M&A後を見据えて経理担当者がデューデリジェンスで押さえておくべきポイントと進め方

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M&A後を見据えて経理担当者がデューデリジェンスで押さえておくべきポイントと進め方

M&Aにおける財務的役割は、取引を成功させるために必要不可欠です。価格を決めるバリュエーションや、買収後の健全な財務状況維持のためのリスク特定、業務プロセス統合など、その役割は多岐にわたります。

こうした財務的役割が特に発揮されるM&A内のプロセスが、デューデリジェンス(DD)です。一方、経理担当者にはデューデリジェンスの完遂だけではなく、買収後を見据えた対応も問われます。

本稿では、M&A業務を担う経理担当者に向けて、統合後の動きも見据えた財務デューデリジェンスの全体像やポイントを解説します。

財務上のリスクや課題の特定、バリュエーションの算定、M&A後の標準化に向けた経理プロセスのチェックについてまとめましたので、ぜひ参考にしてください。

財務デューデリジェンスとは?

M&Aにおけるデューデリジェンスとは一般的に、買収対象企業を財務、税務、法務、人事などのさまざまな観点から分析・評価し、買収にふさわしいかを判断するプロセスと定義されます。

財務デューデリジェンスの目的

デューデリジェンスの一部は案件によって取捨選択がなされますが、財務デューデリジェンスはほぼ必須といえるでしょう。その理由として、財務デューデリジェンスには次の2つの目的があることが挙げられます。

  1. 対象企業のバリュエーション(売買価格の算定)
  2. 対象企業の財務リスク/課題の特定

バリュエーションの方法

M&Aの交渉の基盤となるバリュエーションには、主に3つのアプローチがあり、いずれかまたは複数のアプローチを用いて価格が算出されます。

  • インカムアプローチ:将来の収益性を根拠
  • コストアプローチ:現在の資産価値を根拠
  • マーケットアプローチ:類似企業の事例を根拠

それぞれにメリットとデメリットが存在するほか、アプローチごとに複数の手法があります。なかでも一般的な手法として、インカムアプローチにおけるDCF(ディスカウントキャッシュフロー)法について解説します。

DCF法とは、将来獲得するフリーキャッシュフローから、割引率を用いて現在価値に換算する手法です。恣意性が排除されやすい方法としてしばしば用いられます。

  1. 特定期間(3~5年など)におけるフリーキャッシュフローを算定
  2. 各年度のフリーキャッシュフローを割引率(一般的にWACC:加重平均資本コスト)によって現在価値として評価
  3. 特定期間後も成長したと仮定した際の永続成長率と上記の割引率、特定期間最終年のフリーキャッシュフローを用いて永続価値を算出
  4. 特定期間の各年の現在価値と永続価値を合算(合算値がバリュエーション結果)

DCF法における主な流れは上記の通りですが、フリーキャッシュフローやWACC、永続成長率などの算出には専門的な知見が必要となるため、外部の専門家への依頼も検討しましょう。外部の専門家を活用することで、客観性が担保され、手堅く実態に近い値を導けるメリットがあります。

財務リスク/課題の特定

統合後の健全な財務運営を見据えて、事前にリスクや課題を把握しておくことも財務デューデリジェンスの重要な目的です。リスクや課題特定のために、主に次の観点から分析を行います。

  • 収益力
  • 設備投資
  • 運転資本
  • 純有利子負債/ネットデット
  • 簿外債務
  • 業務プロセス

財務諸表や規定書類を中心として上記を分析し、リスクや課題を抽出します。分析結果によって、バリュエーションへの反映や契約およびスキームの変更、統合後の対応など方針を定めます。

財務デューデリジェンスの業務と基本的な流れ

バリュエーションや財務リスク/課題の特定を実施する具体的な流れは次の通りです。

  1. 売り手企業から過去の財務諸表などを受領
  2. 上記の項目を中心に財務データを分析(必要に応じて法務や税務などの他のデューデリジェンスとも連携)
  3. 分析時に出てきた質問を質問リストとして取りまとめ
  4. 質問リストを売り手企業に提示し回答を得たあと、分析に反映
  5. 分析結果および根拠をまとめた報告資料を作成
  6. 買い手企業の経営陣および担当者へ報告

M&Aにおけるバックオフィス業務の重要性

デューデリジェンスのポイントを踏まえて、経理業務を含めたバックオフィスの重要性を解説します。

M&Aの目的

そもそもM&Aが実施される背景には、自社以外のリソースによる成長が必要とされることがあります。

つまり、M&Aの目的は、事業規模や市場シェアを拡大し、競争力や収益力を高めることです。

M&Aにおけるバックオフィス業務

このように、M&Aの主な目的は競争力や収益力の強化であるため、事業戦略やマーケティングなど、売上向上へ直接寄与する役割に重きが置かれることも少なくありません。同時に、M&Aにおけるバックオフィス業務は、売上向上よりもシステム統合などによるコスト削減の側面で注目されがちです。

一方、日本企業のM&Aの成功率は2~3割程度であるとされています。その要因の一つが統合後のプロセス(PMI:Post Merger Integration)であり、PMIでは特に人や文化、組織などソフト的な側面が重要となります。

したがって、M&Aにおいてはバックオフィス業務を単なるコスト削減の手段と見なすのではなく、M&Aの目的全体を達成するため重要なテーマとして認識することが肝要です。そのためには、財務をはじめとするバックオフィス業務のPMIおよびデューデリジェンスを慎重に行わなければなりません。

M&A後の標準化に向けた経理プロセスのチェック(経理のPMI)

最後に、財務・経理領域において統合後に意識すべきポイントを3つ紹介します。

  1. 会計処理ルールの整備
  2. キャッシュフローの管理
  3. 経理業務プロセス・システムの標準化

会計処理ルールの整備

経理担当者としてM&Aの統合時にまず行うべきなのが、仕訳や会計ルールの整備です。

例えば、IFRS(国際財務報告基準)や日本基準などどの会計基準を使用しているか、減価償却や会計年度の考え方はどのようになっているかなどの確認が挙げられます。

仕訳や会計ルールが両社で異なると、統合後の適切な財務管理が行えなくなるため、基本的にはどちらか(一般的には買収側)に統合する必要があります。

経理規定や財務諸表などの書類をもとに、両社の違いを明確にすることから始めましょう。会計処理の変更には時間を要するほか難易度も高いため、事前にリスクとして検知できるよう、財務デューデリジェンスの段階で明確化しておくことをおすすめします。

キャッシュフローの管理

企業にとってキャッシュは、根幹とも呼ぶべき重要なものであり、その管理方法を標準化しておく必要があります。

口座の状態や入出金および買掛/売掛金など、両社のキャッシュフローを見える化し、ギャップを明らかにしましょう。そのうえで、管理を統合していき、不正防止や財務ガバナンスの強化に繋げる施策を打ち出していくことが重要です。

経理業務プロセス・システムの標準化

日々の経理業務を円滑に行うための仕組みづくりも欠かせません。

例えば、社員の経費精算プロセスにおいて承認フローや確認方法、申請システムなどが異なると、通常業務に支障をきたしてしまいます。

特にシステムは、切り替えに時間を要しコストもかかるため、財務デューデリジェンスの段階で課題を特定し、対応計画を策定できていることが理想です。

会計システムの標準化に悩まれている方は、クラウド会計システムの利用をおすすめします。短期間で導入でき、経理プロセスの統一をスムーズに行えるため、信頼性と効率性の向上を実現できます。

PMI計画の策定と短期・中長期施策の実行

上記3つのポイントを踏まえ、経理プロセスおよびその他領域を含めたPMI計画の策定と目標設定を行うことが重要です。

M&Aは対象企業および社員にとって非常に重要な出来事であり、買収後は不安定な状態に陥りやすくなります。期待した成果を達成するためにも、早期から成功体験を積み上げ、全体を活性化する取り組みが必要となるでしょう。

PMIでは一般的に、統合後100日が重要な期間であるといわれています。PMI計画は統合から100日までの短期プランと、それ以降の中長期プランの2つを立てておくことが重要です。

まとめ

経理領域を含むバックオフィスの統合は、M&Aの成否を分ける重要なテーマです。また、売買価格に直接的な影響を与える財務デューデリジェンスの実施も必須といえます。

M&Aに関与する経理担当者は、本稿で紹介した統合後のポイントを押さえて、財務デューデリジェンスの段階から多角的に分析・課題特定を行い、事前に計画を策定しておきましょう。

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