もともとマーケティングなんていらないんじゃないかと思っていました。」という意味だったのです。つまり、「税理士は税理士、資格の範囲の中で仕事をするだけなんでしょう?マーケティングなんて考える必要ないんじゃないですか。」と言われた訳です。

そのセミナーの中で私は「税理士という職業でありながら、私はめちゃくちゃマーケティングを追求してきました。」という点についてかなりしゃべりました。何故そうしたのか、という点についても講演の中で散々説明したつもりだったのですが、それでも彼には不思議に思えたらしいのです。

資格取得は実務世界への切符に過ぎない

改めて気づいたこと

この指摘を聞いた時に私は、「あ!」と気が付きました。そして、改めて「そうか!やっぱりどんなビジネスにもマーケティング的アプローチって大事なんだなあ。」との思いを強くしたのです。

そうなのです。大抵の職業の人は、自分が提供している専門性についてあまり疑問を持っていません。
「製造業は製造業、流通業は流通業、サービス業はサービス業、それぞれの専門性で成立している。それ以上でもなければ、それ以下でもない。なのに、何を今さらクドクド(マーケティングなどの手段を使って)と説明する必要があるのか?」と、ほとんどの職業人は思っているのではないでしょうか。

資格試験と現実とのギャップ

特に、税理士のように資格で食べている専門分野の人間はその思いが強いと思います。何故ならば、資格を取得する際の受験科目で専門領域が規定されているために、それを逸脱して職域を成立させようという意識が薄いからです。

ただ、実務を始めてみればすぐにわかることですが、試験科目で勉強した内容をそのまま使える領域など、現実のビジネス社会ではほんのわずかでしかありません。実務はまた別の世界なのです。
資格試験は実務世界への切符を手にしたに過ぎません。ただそのことをちゃんと自覚している税理士は意外と少ないのではないでしょうか。

顧客獲得を目指す税理士にこそマーケティングが重要

ビジネスで最も重要なファクター「マーケティング」

「現実のビジネス社会」で最も重要なファクターは、試験で勉強してきたこととは別のところにあります。その大事な一つが「マーケティング」ではないかと私は思っています。

如何なる職業でも、顧客を獲得し、その顧客に提供した仕事に対する対価(ふつうは金銭)を払ってもらわなければビジネスとして成立しません。これは誰が何と言おうと厳然たる事実です。
そう考えたときに、その対価をいただく仕事の内容が、顧客となるであろう候補者達にどれほど知られているのか、また、対価を払うに値すると思われているのか、という点が重要になってきます。ここを追求するのがマーケティングです。

世間の税理士への理解度とこちら側の思い

例えば、税理士という職業が、どれほど人々に理解されているのか、ということです。おそらく、一般人で即答できる人は少ないでしょう。世間的には、何となく「税金の人・・・」くらいにしか思われていないのではないでしょうか。
ですから、普通は「税金に関して困ったとき、どうしても聞かなければわからないような状況が生じたとき」にしか接点を持とうとは思いません。(そんな時ですら、税理士に接触するのはかなり荷が重い、と聞きました。)
総じて「税金」には、厄介なもの、小難しいものというイメージが強いため、その厄介な「税金」を専門にしている税理士は、特に必要性がなければ積極的に接点を持ちたいとは思わない存在、というのが一般人の抱くイメージではないでしょうか。

それに対してこちら側(税理士側)は、自分たちが決して「税金の人」だけでないことはよくわかっています。いわゆる「税金のこと」だけで、税理士の実務が完結するわけではないことは、税理士自身が一番よく理解しているのです。
ただ、この「幅の広さ」について、一般的にはほとんど伝わっていません。ですから私は、税理士を始めた当初「我々の仕事におけるこの「幅の広さ」については、もっとちゃんと伝えていかなければ、今後顧客の獲得は難しくなるぞ。」と考えたのです。

この日のセミナーではそのことを十分伝えたと思っていました。税理士として提供している専門領域がいかに幅広いか、時代に応じて変化させてきたか、それを伝えるためにどれほど工夫しているか、といったことを結構丁寧にしゃべったつもりだったのです。
しかしながら、それでも冒頭に書いたように、私と話した受講者は、その日私の話を散々聞いたにもかかわらず、税理士の職業としてのイメージとマーケティングとの関係には、違和感を覚えていたようなのです。

誰でもマーケティングできる時代

いくらやってもきりがない「伝える努力」

この事実ひとつを見ても「(税理士は)資格でやっている仕事なのだから、頼む方がこちらの仕事内容を理解していて当然だ。」という理屈は通らないし、親切ではない、ということがわかります。
ということは、我々はもっともっと自らの職域やその特徴について、伝える努力を怠らないようにしていかなければならないのです。

「専門家」にも必要なマーケティング

そしてこれは決して税理士だけに当てはまる話ではありません。ほかの職業においても同様です。
人はそれぞれ自分の持つ専門性に関して、その内容の深さはともかく領域については、一般的にも理解されているだろうと思い込み、そういう前提で仕事を進めています。
ところが、実際はこっちが思っているほどその専門性は理解されてはいません。よほどの勉強家か、相当興味でも持たない限り、他人はそれほどこちらの専門性について理解している訳ではないのです。

ということは、待ちの姿勢では仕事は動かない、ということになります。常にこちらから積極的に仕掛けなければ、我々の持つ専門性について正確なところは伝わらないのです。
「我々が専門的に取り扱っている商材やサービスは、その専門領域がハッキリしているのだから、わざわざマーケティングといった小難しい理屈をこねくり回して伝える必要もなかろう。」というのが、これまでの商売における一般的な前提であり考え方だったのではないでしょうか。
これが大きな間違いであることは、前述のように、税理士という極めて専門性の高い仕事一つをとっても、ほとんど正確に伝わっていない、ということで証明されるのです。

伝える努力がやりやすい時代

これからは、我々の仕事は何を取り扱っていて、どういう特徴があり、何ができて何ができないのか、といったことを正確に伝えていかなければなりません。ところが、これまではその情報を伝えるための媒体が、新聞にしてもテレビにしても料金的にかなり高額でありアプローチも難しく縁遠いものでした。
しかしながら、今そのための媒体は様々な形態が存在するようになり、飛躍的に利便性が増しています。特にパーソナルな情報発信ツールとしてのインターネットの出現は大きなインパクトを与えました。

抱え込んでいた専門性を開放してどんどん情報発信をしていく。そこで大きな分母を作って、その上に新しいビジネスの可能性を探り果敢にチャレンジしていく、という現代的なビジネスモデルが求められているのです。

まとめ

これまで「専門性」と「マーケティング」はあまり関係がない、と思われてきました。市場ニーズがあろうがなかろうが「専門性」は存在するからです。ただそれは「専門性」が売り手市場だった時代の考え方です。「専門性」へのハードルが下がってきた現代だからこそ「専門家」や「有資格者」がマーケティングを意識しすることでビジネスを成功に近づけることができるのです。

※掲載している情報は記事更新時点のものです。

※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談していただくなど、ご自身の判断でご利用ください。